12.捨て子たちの保護
あちらこちらの家族計画が上手く行き、今日はよく眠れそうだ。
そう思って眠りについたのだが、真夜中にふと目が覚めた。
頭の中に囁き声が聞こえるのだ。
「まぁくん・・・まぁくん・・・」
それだけ。
それは舞依の声だった。夢に舞依が出てくることはいつものことだ。でも、幻聴は初めてのことだった。思わずドキドキしてしまい。目が冴えてしまった。
僕はお母さんを起こさない様にベッドから出ると、ガウンを羽織ってバルコニーへ出た。
夜空の月を見上げた。もう季節は春に移ろうとしている。真夜中の空気でも冬のものとは違っていた。すると今度はとても小さく消えゆく様に、
「まぁくん・・・」
舞依の声は小さく頭の中に響いた。
確かに舞依が僕を呼ぶ時の声だ。何故今、この世界で聞こえるのか?夢なのか?
いや、確かに聞こえた。まさか舞依はこの世界のどこかに居るのだろうか?
僕は無意識の内に月に向かって手を差し伸べていた。
「月夜見・・・」
バルコニーの扉が開き、お母さんが声を掛けた。
「お母さま・・・」
「こんな夜中にひとりで泣いているなんて・・・どうしたと言うのですか・・・」
「お母さま。舞依が、舞依の声が聞こえたのです・・・」
お母さんは僕を包む様に抱きしめてくれた。
「そう。彼女の声が・・・聞こえたのですね・・・」
それ以上何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
お母さんも僕には困らされているのではないだろうか。申し訳なく思う。でも自分でもどうすることもできないのだ。
翌日の午後、剣術の訓練をしに訓練場へ行くと、団長とステラリア達が話し合いをしていた。
「どうされたのですか?」
「おぉ!月夜見さま。娘のトレニアに男の子を授けて頂いたとのこと。どれ程の感謝を差し上げれば良いのか・・・本当にありがとうございました」
「あぁ、騎士団長はトレニア伯母さまのお父さまでしたね。おめでとうございます。お礼など不要ですよ」
「それで、何かあったのですか?」
「明日の水源確保の段取りを話し合っていたのです」
「水源の確保ですか?それはどの様な?」
「はい。この城と神宮を含む王都の水源は北にある湖から引いているのですが、冬場は水路が凍り付くので城の近くにある貯水池の水を使っているのです」
「ですが、その貯水池の水が減ってきていますので、湖との間にある水路の氷や枯葉を取り除く作業を行うのです」
「それは毎年行っているのですか?」
「いえ、毎年ではありません。雪解けまで貯水池の水で足りる年はこの作業は不要なのです」
「なるほど、今年は必要になってしまったのですね」
「はい。その通りで御座います」
まるで自衛隊の災害派遣みたいだな・・・女性しか居ないのに大変だ。あ!そうだ!
「それなのですが、ちょっとステラリアと二人で見に行って来ても良いですか?」
「勿論、構いませんがどうされたのですか?」
「いえ、湖の場所ならば分かりますし、氷を溶かすなら私が行けば十分かと」
「月夜見さまが、おひとりで氷を溶かされるので?水路はとても大きく、長いのです。とてもおひとりでは・・・」
「まぁ、できなければ明日、皆さんでお願いします。さぁ、ステラリア。行きましょうか」
「はい。月夜見さま」
僕は城の裏手から出ようとするとステラリアに呼び止められた。
「月夜見さま。馬で行くのではないのですか?」
「あぁ、アルや小白は能力に驚いてしまうでしょうから連れて行けません」
「では、歩くのですか?」
「いえ、飛んで行きます。さぁ、ステラリア。手を」
「え?」
ステラリアは何も分かっていない様で、不思議そうな顔をしながら左手を差し出した。
僕はステラリアの左手を取ると、そのまま空へと浮き上がった。
「つ、月夜見さま!こ、怖いです!」
「え?空に浮くのが怖いのかい?剣聖なのに?」
「剣聖は空を飛びません!た、高いです!」
ごもっともだ。怯えている者を無理に空へ上げるのはいかんな。一度、地面へ降りた。
「ステラリア。それならこれではどうでしょうか?僕を抱っこしてください」
「月夜見さまを抱く!ので御座いますか?」
「ステラリアは小さい子を抱っこしたことがないのですか?」
「いえ、姉の子を抱っこしたことはございます」
「そう、それです。できるでしょう?」
「は、はい。それでは失礼しまして」
ステラリアは僕を抱き上げだ。
「それで、僕の顔を見ていてくれる?」
「つ、月夜見さま。あ、あの。お、お顔が、ち、近いです!」
みるみるうちにステラリアの顔が赤く染まっていく。
「うん。見ていてね」
「は、はい!」
ステラリアが赤い瞳をパチクリしている隙に空へと浮き上がり、貯水池を目指して空へと浮かび上がった。
心配したが僕を抱きしめていることで少し落ち着いた様だ。景色を見る余裕が出てきた。
「大丈夫?怖くない?」
「はい。落ち着きました。凄い眺めですね!」
「そうでしょう!それでその貯水池はどの辺にあるのですか?」
「はい、あちらです。もう少し山の方へ」
僕は少し進路を変える。すると林の向こうに貯水池と思われる池が見えて来た。確かにそこから湖の方角へ真っ直ぐに一本の水路があった。空から見るとその水路は凍っている様で、氷が陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「あ!ありましたね。あれが貯水池と水路ですね。ではあそこへ降りましょう」
水路が貯水池に繋がっている地点へゆっくりと着地した。
「さぁ、着きましたよ。馬よりも速いでしょう?」
ステラリアが何も言わずに僕を抱きしめたまま離そうとしない。
何か固まっている感じだ。それよりおかしいな?ステラリアはブラジャーをつけていない様だ。これは恐らく布を固く巻き付けているのではなかろうか?そんな感触だ。でも、今はそんな話をしている場合ではないな。
「どうしたの?ステラリア。そんなに怖かった?」
「あ!は、はい。すみません」
ステラリアは顔が真っ赤だ。そんなに怖かったのか。帰りは瞬間移動にしよう。
「さて、では試してみようかな」
「どうされるのですか?」
「まぁ、氷だからね。溶かせば良いのかなと思って」
「はぁ?」
僕は貯水池の端に立つと、水路の氷に向かって手から炎を出した。初めはライターの火くらいの大きさから徐々に大きくしていった。最後は「ゴォーっ」と火炎放射器の如くに炎を吹き出した。大きな炎は月宮殿では危ないからと禁じられていたので試してみたかったのだ。
「ひぇっ!」
ステラリアが凄い驚き方をして後退った。そりゃぁ、炎は熱いからね。
でも氷は溶けるのだが長い水路を全て溶かすには効率が悪い様だ。やめておこう。
「これは効率が悪いね。やめた」
では、とばかりに念動力で水路の中身を一気に持ち上げて、水路の外へひっくり返す様にと投げ出した。
「ズズズ。ドドーンッ!」
全長四キロメートル程ある水路の氷は枯葉や泥も含んで茶色く長い棒状だった。それを長いまま持ち上げて打っちゃり出したのだ。一瞬地響きがして重い音が山々に響き渡って行った。
「月夜見さま。あなたさまは・・・」
ステラリアが茫然としている。
「やっぱり、この方が早かったね」
その時、何かの気配を感じた。こちらを見つめる視線を複数感じたのだ。
その方向に集中すると。女の子だ。それも三、四人居る。僕がその子たちを見つめているとステラリアが呟く。
「何故、あんなところに子供が居るのでしょう?ここは王家の土地。人は住んでいない筈ですが」
次の瞬間、その女の子たちは口々に何かを叫びながら僕らと反対の方向へ走り出した。
「あっ!そっちは森に入ってしまう。熊が出るかも知れないのに!」
ステラリアが叫ぶ。
僕はその声を聞き終わる前に空へと向けて飛び出していた。そして女の子たちの逃げる前方の場所を視認するとそこへ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「きゃぁーーーっ!」
皆、揃って叫ぶ、叫ぶ。
僕は構わず全員を空中に浮かばせて確保する。そして横に付き添って空中を浮かんだまま貯水池の上をショートカットして、ステラリアのところへと戻って来た。
「皆、驚いたかな。でも私は悪人ではないよ。心配は要らないから落ち着いて」
「私は、ネモフィラ王国、王宮騎士団の騎士ステラリア。こちらのお方は神さまで救世主でもあらせられる月夜見さまです。皆を悪い様にはしないから心配しなくても良いわよ」
「か、神さま!」
「神さまだったんだ!だからあんなことができたのですね」
「私たち、神さまにお会いできたのね」
「ここは天国なの?」
「神さま。お腹空いたの・・・」
ステラリアが神さまと紹介してくれたお陰で一応は怪しまれずには済んだのかも知れない。それにしても汚い恰好だ。ちょと匂うし。もしかしてホームレスなのだろうか?
「ところで、ここはネモフィラ王家の土地なのだが、君たちは何故、ここにいるのかな?」
「あ、あの。そ、そのぉ。お家は向こうの森の中に・・・」
「ふむ。森の中に?ではそこへ案内してくれるかな?」
「は、はい。こっちです」
彼女たちが逃げようとしていた先に家があるらしい。五分ほど歩いて行くと、そこにあったのは小さな物置小屋だった。
「月夜見さま。これは狩猟を行う際の物置小屋ですね」
「そうなの?何故、この子たちがここに暮らしていることに誰も気がつかなかったのだろう?」
「それは現陛下が狩猟をされないからです。長年使われずにいるのだと思われます」
「あぁ、そうか。でも良かった。この小屋がなければこの子たちは冬を越せていなかっただろうからね」
「えぇ、そうですね」
それでも小屋の中にはベッドがある訳ではない。古着や藁を寄せ集めて寝床を作り、そこに四人で身体を寄せ合い、温め合って冬を越したのだろう・・・
「なるほど。君たちの親はどうしたの?」
「私たちは捨てられました」
「あぁ・・・そ、そうか」
僕はステラリアを引っ張って彼女たちから少し離れた。そして小さな声で、
「ステラリア。捨て子というのはこの国では多いのですか?」
「いえ、それ程多くはないのです。奴隷として売られることはままあるのですが」
「奴隷ですか。それは食い扶持を減らす。ということでしょうか?」
「はい。そうです。普通は売られるのです。捨てることは珍しいかと」
「こういう子を発見した場合、国としてはどうするのですか?」
「申し訳御座いません。あまり聞いたことがないので私には分かり兼ねます」
「そうか。では連れて帰ろう」
「城に、で御座いますか?」
「このまま放置して熊の餌にする訳にはいかないでしょう?もし、城に置けないと言われたら、神宮か月宮殿へ連れて行って保護しますよ」
「かしこまりました」
「でも、これだけの人数を抱えていては飛び辛いし、怖がられて大騒ぎされても困るな。城に戻って船を借りて来ます。ステラリアは彼女たちが逃げない様に見ていてくれますか?」
「はい。かしこまりました」
僕は宮殿へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「わ!神さま消えちゃった!」
「どこか行っちゃった!」
「お姉さんは居るよ」
「皆、少し待っていてね」
僕は城の騎士団の訓練場へ飛ぶと騎士団長を見つけて事情を話し、船を一隻借りた。
「月夜見さま、操縦士はよろしいのですか?」
「はい。箱として使うだけです。瞬間移動で飛んで、すぐにここへ戻ります。城の使用人に風呂と食事それにケーキを四人分用意させてください」
「かしこまりました」
「シュンッ!」
「うわーっ!船が!」
「どこから出て来たの?」
「あ!神さま。また来た!」
「さぁ、君たち。ここを離れるよ。持って行くものはあるかい?」
「私たち、何も持っていないの」
「そうか。今まで大変だったね」
「どこへ行くの?」
「温かいベッドと食事のあるところだよ」
「本当?食べ物があるの?」
「あるよ。今、お風呂も準備しているからね。さぁ、ふたりずつ船まで上がるよ」
船は二階の高さに浮かんでいる。地面には降りられないのだ。僕は両手にひとりずつ手を繋ぐと、船まで浮かび上がって乗せていった。最後はステラリアだ。
「さぁ、行くよ」
僕は四人の捨て子を王城へと連れ帰るべく、船を飛ばしたのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!