11.ネモフィラ王家の春
それから一週間後、ノイマン家から正式な書状が届いた。
僕はお爺さんに呼ばれ、お母さんとサロンへ出向いた。
「おぉ、月夜見。こんなものがノイマン候から届いておるぞ」
「はい。なんでしょうか?」
「うん。剣聖ステラリアを月夜見の侍従として生涯、仕えさせると」
「月夜見。ノイマン家に何か恩を売ったのかな?」
「恩と言いますか、ステラリアから母上の病気について相談されました。神宮で診察したところ、月影姉さまでは治せない重病で、そのままでは命が助からない状態でした。そこで、私が能力を使って治療したのです」
「あぁ、それでか。ノイマン侯は、仁義を重んじる男でな。こうして一度決めてしまったら、覆すことは難しいのだ。まぁ、もらっておけ」
「え?もらっておく?のですか?」
「うむ。嫁にしろと言って来ている訳ではない。侍従として使ってくれと言っているだけだ」
「それは言い方を変えれば奴隷の様な・・・」
「まぁ、同じだな」
「お母さま!こんなことが許されて良いのですか?」
「月夜見。だから言ったではありませんか。ステラリアは既に月夜見の虜なのですよ。本人も侍従になることを望んでいるそうですから」
「そ、そんな・・・」
「では僕が嫌だと言っても駄目なのでしょうか?」
「月夜見がそう言ったら、ステラリアは拒絶されたと思うでしょうね」
そんなことって・・・あるのか。この世界では・・・どうしたらいいんだ。
「で、では、これから彼女の仕事はどうなるのですか?」
「月夜見が成人するまでは、今のまま王宮騎士団の騎士として勤めてもらう。月夜見の護衛は常にさせるし、勤務以外の時間は月夜見の身の回りの世話をすることとなるだろう」
「そうですね。月夜見の専属の護衛と思ったら良いのではないかしら?」
「護衛ですか?」
「えぇ、今までも、ステラリアとベロニカが護衛に付いていたでしょう?その時間が長くなるだけだと思えば良いでしょう。それに学校に行く様になったら、誰かしら護衛は付ける予定でしたし、成人してから世界を旅して回ることになれば、やはり護衛は必要でしょう?その専属の護衛が今、決まったと思えば良いのです」
「確かにそうですね。あまり意識せずに、ただ護衛をしてくれる人だと思えば良いのですね?」
「そうだな。だが子を孕ませても構わんのだぞ」
「孕ませないですから!」
「まぁ、今の月夜見では無理だろうがな」
「お爺さま!」
「はははっ!」
他人事だと思って心底楽しそうに笑ってくれちゃって!
今日は、お母さんとローレル家を訪問する。同行者は前と変わらない。でもニナは伴わず、その代わりにステラリアが護衛と侍女を兼ねることとなった。
ステラリアは騎士団の仕事の時以外、ほとんど一緒に居る様になってしまった。
常に僕の身を案じてくれていて護衛は勿論、身の回りの世話も焼いてくれる。
できる人なので不都合はないし、特にベタベタして来ることもなかった。僕の方が構え過ぎだったのかなと拍子抜けしているくらいだ。
ローレル家の場所は既に把握しているので船ごと瞬間移動で飛んだ。今回は到着時刻を伝えてあるので、その時間に出発して飛んだのだ。
突然、玄関に現れたのだが時間を指定していたからローレル家の者たちは総出で僕達を待ち構えていた。今回はローレル候の両親も居る様だ。
「アルメリアさま。月夜見さま。本日はありがとうございます。こちらは私の両親で、オットー ローレルにグレタ ベルガー ローレルで御座います」
「アルメリア ネモフィラです。こちらが息子の月夜見です」
「これは、アルメリアさま。月夜見さま。此度は家の者が、多大なるご無礼とご迷惑をお掛けしたと聞いております。それにも関わらず温情を賜り、その上、当家の世継ぎの心配まで頂くとは、どれ程の感謝を差し上げれば良いか」
「オットーさま。全ては私の友人であるアンナを心配してのことです。お気になさらず」
「ありがとうございます」
「ささ、こちらへどうぞ」
僕達は応接室へと通された。お茶を飲みながら、ラウラ、エリザ、アンナの基礎体温表を確認する。
「ローレル候。順番ですが、基礎体温表を見て、これから一番早くに排卵する奥さまから進めてよろしいですか?それとも年齢の順にしましょうか?」
「えぇ、それは早い順で結構です。少しでも早い方が良いと思いますので」
「そうですね。排卵の早い順とか歳の順とか言っていても、その順番通りに妊娠できる保証はありません。授かるかどうかは精神的な部分も多いですからね」
「では、排卵が早く来る順番で言いますと、アンナさまが四日後、エリザさま七日後、ラウラさまが十二日後の順になります」
「アンナはすぐなのですね」
「えぇ、ですからすぐに準備に掛かりますよ」
僕はいつもの様に、手順と注意事項、グリーンゼリーの挿入についてなど、全てを説明した。
「月夜見さま。その異世界のゼリーとやらは危険はないのでしょうか?」
「はい。既に私の父上の五名の妻、ネモフィラ王家の王女お二方がこのゼリーを使用して妊娠しております。また父上の妻五名は全員男の子を授かりましたよ。そうそう、最年長は三十五歳のお母さまでした」
「まぁ!五名の妻全員が男の子を!しかも三十五歳で妊娠されたのですか!」
「左様です。ですからラウラさまもエリザさまも何も心配は要りませんよ」
「ありがとうございます!月夜見さま!」
「礼を言うのは男の子を授かってからで結構です」
三日後の朝から僕だけがローレル家に瞬間移動し、アンナの排卵を確認しに行った。
朝、ローレル家のサロンに僕がいきなり現れる。打合せで侍女ひとりに待機してもらって、アンナの部屋を訪れ診察する。排卵していなければ「また二時間後に」と言って消える。
それを繰り返してその日の夕食後。排卵を確認した。そこからはいつもの手順だ。グリーンゼリーを挿入し、ローレル候を呼んで僕の役目は終了だ。エリザとラウラも同じ様に繰り返した。
今回は九日間で三人の家族計画が完了した。五週間後に結果を診に来ることとなった。
剣術の訓練はステラリアとマンツーマンになった。ステラリアは剣聖だから、訓練はさぞかし厳しいのだろうなと思ったのだが、スパルタではなかった。
僕の身体の成長度合いを考えてくれて、決して無理はさせなかった。僕が背伸びして頑張ろうとすると止められた。やはり天性の才がある人というのは違うのだなと改めて知った。
そしてコツを押さえて教えてくれるので、何か自分が上手くなった様な、成長が早まっている様な錯覚さえ覚えた。
ステラリアとの訓練は楽しかった。周囲の者もいつしか二人の世界に入れなくなっていたと後から聞かされた時にはちょっと恥ずかしかった。でも冷静に考えれば、僕とステラリアは親子にしか見えないと思うけれどね。
僕といつも一緒にいるからか、小白もいつの間にかステラリアを気に入っていた。
僕がローレル家に行ったり、神宮へ行ったりしている間はステラリアと一緒に居るか、フォルランと遊んでいるかのどちらかになったそうだ。
何にしても冬のネモフィラ王国は雪が多く、行動範囲は狭まってしまう。アルもソニアも二月中はほぼ、室内の馬場をぐるぐる回るだけだった。
ローレル家の家族計画の結果を診察しに行く日となった。
お母さんも行きたいとのことだったので、ミラとステラリアを伴って船で飛んだ。
ローレル家のサロンには家族だけでなく使用人も全員揃っていた。
僕はいつもの様に妊娠していた場合の注意事項を先に伝え、落ち着いた行動をする様にお願いした。
三人を順番に診て行く。結果は三人ともに妊娠していた。
「おめでとうございます!三人とも妊娠されていますよ」
「うわーっ!」
妻たち三人以外の家族と使用人たちが一斉に歓喜を上げた。三人の妻たちは一様に涙を流して喜んでいた。
「月夜見さま。アルメリアさま。本当にありがとうございます」
「この御恩をどうお返ししたらよろしいのでしょうか」
「礼など要りません。これからも奥さまやお子さんを大切にしてあげてください。今後は一か月に一度検診に参ります。皆さん、温かくして安静にお過ごしください」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
ローレル家を後にして、城へと瞬間移動で戻って来た。部屋に戻り、お母さんとお茶の時間となった。
「月夜見、今回は大変でしたね。でもいつもの通り、皆に子を授けることができましたね」
「はい。安心しました」
「月夜見さま。姉をお救い下さり、本当にありがとうございました」
「ミラ。良かったわね。私もアンナの幸せそうな顔が見られて良かったわ」
「はい。アルメリアさま。でもどうしてあんなに簡単に子を授かることができたのでしょう?」
「ミラ。決して簡単なことではないのですよ。月夜見の医学の知識と透視の能力があるからこそできるのです」
「月夜見さま。私にも子は授かりますか?」
「え?ミラにはお相手が居るのですか?」
「いいえ、今は居りません。いつかは授かるのでしょうか?」
「勿論、お相手ができれば、きっと授かりますよ」
「今の私では想像ができません」
「そうですね。慌てなくて良いのですよ」
「でも、お姉さまは十六歳で結婚し、十八歳でメリッサを生んでいますから」
「ミラ。結婚する歳も子を授かる歳も、人それぞれなのですよ。私の前世の世界では最近では二十歳代で結婚し、子を産む女性は少なくなって来て、三十歳代での結婚や子作りが増えて来ているのです。それは何故だと思いますか?」
「全く分かりません」
「ひとつは社会や文化が成熟しているからです。人間の社会や文化が成熟すると仕事も増えて多様化し、楽しい趣味も充実するのです。すると人は人生を楽しみたくなるのですよ」
「早く結婚して子を儲けると、子育てに追われます。するとやりたい仕事も楽しみたかった趣味もできなくなる場合があるのです。それで十代、二十代の若い内はしっかり仕事をし、趣味を十分に楽しんで、ある程度満足してから結婚して子育てをしようと考える人が増えて来るのですよ」
「早く結婚することは良くないことなのですか?」
「いいえ、決してそうではありません。この世界には早く結婚して三十歳までに子を儲けなくてはならないという間違った認識があったのです。でも人生はそれだけではないのだという道を示しているだけですよ」
「分かりました。どちらでも選べるのですね!」
「そうです」
「もうひとつは仕事が増え、多様化することで人々の収入が増えます。収入が増えれば美味しいものがお腹いっぱい食べられる様になります。すると人間の身体は栄養を十分に蓄えることができるのです。そうすると三十代でも四十代でも子が生めるようになるのです。それができるからこそ、結婚し子を産む年齢が高くなって来るのです」
「この世界でもそうなりますか?」
「必ずなります。今、私の作った本を毎月増刷し、世界中に配布しています。子供たちには学校でも教えています。その知識が全ての人に知れ渡れば、この世界の人間は必ず増えていき男性の数も増えます」
「そうなれば仕事も増え、趣味も多彩になっていくのです。そして社会や文化が成熟して来ます。人間の文明とは大体同じ道を歩むものなのですよ」
「それはどれくらい先のことなのですか?」
「そうですね。今、既にどんどん子が生まれてきています。この子たちが成人する十五年から二十年後には、この世界もかなり変わってきているのではないでしょうか」
「月夜見さまはこの世界を正しい方向へとお導きになられるのですね」
「それは僕ではないと思います。この世界の皆さん自身が決めることです」
「いいえ!この世界を導くのは月夜見さまを置いて他にはあり得ません!」
ステラリアが立ったまま号泣している。涙がボロボロと流れ落ちている。
「ステラリア!」
「私、感動致しました。初めてお会いした時から感じていましたが、月夜見さまは本当にこの世界の救世主さまです」
「まぁまぁ、ステラリア。落ち着いて」
お母さんがハンカチでステラリアの涙をぬぐう。
「あ!も、申し訳御座いません。私としたことが・・・」
いつも冷静なステラリアがいつになく興奮している。ちょっと驚いた。
「では、ステラリア。これから月夜見を支えて行ってくださいね」
「はい。アルメリアさま。生涯お支えし、お仕え致します」
うーん。ちょっと重いな。
トレニア伯母さんとシオン伯母さんが妊娠してから五か月となる。そろそろ性別が判明するかもしれない。夕食後に見てみることとなった。
「トレニア伯母さまから診ていきますね。どうかな。えーと。あ!付いていますね」
「付いている?」
「はい。男の子です。おめでとうございます!」
「本当ですか!ありがとうございます」
「月夜見。君のお陰だ。ありがとう」
「では、シオン伯母さまですね。どれどれ。えーと。お!付いています!男の子です!」
「私もですか?本当なのですね!ありがとうございます」
「おぉ、二人とも男の子だなんて。神よ!あ!月夜見のお陰だった!本当にありがとう!」
「伯父さま。良かったです」
「これからも二週に一度は検診していきますから」
「はい。お願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
「月夜見。良かったわ。本当にありがとう!」
「いいえ、お母さま」
そして北国のネモフィラ王国に遅い春が訪れようとしていた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!