10.ステラリア ノイマン
お母さんに演劇を観に行かないかと誘われた。
断る理由はないし、むしろ是非観てみたい。ステラリアのお母さんの容体を確認し、問題ないことを確認したあとで、侍女三人と月影姉さまを伴い、小型船で劇場へ向かった。
王城からも近い中心地にその劇場はあった。劇場の外見は当然と言わんばかりに中世ヨーロッパの劇場そのもので、ちょっと四角張った城の様な感じだ。
小型船で正面玄関に着くと劇場の支配人と名乗る年配の女性が僕たちにうやうやしく挨拶し、席まで案内してくれた。
その席は二階のバルコニー席から舞台を右下に見下ろす形だ。席は部屋の様になっており、ステラリアとベロニカが入り口で警備をする。
本来は僕と月影姉さまとお母さんだけが着席するものらしいが、侍女の内二人は貴族令嬢なのだからと、結局三人とも座らせた。一階席には下級貴族と平民がぎっしりと入っている。
演劇が始まる前に支配人が舞台に上がり、二階席に陣取る有名貴族の観客を紹介していく。そして最後に僕らが紹介された。
「最後にご紹介致します。ネモフィラ王国王女殿下アルメリアさま。そして誰もが知る神の一族で救世主と謳われる月夜見さま、神宮の宮司月影さまが当劇場に足を運んで下さいました」
「うわーっ!」
「救世主さまー!」
「月夜見さまーっ!」
「月影さまーっ!」
観衆の歓喜と拍手、どよめきがなかなか収まらない。ちょっと驚いた。
「月夜見と月影の人気は凄いのね!」
仕方なく、笑顔で手を振っておいた。
「お母さま、今日の演劇の演目は?」
「今、人気の新作で、王の末娘が王宮騎士と恋に落ちるのだけど、それを良しとしない王は隣国の王子の元へ無理やり嫁がせるの。一度は別れるのだけれど、諦められない二人はその後起こった戦争の混乱に乗じて駆け落ちするの」
「あーなるほど・・・」
「月夜見。知っているの?」
「いいえ。知りませんが、演劇にありそうなお話だなと思いまして」
「前の世界にも演劇はあったのですか?」
「えぇ、そりゃぁもう!沢山ありましたよ」
「では、今日は楽しんでくださいね」
「はい。お母さま」
演劇が始まってやはりなと思った。どうやら演者は全員女性らしい。
身長の高い女性が男役を演じている。そして観客には大変な美男に見える様だ。ご婦人たちは、ハンカチを手に両手を胸の前で組んで真剣な表情で見守っている。
お母さんは勿論のこと、ふと姉さまや侍女たちを見ると同じ様に舞台を食い入るように観ていた。そして振り返れば、ステラリアとベロニカも警備などそっちのけで舞台を見守っている。まぁ、仕方がない。僕が周りを警戒しておこう。
演劇のフィナーレは、悲劇的に終わるのかと思ったら主役の二人の恋が成就する大団円だった。ご婦人たちは皆、感動している様だ。笑顔の人や涙を流す人もいた。
帰りの船の中で劇のことを聞いてみた。
「お母さま。演者は女性だけなのですか?」
「そうです。男性は居ませんね」
「この劇場の演劇がそうなのですか?それとも国中どこでもそうなのですか?」
「ネモフィラでは全て女性ですね。月夜見の前の世界では男性の演者が居たのですか?」
「それは勿論、居ましたよ」
「え!では、先程の様な演目はできないのではありませんか?」
「先程の様な?いえ、幾らでもありましたけれど?」
「そ、それは・・・では、キ、キスはどうするので?」
「え?しますよ」
あ!演劇ではキスする振りだけなのかな?でも映画やドラマはするもんな。
「えーーーっ!」
全員が一斉に声を上げた。
「本当にしてしまうのですか?演者は夫婦ではないのですよね?」
「勿論、夫婦でもなければ恋人でもないですね。キスくらい問題ないのでは?」
「えーーーっ!」
また大合唱だ。
「つ、月夜見の居た世界では恋人や夫婦でなくともキスはするのですか?」
「い、いや、演劇の芝居としてですよ。だってその役になりきっているのですから」
「そ、それはそうかも知れませんが・・・それにしても」
「皆さん、お堅いのですね」
「月夜見はそういうことは大丈夫なのですね・・・」
うーん。なんか節操がないみたいに思われちゃったかな・・・
翌日午前中、剣術の訓練をしていた。
もう、木剣での打ち込みや乱取りを始めていた。フォルランはまだまだなので、僕の相手はベロニカだ。
流石にまだ一本取ることはできないが、翻弄させることくらいはできる様になった。
一通りの訓練を終えて小休止していると、乱取りをしている女性騎士の中のひとりに何故だかふと目が止まった。何か気になるという様な漠然とした感覚だった。
そして、あっ!と気付いた。僕は隣に座っていたステラリアに声を掛けた。
「ステラリア!あそこの女性!すぐに訓練を止めさせてください!」
「え?どの騎士ですか?」
「あの右端の。今、打ち込んだ」
ステラリアが立ち上がり、叫ぶ。
「シェイラ!止め!こちらに来い!」
「はっ!」
乱取りを止めると走ってこちらに来ようとする。
「走らないで!」
「は?はい」
僕が叫ぶと走るのを止めて歩き出した。
「月夜見さま。如何されましたでしょうか」
「こちらに来てください。ステラリアと団長もお願いします」
四人で訓練場を出ると寄宿舎に入り、食堂と思われる部屋へと入った。
席に座らせると僕はシェイラの身体を透視した。お腹の中だ。やはりそうだった。妊娠しているのだ。それも五週か六週くらいの妊娠初期だ。
「シェイラ。でしたか?」
「はい」
「あなたは結婚されているのですか?」
「いいえ」
「そうなのですね。あなたは妊娠されていますよ」
「え!本当ですか!授かったのですね!」
「えぇ、もう心臓もできています。ですがまだ妊娠初期ですから、あと二か月位は安静にしていなければなりません。剣術など絶対にいけません」
「シェイラ。お前、子種を買っていたのか」
「ウェーバー騎士団長。買ったのではありません。知り合いにお願いしたのです」
「あぁ、そういうことか。それでどうするのだ?」
「できることならば、生んだ後も騎士を続けたいのですが」
「それはこちらで相談の上、決めることとする。それまでは休んでおれ」
「はっ!」
「すぐにお風呂に入って清潔に保ってくださいね」
「分かりました。月夜見さま。ありがとうございます」
「月夜見さま。どうして分かったのですか?」
「いや、彼女を見ていたら何か気に止まったのです。彼女は結婚していないと言っていましたが」
「シェイラは男性ではなく、女性のパートナーと家族を持ちたいのですよ」
「あぁ。そうでしたか」
「驚かないのですね」
「まぁ、女性の方が多いのですからね。何も不思議はありません。この世界でもあるのですね」
「月夜見さまの前の世界でもあったのですか?」
「えぇ、ありました。男性同士という場合もありますね」
「男性同士ですか。それは聞いたことがないですね」
「では、シェイラは騎士を続けないと子を養えなくなるのではありませんか?」
「相手の仕事次第ではそうなりますね」
「これが初めてではありません。女性騎士同士ということもありますし、その辺は何とかなると思います」
「そうなのですね」
騎士団長はそのまま報告しに行くようだ。ステラリアと訓練場へ戻る。
「ステラリアは結婚しないのですか?」
「私は結婚できないと思います」
「理由を聞いても?」
「こんなに大きくて女らしくないですし、剣聖の称号も頂いてしまったので殿方は誰も私に近付こうとしません」
「ステラリアが女らしくない?誰がそんなことを言ったのですか?」
「そ、それは。父上が・・・お前はその身体では嫁の貰い手がないから騎士にでもなれと」
「そんな酷いことを?大きいといっても私のお母さまと変わらないではありませんか。顔立ちも綺麗で美人だし、髪も美しい・・・って、あ!これ、口説いていることになってしまいますか?」
やばい。またやってしまった。ステラリアの顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。
「う、うんっ!と、兎に角ですね。ステラリアは魅力的な女性ですよ。結婚できないなんてことはありません。自分に自信を持ってください」
「は、はい。ありがとうございます・・・」
「もしかすると、ステラリアの髪は、ミラと同じストロベリーブロンドという色ですか?」
「はい。そうです」
「瞳も赤いのですね。肌の色も白いし・・・って。あ!また・・・」
「・・・」
「それでは、僕はアルの面倒を見て来ます。それでは!」
ステラリアから逃げる様に厩舎へと向かったのだった。
その夜、お母さんにローレル家から呼ばれていることを聞かされた。
「お母さま。ローレル候はお休みを取れる様になったということなのですね」
「えぇ、お手紙にはお父上が政務を手伝ってくれる様になり、週一日はゆっくりと家族で過ごす様になっていると書いてありましたよ」
「そうですか、では指導に行かねばなりませんね。お母さまの都合の良い時に予定を入れてくださいませ」
「分かりました。連絡しておきますね」
「ところで、お母さま。ステラリアは今、何歳かご存知ですか?」
「ステラリアですか?彼女は私と同い年ですので、二十一歳ですよ」
「あぁ、同じだったのですね」
「ステラリアがどうかしたのですか?」
「今日、剣術の訓練の休憩中に僕がたまたま妊娠している騎士を見つけたのです。それで結婚の話をしていたら、ステラリアが自分は結婚なんてできないと言うので」
「あぁ、ステラリアはお父さまが、フランク ノイマン侯爵といって大変厳しい方なのですよ」
「それにしても、お前は女らしくないから騎士にでもなれ。などと娘に言うなんて酷いと思いませんか?厳しいのと女性の尊厳を傷つけることは別でしょうに・・・」
「まぁ!月夜見ったら。そんなことステラリアの前で言ったら惚れられてしまいますよ」
「あ!実は既に、勘違いされる様なことを口走ってしまったかも知れません」
「あら。何を言ってしまったの?」
「いえ、その父親からの言葉を聞いてムッとしてしまい、つい、ステラリアは美人だし、髪も美しいから結婚できますよ。と・・・」
「それは決定的な求婚ですね。それに月夜見はステラリアの母上を助けたではありませんか。これはもうあなたに惚れない方がどうかしています。どう責任を取るつもりなのですか?」
「い、いや、僕はまだ五歳ですよ?ステラリアだって、求婚と捉える訳ないではありませんか!」
「それは分かりませんよ。だって月夜見の中身は私やステラリアより年上なのですから。私だって月夜見の母でなければ結婚したいのですからね」
「えぇー!そんなこと言われましても・・・でも、でもですよ。僕が大人の身体になるまで、あと十年も掛かるのですからね」
「そうですね。確かに十年待つとすればステラリアは三十一歳ですからね。流石に待てないでしょうか?でもミラは十五歳ですからね。二十五歳ならば待てるのではありませんか?」
「え?ミラですか?どうしてミラが出て来るので?」
「ステラリアもミラも、同じ髪と瞳の色ではありませんか。月夜見はその色の女性が好きなのでしょう。そうやって無意識のうちに褒めてしまうのですからね」
「あ!そ、それは・・・そうなのでしょうか・・・」
「恐らくそうですよ。今後は気をつけた方が良いですよ。もう遅いかも知れませんが」
お、遅いと言われても本当に困るな。気をつけよう。
翌朝、神宮へステラリアのお母さんの診察へ向かう。
「おはようございます。お加減は如何ですか?」
「月夜見さま。おはようございます。体調はとても良いのです。もう出血もありませんし、めまいもしなくなりました」
「それは良かった。では診てみますね」
うん。子宮のあった場所は既に収縮しているし、炎症や出血の血だまりなども見当たらない。もう大丈夫だろう。
「はい。経過はとても良いですね。大丈夫そうです。これなら帰宅されて良いですよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
「あっ!月夜見さま!おはようございます!」
「あ!ステラリア。おはようございます」
「月夜見さま。こちらは父のフランク ノイマンで御座います」
「お初にお目に掛かります。ステラリアの父で、フランク ノイマン侯爵で御座います。此度は妻のマーセルの命をお救い下さりありがとうございます。どの様なお礼を差し上げれば良いのか・・・」
「初めまして、月夜見です。お礼など不要です。これが私の仕事なのですから。それで、マーセルさまですが、もう大丈夫ですので帰宅されて構いませんよ」
「月夜見さま。母はもう帰れるのですか!本当にありがとうございます」
「月夜見さま。もしよろしければ、お礼にこの娘を捧げたいのですが」
「は?」
「お父さま!」
「あぁ、そうですわね。ステラリアも月夜見さまをお慕いしている様ですから・・・」
「お、お母さま!」
「い、いや、ちょ、ちょっと待ってください。娘を捧げる。って、娘はお供え物ではないのですよ?!」
「勿論、それは弁えております。嫁にして頂いても侍従でも構いませんので」
「い、いや、兎に角ですね。娘の意思を無視して、そのようなことを決めてはいけません!」
「ステラリア。どうなのだ?」
「わ、私は、その。か、構いませんが・・・」
「え!構わないの?い、いや。駄目ですって。それは!」
「やはり私ではご迷惑なのですね・・・」
「あ!いや。そういうことではないのですよ。ただ、ほら、私はご覧の通り、身体がまだ五歳なのです。成人まであと十年も掛かるのですよ。そんなにお待たせできないでしょう?」
「月夜見さま。私は妻にして頂かなくて良いのです。一生月夜見さまのお傍について尽くさせて頂ければ」
「え?」
「そうです。娘は侍従で良いと言っておるのですよ。嫁でなくて良いのです」
「は?」
「はい。それで娘が幸せならば、私も構いません。ステラリア。幸せになるのですよ」
「はい。お母さま」
やばい。詰んだ。なんだこの家族。
お読みいただきまして、ありがとうございました!