8.男性不妊症
ローレル家の侍女イエーミの謀略に我慢の限界を迎えた僕は力を行使した。
僕はイエーミを念動力で天井近くまで一気に持ち上げると、勢いよく僕らの隣まで急降下させ縛り上げる様にして空中に浮かべたまま止めた。
「キャーッ!!!な、な、な!何がどうなって!」
侍女が金切り声で叫ぶ!そこに居た全員が凍り付き侍女を見上げた。
「これは私の仕業です。さて、その侍女はイソップという家とどの様な関係が?」
僕は冷たい声でアンナに問いかけた。
「い、イエーミで御座いますか?イエーミはローレル家の侍女長です。ローレル家に来る前はイソップ家に長く勤め、イソップ家の二人目のお姉さまがローレル家に嫁いだ際に一緒にこの家に入ったと聞いています」
「なるほど。そういうことですか。私はこの部屋に入ってから、この侍女がずっとアンナさまのことを睨みつけているので、気になって心を読んだのです」
「心を読む?月夜見さまにはその様なことが?」
「えぇ、まぁ。先程、この侍女が考えていたことはこうです」
「この小娘が余計なことを言わなければ良いのですが・・・私が旦那さまに吹聴していることには気付いていない筈。この間にヒソップ家のどちらかのお嬢さまが世継ぎを授かれば、この娘は不要となるのだから。と」
「更に、お母さまがアンナさまを王城へ誘った時にはこう考えましたね」
「まぁ!あの王女はなんて余計なことを!そんなことを許したらヒソップ家に申し訳が立たないわ。とね」
『こ、この子供は化け物なの!』
「はははっ!今は、この子供は化け物なの!って罵られました。これは堪えますね」
「うぐぐぐっ!」
イエーミは口を真一文字に結び苦虫を噛みしめている。
「イエーミ!月夜見さまになんてことを。それに私を陥れようとしていたのですか!」
「もう言い逃れはできませんよ。さぁ、本心を話したらどうです?」
僕はそう言ってイエーミを床にゆっくりと降ろした。イエーミは観念したのか、その場で崩れる様に膝を付き、涙を流し、鼻をすすりながら話し始めた。
「わ、私は、ラウラさまとエリザさまがお生まれになった時からお世話して参りました。そのお二人が相次いでローレル家に嫁ぐこととなり、お二人の乳母として、また侍女として長年仕えた褒美にヒソップさまとローレルさまでお話し頂いて、私をこの家の侍女長にして頂けたのです」
「その時、必ずお世継ぎが授かる様にお手伝い差し上げることを約束したのです。ですが、何年経ちましてもお世継ぎを授からず、しびれを切らしたマルティンさまは、アンナさまを迎えられました」
「そしてたった二年でメリッサさまを授かったのです。このままでは、ラウラさまとエリザさまの立場が危うくなると考えまして・・・」
「それで旦那さまに何を吹聴したのですか?」
「・・・メリッサさまがお生まれになった後は、旦那さまがアンナさまを部屋に呼ぼうとされる度に、アンナさまのお茶に眠り薬を盛って眠って頂き、旦那さまには奥さまは具合が悪くてお休みになっていると言って断り続けました」
「そ、そんな・・・それでは旦那さまは私に断り続けられていたと・・・では、王都に来るように言われなかったことも?」
「まだ体調が十分に回復していないと。王都は騒がしくて気が休まらないからと私の方で助言を」
「なんてことを・・・」
「薬を盛ってまでとは!ステラリア。この者を捕らえて城へ連行してください」
「ははっ!」
お母さんに命じられ、イエーミはステラリアとベロニカに捕縛された。
「アンナ。今日は戻ることにします。城へローレル侯を呼び、事の顛末をお話しします。その上で、この者の処分は決めて頂きましょう。その後のことはまた、ゆっくりお話ししましょうね」
「アルメリアさま。そんな!お任せしてよろしいのですか?」
「はい。任せてください」
「さぁ、帰りましょう」
船の前席には、ベロニカとステラリアの間に縛られたイエーミが乗った。僕は城まで船ごと瞬間移動させて戻った。城に戻ったのはまだ午前中だった。
城から王都のローレル家に伝令が飛び、ローレル侯は即座に登城する様命じられた。
お母さんは昼食を頂きながら、王であるお爺さんへ事情を説明し、裁きを求めた。
午後のまだ早い時間。王の謁見の間にはローレル侯が膝を付き、深々と頭を下げて待機していた。
謁見の間には、王ヴィスカム、ウィステリア第二王妃、アルメリア母さまと僕が入った。
その後、ステラリアとベロニカがイエーミを連行した。
「ローレル侯よ。面を上げよ」
「ははっ!」
ローレル侯は縛られたイエーミを見て、ぎょっとした。イエーミはこの世の終わりの様な顔になっている。
「今朝、私の娘、アルメリアが貴公の妻アンナのところへ訪問したのだよ」
「は、はい。ご訪問頂く話は伺っておりました」
「ほほう。王女とその息子で救世主とまで謳われた神の月夜見が訪問すると言うのに、貴公は知らぬ顔をしておったのか」
「め、滅相も御座いません!そ、その様なことは考えてもおりませぬ・・・」
「まぁ、それは良い。政務があったのであろうからな」
「お、恐れ入ります」
「して、貴公の屋敷であったことだがな。アンナが王都から遠く離れた屋敷に娘と二人だけ放置されていることを不審に思ったアルメリアが色々と質問をしておったそうだ」
「そ、それには、事情が御座いまして・・・」
「うむ。そうだろう。そしてその事情とやらは、そこな犯罪者が貴公に嘘を吹聴し、アンナを貶めておったのだ。しかもアンナに薬まで盛ってな」
それからお母さんがローレル侯へイエーミが屋敷で話したことを全て伝えた。
「イエーミ。それは本当なのか!」
「も、申し訳御座いません。わ、私は偏にヒソップさまとのお約束を守るために・・・」
「なんてことをしてくれたのだ・・・その様なこと。アンナは勿論、ラウラやエリザのためにもならないではないか!」
イエーミはその場で力なく泣き崩れた。
「ローレル侯。今回のこと。王家としては損害がない。ただ、その者に娘と孫は罵られた様だがな。だがそれは心の中の声だ。不敬罪には問わないでおこう。後は貴公の家の問題だ。解決は任せるぞ」
「ははっ!この度のことは全て、私の不徳の致すところで御座います。この汚名は・・・」
「ローレル侯!」
「汚名は・・・?」
「良いか?汚名などどうでも良い。早く世継ぎを儲けることだ。アルメリアと月夜見に相談するのだ」
「そ、相談?で御座いますか?」
「そうだ。しっかりと話を聞くのだよ」
「か、かしこまりました!」
御沙汰が軽い様な気もするが、確かにあの侍女は僕達に直接、罵る言葉を浴びせた訳ではない。あくまでも心の声だ。それを聞けるのは僕だけなのだしな。
それだけで罪に問えというのは、些か傲慢というものか。
ローレル家のごたごたから二週間が経った。
今日は王都のローレル家に招待を受けている。前回と全く同じ顔触れでローレル家に向かった。今回は王都の中なので急ぐ必要もない。今回僕は船に手は出さないことにした。
「ベロニカ。今日は船を押さないから安心して操縦してね」
「は、はい!かしこまりました」
「そんなに緊張しなくてもいいのに。もしかして僕が怖い?」
「そ、そんな!滅相も御座いません!」
「月夜見。ベロニカをからかってはいけませんよ」
「はーい」
ベロニカって、ショートボブの赤毛に緑の瞳。可愛らしいからついからかいたくなってしまう。
そして、ほんの数分で到着した。二階の正面玄関には、ほぼ全員と思われる使用人とマルティン候、ラウラ、エルザ、アンナが勢揃いで出迎えてくれた。
「アルメリアさま。月夜見さま。当屋敷へようこそお越しくださいました。そして先日のご無礼、どうかお許しを賜りたく存じます」
「マルティン候。もう済んだことです。それに本当に詫びるべき相手は私たちではありません」
お母さんは美しい顔で平然と答えた。少し怖い。
「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」
とても広い応接室に通された。
「ローレル候、まずはイエーミの処分について聞かせて頂けますか?」
「はい。アルメリアさま。イエーミは当家の侍女長の職を解きヒソップ家に戻しました。またヒソップ家とも話し合いヒソップ家よりマイヤー家とアンナに対し賠償金を支払います」
「そうですか。ラウラ、エルザ。今回のことは知っていましたか?」
「アルメリアさま。私たちはイエーミを信頼し切っており何も知りませんでした。また日頃からアンナとよく会話ができていなかった私たち姉妹にも責任が御座います」
「そうですね。姉としてもう少し、妹であるアンナに目を掛けてくれていればと思うところもあります。ですが、あなた達に子が授かっていないこともありますからね」
「全ては当主である私の不甲斐なさが原因です」
「ところで、ラウラは結婚して何年経つのですか?」
「はい。十年になります。エリザは七年です」
「何故、子を授からないのか、心当たりはありますか?」
「はい。月夜見さまより配布頂きました本を読み、自分たちが間違っていたことが分かりました」
「それで、その本を読んでからは、その通りにしているのですか?」
「はい。そのつもりなのですが・・・」
「私は医師ですので、その辺を詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。どんなことでもお聞きください」
「ではこの一年、基礎体温表はつけていらっしゃいますか?」
「はい。こちらで御座います」
「拝見します。・・・そうですね。生理の周期に問題はない様です」
「では直近で、この表のどの日に性交をしましたか?おひとりずつ、表を指さしてください」
すると、二人とも排卵日とおぼしき日、または一日ずれて、しかも一日だけ指さしている。
「あの・・・お一人当たり月に一日しか性交しなかったのですか?」
「は、はい。それはその・・・」
「あ、あの・・・そ、それは、私が・・・ですね。その疲れてしまって・・・ですね」
「あぁ、そういうことですか。ではアンナさまが二年で子を授かったのは、全くの偶然なのですね」
「ローレル候。失礼ですが政務はそれ程までに忙しいのですか?」
「はい。私の能力不足かも知れませんが・・・」
「うん?あれ?ローレル候はまだ、そんなにお年を召していませんよね。お幾つですか?」
「はい。私は二十七歳です」
「え?二十七歳で侯爵家の当主なのですか?お父さまは早くに亡くなられたので?」
「いえ、存命です」
「それは失礼しました。何故、それ程早く世代交代されているので?」
「父上が早く引退したいと申しまして仕方なく」
「では、侯爵家の政務をひとりだけで全てやっているのですか?」
「はい。その通りです」
「一日何時間働いているのですか?お休みはありますか?」
「休みはありません。仕事が尽きないものですから、朝八時から夜十時位まで掛かっております」
「あぁ、なるほど。分かりました。それでは子はできません」
「え!」
そこに居る全員が何故か同時に声を上げた。確か、ステラリアとベロニカまでもが。
「な、何故、できないのですか?」
「そうですね。ではまず、あぁ、これで良いですね」
僕は砂糖の入った黒い陶器の器を持つと、中身の砂糖を空いたカップに全て移した。
「ローレル候。この器の中に精子を出して来てください」
「せ、精子?精子をこの中に出せと?一体どうやって?で御座いますか?」
「トイレか風呂へ行って自分でしごくのですよ。ひとりで難しければ奥さまにお手伝い頂いても構いませんが?」
「な、何故、そのようなことを?」
「私は医師です。治療が必要かどうかを確かめるためです。世継ぎを授からなければならないのでしょう?これくらいのこと何でもないでしょう」
「は、はい。分りました。ラ、ラウラ。頼めるかな?」
「かしこまりました」
真っ赤な顔をした二人が退席する。そしてこの部屋に居る全ての女性が口を手で覆ったまま固まっている。
十分後、二人は戻って来た。
「ご苦労さまでした。ではこれから精子の様子を確認しますね」
僕は透視を軽く使って精液の中を動く精子の様子を観察する。うーん。精子自体が少なめで動きも良くないな。これは男性不妊の軽症だな。
「分かりました。ローレル候。あなたは男性不妊症という病気です」
お読みいただきまして、ありがとうございました!