6.思春期の悩み
アルをもらった翌朝からは、アルの世話もすることとなった。
アルは毎日走りたがった。城の周囲や室内の馬場など、お母さんのソニアと一緒に走った。小白にも慣れてもらうため、アルを走らせる時にはその後を小白が走ってついて来るようになった。
まだ、皆は小白が狼だとは気付いていない。
その夜、夕食後の検診でトレニア伯母さんの排卵が確認された。伯父さんと一緒に前に話した手順を再確認した。グリーンゼリーの挿入はやはり僕がやることになった。そして滞りなく完了した模様だ。
あとは結果を待つばかりだ。それから約一週間後にシオン伯母さんも排卵し、同じ様に家族計画を遂行し完了した。
今回のトレニア伯母さんとシオン伯母さんの子について少々気掛かりなことがあり、翌日の晩餐のお茶の時間中にお爺さんと伯父さんへ質問をした。
「伯父さま。僕の前世の世界では、数百年前に貴族制度は無くなり、王制も形だけが残されていることが多くなっています。ですから僕は貴族の制度や世継ぎの問題について大変、疎いのです」
「うむ」
「それで教えて欲しいのですが、今回トレニア伯母さまとシオン伯母さまに男の子が授かった場合、ご実家の公爵家と辺境伯家へとのお話だったと思います」
「うん。その通りだよ」
「では、生まれた子は養子として出す。ということでしょうか?」
「うん。そうなるよ」
「それは何歳になった時なのでしょう?」
「決まってはいないのだけど、成人して結婚の話が出た時かなと思っているよ」
「そうでしたか。それを聞いて安心しました」
「どうしてだい?」
「僕は前世でまだとても小さい時に両親が離婚し、母が居なくなったのです。母の記憶も無いですし、父も良い父ではありませんでした」
「これは理想なのですが、やはり子はある程度成長するまでは、両親の許で一緒に暮らして欲しいと思うのです」
「月夜見は優しい人なのだね」
「いいえ、すみません。僕は他人に理想をぶつけているだけなのだと思います。自分が人の親になった時にそれができるのかは、まだ分からないのですから」
「月夜見ならば大丈夫だ。これから生まれて来る兄弟にかような心配ができるのだからな」
「そうですね、お父さま。月夜見、心配は要らないよ。今回授かる子がもし女の子だったとしても大切に育てるからね」
「お爺さま、伯父さま。ありがとうございます」
良かった。僕が子作りに協力して授かる子が、生まれてすぐに他所の家に渡されるのかと心配してしまった。
その次の夜、夕食後にルイーザ姉さまに声を掛けられた。
「お兄さま。前にお話しした相談事なのですが・・・」
「あぁ。どうぞ。どんなことでしょうか?」
「ここではお話しできないのです。私の部屋に来てくださいますか?」
「お姉さまの部屋にですか?分かりました」
「さぁ、どうぞ。お入りください」
部屋に入るとソファに座らされ、侍女がお茶を出してくれた。
「それで相談とはどの様なことでしょうか?」
「えぇ、あの。その。私の胸なのですが・・・」
「胸。ですか。胸がどうしたのです?苦しいのですか?」
「い、いえ、そうではないのです。お兄さま。ちょっと見て頂けませんか?」
「見る?胸のどこが、どう悪いのでしょう?」
「・・・」
「???」
ルイーザ姉さまは赤い顔をして黙ってしまった。これでは何が何だか分からない。
「あ、あの。月夜見さま、ちょっとよろしいでしょうか」
お姉さま付きの侍女が僕の耳を手で覆いながら小声で話し掛けて来る。
「はい?」
「あ、あの、殿下は胸の発育について悩まれているのです」
「あ!あぁーそういうことですか。それはお話しし難いですよね。お姉さま。私は前の世界では女性の病気を専門に診る医師だったのです。ですから胸のことも詳しいのですよ」
「本当ですか?では、私のこの胸はどうしたら大きくなるのでしょうか?」
「そうですね。今、ブラジャーをお使いの様ですが寸法は?」
「78のAです」
「ふむ。姉さまは今、十四歳ですよね。それであればその大きさは普通だと思いますが?」
「いえ、ですからもっと大きくしたいのです?」
「何故、そんなに急がれるのですか?」
「そ、それは・・・」
また、侍女がササッと近寄り耳打ちする。
「殿下はご卒業までにお近付きになりたい殿方が学校にいらっしゃるのです」
「あぁーっ。そういうことでしたか。初めに言ってくだされば。うーん。でも残念ながら薬や力で大きくすることはできないのです」
「ええーっ!お兄さまでもできないことがあるのですか?」
「それは、何でもできる訳ではありませんから。それで学校にはお姉さまよりも胸の大きな同級生がいらっしゃるのですか?」
「はい。そうなのです」
「それで、その気になっている男性は、その胸の大きい娘にご執心なので?」
「いいえ、そういう訳ではないのですが・・・」
「それならば、胸の大きさなど気にしなくて良いのではございませんか?」
「でも・・・」
「お姉さま。女性の魅力は胸だけでは御座いませんよ。その方に優しく接したり、お姉さま自身の知識や教養を高めて魅力溢れる女性になることが大切だと思います」
「勿論、それは分かっているのですけれど・・・」
まぁ、仮にも王女なのだから、そんなことは言われなくても分かっているか。
「そうですか。では、お姉さま。シレーノスお婆さまに何歳から胸が大きくなり始めたのかを伺ってください」
「何故、お母さまではなく、お婆さまなのですか?」
「髪や瞳、肌の色などの身体的な特徴や体質は遺伝といって、親から子へ伝わるものなのです。そしてそれは、母親から息子へ。父親から娘へと遺伝することがよくあるのですよ」
「つまりお姉さまの体質はお父さまとそのお母さま。シレーノスお婆さまの体質に近いと思われます。実際、皆さんは三人ともにブルネットの髪に茶色の瞳ですよね?」
「あ!そう言えば、そうです!」
「はい。だからお姉さまの胸は、お婆さまの胸と同じくらいの大きさになる可能性はあるのです。お婆さまの胸の大きさは如何ですか?」
「はい!とても大きいです!」
お姉さまの顔がぱぁっと明るくなり、満面の笑顔となった。
「はい。ですからお婆さまに何歳くらいから大きくなり始めたかをお聞きになれば、お姉さまの胸もそのくらいから大きくなり始める可能性は高いと思いますよ」
「私、早速お婆さまに聞いてきます!」
「あ!お姉さま、それであれば、その大きくなり始めの時に好きだった食べ物も聞いてください。例えば牛乳やクリームを使ったお菓子やケーキが大好きだったとか。それを聞いて、同じ物を食べることも大切ですよ」
「はい。お兄さま!ありがとうございます!」
お姉さまはそう言うと部屋を走って出て行った。侍女は僕に深々と頭を下げると、お姉さまを追って走り出した。
遺伝も絶対ではないからなぁ。大きくならなかったら恨まれそうだな。ふう。なんだかなぁ・・・
ネモフィラ王家の家族計画を実行してから六週間が経った。シオン伯母さんも五週間経過している。そして、二人ともに基礎体温表は付け続けているが、高温期のまま生理は来ていない。今日、晩餐の後に検診をすることにした。
「トレニア伯母さま、シオン伯母さま。お二人とも検診をしてみましょう」
「検診とは何をするのですか?」
「お腹の中を透視して、赤ちゃんができているかを確認するのです」
「どうしましょう!私、怖いです」
「そのまま、椅子に座っているだけですよ。透視するだけですから痛いことも恥ずかしいこともありません」
「い、いえ、そうではなくて授かっていなかったらと思うと怖くて」
「シオン伯母さま。今回できていなくても授かるまで何度でもできるのですから気にしてはいけませんよ」
「はい。分りました」
「検診をする前に皆さんにお願いと注意があります」
「何でしょうか?」
「もし、赤ちゃんを授かっていたとしても、トレニア伯母さまの子は妊娠六週、シオン伯母さまは五週です。この頃の赤ちゃんは大きさがこれくらいです」
僕は皆に指でその大きさを見せる。
「そんなに小さいのですか?」
「ルイーザ姉さま。そうなのです。ですから授かったと分かって、喜んで急に立ち上がったり、飛び上がったり、お姉さまが飛付いたりすると、簡単に潰れて死んでしまうことがあるのです。妊娠の初期とは非常に大切な期間なのです。よろしいですか?」
「はい。分りました」
ではと、二人の前に立ってお腹を診て行く。まずトレニア伯母さんからだ。あぁ、できているな。心臓ができて動き出している。順調だ。次にシオン伯母さまだ。こちらも。うん。できている。心臓はまだだが大丈夫だろう。
「おめでとうございます!お二人とも妊娠されていますよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「嬉しいです。ありがとうございます!」
「おめでとう、トレニア、シオン。そしてありがとう」
「ステュアートさま。ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「月夜見。ありがとう。言われた通りにしただけで、こんなに簡単に授かるなんて!」
「簡単ではないのです。伯父さまが伯母さま達を思いやり、愛されたからでしょう」
「いや。月夜見。感謝しておるよ。ありがとう」
「月夜見。ありがとう。あなたが来てくれて本当に良かった」
「月夜見。あなたは本当に凄い人ですね。こんな方が私の孫だなんて・・・」
「お爺さま、お婆さま。ありがとうございます」
「皆さま。今後なのですが、トレニア伯母さまは、少なくともあと六週間、シオン伯母さまは七週間安静にしてください。走ったり、飛び跳ねたり、重い物を持ったりはしない様にしてください。それとなるべく部屋を暖かくしてください。くしゃみをするのもよくありませんから」
「トレニアとシオンの侍女は今の話を聞いていたね。十分に注意してやってくれ」
「はい。仰せの通りに致します」
「これからは、二週間毎に検診をしていきます。万が一、生理の時の様な出血やおりものがあった時はすぐに教えてください。また、トイレに行った時は必ず、ビデで洗って清潔に保ってくださいね。あ、でも、洗い過ぎもよくありませんので適度にお願いします」
「分かりました。ありがとうございます」
お母さまと部屋に戻った。
「月夜見。私の姉妹のためにありがとう。でも、マリー姉さまの時もそうだけど、どうしてこんなにも簡単に授かることができるのでしょう?」
「僕も驚くくらいです。でも考えられるのは、やはり天照家や王家の様に恵まれた環境で暮らすご婦人だからではと思っています」
「恵まれているとはどの様なことですか?」
「はい。普通は女性でも仕事を持っています。朝から晩まで忙しく働いていると肉体的に疲れが溜まったり、精神的に不安定になったりし易いのです。でも天照家や王家のご婦人は仕事をしておらず栄養豊富な食事を三食しっかり摂っています。睡眠も十分に取れているでしょう。つまり、心身ともに健康なのです」
「そこへ排卵を確認してすぐに正しい性交をさせているのですから。授からない方がおかしいくらいなのです」
「そうなのですね。私たちはとても恵まれているのですね」
「はい。そう言えると思います」
「ただそれは、夫次第なところも多分にあると思うのです。男の僕から見てもお父さまやステュアート伯父さまって、とても優しい人だと思います。王家や貴族で、そのご婦人の生活環境が恵まれていたとしても、夫の愛や思いやりがなければ、妊娠はそう簡単ではないかも知れません。現に貴族でも子を授からない家もあるのでしょうから」
「そうですね。貴族だとしても子を授からないことは実際にありそうです。ミラの姉で私の友人のアンナも男の子を授かっていない様ですから」
「お母さま。その方のところへ訪問される予定だったのではありませんか?」
「えぇ、来週に伺う予定です。月夜見も一緒に行ってもらえますか?」
「勿論ですよ」
「ありがとう」
王家でも貴族でも世継ぎ問題は深刻なようだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!