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5.小白

 乗馬でやって来た湖の湖面には波紋もなく、周囲の山々を鏡のように映し出していた。


「お母さま、美しい景色ですね」

「そうでしょう。私のお気に入りの場所なのですよ」

『ここ すき』

 ソニアの声が聞こえた。


「お母さま。ソニアもここに来るのが好きなのだそうです」

「やはりそうでしたか。こちらに向けて走り出すと、勝手にここまで連れて来てくれる様になっていたのですよ」

「この辺には人は住んでいないのですか?」

「えぇ、ここは王家の土地ですからね」


「でも、王家の人たちでもここへ来るのはお母さまだけなのでは?」

「やはり、分かってしまいましたか?」

「お母さま、ひとりだけで大丈夫なのですか?」

「えぇ、これ以上、山の中に入らなければ大丈夫ですよ」


 すると、その辺の草をんでいたソニアが急に首を持ち上げ、右手の山の方を見た。

『なにか くる』

『え?何が来るんだい?』

『よわってる たすけて いってる』

「お母さま、ソニアが何か来ると。助けを求めていると言っています」


「まぁ!何かしら?人なんて居ないはずなのだけど・・・」

「ちょっと行ってみましょうか」

「えぇ、そうですね」

 僕たちはソニアに乗った。僕は空中浮遊してソニアに跨った。

「月夜見。それは乗り降りが楽で助かるわ」


『ソニア。助けを呼んでいるものの方へ行ってくれるかい?』

『いこう』

 ソニアの案内で右手の山へ近付いて行く。すると崖の脇にある繁みの影から小さな茶色い仔犬がよろよろと後ろ足を引きずりながら出て来た。


『けが してる』

 僕は空中浮遊してその仔犬に近付くと身体を透視した。肋骨ろっこつに二本ヒビが入っている。それと右後ろ脚の骨が折れている。


『いたい いたいよ』

 この仔犬の声が聞こえた。

『どうしたんだい?』

『おちた みえなかった』

 上?僕は山の上の方を見上げると崖があり、その上の雪が一部崩れて岩肌が出ていた。


『あぁ、あそこから落ちたのだね』

『いたい』

『そうだね。骨折は治せると思うけどすぐには治せないな。毎日治療を続けないと』

『いたい』


「月夜見。どうなのですか?」

「はい。あそこの高い崖から落ちて肋骨ろっこつと足を骨折しているのです」

「この仔はどうなるのですか?」


「このまま放置すれば親からもはぐれるでしょうし、骨折していて歩けませんからこの寒さであれば、すぐに死んでしまいますね」

「そうですか・・・」


『このこ たすかる?』


 ソニアが話し掛けて来る。凄いな、馬ってこんな会話ができるのか。馬は知能が高いとは聞いていたが驚いた。


「お母さま。ソニアがこの仔を助けて欲しいみたいです」

「まぁ!どうしましょう」

「そうですね。僕としては助けることはできるし、助けてあげたいですが・・・」


 その時、ソニアがまた反応した。明らかに警戒する雰囲気をまといながら。

僕はソニアが警戒する方向に注意を向けた。


 すると繁みの中から現れたのは真っ白く巨大な狼だった。


 その大きさ、前足と後ろ足の太さといい最早トラとかライオンの様だった。全身真っ白な毛並みで目が青かった。驚き過ぎて僕もお母さんもソニアも動けなかった。


 そうか、犬に見えたけどこの仔は北極狼だったんだ!


 するとその狼は僕の顔をしげしげと眺め始めた。たまに首を傾げている。あ!そうか、僕が動物と話せることが分かるのか。僕は念話をしようと狼に集中する。


『おまえ だれだ?』

『僕かい?僕は月夜見と言うんだ。人間だよ』

『にんげん はなせない』

『そうか。僕はね、人間から神と呼ばれているよ』

『かみ? しらない おまえ はなせる にんげん ちがう』

『うーん。一応人間なんだけどね』


『むすこ どうする?』

『え?この仔はあなたの子なの?』

『そうだ たすからない』

『いや、助けられるよ。僕にはその力があるんだ』

『にんげん くさい みな きらう もどれない』


『あぁ、そうか。狼は群れで暮らすから人間の匂いが付いてしまったら、群れに受け入れられなくなってしまうのか』

『おまえ まかせる』

『え?僕が連れて行っても良いの?』

『このまま しぬ』

『そうか。分かったよ。必ず治すからね』

『たのむ』


 狼はそう言うと、自分の子の顔をペロッと舐めてから繁みの中に消えた。

「月夜見。今のは?」

 お母さんが緊張している。それはそうだろう。あんな大きな狼が目の前に急に現れたのだ。卒倒してもおかしくはない場面だったのだ。


「お母さま。今の狼はこの仔の親でした」

「まぁ!ではこの仔は狼なのですね」

「その様です。犬かと思っていましたが・・・」

「犬って何ですか?」

「え?この世界に犬は居ないのですか?」

「犬という動物は知りません」


「あぁ、そうでした。この世界の動物の図鑑に犬は載っていなかった。地球の犬は狼を品種改良したものでした。この世界には居ないのですね」

「それで、この仔はどうなるのですか?」


「はい。僕が助けられると伝えたのですが、一度人間の匂いが付いてしまったら群れには戻せないからお前に任せると言われました」

「任せる?飼うのですか?」


「はい。このままでは死ぬだけですし、最後に「頼む」と言われてしまったので」

「でも、大きくなったらあの大きさになるのですよね?大丈夫でしょうか?」

「はい。僕もあの大きさには驚きました。地球の狼の四、五倍の大きさでしたね」

「大きくなったら襲われるのではありませんか?」


「でも、先程から話はできていますし、狼の会話の内容はソニアと同じくらいにかしこい様なので、小さい内から会話して育てて行けば、人を襲うことはないでしょう」

「そうであれば構いませんが」

「お母さま。ありがとうございます」


「よし。ではこの仔は「小白」と名付けよう」

「小白とはどういう意味ですか?」

「小さくて白い。ということです」

「小さいですけど白くはないですよ」


「あぁ、今は子供だからこの様な色なのです。大きくなったら先程の狼の様に白くなりますよ」

「それでは大白おおしろではありませんか?」

「はははっ!お母さま。面白いですね。いえ、僕が地球で子供の頃に飼っていた犬が小さくて白かったので小白という名にしたのです。それでまた小白と呼びたかったのです」


「そういうことですか。それならば分かりました。さぁ、早く連れ帰って治療してあげましょう」

「はい。お母さま」


 僕は小白を抱くと、空中浮遊してソニアに跨った。ふと気配を感じて崖の上を見上げると先程の狼がこちらを見下ろしていた。僕は聞こえるかどうか分からなかったけど、親狼に声を掛けた。


『この仔は大切に育てるから心配しないで!』

 そして城へ真っ直ぐに駆けて行った。




 城に戻るとうまやで小白の治療を始めた。

『君の名前は小白にしたからね。これからは小白と呼ぶよ』

『ぼく こはく』

『そう、君の名前だ。小白だよ』

『ぼく こはく』


『これから小白の怪我を治療するよ。痛くはしないから大丈夫だ。動かないでね』

『うごかない』

『良い子だ』


 僕は治癒の力を掛けて骨の細胞を活性化させた。これを朝昼晩と三回行い、治るまで続ける。折れた後ろ脚には添え木を当て包帯で固定し、小白が動かない様に丁度良い大きさの木箱を持って来てわらを敷いて中に入れた。


 アベリアが革で首輪を作ってくれた。一応、丈夫なつなで繋いでおいた。

うまやの隅が小白の居場所となった。初めはソニア以外の馬たちがソワソワしていたが、僕から一頭一頭に声を掛けて落ち着かせた。


 餌は生肉だが小白はまだ小さいので包丁で叩いて細切れにしてから与えた。落ち着いてからは元気に食べる様になった。


 それからは僕とお母さんは早起きする様になった。朝食前に二人でうまやへ行き、お母さんはソニアたちの世話を、僕は小白に餌をやり骨折の治療をした。


 そしてその度に名前を覚えさせ会話を繰り返した。僕は犬の小白を飼い始めた頃を思い出し、心が癒される気がした。




 そして小白がここに来て十日が経ち、骨折は既に完治した。やはりまだ子供で成長が著しいところへ、僕が治癒の力で補助をしたから成長とともに骨は簡単にくっ付いてしまった様だ。


 もう、うまやの中を元気に走り回っている。この頃には小白はソニアたちとも会話している様だった。


 このまま育てば、小白は馬たちの番犬というか牧羊犬の様になるのではなかろうか。何も心配は要らなかったようだ。




 トレニア伯母さんの排卵を確かめる日になった。僕はお母さんとうまやに行く前に伯母さんの部屋へ行き、体温を測って排卵の様子を観察する。まだ、排卵していなかった。


 それからうまやに行って馬と小白の世話をし、朝食だ。

その後、また伯母さんの部屋に行って排卵を確認し、今度は剣術の訓練だ。結構忙しい。


 午後には馬術の訓練も開始した。室内の馬場でソニアに乗せてもらう。

お母さんから基礎は一通り習った。それができる様になったら僕の場合は、ソニアと直接話しができるので、かかとで蹴ったり、手綱を引いたりしなくても念話で指示を出せばソニアが応じてくれる。


 だからお母さんの言う通りにしなくても思い通りに乗れる様になってしまった。お母さんはそれが少し悔しいみたいだ。


 伯父さんが僕の乗馬を見ていて何かを考えている様だった。

「月夜見は剣術を習っているから、ここの乗馬用の馬ではなくて王宮騎士団の騎士用の馬に乗れる様にした方が良いのではないかな?」

「伯父さま。乗馬用と騎士用では何が違うのですか?」

「まず、馬の大きさが騎士用の方が大きいのだよ。重い装備を積むからね。それに長時間走ることもあるから体力もある」


「でも、今は戦争なんてないのですよね?」

「それはそうなのだけど、王家としては常に備えておかなければならないのだよ」

「あ!そういうものですよね。失礼しました」


「実は今年の春に生まれた仔馬が居るのだが気性が荒くて困っているのだよ。月夜見ならば直接会話をして上手く手懐てなずけることができるのではないかな?」

「では、その仔馬とお話ししてみましょう」


 王宮騎士団の厩舎きゅうしゃへとやって来た。城の裏手に繋がっており、騎士団の騎士の寄宿舎、武器庫と隣り合っている。ここはうまやと呼ぶには大き過ぎる。恐らく五十頭は居るのではないだろうか。石造りの縦長の建物の真ん中に通路があり、その通路を挟んで両側に馬房ばぼうが作られている。


 通路には飼葉かいばの入った樽や馬具が所狭しと置かれており、僕の様な子供がちょろちょろしていると大人からは見えずにぶつかるかも知れない。そう感じたので僕は空中を浮遊して大人の目線の高さに浮かび、伯父さんの後ろをついて行った。


 各馬房には女性騎士たちが居て、僕を見掛けると作業の手を止め馬房から顔を出して笑顔になった。僕は女性騎士たちに手を振って愛嬌を振りいておいた。


「月夜見。この馬だよ」

 仔馬と聞いていたのに思ったよりも大きい。確かに落ち着きが無い感じだ。しきりに動き回っている。

「仔馬といってもかなり大きいのですね!」

「あぁ、もう生まれてから八か月以上経っているからね。乳離れもしているし」


 僕は仔馬の目線に浮遊して意識を集中させる。すると仔馬も動き回っていたのを止めて僕に向き合った。


『こんにちは。僕は月夜見だよ』

『きみ だれ?』

『だから月夜見だよ』

『にんげん?』

『そうだよ』

『ふーん』


『ここが嫌いなのかい?』

『はしれる?』

『走りたいのかい?』

『はしりたい はしりたいっ!』


「伯父さま。走りたいそうです」

「そう言っているのかい?」

「えぇ、走りたくて仕方がない様です」

「うーん。でも勝手に走らせる訳にもな」


『僕を乗せてくれるなら走れるけどどうする?』

『おまえ のせる?』

『うん。嫌かな?』

『いいよ』


『君、僕を振り落としたりしないよね』

『しない』

『鞍や手綱を付けるけど大丈夫?』

『はしれるなら いい』


「伯父さま。僕を乗せてくれるそうです」

「月夜見!お兄さま、危険ではありませんか?」

「うーん。あ。でも落とされそうになったら、そうやって飛べば大丈夫か」

「えぇ、そうですね」


「よし、では走らせてみようか。おい。馬具を付けてくれ。鞍は一番小さなものだぞ」

「はい。かしこまりました」

「月夜見。十分に気をつけるのですよ」

「はい。お母さま」


 馬具を装備したので僕は馬房に入り仔馬に跨った。

『さぁ、これから走りに行くよ。でも急に飛ばしてはいけないよ。少しずつだからね』

『わかった』


 馬房の柵を外してもらうと僕らは馬房を出て通路を外に向けてゆっくりと歩き出した。

女性騎士たちが全員出て来て心配そうな顔をしている。


「では、ちょっと行って来ます」

 僕は伯父さん達にそう言うと。仔馬に話し掛けた。


『さぁ、では外を走ろうか!初めはゆっくりだよ』

『わかった』

『まずは城を一周しよう。この壁に沿って走って行くんだよ』


 少しずつ速度を上げて走り出した。ソニアより小さいし鞍も小さいから乗り易い。

僕は手綱をしっかりと掴み、腰を浮かして動きを合わせて行った。ソニアで練習していたから問題はなかった。


『うん。上手だよ。走るのは楽しいかい?』

『たのしい はしる! たのしい!』


 そのまま城を三周した。途中、庭師や使用人たちが僕らを指差して何か言っていた。厩舎きゅうしゃの前には伯父さんやお母さん、騎士たちが勢揃いしていた。僕たちを見て拍手をし笑顔になった。仔馬も流石に疲れた様で、最後はゆっくりと走って厩舎の前で止まった。


「この仔も満足したみたいです」

「月夜見。もうこんなに乗馬が上手くなっていたのだね」

「この仔と話しながら走れますからね」


「では、この馬は月夜見の馬としよう」

「え?この仔をもらっても良いのですか?」

「あぁ、決まりだ。名前を付けてやってくれ」

「名前ですか。そうですね。ではアルテミスにします」

「アルテミスか。それはどういう意味だい?」


「月の女神です」

「アルテミスか。その言葉は初めて聞いたな。月の女神か。牝馬ひんばで良かったよ」

「あぁ、そう言えばオスかメスか気にしていなかったです。牝馬で良かった」

「はははっ。分かっていなかったのか」


 アルテミスは舞依の飼っていたトイプードルの名前からもらった名前だ。


 舞依みたいに「アル」って呼ぼうかな。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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