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4.母のお気に入り

 ネモフィラ王国へ移り住んで二日目の朝となった。


 僕は寒さで目が覚めた。十二月だし北の国だからだろう、月宮殿よりも明らかに寒い。

そう言えばネモフィラ王家の人達は皆、背が高い。お爺さんや伯父さんは百九十センチメートル以上あるし、お母さん達、大人の女性も百七十センチメートル以上ある人が多い。


 日本で聞いたことがある。北国の寒い環境で育つと身体が大きくなる人が多く居るらしいと。それって本当のことなのかな。などと、ぼうっとしながら考えていた。


 目の前にはお母さんがまだ眠っている。昨夜、お母さんから言われたことは心にグサッと突き刺さった。


 僕には自分が無いらしい。言われてみればそうなのかも知れない。特にこの世界に転生してからはそうなのだろう。正直言って心は抜け殻のままなのだから・・・


 突然、神の一家に生まれ、超能力のこともあって混乱しながらも医師としての目線でできることを考え、目の前の求めに応じて対応していただけだ。


 つまり、医師の延長線上のことをしているだけで、それは置かれた状況に振り回されているだけなのだ。そこに自分の意思や希望はない。


 お母さんはここで自分を見つけろと言った。ここで見つからなければ成人してから世界を回ってでも。と。見つかるのか?見つける必要があるのか?分からない・・・


 それにしてもお母さんは美しい。透き通るような白い肌っていう表現があるけど、正にこの肌がそれだ。長いまつ毛。下まつ毛も長いな。鼻筋が通っていて高過ぎず、低過ぎず。美しいとも可愛いとも言えるな。唇は薄くて口紅を塗っていなくてもピンク色で可愛い。


 思わず、お母さんの頬に手を触れたくなった。さすさすと頬を撫でていたら、長いまつ毛の目がゆっくりと開いた。お母さんは僕の手に自分の手を重ねる様に触れる。そして笑顔になった。


「おはよう。もう起きていたのね」

「おはよう。お母さま。ネモフィラの朝は寒いですね」

 するとお母さんは僕を温める様に抱きしめる。


「えぇ、そうね。ベッドから出るのが辛かったのを思い出したわ」

「月宮殿も薄ら寒いとは思っていましたけど。やはりこちらの方が寒いようです」

「寒いのは嫌いかしら?」

「いえ、前世でも北の寒い地域に住んでいたのです。雪も多かったので僕も懐かしいです」

「そう。嫌いでないのなら良かったわ」


「トントン!」

 部屋の扉をノックする音だ。侍女の誰かが来た様だ。僕たちはそちらへ振り返って視線を送った。

「失礼します。おはよ!・・・お。おはよう御座います」

 入って来て僕らの姿を見たミラは、何か凄く驚いている。


「おはよう。ミラ。どうしたのですか?」

「い、いえ・・・その。あの、な、何でもありません」

 いやいや、顔は真っ赤だし、そんなに驚いていて何でもなくはないだろうに。

「何でも言っていいのよ。どうしたの?」


「あ。あの。お、お二人のお姿が、あ、あまりにもお美しいので。それで、驚いてしまって・・・申し訳ございません」


 え?美しい?どういうことかな?あぁ、お母さんが天女てんにょのように見えたのかな?確かにこの寝間着ねまきは月宮殿のもので、真っ白で天女のころもという雰囲気があるよね。


「ふふっ。そう言うミラも美しいわよ。さぁ、月夜見。朝食に行きましょう」

「はい。お母さま」


 ミラがお母さんの着付けをしている間、僕は自分で着替えをした。姿見を見ると自分の髪が随分と長くなっていることに気付いた。既に背中にまで達している。お母さんと同じ髪が美しくて、ついつい切ることが躊躇ためらわれてしまうのだ。


 僕のこの姿も美しいのだろうか?毎日見ている自分が美しいかどうかなど考えたことがない。そんなことをぼんやりと考えながら外を眺めた。外は薄っすらと雪化粧をしていた。これからは雪が積もって行くと言っていたな。


「お母さま。あまり雪が積もってしまうとソニアに乗れなくなってしまうのでは?」

「えぇ、そうね。冬の間は閉じ込められてしまいます。でも城の一階の室内に広めの馬場が作ってあるのです。そこで運動はさせられるのですよ。月夜見もそこで乗馬の訓練をすると良いでしょう」


「なるほど。この冬はもう、外には行けませんか?」

「そうですね。あまり遠くまで行かなければ、まだ大丈夫でしょうか」

「できれば外の景色も見たいですし、閉じ込められる前に行ってみたいのですが」

「そうですね!では今日、行きましょうか!」

「はい。ありがとうございます。お母さま」


 朝食に行くと伯父さんから、この後剣術の訓練をすると言われた。そうだった。今日から早速、基礎訓練を始めると話していたのだった。


「月夜見。乗馬は午後にしましょうか」

「はい。お母さま」


 朝食が済んですぐに訓練という訳にはいかないので少し時間ができた。

そうだ、この時間に月影姉さまの神宮へ行って隅々まで見せてもらうことにしよう。

「お母さま、少し時間が空いたので、月影姉さまのところへ行って来ます」

「えぇ、分かったわ」


 僕はひとりで神宮の診察室の前の廊下へ瞬間移動した。

「シュンッ!」

「どんっ!」

「きゃーっ!」


 神宮の廊下へ出現した瞬間、誰かにぶつかった。丁度、廊下を歩いていた巫女が居たのだ。僕はまだ身体が小さいので飛ばされたが、そのまま空中浮遊して転倒は避けられた。だが、相手の巫女は廊下に倒れて尻餅をついてしまった。僕は慌ててその巫女のところへ飛んだ。


「大丈夫ですか?ごめんなさい。僕が急に現れたから」

「あ!わ、私・・・あの、申し訳御座いません」

「立てますか?手を」

 僕はその巫女の両の手を掴み、空中浮遊しながら引っ張って起こした。


「頭は打ちませんでしたか?めまいはありませんか?」

「だ、大丈夫です。あ、あの、あなたさまは?」

「僕は月夜見です」

「月夜見さま!あの女性の知識の本をお作りになった月夜見さまなのですか!」

「え?えぇ、そうです」


 その時、廊下の向こうから月影姉さまがやって来た。

「あら、お兄さま?まぁ!シエナ。なーに?お兄さまの手を握っちゃって!」

「あ!し、失礼致しました!」

 いや、僕が握っていたのだけどね・・・シエナは手を後ろへ回して真っ赤な顔になった。


「お姉さま、僕が廊下に瞬間移動して現れたところへシエナが歩いて来てぶつかってしまったのです。今、起こしたところですよ」

「あら、そうだったのね。お兄さま、シエナはね、子爵令嬢なのだけどお兄さまの作った本を読んで感動して巫女になりたいって志願して来たの。珍しいでしょう?」


「子爵令嬢が巫女になることは珍しいのですか?」

「普通はあり得ないそうです。ここは花嫁修業をする様なところではありませんから」

「シエナは結婚したくないのですか?」

「い、いえ、その様なことは・・・ただ、私は子爵家の次女ですから、あまり良い結婚は期待できませんので、やりたい仕事をした方が良いと思ったのです」


「神宮の巫女の仕事でどんなことがしたかったのですか?」

「はい。病気の方のお世話をしたいと思いました」

「それはご家族で重い病気の方がいらっしゃったとか?」

「いえ、その様なことは御座いません」


「そうですか。でも巫女の仕事はとても大切な仕事です。是非、頑張ってくださいね」

「はい!ありがとうございます!」

 シエナは明るく元気な笑顔の可愛い娘だ。これが日本なら白衣を着た天使。って呼ばれるのだろうな。


「お兄さま、神宮の中を案内しますね」

「えぇ、お願いします。月光照國の神宮と違いがあるのか見てみたいですね」

「あまり変わらないと思いますよ」


 隅々まで歩き回ったのだが本当にほとんど一緒だった。部屋数も大きさもだ。何か規格の様なものがあるのだろうか?


 そして、月影姉さまの診察の時間になってしまったので僕は城に戻った。




 僕とフォルランの剣術の訓練が始まった。

 まず、伯父さんが子供の頃に使っていたという、訓練の時の騎士服を着させられた。まぁ、子供用だから騎士服という程、かっちりはしていないのだが、動き易いことは確かだ。そしてフォルランと一緒に王宮騎士団の訓練場へ入った。


 そこには王宮騎士団の面々が勢揃いしていた。やはりというかほぼ女性だ。三十名程居るのだろうか。伯父さんは整列している騎士団の騎士たちに声を掛ける。


「皆の者。今日より私の息子フォルランとアルメリアの息子である月夜見が剣術の訓練を開始する。まだ基礎体力をつける段階ゆえ、君たちに指導を受けることはないが、これから毎日、ここへ来るので目を掛けてやってくれ」

「ははっ!」


「では、騎士団長、剣聖。挨拶を」

「はっ!私はネモフィラ王国王宮騎士団団長、ヘンリー ウェーバー公爵であります。お会いできましたこと。光栄に御座います。以後、お見知りおきを」

「私はネモフィラ王国王宮騎士団剣聖、フランク ノイマン侯爵の次女。ステラリア ノイマンであります。お会いできまして光栄に御座います。以後、お見知りおきを」


「フォルラン ネモフィラです。よろしく」

「皆さん初めまして、アルメリア母さまとともに成人するまでこちらでお世話になります。月宮殿より参りました月夜見です。よろしくお願いいたします」


「おぉー!」

「きゃーっ!」

「なんて、お美しい・・・」

「うぉっほん!」

 女性騎士達が表情を崩して口々に何か言っていたが、騎士団長の一喝で静かになった。

「では、皆の者。頼むぞ」


「では、フォルラン。月夜見。そこにある剣を持ち上げてみなさい」

「はい」


 その剣は本や映画で見たことがある、西洋の両刃の長剣だった。柄を両手で持って持ち上げようとする。かなり重い。でも何とか剣道の中段の構えの位置まで剣をかかげることはできた。隣のフォルランを見ると、手がプルプルしていて一生懸命に掲げようと頑張っている。


「どうだ、そこから剣を振れそうかな?」

「いいえ、掲げるだけで精一杯です」

「お父さま。重いです!」


「そうだろう。それで当たり前だ。その内、この剣を片腕でも振り回せる様にならねばならん。そのために基礎体力をつけていくのだ」

「はい!」

「では今日はまず、準備運動をしてから走るぞ」


 その後、ストレッチの様な体操を入念に行い、木製の剣を素振りした。とても剣道っぽくてわくわくする。そして最後に訓練場の周囲を三人で走った。一周百メートル位だろうか。フォルランは一周でへこたれた。僕は三周を難なく走れた。やはり僕の身体は特殊な様だ。


「フォルランはあまり動いていないから、まずは走ることからだな。月夜見は流石に世界を飛び回っているだけはあって、フォルランよりは体力がありそうだ。まずは、毎日この基礎訓練をしっかりとやっていこう」

「分かりました」

「では、これで今日の訓練は終了だ」


 初めは厳しくなくて良かった。疲れ過ぎて乗馬に行けなくなったらどうしようと考えていたからね。




 昼食後にお母さんと乗馬に出掛ける。お母さんは乗馬服に着替えた。僕は子供だし、乗馬服なんてないし、外は寒いから上下共にしっかりと着させられた。


 うまやへ行くと、すぐにソニアたちが一斉にこちらへ振り返った。そしてソニアが話し掛けて来る。


『はしる?』

『そうだよ。ぼくも一緒に乗ってもいいかな?』

『いいよ』

 そして、あっさりと了承された。


「お母さま。ソニアが僕も一緒に乗っても良いと言ってくれました」

「まぁ!それは良かった!ソニア。ありがとう!」

 お母さまはそう言ってソニアの首筋を撫でる。ソニアはブヒヒンと答えていた。


「アベリア。今日は月夜見と出掛けるわ」

「はい。アルメリアさま」


 お母さんは馬番うまばんのアベリアと共に、ソニアにくら手綱たづなを慣れた手つきで装備していく。


 先にお母さんがソニアにまたがると、アベリアが僕を抱き上げて乗せてくれた。僕はお母さんの腕の中に包まれる様にして跨っている。

馬に乗るのは初めてだ。跨った位置は地面まで結構な高さがあり、ちょっと怖い。


「お母さま。結構な高さなのですね。少し怖いです」

くらにしっかりとつかまっていてね。私も支えているから大丈夫よ」

「はい」


 アベリアがうまやの外扉を開くと、ソニアは分かっている様でゆっくりと外へと歩き出した。思ったよりも上下動が大きいものだなと感じた。


「月夜見。初めはゆっくり走るわね」

「はい。お母さま」


 少しずつ速度を上げて行くが、走っているというよりは小走り程度に抑えてくれている。それでもガクンガクンと揺れる。正直言って掴まっているだけでも結構大変だ。


 外は雪化粧していることもあり、午後の日差しの中でも頬に当たる風はひんやりと冷たかった。でも、鞍に掴まって落ちない様にすることに必死でそれを感じる余裕はなかった。


 城から徐々に離れて草原を進んで行く。山や木々には雪が積もっているが、午後になった今は平地や草原の雪は溶けて消えていた。


 三十分程経っただろうか、ようやくソニアの揺れと自分の揺れを合わせることができる様になって来て、周りの景色も目に入る様になった。


「お母さま、やっと揺れに合わせることができる様になりました」

「まぁ!呑み込みが早いのね!では、もう少し先まで行ってみましょうか」

「はい」


 少し、速度を上げて走って行く。やがて山が近くに迫って来た。こんなところまで来て大丈夫なのかなと思ったら湖が見えて来た。あぁ、ここが目的地だったのだな。


「月夜見。ここで休憩しましょう。ソニアも休ませないと」

「はい」

 僕は空中浮遊でソニアから降りた。お母さまはソニアの手綱を引いて湖のほとりまで行き、ソニアに水を飲ませている。


 それにしても美しい景色だ。右手には山が迫っているが目の前には湖があり、その向こうに雪化粧した山々が連なっている。更にその奥の山はかなりの高さがあり、そちらは雪がしっかりと積もっている様だった。


 お母さんは自国へ帰り、ソニアに乗ってお気に入りの場所に来られて幸せそうだ。


 そんなお母さんの幸せそうな笑顔を見て僕も癒されていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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