1.新しい生活
ネモフィラ王国での生活が始まった。
月宮殿から瞬間移動して来て驚いた。お母さんの部屋に来たと思ったが部屋の様子が全く変わっていたのだ。どうなっているのかお母さんと一緒に一通り見て回る。
まずは居間だ。広さが以前の倍以上になっており、お茶が飲めるスペースとして三人掛けソファに椅子二脚とテーブル。書斎に置かれる様な机と椅子もあった。その前には大きな掃き出し窓があり、その外にバルコニーもある。
寝室の方はベッドがキングサイズの天蓋付きの豪華なものが置かれ、トイレには勿論ビデもあり、お風呂とは別にある。お風呂と繋がる衣裳部屋は二部屋あってお母さんの衣裳部屋には大きな鏡台や姿見も完備されている。
「お母さま。この部屋は随分と様変わりしましたね。これは前の部屋の二部屋分より広いのではないですか?」
「えぇ、その様です。どうやら三部屋分を改装した様ですね」
「何か、申し訳ないですね。費用をお支払いした方が良いのではないでしょうか?」
「月夜見はお金を持っていないでしょう?」
「いいえ。持っていますよ。下着の販売で発案料が入って来ていますので、既に屋敷一軒建てられる額を優に超える程ありますよ」
「ま、まぁ!まだ五歳だというのにですか!でも払う必要はありませんよ。月夜見のために宮殿を建てようとしていたくらいなのですからね」
その時、ドアがノックされた。
「失礼いたします。月夜見さま。アルメリアさま」
お母さんの侍女ニナの声だった。
「どうぞ」
扉が開くと、ニナの後ろから二人の侍女が入って来た。ニナも巫女の姿ではなく、この城の侍女用のお仕着せを着ている。
そして何故か三人の背丈がきれいに揃っている。百六十センチメートル位だろうか。
「月夜見さま。アルメリアさま。本日より、私だけでなくこちらの者たちと一緒にお世話させて頂きます」
こうして三人の若い娘が並んでいると、今まで意識していなかったニナの容姿が気に止まった。ニナは肩まで伸びた綺麗な金髪に薄い青の瞳。鼻が小さく、小顔で可愛らしい雰囲気だ。前から思ってはいたがとても可愛い娘だ。
「は、初めてお目に掛かります。わ、私はノア リヒター侯爵家次女のリア リ、リヒターで御座います」
リアか、この娘は明るいブルネットの髪を両サイドで結んで茶色の瞳をしている。すっきりとした美人さんだ。
「は、初めてお、お目に掛かります。わ、私はテオ マイヤー侯爵家、さ、三女のミラ マイヤーでご、御座います」
ミラの髪はなんだろう?金髪?でも少しピンク色にも見える。なんて綺麗な髪なのだろう。本人としても自慢の髪なのか腰の辺りまで伸ばしている。そして瞳は赤い。
こんな人間がいるのか。ここは北国だから色素が薄くてこういう人が生まれるのだな。色も白いし、鼻筋の通った美人だ。でも極端に怯えている感じだ。大人しい性格なのかな?
三人共に美人さんだ。それにしても。新人二人共、緊張しているどころではない。声が震え、膝も諤々だ。顔色も良くない。恐らく僕の顔を見てからそうなった気がする。
「そう。リヒター家とマイヤー家のお嬢さんなのね。リア、ミラ。アルメリアです。こちらが私の息子の月夜見です。これからよろしくね」
「はじめまして。月夜見です」
「は、はい。よ、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いいたします」
「それにしても三人は多いのではないかしら?」
「はい。三人居るのは今日だけで御座います。明日からは一名につき週に二日のお休みが頂けることとなっておりますので、三名揃うのは週に一度だけとなり、ほとんどは二名で務めさせて頂きます」
「リア、ミラ。二人は何歳ですか?」
「ふ、二人とも十五歳です」
「そうですか。それで二名勤務の時のそれぞれの勤務時間は何時から何時までですか?」
「あ、あの。ふ、二人とも、朝、月夜見さまとアルメリアさまがお目覚めの時から、お、お休みになられるまでで御座います」
「それでは長過ぎます。ひとりが朝から十六時まで。もうひとりは十一時からとしましょう。三名勤務の日は十一時からを二名にしてください。あと、生理になったら初日と二日目は休んでください」
「つ、月夜見さま。そ、それでは夕食の時に侍女がい、一名だけになってしまいます。それに、その、せ、せ、生理のお休みまでなんて・・・」
「それで良いのです。そうですね。お母さま」
「えぇ、それで結構よ。その辺はニナに聞いておいてね。あとで侍女長のマチルダに話しておきますから」
「は、はい。仰せのままに」
「仰せのままに」
「それにしてもお母さま。侯爵令嬢が王家で侍女の仕事をすることは普通のことなのですか?」
「えぇ、普通のことです。ただ、本当ならばもう少し年齢の高い、熟練した者に付かせるものなのですが」
「そうですね。リアもミラも十五歳では働くのが初めてなのではありませんか?」
「は、はい。わ、私たちでは力不足だと思います。た、大変申し訳ございません」
「いいえ、私が母上に言って、成人したばかりの娘にしてもらったのですよ」
「それは何故ですか?」
「ニナが十五歳になったばかりなのと、もうひとつ理由があります」
「え!ニナ。十五歳なの?」
「は、はい」
「だって、僕が生まれた時から居ましたよね?」
「はい」
「月夜見。それについては後で話しますね」
「は?あ。はい。分りました」
「ニナはもう良く分かっていると思うけれど、リアとミラは分かっていないので初めにお話ししておきましょうか。リア、ミラ。二人は月夜見のことをどの様に聞いていますか?」
「は、はい。月夜見さまは神さまで、その上、わ、私たちの救世主でいらっしゃいます」
「わ、私もその様に伺っています。それに、と、とてつもないお力をお持ちで、ひ、人々の病気を癒されると・・・」
「そうですね。その様なところも確かにありますね。でもこの様に姿形はまだ、五歳になったばかりなのですよ。それは二人にもその様に見えていますよね?」
「は、はい。とても驚きました」
「ほ、本当に驚きました」
あぁ、僕の姿が五歳児だから、それであんなに驚いて震える程になってしまったのか。
「でもね。ここへは神の月夜見ではなく、五歳の月夜見でいるために来たのです。実は月夜見の中身は母である私よりもずっと年上なの。だからいつも近くに居る侍女の年齢が月夜見に近いと五歳では居られなくなってしまうと思ったのです」
「それで心の年齢よりも少しでも離れた若い娘が良かったの。だから、あなた達に侍女の経験がなくても良いのですよ。月夜見のことは神だからと構えるのではなく、五歳の子を相手にしていると思って頂戴。きっと難しいことを言っているとは思うのだけど」
「は、はい。かしこまりました」
「はい。努力致します」
「ニナ。先輩として月夜見のこと、リアとミラに教えてあげてね」
「はい。アルメリアさま」
「では、これからお父さま達にご挨拶に行きましょうか」
「はい」
お母さまと侍女三名を引き連れてサロンに入った。途中、お母さまは他の顔見知りらしい侍女に声を掛け、家族をサロンへ呼んでくれる様に頼んでいた。
サロンに入ると、すぐにサロンの担当侍女がお茶を淹れ始めニナとリアが運んでくれた。
お茶を飲みながら待っていると、ネモフィラ王家の全員がぞろぞろとサロンへ入って来た。
「ようこそ月夜見さま、アルメリア。我がネモフィラ王国へ」
「お父さま。月夜見さまではありませんよ!」
「あ!そ、そうだったな。つ、月夜見よ」
「お爺さま。ありがとうございます。これから成人するまでの十年間お世話になります。また、あの様に素晴らしい部屋をご用意頂いたこと。感謝致します」
「良いのです。本来なら宮殿を用意せねばならないところなのですからな」
「また、お父さま!」
「そ、そうだったな。いや、すまん」
王であり、お母さんのお父さんであるヴィスカム王は、僕と同じプラチナシルバーの髪に青い瞳。色白で鼻筋の通ったハンサムだ。年齢は五十四、五歳位か。
「アルメリア。あなたがまた、ここへ帰って来てくれて嬉しいわ」
「はい、私もです。お母さま」
お母さんのお母さん。ウィステリアはセミロングの金髪に青い瞳をした美人だ。恐らく四十歳前後だろう。
「そう言えば、マリーが男の子を生んだそうですね。月影から聞いていますよ」
「はい。シレーノスお母さま。マリー姉さまは八月に秋高を生みました」
「それも、月夜見さ、う、うん!月夜見のお陰なのですね」
シノーレス王妃は第一王妃でマリー母さまのお母さんだ。ブルネットのミセスな髪型で茶色の瞳。五十歳代前半位だろうか。
「シレーノスお婆さま、よろしければ一か月後に月宮殿に戻る際に一緒に行かれますか?」
「え!行けるのですか?あ!でもそれは瞬間移動ですか?」
「はい。そうですが?」
「で、でもそれは・・・」
「一瞬のことで何も感じないのですよ」
「そ、そうなのですか?」
「えぇ、何も怖くないのです」
「では、お願いしようかしら」
「はい。是非」
「月夜見。君はここで何かしたいことはあるのかな?」
マリー母さまの弟のステュアート伯父さんは、シレーノスお婆さんに似ている。短く刈られたブルネットの髪に茶色の瞳だ。とても優しそうな人だ。三十歳位だろうか。
「伯父さま。そうですね。お母さまから乗馬を習いたいのです」
「あぁ、それは良いね。アルメリアと一緒にソニアに乗るかい?それとも別の馬を用意しようか?」
「そうですね。まず、ソニアに聞いてみます。他の馬にも」
「え?馬に聞く?のかい?」
「えぇ、僕は動物と念話で話ができますので」
「えーっ!動物とお話ができるの!凄い!いいなぁ~」
「ロミー姉さま。それでしたら僕が仲介してお話ししましょうか?どんな動物とお話ししたいのですか?」
ロミーはお父さん似の八歳でショートボブのブルネットの髪に茶色の瞳だ。
「私の部屋の窓に来る、小鳥と話したい!」
「あぁ。小鳥ですか・・・それは・・・」
「できないのですか?」
「いえ、できるのですが。小鳥は脳が小さいからか言葉が少ないのです」
「のう。って何ですか?」
「脳は頭の中にある、ものを考えたり覚えたりするところです。普段、頭のこの辺で考えごとをしている様な気がしませんか?」
「そうね。考えているとこの辺が熱くなる気がするわ!」
「えぇ、その通りです。人は頭が大きいから脳も大きくて沢山のことを考え、お話ができます。けれど小鳥は頭が小さいでしょう?だから脳も小さくて、人と同じ様にはものを考えていないのです」
「そうなのですか!」
「それでもお話はできますよ。今度小鳥に餌をあげながらお話ししてみましょうか」
「うん。ありがとう!」
「いいえ」
「乗馬の他には何かあるかい?」
「はい。剣術を習いたいです」
「ほう!剣術か!男の子であれば、是非やってもらいたいな」
「はい、暁月お爺さまから王宮騎士団に稽古をつけてもらえと」
「そうか。では王宮騎士団の団長に話をしておくよ」
「ありがとうございます」
「あの。月夜見」
「はい。なんでしょう?トレニア伯母さま」
トレニア伯母さんは腰まで伸ばしたきれいな赤毛に赤い瞳だ。ロミーのお母さんのシオン伯母さんはエレガントなボブにした金髪に青色の瞳。二人共まだ三十歳には届いていない。はっきりとした顔立ちの美人だ。
「あの。私とシオンなのだけど。アニカとロミーしか生んでいないのです。それで・・・」
「男の子を授かりたいのですか?」
「え、えぇ、そうなのです。お願いできるでしょうか?」
「伯父さま。僕には王家のことが分からないので失礼なことをお聞きしてしまうのですが、王家の世継ぎとしては、既に長男のフォルランが居ると思います。これ以上男の子を授かっても大丈夫なのですか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。トレニアとシオンの実家は公爵と辺境伯の家柄なのだが、両家共に世継ぎが居ないのだ。だから、そちらのことを考えてのことなのだよ」
「分かりました。お二人とも基礎体温表はつけていらっしゃるのですか?」
「はい。あの月の都の神宮で頂いてから、ずっと記録は続けています」
「え?ではもう一年近くも?それで妊娠されないのですか?」
「いえ、基礎体温表をつけているだけなのです」
「何故、性交渉をされないのですか?何か分からない点がありましたか?」
「そうではないのです。こうして月夜見さまが来ることが分かっていましたので、マリー姉さまの様に月夜見さまのお力をお借りしたかったのです」
この世界の人間には性欲というものが無いのだろうか?つくづくおかしいと思う。何故、一年もセックスレスでいられるのだろうか?
「そういうことでしたか。分かりました。では後程、お二人の基礎体温表を拝見します。次の排卵日に性交して頂きましょう。その時に色々と質問をさせて頂きますので」
「ありがとうございます!」
「月夜見。子供たちの前ですよ」
「あ!またやってしまった。すみません。お母さま」
「まぁまぁ、月夜見も我々もそうすぐには慣れるものではない。ゆっくりと慣れて行こうではないか」
「お爺さま。ありがとうございます」
「こちらこそだ。トレニアとシオンのこと。よろしく頼むぞ」
「はい」
「よし、今夜の晩餐は月夜見とアルメリアの歓迎の晩餐としよう」
「うわーっ!」
「パーティーだぁ!」
ルイーザ、アニカ、ロミー、フォルランが一斉に飛び上がった。
ルイーザは確か十四歳で来年成人の筈だ。セミロングにしたブルネットの髪、茶色の瞳をしている。お父さん似の美人だ。アニカは十一歳でロングのブルネットの髪に赤い瞳で、やはりお父さん似の美人だ。フォルランは僕と同じ五歳。お母さんのオードリーに似ている。金髪に緑の瞳だ。
王家の人達の暮らしとはどんなものなのだろう。これから十年。ここで暮らすのだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!