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33.ネモフィラへの旅立ち

 八月となり、いよいよ五人の母さま達がお産を迎えた。


 直前の検診では問題はなかった。そして最初にマリー母さまが無事に出産し、それから一週間後にシルヴィア母さまとジュリア母さまの陣痛が同じ日の朝に始まってしまった。


 でも今年に入り既に三回のお産を経験しているし、姉さま達も立ち会って来た経験が活き、助手として大いに役に立った。そして二人共無事に出産した。その二日後にシャーロット母さまが、更にその三日後にオリヴィア母さまが出産した。


 全ての子は、暁月ぎょうげつお爺さんが生まれてすぐに面会し、名前を付けて行った。


 マリー母さまの子は、秋高しゅうこう、シルヴィア母さまの子は、桂秋けいしゅう、ジュリア母さまの子は、良節りょうせつ、シャーロット母さまの子は、蘭秋らんしゅう、オリヴィア母さまの子は、条風じょうふうと名付けられた。


 新たに生まれた男の子七人全て、名前に「月」が入っていない。つまり力の大きさはそれ程大きくはないということだ。七人も生まれているのに何故なのだろうか。何が違うのだろうか。




 僕はネモフィラ王国へ行く三か月前となったある日、お母さまと一緒にお爺さんの屋敷へ伺った。

「お爺さま、おはようございます!」

暁月ぎょうげつさま、おはようございます」

「おぉ、月夜見。アルメリア。おはよう。今日はどうしたのだ?」

「えぇ、少し、お伺いしたいことがありまして」

「うむ。分かった。今、お茶を用意しよう」


「さて、何が聞きたいのかな?」

「はい。お母さま達の子のことです。七人生まれましたが、力の方は如何でしょうか?」

「うん。名前を聞いておるだろうから、もう分かると思うが玄兎と同じで治癒の能力しか持たぬのだ」

「その場合、彼らは成人したらどうなるのでしょうか?」


「そうだな。今までは男の子が生まれたらそれ以降に子は儲けないものだったからな。前例が無いのだ。だからどこかの王国や貴族の婿養子になるか、神宮の宮司になるかであろうな。まぁ、決まりは無いのだよ」

「では、本人たちが決めることもできるのですね」

「そうだな」


「分かりました。それと御柱みはしらについて前に少し伺いましたが、何も分からないのですよね?」

「御柱か。詳しいことは分からないのだ。この世界が創られた時には既にそこに在ったと聞いている。だが実際に誰が造ったものなのかは分からないのだ。地球といったか。月夜見の居た世界には無かったのか?」


「はい。ありません。ですがこれから造ろうと計画は始まっていた様です」

「では、月夜見にはあれが何であるかは分かるのだな?」

「はい。あれはオービタルリングと低軌道エレベーターだと思います」


「それは、どうやって造るのだ?」

「これは友人からの聞きかじりですので正しいのかは分からないのですが、まずこの星の赤道上の宇宙に人口衛星、つまり人が造った星を浮かべ、そこから大きな輪の建造物を造ってこの星の周りを同じ速度で回転させます」


「その輪が出来たら、そこから柱の様に見える中が空洞の建造物をぶら下げる様に地上に向けて降ろして行く様です」


「それは何に使うのかな?」

「まず、柱は中がエレベーターになっています。船の昇降機と同じです。それで地上から宇宙まで行けます。宇宙まで簡単に行けますので、そこから他の星へ行き易くなるのです。あとオービタルリングで電気を発電して柱を通じて地上へ電気を供給しています。この世界では「光」と呼んでいるようですが」


「他の星へ行けるのか?」

「えぇ、宇宙用の船があればですが。でも低軌道エレベーターが出来ているということは必ず、宇宙用の船。つまり宇宙船もあるはずです。柱の上に登ってみれば船はそこにあるのかも知れませんね」

「地球では他の星へ人間が行っていたのか?」

「月には行っていましたね。他の星にも行く計画も立てている様でした」


「あの月まで行けるのか」

「えぇ、宇宙船があれば。でもこの星の月は双子星なので行けるかどうか分かりません」

「双子だと難しいのか?」


「これは想像なのですが、見ているとあの月はかなり速い速度でお互い回転していますので、引力がかなり大きいと思うのです。あそこに着陸するのは難しいかと」

「かなり速い?ゆっくりと回っている様に見えるがな」

「いえ、遠くから見ているからそう見えるだけで、実際には大変な速さですよ」


「その様なことまで分かるのか。では今度行ってみるか」

「え?月へですか?」

「いやいや。柱にだよ」

「あぁ、そうですね。いつも月宮殿の船で柱に着いてもエレベーターで地上へ降りるだけですからね。でもあのエレベーターは地上と船着き場の往復しかできない様でしたが」


「ではそれとは別の宇宙まで行けるエレベーターとやらがあるかも知れないのだな?」

「えぇ、あるはずですね。でもそのエレベーターがあったとしても、いきなりそれに乗って宇宙まで行ってしまうのは危険です」

「それは何故かな?」


「宇宙には酸素が無いのです。それに放射線や強い紫外線など人体に危険なものだらけなのです。この姿のまま宇宙に行けば数秒で死んでしまいます」

「では、行けないのか」

「いえ、上空に人間が地上と同じ条件で生きられる設備というか部屋が造ってあれば大丈夫です。それが無い場合は、宇宙服と言って呼吸ができる装置が装備された服が必要なのですよ」


「宇宙とは、恐ろしいものなのだな」

「えぇ、それで、それらのものに関する記録はどこかにないのでしょうか?もしかしたら、それらの情報が書いてある本があるかも知れないですよね?」


「本や古い記述であれば、宮殿の地下室に保管されている。月夜見にならば見せても良いだろう。ただし、これは天照家の記録でもある。本当は当主になった者しか立ち入りは許していないのだ。月夜見にその覚悟はあるのかな?」

「世継ぎですか。それは・・・」

「月夜見・・・」

 お母さんが心配そうな顔になっている。


「まぁ、ゆっくり考えるが良い。月夜見には地下室の入室を特別に許可しよう」

「ありがとうございます」

「では、今から行くか」

「はい。ありがとうございます」


 お爺さんとお母さんと宮殿へ戻った。僕はお爺さんと二人で地下室へと向かった。

この宮殿に地下室があるとは知らなかった。まぁ、知らない部屋の方が多いのだから当たり前なのだが。


 その地下室は食堂の先の行き止まりの手前に扉があり、その扉を開けると地下へ続く階段があった。地下室への階段は壁も天井も全てが石でできており電灯は薄暗かった。


「この階段を降りても地下室には鍵が掛かっており、当主しか鍵を持っていないから他の者は入れないのだ」

「あれ?お爺さま。お父さまから鍵を借りて来ていないですよね?」


「あぁ、この中に入って部屋に登録すれば、この入り口の宝石に手を触れるだけで開くのだよ。さぁ、ここだ。では開くぞ」


 お爺さまが扉の横の柱に埋め込まれている青く大きな宝石に右手を触れる。

すると青い宝石が光り、取っ手のない扉は「ゴゴゴッ」と重そうな音を立てながら左にスライドして開いた。


 部屋に入ると中は明るくも暗くもなく、石壁ではない普通の壁が造られており、入り口の扉から見て正面には大きな机がある。机の縁には美しい装飾があり全体の雰囲気は重厚だ。


 机の上にあるランプも花の花弁をあしらったデザインで美しかった。そして座り心地の良さそうな椅子が一脚ある。僕にはまだ大きいようだが。


 右の壁には書棚があり、古めかしく豪華な装丁そうていの本がぎっしりと収まっている。左の壁には絵が掛けてある。どこかの風景だろうか。その部屋は一家の主の書斎といったたたずまいだった。


「月夜見、この宝石に手を触れて光ればこの部屋の利用者として登録される」

 机の上の右端に青い宝石が埋め込まれていた。僕はその宝石に右手を触れる。すると宝石が一度光って消えた。


「これで月夜見は登録されたからいつでも入ることができるぞ。では、私は戻るのでな。どの本でもゆっくり読むとよい」

「お爺さま。ありがとうございます」


 では、と空中浮遊して本棚の右上端の本を手に取り、机に戻って本を開く。始めに手にした本は、天照家の名付けの指南書の様だ。


 子供が生まれたら男の子の場合は、まず念話ができるかを判別すると書いてある。念話ができれば「月」が付く名を付け、できなければ「月」が付かない名を候補の中から選ぶとのことだ。


 女の子は宮司となるので「月」が付く名を候補の中から選ぶのだ。お爺さんはこの本に従って名付けをしていたのだな。


 その他、今日は数冊の本を読んでみたのだが、各国の成り立ちや物語、動植物の図鑑などどれもありきたりなものだった。


 五歳になるまでの三か月間、毎日読書をした。時には庭園で動物に囲まれながら。時には山の頂上に行き月を眺めつつ、またある時は一日中地下室にこもって。そして地下室にある本は全て読破した。


 だが、御柱みはしらや船、光にまつわる話やこの星や世界の成り立ち、あと医学や科学の関係の本も無かった。つまり、僕が本当に知りたいものは得られなかった。


 この三か月間、本を読んでいただけではない。ジュリア母さまの娘、葉月はづき姉さまが十五歳の成人となり、エーデルワイス王国王都の神宮へ派遣が決まった。例によって、お父さん、ジュリア母さま、葉月姉さまと僕の四人で船を瞬間移動させ、送って行った。


 エーデルワイス王国の神宮では、既に週一日の休みはできていたし、ビデと公衆トイレも完備されていた。生理用品の製造国でもあるので国民に広く行き渡っていた。


 妊娠の報告も多くなり、街には妊婦が目に見えて多くなっているとのことで、エーデルワイス王国の先輩宮司である、夜月よつき伯母さんより、大変感謝された。




 そうして僕は五歳の誕生日を迎え、お母さんとネモフィラ王国へ移り住むこととなった。


 各国にはお父さんから通達されている通り、僕はどの国にも出向かないということになっているのでネモフィラ王国に住むことは一応、秘密だ。


 ただ、本当に他国へ行かないかと言えばそれは嘘だ。姉さまが成人を迎え、各国の神宮へ派遣される際は僕が行って送り迎えをすることになっている。


 要するにどの国でも神宮の中は、各国の治外法権なのだ。僕からして見れば、神宮は家族の居る別邸の様な位置付けだから国外ではない。それに船や瞬間移動で直接神宮へ出入りするから一般の人に見られることもない。


 でも、それも表向きの話だ。きっと何かしら用事ができれば出掛けて行くことになるだろう。あまり派手には動かない様にするというだけだ。


 出発前夜は賑やかな晩餐を楽しんだ。そして、晩餐の後に全てのお母さま達とお姉さま達が、順番に僕を抱きしめて、しばしの別れを惜しんだ。


「月夜見。ネモフィラではアルメリアを頼むぞ」

「はい。お父さま。今までありがとうございました」

「月夜見さま、行った切りではなく時々、お顔を見せに戻ってくださいませ」

「はい。オリヴィアお母さま」

「お兄さま、遊びに来てくださいね!」

「えぇ、結月ゆづき姉さま、瞬間移動でいつでも来られますから」


 翌朝、先に荷物を念動力で飛ばしてからまずはお母さんを抱きしめて飛んだ。

すぐに戻り、最後にお母さん付き侍女のニナを瞬間移動で送る。


 ニナはお母さんと僕にすっかり慣れているので、そのまま連れて行くこととなったのだ。

「ニナ、確か前にも神宮へ飛ぶ時に抱きついたことあるから大丈夫だよね?」

「は、はい、きっと大丈夫です」

「では、抱きつくからね」

 僕は宙に浮いてニナの身長に合わせて高さを調整し、ニナを抱きしめた。


「ひゃ!あ、あぁ・・・」

「ど、どうしたの?大丈夫?」

 僕はニナの声に驚いて彼女の肩に手を置いて少し離れた。


「あ、あの・・・前より月夜見さまが大きくなられていて・・・しっかり抱かれたから・・・」

「え?ニナ。僕を男として意識しているの?」

「そ、それは・・・その・・・あ!お、お顔が・・・近い・・・です」

 ニナは顔が真っ赤で息も絶え絶えだ。そんなに恥ずかしいのかな?


「ニナ、まだ僕の顔に慣れないのかい?毎日見ているのに・・・」

「で、でもこんなに近いと・・・」

「抱きしめないと飛べないのだから、ちょっと我慢してね」

「は、はい」


 僕は改めてニナを抱きしめた。

「あぁ・・・」

「ちょっ、ちょっと!耳元で変な声出さないでよ」

「す、すみません!」


「では、飛ぶよ!」

「シュンッ!」


 ネモフィラ王城に到着するとふたりはパッと離れ、意識的にお互いの顔を見ない様に務めるのだった。


 そうしてネモフィラ王国での生活が始まったのだった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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