未来へ
私は天照 月夜見。私と舞依は七十歳の誕生日を迎えた。
今日はアルカディアへ引っ越しをする日だ。アスチルベの月の都は当初あった通りに海面に浮かべ更地に戻す。
神宮や薬草工場、村役場や商店、ダンスホールと民家は全てアルカディアの西側の使われていなかった土地へ転移させた。村人も全員、アルカディアへの転居を希望したのだ。
村長である花音の祖父母と両親は既に他界し、その後を引き継いだ武馬も六十八歳となりエーファとの子にその地位を引き継いだ。
今日は私の一族がこの月の都に集まり、お別れ会を催すことになっている。
先程から神星の二十九の国から私の子供たちが瞬間移動で集まって来ている。勿論、地球の翼の一族も招待している。
私の父とお母さま方は既に他界したが、お姉さまと子供たちはまだ全員が存命だ。
ただ、一番上の姉の月影姉さまは八十二歳となっていて、主人のロベリア殿は先日八十四歳で亡くなった。
「月影姉さま。ご無沙汰しています。ロベリア殿は残念でした。お悔やみ申し上げます」
「お兄さま。生きている内にお会いできて良かった。本当にお変わりなく、美しいままなのですね・・・」
「姉さま・・・」
私は小さくなってしまった月影姉さまを包み込む様に抱きしめた。
そして私の周りには次々にお姉さま達が集まって来る。一番若いお姉さまの水月姉さまで七十二歳だ。十四人の姉さま達を一人ずつ抱きしめていった。
那月姉さまはロミー姉さまも連れて来ていた。二人は私の両側から抱きつき満面の笑みを浮かべた。
「お兄さま!いつまでもいつまでもお美しいままなのですね・・・」
「お兄さまは私がいつも見る夢の中のお姿のままです!本当に変わらないのですね」
「那月姉さま、ロミー姉さま。お幸せそうで何よりです」
「えぇ、もう曾孫も沢山居るのですよ。もう何も思い残すことはありません」
「ただ、お兄さまにもう会えないのかと思うと・・・」
「お姉さま。もう会えない訳ではありません。今回は神の住まう大地へ引っ越すだけです。お忍びで会いに伺いますよ」
「え?本当なのですか?」
「嬉しい!」
「お二人とも変わらないのですね」
まだ会えると聞いて二人は涙を流していた。私は二人の肩を抱いてポンポンと叩いた。
子供たちは三十四人だ。長男の凛月が五十三歳、一番下の息子、疾風が四十二歳になっている。リッキー、翼、葉留以外は全員、王か王妃となってまだ現役だ。
リッキーには私が五十歳の時に天照の家は引き継いだ。既に立派な家長となり、月光照國の月宮殿で暮らしている。
孫は百人を超えていて、曾孫に至っては既に二百人を超え、更に増え続けている。玄孫も生まれ始めているようだ。これだけ一族が増えていれば千四百三十年後に転生する時は、琴葉の息子として生まれることは避けられるのではなかろうか。
今日集まってもらったのは孫までとしている。曾孫や玄孫まで来てしまうとその紹介だけで何時間も掛かってしまうからだ。まだ会っていない子の方が多いのだが、そういう子にはこれから個別に会いに行けば良いのだ。
リッキーとアイナ、息子のライネリオと娘のヴィクトリアが挨拶に来た。
「お父さま。いよいよ引っ越しなのですね」
「うん。あとは任せるよ。リッキー」
「僕もそろそろライネリオに引き継ぐつもりです」
「神星も望郷と同じ統治にするのだね」
「はい。十年以内にライネリオを中心とした中央政府を立ち上げ、各国は地方自治体となるのです」
「この二十年で地球の工業製品や文化は全て取り入れた。平民の文化レベルも飛躍的に向上したね。あと十年もあれば十分に望郷と同じ統治が可能となることだろう。リッキー、本当によくやったね」
「お褒めに与り光栄です」
神星は二十年前からリッキーの指導で地球の文化レベルに合わせる政策を取った。電話、インターネットやテレビ、あらゆる電化製品を取り入れた。
特にテレビを先に取り入れ、全国民向けに教育番組七割、娯楽番組三割の構成で、学問、健康、環境保護、農業指導、料理番組などで国民を教育していった。
今では学校や病院も当たり前の様にあり、地球の人間と同じ水準の生活ができる様になりつつあるのだ。
四柱目と八柱目の御柱がある大陸にも二十の自治区が設けられた。私の孫の代が各々の自治区を統治し、人口は爆発的に増えつつある。
七柱目の農業プラントは既に大陸全面に広がっていた。地球と望郷の食料をいつでも補うことができる様にするためだ。
そして五柱目の砂漠の大陸も緑地化が始まっている。まだ何に使うかは決まっていないが緑地化には時間が掛かるため、早目に備えておく様だ。
私のアルカディアもこれから改革していくつもりだ。アルカディアの民は解放し、神星の五十番目の特別自治区として組み入れてもらう予定だ。
大陸へ移住を希望する者は引き留めない。特に若者は都会で暮らし、新しい産業で働きたい者も多い筈だ。
民や労働力が不足したら必要最低限のアンドロイドを導入すれば良い。私はアルカディアでスローライフを送りたいのだから。
翼の一族が集まっていた。私は笑顔で近付き話し掛けた。
「翼、よく来てくれたね」
「お父さま。大変な人数ですね」
「うん。曾孫や玄孫は来ていないのにこれだけの人数だよ」
「凄いですね」
「地球はどうかな?」
「はい。結衣の子以外は皆、妻の実家を継いで立派にやっていますよ」
「結衣の子と言えば、蓮の弟の碧が月の都を継ぐことになるのだね?」
「はい。碧は力も強いのです。なぁ、碧」
「はい。お父さま。お爺さま、地球のことはお任せください」
「碧の代で地球も望郷の様な統治に変更できそうかな?」
「そうですね。まだ不透明な部分はありますが、今や日本の首相もお父さまの友人の榊徹首相です。従来の政治に異議を唱え、改革を支持した世代が主導しているのです。それにあと二十年もすれば反対していた者たちも寿命を迎えますから」
「そうか。これで地球、神星、望郷の三つの星全てが同じ統治をし、資源を融通し合い、食糧危機にも備え、支え合う形ができるのだね」
「はい。それを目指します」
榊徹首相も葉留の夫ということで同伴している。
「榊首相、中央政府での世界統一は可能ですか?」
「はい。そうならなければならないと信じております」
「お父さま。徹さんは必ず、お兄さまと碧と共に成し遂げます」
「葉留。君が支えているのだからね。信じているよ」
「えぇ、お父さま。楽しみにしていてください」
葉留は相変わらずだ。ご主人の徹さんを上手くコントロールしている様だ。葉留はもう四十九歳だというのに若々しく美しい。三十代と言っても通用するのではないだろうか。
彼女のことだからきっと大変な努力をしているのだろう。
「ところで、今の地球の人口は?」
「はい。日本で六千万人程、世界人口は約三十億人となっています」
「三十億・・・特に日本は減りましたね」
「はい。日本は超高齢化となっていましたし、望郷への移住希望者も多かったので」
望郷の公用語は日本語だ。そのせいもあり、日本からの移住者は多かった。
次に多かったのは欧米諸国だ。望郷は神星と同じで温暖な星で白人に受け入れられ易かった様だ。
「食糧需給と労働力に問題は出ていませんか?」
「はい。特に農業でも工業でも自動化が進んでいますので労働力に不足は御座いません。食料も人口が減った分は他国へ融通していますので」
「それは素晴らしいですね」
「娯楽はどうなっていますか?」
「はい。娯楽は増々多様化し、余暇の過ごし方も充実していると思います」
「それは良かった」
地球もすっかり落ち着いたものだな。山本夫妻や妻の両親が亡くなってしまったし、瑞希も神星へ引っ越したので最近は足を運んでいなかったが・・・翼や碧、それに葉留が居れば大丈夫だろう。
「蓮、リリア。ここ五年は訪問していなかったけれど望郷の方はどうかな?」
「はい。移住開始以来、人口は順調に増えてきており、現在は一億人に達しようとしているところです」
「もう、そんなに増えていたのだね。統治は上手くいっているかな?」
「はい。移住時の人選で優秀な政治家や技術者を揃えていますので問題は御座いません」
「蓮はまだ子を作らないのだっけ?」
「はい。建国百年までは統治に専念したいのです」
「リリア、寂しくはないかな?」
「はい。私たちの人生はまだまだ長いのですから。それに望郷の建国に携われることは名誉なことですから、今はこの仕事に専念すべきと思っております」
「リリア、偉いな・・・それに蓮の妻七人を探し出したのは全てリリアの功績なのだしね」
「はい。リリアの予知夢で一年に一人見つけ出してくれたのですから」
「私が見つけたのでは御座いません。夢で見た妻たちの特徴を蓮さまへお伝えしただけなのです」
「では、蓮はどうやって妻を探し出したのかな?」
「リリアの夢で名前と歳、あとは出会う年月が分かったので、あらゆる情報を検索して探し出し、数か月前から徐々に近付いて自然に知り合った様に仕組んだのです」
「ふーん。何故、見つけて直接会いに行くのではなく、出会いを演出したのかな?」
「それでは味気ないではありませんか。折角、夫婦になるのですから、出会いからお互いを好きになる過程を大事にしたかったのです」
「ほう。それは素晴らしいね」
「お父さまもそう思いますよね?」
「翼、そうだね・・・それにしても天照さまは何故、私たちに嫁探しをさせるのだろうね?」
「本当に!そのお陰で地球では地磁気の発生装置の稼働が遅れたというのに・・・」
「シュンッ!」
「うわ!」
突如、目の前に白いフクロウが現れた。
『それは何故か。知りたいですか?』
『あ、天照さま!急にどうしたのですか?』
『天照さま、嫁探しをさせていたのには理由があったのですか?』
『それは・・・私の暇つぶしです』
『えーっ!暇つぶし?!』
『暇つぶしで嫁探しをさせて、それを見て楽しんでおられたのですか?』
『いけませんか?こちらは千五百年も生き続けるのですよ?暇を持て余したとしても不思議ではないでしょう?』
『でも、私たちはそれで大変な苦労をしたのですよ?』
『そうは言いますが、こちらも先回りしてお膳立てをして来たではありませんか。全くヒントが無ければもっと大変だったとは思いませんか?』
『そう言われると確かにそうですが・・・』
『それにしても、蓮にはサービスし過ぎてしまいました』
『あぁ、リリアに予知夢の能力を与えたのですね?』
『えぇ、花音に与えた程度にしておけば良かったですね』
『でも、それだと成人までに妻を全員探し出すことは不可能でしたよ』
『そうですね。翼の時は少し苦労をさせましたから、蓮には甘くなってしまいましたね』
『ありがとう御座います。天照さま』
蓮とリリア、それにあと七人の妻たちが天照さまに深々と頭を下げた。
『千五百年後はそうはいきませんからね』
『え?千五百年後もまた、一から嫁探しをしなければならないのですか?』
『其方たちは、突然、嫁を目の前に引っ張り出されて、この娘と結婚しなさいと言われたら嬉しいですか?「ありがとうございます」と言って、そのまま受け入れられるのですか?』
『いや、それは・・・』
『そうでしょう?自分で探し出し、相手との出会いとその後のふれあいの中で愛を確かめることが大切なのです』
『はい。おっしゃる通りです』
あぁ、やはり天照さまには敵わないな・・・
『安心しなさい。其方たちお役目を担う神は千五百年毎に再び出会い、愛し合い、共に生きる運命なのですから』
『はい。それは嬉しいことです』
『できれば、親子や兄弟として生まれることがない様に調整頂けると嬉しいのですが』
『月夜見、見てみなさい。神の一族がこれ程に増えているのですから、次回以降はその様なことにはなりませんよ』
『はい。ありがとう御座います』
『では、私はこれで』
「シュンッ!」
「あぁ、消えてしまわれた。そうか・・・また千五百年後には嫁探しをしなければならないのだな・・・」
「月夜見さま。それでもまた必ず出会い、一緒に生きて行けるのですから。私はその時をお待ちしております」
「私もです」
「うん。そうだね。琴葉、舞依、皆も・・・ありがとう」
妻たちは皆、私に笑顔を向けてくれた。そうだ。私たちの関係は永遠に続くのだ。いつか死を迎えたとしても、また必ず逢える。その時を待ち続ければ良いのだ。
アルカディアへ移住すると、まずは私の屋敷の侍女たちに会いに行った。
アルカディアの町長の椿さんは亡くなり息子が後を継いでいる。既にアルカディアにも地球と同レベルの文化と家電製品が全て配給されているので電話で引っ越しの件を告げておいた。
「シュンッ!」
「あぁ!」
約束の時間に屋敷の庭へ出現すると、町長と侍女たちが立ち並んで待っていてくれた。
皆の制服は紺色のワンピースにエプロン姿で統一されている。
侍女は静たち最初の十九人が六十九歳、追加で入った七人が六十七歳になっていた。
でも皆、若々しく元気そうだ。腰が曲がり切った年寄りは一人も居ない。
「やぁ、皆。久しぶりだね。元気だったかな?」
「月夜見さま!」
わぁっと一斉に私の周りに駆け寄り、蘭は泣いていた。
「静。皆、元気そうで良かった。変わりはないかな?」
「はい。皆、元気にしております」
「そうか、それは良かった。それにしても蘭、泣くことはないでしょう?」
「月夜見さま・・・これからずっと月夜見さまがいらっしゃると思うと嬉しくて・・・」
「えぇ、皆、同じ気持ちです。やっとこの地で残りの生涯を月夜見さまへ捧げられるのですから」
「静、大袈裟だな・・・」
「いいえ、私たちが結婚することができ、こうして孫や曾孫と共に幸せに暮らしているのも全て月夜見さまのお陰なのですから・・・」
「うん。ありがとう」
「皆、まずはサロンへ行って珈琲でも飲みながら話そうか」
「はい。すぐにご用意します」
「皆の分もだよ」
「え?私たちも?」
「そう。皆、座って珈琲やお茶を飲みながら話そう」
「かしこまりました」
大きなサロンに集まり、珈琲やお茶を淹れると皆が着席した。
「前回来た時に話したこと、考えてもらえたかな?」
アルカディアの人口もかなり増えていた。西側地区を使うことも考えたが、アスチルベの村民を移住させることを考えるとそこは空けておきたい。
アルカディアの環境維持のためにも人口は増え過ぎてはいけないのだ。やはり、アルカディアを解放し、神星の他の自治区へ移住する者を募るべきとの結論に達した。
侍女たちには移住も含めて退職することも可能とした。そして、今後は侍女を置かないことも告げたのだ。
「月夜見さま。私たちは生涯、月夜見さまにお仕えしたいのです。子供や孫には移住を希望する者も居りますが、私たち二十六人は命のある限り月夜見さまの侍女として働きたいと存じます」
「そうか。分かったよ。ありがとう」
「では、ここに置いて頂けるのですか?」
「勿論だよ。七十五歳までと言わず働ける限り、いや生涯ここに居て良いのですよ」
「ありがとうございます!月夜見さま」
「でも、お休みは増やそうね。週に二日は休みだ。一日の仕事も五時間までとしよう」
「それでは人手が足りなくなります」
「良いのです。不足分はアンドロイドを入れますからね。力仕事は皆、彼女たちに任せれば良いのです」
その時、四体のアンドロイドが入室して来た。
「彼女たちがアンドロイドの侍女だよ。何でもできるからね」
「あ!クララも居るのですね」
「あぁ、そうだった。皆、クララは知っていたね」
「はい。他の三名のお名前は?」
「皆、先輩の侍女たちにご挨拶を」
「皆さま、お久しぶりです。クララで御座います」
「初めまして、私は紗菜で御座います」
「初めまして、私は香菜で御座います」
「初めまして、私は那菜で御座います」
「よろしくお願いいたします」
「皆、私たちの屋敷は西側地区に出来た新しい村にもあるんだ。こちらと行き来することになるから、その度に君たちも私たちと一緒に移動して欲しいんだ」
「かしこまりました」
皆、歳は取ったが充実した暮らしをしているからなのだろう。柔和な笑顔を湛え、幸せそうだ。
そして私のスローライフは始まった。
毎朝早起きし、再び馬に転生した小白とアルテミス、ソニアたちに餌をやり、畑の水やりと手入れ、それに収穫だ。
いつも私の周りには小動物や鳥たちが集まり、おしゃべりしながら畑仕事をした。
「月夜見さまのジーンズ姿もやっと見慣れました」
「そう言う陽菜のオーバーオール姿も馴染んだね」
「月夜見さま。そんなに肩や頭に小鳥やリスを乗せて重くないのですか?」
「紗良、彼らはもう友達だからね。慣れてしまったよ」
「そうやって動物たちに囲まれている姿を見ると、月夜見さまの子供の時を思い出してしまうわ・・・」
「琴葉、それは言わない約束でしょう?」
「あら。そうだったわ。ごめんなさい!」
「仕方がないわよ。私は前世のまぁくんに姿を重ねてしまうわ」
「舞依までそんなことを・・・」
「でも、あなたの穏やかで幸せそうな顔を見ているだけで、皆、満たされるのよ」
「そう?それなら良いのだけど・・・」
「えぇ、月夜見さまの憂いのあるお顔も素敵なのだけど、やっぱり穏やかな微笑みを見られることが幸せです」
「桜、ありがとう。今まで沢山、心配を掛けたね」
「いいえ、あなた様からは頂くばかりです・・・」
「そうですね。これからも頂くばかりになるのでしょうか?私にも月夜見さまへ何かできると良いのですが・・・」
「詩織、君は居てくれるだけで良いのですよ。他の皆もね」
「そうよ。詩織。月夜見さまは全ての者に平等に愛をくださるのだから、私たちはそれを受け取り、一人ひとりが月夜見さまを愛で包んで差し上げれば良いのよ」
「流石、幸ちゃん。分かっているね」
「はい。勿論です」
「幸ちゃん、凄いわ。私にはそんな言葉浮かばないわ」
「花音、大丈夫よ。あなたは初めから月夜見さまへ愛と安らぎを捧げているわ」
「うん。そうだよ、花音。初めから君が必要だって言っているでしょう?」
「はい。そうでした。ありがとうございます」
「陽菜、詩織、花音、紗良は、侍女として傍に居てくれるだけで私は安心できたし、暖かい気持ちになっていたんだよ。もっと早くにそれが愛だと、運命の女性だと気付いてあげられたら、傷付くこともなかったのにね・・・」
「いいえ、そんな時間は五百年の寿命の中ではほんの一瞬の出来事です」
「そうです。月夜見さまに出逢うまでは辛いこともあったけど、出逢ってからは楽しいことばかりでした!」
「はい!その通りですね!」
「ねぇ、私、気付いてしまったのですけど・・・」
ぽつりと言った瑞希の表情は氷のように冷たく無表情だった。
「瑞希、どうしたの?何に気付いたの?」
「これは、推測に過ぎないのですが・・・私たち妻がこうして月夜見さまと出会う人生以外は・・・もしかしたら愛する人と出会えずに死ぬのでは?」
「え?あ!」
全員が目を丸くし、固まった。
「た、確かに前世では、舞依以外の八人は恋人も居なければ、結婚もしていないかも・・・」
「そうね。私もまぁくんとは結婚はできていない」
「では、お役目を授かるこの五百年の間だけ月夜見さまと結婚し、生涯暮らせるけれど、それ以外の人生は何度転生しても愛する人には出会えないということ?」
花音は真っ青な顔になって呟いた。
「いや、それはたまたまということでは?舞依は私と出逢っているのだし」
「でも幸せにはなっていない・・・」
「皆、病気や事故、事件に巻き込まれ寿命を全うしていないわ」
「そうね。私は不幸というほどでもなかったけれど、最後は病気でひとり寂しく死んだわ」
幸ちゃんまでもが暗い顔になり、皆に同調した。
「おいおい、そんなことって・・・」
私は不安に陥る妻たちを見て確かめずには居られなかった。
「天照さまに聞いてみよう!」
『天照さま!天照さま!』
『月夜見ですか?慌てているようですね?』
『私の妻たちは、私とこうして五百年暮らす人生以外は、何度転生しても愛する人と出会い、幸せに暮らすことはできないのですか?』
『あぁ、今の前世のことを言っているのですね?』
『そうです。皆、病気や事故、事件に巻き込まれ寿命を全うできずに死んでいるのです』
『確かに前世ではそうですね。皆、この時代の月夜見の結婚適齢期に合わせて前世を終わらせなければなりませんでした。その帳尻合わせでそうなったのです』
『え?では、意図的に結婚できない人生になっていたということですか?』
『そうです。今回の人生の直前の人生を思い出すに当たり、愛する人と引き裂かれる様な死に方をすると今世に引きずってしまいますからね』
『では、それ以前の人生では?』
『えぇ、普通に結婚し子を儲け、寿命を全うしていますよ』
『あぁ、そうなのですね。それを聞いて安心しました』
『そういうことです。では・・・』
「皆、疑念が晴れて良かったね」
「そうですね。でも、私は月夜見さまと共に生きる人生以外は、ずっとひとりでも構いませんけれど」
「え?桜。それは悲しいことではないかな?」
「そうでしょうか?千五百年前から繰り返し、月夜見さまの妻となれるのでしたら、他の人生で月夜見さま以外の人を愛したいとは思いません」
「そうね。その気持ちは良く分かるわ」
「でもさ。前世の記憶は無いのだから、良い人に出会ったら普通は結婚するでしょう?」
「そうかも知れないですね。気持ちとしては・・・ということです」
「桜。ありがとう。嬉しいよ」
「あ!桜、ずるい!また自分だけ点数稼いで!」
「なぁに?花音。私は心のままをお伝えしただけよ?」
「まぁまぁ。二人とも!皆が私を想ってくれるのはとても嬉しいよ。ありがとう」
「そうね。桜や花音だけではないわ。皆、同じ様に月夜見さまを愛しているし、それは未来へ続いて行くのね」
皆で畑の前の庭に座ると動物たちに囲まれながら、二つの月が回転する様を眺めながら笑顔になった。
「そうね。千五百年先も三千年先も・・・ずっと、永遠に続いて行くのね」
永遠の約束
今夜も月が昇る
夕陽に染まった赤い空
ゆっくりと鎮めるように
陽が沈み瞬き始めた星を隠していきながら
輝く星は消えてしまったの
今は見えないけれどそこにいる
今夜は月が主役なだけ
共に過ごした日々
沈む夕陽を見送った浜辺
美しい月を出迎えたあの山
宵闇の空を見上げ 輝く星を数えたあの夜
あなたは消えてしまったの
今は逢えないけれどそこにいる
いつかきっと迎えにくる
なんど別れが来ようとも
なんど生まれ変わっても
心に刻まれたあなたの笑顔 その温もり
忘れることはないでしょう
なんど陽が沈んでも
なんど月が昇っても
共に生きた記憶 優しい眼差し
愛は永遠に続くでしょう
わたしがどこに居ようとも
どうか探し出して
どうか見つけて
いつでもいつまでも待っている
どうか探し出して
どうか見つけて
どれだけ時が流れても
どれだけ時代が代わっても
時を超えふたたび逢えるその日まで
おわり
お読みいただきまして、ありがとうございました!




