20.異端者への恨み
宇宙旅行の最後はアネモネだ。
でも、アネモネの神星の家族を地球に連れて来る訳にはいかない。だからアネモネの希望で、前世で世話になった天ヶ瀬芸能事務所の元社長の家族二人を招待することとなった。
神星からアネモネは異次元空間移動装置の付いた船でやって来た。最近ではアネモネは勝手にこの船を地球から転送し、一人で地球と神星を行き来しているのだ。
天ケ瀬家の二人を月の都へ転移させ、アネモネと共に宇宙船に乗り空へと飛んだ。
「翼、美歌たちも呼んでくれてありがとう!」
「どういたしまして。アネモネが喜んでくれるなら僕も嬉しいよ」
「翼は本当に優しいのね!」
「まぁ!ふたりは本当に仲が良いのね!」
「勿論よ、美歌。私は心から翼を愛しているの!」
「ふふっ、そんなにはっきり言われると恥ずかしさも感じないわね」
「翼さま、この度は本当にありがとうございます」
「私たち家族も宇宙旅行に同行させて頂けるなんて!」
「アネモネの希望なのです。気にせずお楽しみください」
「そうよ、社長!あ、今は会長だったわね。前世で散々お世話になったのですもの、恩返しがしたいのです」
「そんなこと・・・今の天舞音が幸せならそれで十分なんだよ」
「それでは私の気が済まないのよ。兎に角、この旅行を一緒に楽しみましょう!」
「ありがとう!天舞音」
「今の私はアネモネよ」
「あぁ、そうだったね。アネモネ」
いつもの様に宇宙船で空へと上がった。アネモネは歓声を上げて喜んでいた。
「凄いわ!この船は本当に速く飛ぶのね!」
「うん。すぐに宇宙まで達するからね」
「まぁ!みるみるうちに星が見えて来たわ。あ!あれがオービタルリングなのですか?」
「美歌社長、そうですよ。太陽の光を浴びて輝いているでしょう?」
「はい。とても美しいですわ!」
そして、オービタルリングに到着すると皆でステーションへと移った。
「翼さま、私たちはお部屋とお食事の準備を致します。サロンへお酒をお持ちしましょうか?」
「いや、お酒は食事の時に乾杯したいから珈琲と紅茶をお願いできるかな?」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
「ありがとう。デージー」
僕らは各々の部屋に荷物を置くとサロンへ向かった。僕とアネモネは天ケ瀬家族と別れて別のサロンへと入った。
「アネモネ、やっぱり地球側が先かな?」
「えぇ、そうね。この前来た時は雲で地球が覆われていて、その姿を見ることができなかったのですから」
ふたりでサロンに入り、ソファに座った。
「あぁ・・・なんて美しいの・・・それ以上、言葉が浮かばないわ・・・」
「そうだね」
「翼さま、アネモネさま。珈琲と紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
デージーは飲み物を出すと、静かに退出していった。サロンには音が一切無く、静寂に包まれていた。
「当たり前のことなのかも知れないけれど・・・地球って碧いのね」
「今は植物が失われているから大地の彩りは必ずしも良くはないけれどね」
「やっぱり海の碧さなのね・・・それだけでも十分だわ」
「ここで地球を見ているとね・・・頭にアネモネの歌が浮かぶんだ」
「あぁ、分かるわ。あの歌は母なる大地とか故郷から続く未来を想って詩にしたものだから」
するとアネモネは、アカペラで声量を抑えて歌い始めた。僕はアネモネと手を繋いで地球を見つめた。
歌い終わると僕はアネモネを抱き寄せた。
「ありがとう、アネモネ。とても素敵だった」
「ありがとう、翼」
そして、ふたりはキスをした。
「アネモネ、今回の宇宙旅行でアンジーが子を授かったよ。結衣も二人目を授かったかも知れない」
「まぁ!それは良かったわ!」
アネモネは笑顔のまま、僕の顔を覗き込む。
「翼は早く私との子が欲しい?」
「アネモネとの子は勿論、欲しいよ。でも急ぐ必要はないかな?アネモネが僕と一緒に子育てに専念できる様になってからで良いんだよ」
「ありがとう、翼」
「愛しているよ。アネモネ」
「私もよ。翼。愛しているわ」
しばらくイチャイチャしていると、アネモネのメイドのローズがサロンへ入って来た。
「失礼します。アネモネさま、翼さま。夕食の準備が整いました」
「ありがとう。ローズ」
地球を見下ろす食堂で夕食となった。デージーがスパークリングワインを注いでくれる。
「では、皆さん。地球に乾杯しましょうか」
「えぇ、地球に乾杯!」
「キンッ!」
「あーっ!美味しい!」
「これは神星のルピナス王国のスパークリングワインですよ」
「花の様な香りね。美味しいわ・・・ところで、宇宙でお酒を飲み過ぎたら大変なことになるのかしら?」
「ここは宇宙ではあるけれど、ステーションの中は重力制御されているから、地球上と変わりはないよ」
「それなら安心して飲めるわね」
「食後もサロンで飲もうよ」
「えぇ、良いわね」
「翼さま、地球の地磁気はもう大丈夫なのですか?」
「美歌社長、大丈夫ですよ。地磁気の発生装置は安定稼働しています。これから徐々に環境も回復して行くことでしょう」
「本当にありがたいことです。これで安心して暮らして行けるのですから」
食事が終わり、デザートを食べながら歓談していると、デージーが声を掛けてきた。
「翼さま、今、お見えになりました」
「あぁ、そうかい。ありがとう」
「え?誰か来たのですか?」
皆が、一斉に食堂の入り口へ視線を送った。
「こんばんは」
「お父さま!」
「あ、あ、あ、天照さま!」
そこに現れたのはお父さんだ。美歌さんにサプライズで会ってもらうため、来てもらったのだ。
「シュンッ!」
アネモネは美歌社長の隣へ瞬間移動するやいなや、美歌社長の二の腕を思いっ切り抓った。
「美歌、気をしっかり持って!気絶しては駄目よ!」
「い、痛たた・・・」
美歌社長は気を失いかけていたが、アネモネに抓られたことでなんとか正気を保った。
「初めまして、翼の父です」
「天照さま!は、初めてお目に掛かります。私は天ヶ瀬芸能事務所を経営しております、天ケ瀬孝と申します。そしてこちらが現社長で娘の美歌で御座います」
「アネモネの前世と新奈のお世話を頂いている方たちですね。二人は私の娘でもあります。ありがとう御座います」
「そんな!天照さまにお礼の言葉を賜るとは・・・勿体ないことで御座います」
「美歌、お父さまに何かお話ししたいことは?」
「そ、そんな・・・お話なんて!私なんかが・・・」
「お父さま、美歌社長はお父さまの大ファンなのです」
「私の?」
「あ、あ、す、すみません・・・私などが、そんな・・・」
美歌社長は真っ赤な顔をしてしどろもどろになっている。既に混乱して頭が回転していない様だ。
「そうだ。サロンへ移って、スパークリングワインでも飲みながら地球を眺めませんか?」
「そうですね。私もここには初めて訪れました。地磁気が安定した地球をゆっくり眺めたいものですね」
「では、こちらへどうぞ」
お父さん専属メイドのヴァイオレットがお父さんを案内した。皆、その後をぞろぞろとついて行く。
地球が見えるサロンへ入ると、ソファには僕、アネモネ、美歌社長、お父さんが並んで座った。美歌社長のお父さんは隣のソファに座った。
美歌社長は緊張し、両ひざの上に固く握りしめた両手を置いてカチコチになっていた。勿論、お父さんの横顔を見る勇気はない様だ。地球を見るでもなく、一点を見つめている。
「さぁ、美歌。これを飲んで落ち着いてね」
「え、えぇ・・・あ、ありがとう」
美歌社長はアネモネから受け取ったスパークリングワインを一気に飲み干してしまった。
「美歌さんは女神たちの歌をプロデュースしてくださったのだそうですね?」
「あ、あ、は、はい。び、微力ながら、お、お手伝いさせて頂きました」
「どれも素晴らしい歌ですね」
「は、はい。天舞音が・・・い、いえ、アネモネさまがお創りになった歌が素晴らしいのでございます」
「えぇ、アネモネは素晴らしい才能を持っていますね。それを美歌さんが活かしてくださるのですね」
「そ、そんな・・・私は何もしていません」
するとお父さんは美歌社長の手を取り、彼女の目を真直ぐに見つめて言った。
「謙遜することはありません。これからもアネモネや女神たちを支えてくださいますか?」
アネモネはまた、気絶させない様に美歌社長の二の腕を抓った。
「わ、わ、私でよろしければ・・・何でもさせて頂きます!」
美歌社長は真っ赤な顔をしながら、何とか答えることができた様だ。
「ありがとう御座います」
それからしばらく、地球を眺めながら現在の芸能界の状況を聞いて過ごした。
「それでは、そろそろ私は失礼させて頂きます」
「え?もう?」
「美歌社長、携帯端末をお持ちですか?」
「え?あ、はい。持っていますが?」
「記念にお父さまと一緒に写真を撮りませんか?」
「え?そんなこと!よろしいのですか?」
「構いませんよ。では、地球をバックに撮りましょうか?」
「そうですね。ではお父さま、美歌社長。そこに並んでください」
美歌社長は緊張して背中を丸め、小さくなっている。それを見たお父さんは、一度美歌社長の背中を擦った。
「ひゃ!」
美歌社長は変なところから声を出すと、背筋がピンと伸びた。お父さんは美歌社長の肩に腕を回して抱き寄せた。
「では、撮りますよ!連写しますからね!3、2、1」
「パシャパシャパシャ!」
自動で何十枚も連写された。
呆気に取られている美歌社長をお父さんは優しく抱きしめ、耳元で囁いた。
「娘たちをよろしくお願いしますね」
「は、はい!」
その姿も写真に収めておいた。
「では、皆さん。これで失礼します」
「お父さま、ありがとうございました」
「翼、アネモネ。また」
「シュンッ!」
「あぁ・・・消えてしまわれた!」
「美歌!良かったわね!夢が叶ったのね!」
「夢?あぁ・・・そうね。夢、そう。夢ね。これは夢なんだわ・・・」
「ちょっと、しっかりして!美歌!これは夢じゃないわ。現実よ!」
「現実?だって・・・私・・・月夜見さまに抱かれていたのよ?」
「えぇ、そうよ。写真に残っているわ。よく見て!」
僕は先程撮った写真とビデオを再生して見せた。
「まぁ!なんてこと!本当だったの?私、本当に月夜見さまに抱かれていたのね?」
「そうよ。この写真を見てゆっくり幸せに浸ると良いわ」
「さぁ、翼、美歌の思い出の邪魔になるから、別のサロンへ行きましょう」
「そうだね。美歌さん、ゆっくり余韻に浸ってください」
「美歌、私は自分の部屋で日本酒を飲みながら地球を眺めることにするよ」
「美歌、良かったわね。ゆっくり幸せを噛みしめてね」
「えぇ、ありがとう・・・」
美歌社長は、幸せそうな笑顔を湛えたままソファに座り、ぼんやり地球を眺めていた。僕は結局、アネモネとサロンには行かずに寝室へ行った。
「翼、お父さまにお願いしてくれてありがとう。美歌の良い思い出になったと思うわ」
「うん。アネモネの恩返しに協力できて良かったよ」
「翼はなんでも願いを叶えてくれるのね。愛しているわ。翼!」
そして僕はアネモネにベッドへ押し倒され、すぐに裸に剥かれ、朝まで愛し合った。
宇宙旅行が終わり、数か月が経過した。アンジェラと結衣の妊娠が確認された。
そして、セシリーとの結婚式の日となった。
セシリーは前日から実家へ戻り、結婚式当日は自宅で衣装の着付けをした。
僕は当日、家族と共にエディンバラへ飛ぶ予定だ。着付けは月の都でアンジーにお願いした。
オースティン公爵家に代々伝わるキルトのタータン柄は、深い緑と淡い青、そして白が使われている。各々の色の帯を分けるラインは黒と黄色となっていて、全体として爽やかな明るさがある。タータン以外はアンジェラとの結婚式の衣装と同じ色にしてもらった。
「あぁ!オースティン家のタータンも素敵!」
「アンジェラ、翼が素敵なのよ。どんなタータンだって似合うわ。そうでしょう?」
「えぇ、アネモネ。そうね、そうだわ!」
「本当に素敵ね!」
妻たちが僕のキルト姿を見て興奮している。すると蓮が近寄って来て興奮気味に言った。
「僕もキルトを着てみたいです!」
「蓮も?そうね。きっと似合うと思うわ!」
「それなら、スコットランドの娘と結婚しないとね?」
「アンジェラお母さま、分りました。一人はスコットランドの女性にします」
蓮の思いがけない発言に妻たちが一斉に蓮に向き直った。
「え?蓮、何人も奥さんをもらうつもりなの?」
「新奈お母さま。何人もらうかは分かりませんが、一人だけと決める必要もないでしょう?」
「そ、それはそうね・・・」
「これは・・・大物になるわね・・・」
今、その発言を掘り下げたところで何か決まる訳でもない。そう思い、会話を切って僕は皆を促した。
「さぁ!そろそろ行こうか?」
「えぇ、そうね。向こうの皆さんを待たせたら悪いわ」
「では皆、船に乗って」
「はい!」
皆、地下の格納庫へ行き船に乗った。
「エディンバラへ飛ぶよ」
「えぇ、お願い」
「シュンッ!」
船はいつもの様にエディンバラ城の上空へ出現し、オースティン公爵家の城へとゆっくりと飛んで行った。
城のガーデンには既に大勢の参列者が待ち構えていた。
今回は十分に準備をする時間があったので、イギリスの首相も出席するとのことだ。参列者は千人に達するとのことで、警備も万全の体制だ。
でも、人間の警備は悪いけれど信用していない。メイドは蓮以外の子の面倒見役の麻里だけを残して全員連れて来ている。
僕らが乗った船はオースティン家の敷地の入り口に到達すると、地上五メートルの高さまで降りて停止した。僕らは船の翼の上に出るとガーデンを見渡した。
城の前にはセシリーの家族が並んでおり、その両側にはバグパイプの楽団とオーケストラが控えている。参列者たちはセシリーの家族を取り巻く様にガーデンを埋め尽くしていた。
僕らの姿を確認するとバグパイプの楽団が演奏を始めた。ガーデンに居た参列者たちは、船からセシリーの家族までを一直線に繋ぐ様に両側に移動し、道を作った。
「さぁ、降りるよ」
「はい」
僕らはゆっくりと空中を浮遊しながら地上へと降りた。丁度、そこへお父さんから念話が入った。
『翼、そろそろ始まるかな?』
『はい。僕たちも丁度、着いたところです』
『では、そちらへ飛ぶよ』
『はい。お願いします』
「シュンッ!」
「おぉー!」
参列者たちが急に出現したお父さんたちを見てどよめいた。
「天照さまよ!」
「素敵!」
「やぁ、翼。今回の衣装も良いね」
「お父さま、今日はありがとうございます」
「今日は参列者が多いのだね」
「はい。準備する時間が十分にありましたので」
お父さまは前回とは違いシルバーの燕尾服を着ている。お母さま方は僕の妻たちに近い、ウエディングドレスの様な純白のドレスだ。
十人のメイドが城へ向かって歩く僕らの両側に等間隔に並び、参列者を近付けない様に目を光らせている。
彼女たちはこんな衣装を持っていたのか。と思える様な白い騎士服に恐らく防弾仕様なのであろう、やはり白いマントを纏っている。
参列者は彼女たちにも注目し、写真を撮り、見惚れていた。
「あの方たちは?騎士さまなのかしら?皆、女性よ!それもあんなに若い」
「なんて美しい方たちなのでしょう・・・」
「あれは、奥さまではないのですか?」
「だって、明らかにお召し物が違いますもの!騎士さまなのでしょう」
城の前に待ち構えていたセシリーの家族の前まで来ると、ジャスミンとジンジャーが城の二階の屋根へと一瞬で飛び上がり、辺りを警戒し始めた。
「おぉーっ!」
「キャーッ!」
人間の美しい女性と思っていたものが、急に三メートル以上の高さへ助走も無しに飛び上がったのだ。驚かない方がどうかしている。
会場の騒ぎには構わず、僕らはセシリーの家族と挨拶をした。
「オースティン殿、ご紹介致します。私の父と母、それに家族です」
「オースティン殿、私は翼の父、天照 月夜見です。こちらは翼の母の瑞希。そして私の妻たちです」
「これは天照さま。初めてお目に掛かります。セシリーの父、セオドア オースティンに御座います。こちらは妻のレベッカです。此度、我が娘を神さまの妻にお迎え下さること。心より感謝申し上げます」
「いえ、既にセシリーには、地球を救い守り続ける役目を負って頂いたのです。お礼を申し上げるのはこちらの方です」
「神さまのお役に立てるとは・・・本当に幸せなことで御座います」
その時だった。参列者の右側最前列に居た初老の男が、タキシードの内ポケットから拳銃を取り出した。眼光鋭いその男は、シルバーグレーの長髪にグレーの瞳、屈強な身体つきをしている。
「何が神だ!お前たちは偽物だ!」
そう叫びながら拳銃を構え銃口を僕らに向けた。それと同時に屋根の上に居たジンジャーが叫んだ。
「カンナ!二時十五分!三メートル四十五!」
「ザ、ザッ!」
カンナがツーステップで横っ飛びに身体を飛ばし、僕らの前面を塞ぐのと同時に男は発砲した。
「パンッ!」
銃弾はカンナの腹部辺りに命中した。カンナは銃弾を受けながら地面へ落ちる瞬間身体を捻り、一回転して膝を付いて次の動きに備えた。
その瞬間には、桜お母さまがその男の目の前に瞬間移動すると同時に、日本刀を右手に出現させ、一瞬の動きで鞘から刀を抜くと居合切りの様に右下から拳銃を薙ぎ払った。
「ギンッ!」
日本刀の刃ではなく、峰側で拳銃の銃身を弾いた時、金属同士がぶつかった鈍い音が響き、拳銃は回転しながら宙を舞った。
男は痛みが走った右手を反射的に左手で押さえた。その一瞬に両側から、カレンデュラと桃が飛びつき、二の腕を掴んで男を地面に叩きつけた。
「ぐへっ!」
声にならない声が喉の奥から絞り出され、顔面を石畳に強かに打ち付けた衝撃で前歯二本が折れ、飛び散った。
「今度は上手くできた様ね」
鋭い眼光で男を見据えた桜お母さまは刀を鞘へ納めた。
「キンッ!」
「皆、大丈夫か?」
お父さんが皆に声を掛けたその瞬間。今度は先の男が居た列とは反対側に居た中年の女が一歩前に踏み出すと同時に発砲した。
「パンッ!」
デージーが反応し、今度は左側から飛んだ。
銃弾はデージーの肩を掠め、その先二メートル程の高さに浮かんでいた蓮に命中した。蓮はその衝撃で後ろへ飛ばされ地面へ落ちた。
「ズサーッ!」
「蓮!」
結衣は叫び、顔面蒼白で金縛り状態となり、ただ、立ち竦んだ。
アイリスがその女を背後から蹴り倒し、ローズが女の肩に馬乗りになって、今にも首をへし折りそうになるほど捩じ上げて押さえた。
「ウッ・・・グググッ!」
僕は呼吸が止まり、全身の毛が逆立ち、血が湧きたつ感覚に襲われながらも、スローモーションの様に宙を飛んで行く蓮を目で追い、蓮の元へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「蓮!大丈夫か?」
僕は蓮の上半身を抱き上げた。
次の瞬間、蓮は目を開き笑い出した。
「フフフッ!ハハハッ!見て!お父さま!僕、銃弾が見えたんだ!念動力で止めてみたんだけど勢いで後ろへ飛ばされちゃった!」
そう笑いながら言った蓮は、握っていた右手を開くと、開いた手の中から銃弾が現れた。
「蓮!凄いな!」
すぐに結衣が駆け寄って来た。
「蓮!ケガはしていないの?大丈夫なのね!」
「お母さま。僕は大丈夫です。さっきカンナが撃たれた時に銃弾の動きを見ていたから見切れたんだ」
「そんなことできるの?信じられない!」
「はい!できました」
結衣は蓮を抱きしめて頬ずりした。
「お母さま、僕は大丈夫ですよ」
「翼、誰もケガをしなくて良かった。オースティン殿、あの二人に面識が?」
お父さまは怖い顔をしてオースティン殿に聞いた。
「あ、天照さま・・・も、申し訳御座いません。あの二人は私が招待した夫婦です。過去に貴族であった、メイソン マードックとライラ マードックに御座います」
「彼らには、我々を殺害しようとする理由があったのでしょうか?」
「そ、それは・・・二人を尋問しなければ分りませんが・・・ただ・・・彼らは、敬虔なキリスト教徒ではあります」
「ふむ・・・それで我々を偽物だと叫んでいたのですね」
「ほ、本当に申し訳ございません。まさか、こんなことをするとは・・・」
「あの夫婦には家族が居るのですか?」
「いえ、あの夫婦に家族は居りません」
「そうですか。それならばこれ以上の危険は無いですね」
お父さんは、メイドたちに周囲を確認させるとカンナに声を掛けた。
「カンナ、大丈夫かな?」
「はい。月夜見さま。この服は防弾仕様になっております。貫通はしておりませんので全く問題御座いません」
「良かった。この後も警備に当たってくれるかな?」
「仰せのままに」
メイドたちは元の配置に戻り、一層の警戒態勢を敷いた。
「桜、皆を守ってくれてありがとう。ケガはしていないね?」
「えぇ、月夜見さま。それより油断をしてしまい、蓮が撃たれる事態になってしまいました。申し訳御座いません」
「桜、君のせいではないよ。気にしてはいけないよ」
「はい・・・」
マードック夫妻は、警察官に引き渡され連行された。会場はざわめき、なかなか落ち着かなかった。お父さんは念話を使って、会場に居た参列者へ声を掛けた。
『皆さん、我々は神と呼ばれてはいますが、人間でもあるのです。今まで信じて崇拝していた神をお持ちの信者からすれば、我々は異端者であり偽物なのかも知れません。我々の物事の進め方に疑問をお持ちになる方もいらっしゃるでしょう・・・』
『ですが、我々があなた方地球人を守ろうとしていることは紛れもない事実です』
『私の息子である翼と今日結婚式を挙げるセシリー。そして六人の妻たちは、これから五百年に渡って地磁気発生装置に力を注ぎ続け、地球を守って行くことでしょう』
『私たちはあなた達が信じる神を切り捨てたり致しません。我々を信じて頂けなくても良いのです。時間は掛かるかも知れませんが、いずれ理解し合える時が来ることを願っております』
「うぉーっ!」
「神さま!私は信じています!」
「私たちをお導きください!」
僕の最後の結婚式はとんでもないことになってしまった・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!