18.宇宙旅行
地磁気の発生装置が完全稼働を開始し、地球の地磁気は元に戻った。
僕たちは夕食後にサロンでテレビニュースを見ながら語り合った。テレビでは世界中で祭りが繰り広げられている様を報じていた。どの国の人も皆、外へ出て歌い踊り、酒を酌み交わしていた。
「皆、嬉しそう!一斉に外へ出ているのですね!」
「それはそうよ。今までの鬱憤を晴らしているのでしょう」
「そうだね。抑圧された暮らしから解放されたのだから、喜びを爆発させているんだね」
「これからの問題は植物や動物がどれくらいで元に戻るかですね」
「アンジー、動物はどうなるだろう?」
「アフリカのサバンナの様な環境では、一度絶滅した動物は、神星のサンクチュアリから移動させなければ戻りません。でも元々緑や水場の多かった場所ならば、野生動物は全滅せずにどうにか生きながらえているものだと考えています」
「それは自然にまた数が戻るってことかな?」
「えぇ、時間は掛かるでしょうけれどね」
「植物はどうだろう?セシリー、植物について調べているかい?」
「はい。南北の極地に近い場所や標高の高い場所の針葉樹などの木々は寒さに強いので、すぐに復活するのではないでしょうか」
「赤道に近い場所は、アマゾンの様なジャングルならば、比較的、元に戻り易いかと思います」
「そうか、農作物は屋内や地下施設で作り続けられているから地上へ移すだけで問題ないだろうけれど、野草は復活できないものもあるかも知れないね」
「それなら神星から分けて頂けば良いのではないでしょうか?」
「そうだね。神星の植物は最低限必要なものを移しているそうだから、逆輸入すれば良いのだね」
「それは徹君を通じて、農林水産省から必要な植物のリストをもらえば良いのよ」
「そうですね。お母さま。徹に話しておきます」
「ところで、放射能汚染はあったのでしょうか?」
「いや、一時的に放射線量が多くなった日はあったけれど、地磁気の発生装置が稼働していたから継続はしていないんだ。だから問題になる程の量は蓄積していないと思うよ」
「各国で残留放射線量の測定はしていくと思います。確認しないと農作物の栽培を再開できませんから」
「そうだね」
「アンジーはすぐに動物保護の仕事に戻るの?」
「アナ、それはまだよ。動物だけ戻しても食べる植物が無ければ生きてはいけないわ。神星から動物を戻せる様になるにはまだ時間が掛かるの。だから先に赤ちゃんを産みたいのよ」
「あぁ、なるほど。そうね。保護活動が始まったら忙しくて子育てどころではなくなるものね」
「えぇ、子育てをジンジャーに任せきりにするのは嫌だもの」
「あ、あの・・・そうすると私だけ、子が・・・」
「セシリー、君だけではないよ。アネモネもまだ、僕との子を作っていないよ」
「それは、どうしてですか?」
「セシリー。私には翼以外にも夫が居るのよ」
「え!う、嘘!」
セシリーは両手を口に当てて驚いていた。
「嘘ではないわ。夫は神星のグースベリー王国の次の王になる人よ。その夫はね、千五百年前の私と翼の子である月翔の生まれ変わりなの」
「え?あの月翔が!そんなこと・・・本当なのですか?」
「えぇ、本当よ。私は陽翔さまも翼も愛しているの」
「お姉さま。そうなのですか・・・でも、何故、翼さまの子を作らないのですか?」
「陽翔さまはね。普通の人間と同じ寿命なの。だから彼が死ぬまでは、私は陽翔さまに尽くしたいの。だからそれまでは翼の子は産まないことにしたのよ」
「お姉さま、一途なのですね。素敵です!」
「私の口からは一途と言われて、そうね。とは応えられないわね・・・」
アネモネは微笑みながらも複雑な表情となった。
「でも、翼さまとお逢いするのが週に一度で寂しくないのですか?」
「少し、寂しいわね。でもその内に、毎日顔を合わせられる様になるのだし、ここで暮らすとしても翼とセックスできるのは週に一度でしょう?同じことよ」
「そ、そうでしょうか・・・」
「ふふっ、セシリーはまだ毎日翼の顔を見たいのよね?」
「そうね。だからスコットランドまで時差も苦にせず通っているのだものね?」
「は、はい。そうです」
セシリーは真っ赤な顔になった。
「セシリー。ありがとう。可愛いね」
「翼さま・・・」
「僕の隣においで」
「はい!」
セシリーは瞬間移動して翼の隣に転移すると腕に抱きついた。
「ふふっ、本当に可愛いわね」
「これって、セシリーが自分の妹だっていう記憶があるから、余裕を持って可愛いって思えるのよね。妹でなかったら、最後に来た嫁に翼がデレデレしていたら、ちょっとね」
「アネモネ。その通りね」
「セシリー。そのことを弁えておいてね」
「はい。アンジェラお姉さま」
「分かればよろしい!」
「ふふっ」
「はははっ!アンジーったら」
僕たちもずっと抑圧されていた様だ。久々に解放され、心から笑い楽しく会話ができている気がした。
「ねぇ、翼。このネックレスは常に着用していないといけないの?」
「絶対ではないよ。お風呂の時とかは外しても構わないよ」
「翼、そもそも私は週に一度しか地球に来ないのだけど大丈夫なの?」
「あぁ、地球と神星は同じ場所にあるから、距離の問題なら大丈夫だよ。でも、できるだけネックレスは着用していて欲しいかな」
「分かったわ」
「セシリー、学校にそのネックレスを着用していくのは気が引けるわね」
「でも、これがお役目ですから、気にせず着用して行きます」
「偉いわ。セシリー」
「当然です」
「でも、これちょっとだけ重いわね」
「ごめん。必要な石だけだと見た目が良くなかったから、宝石を追加していくうちに多くなってしまったかも・・・」
「とてもきれいです。私は気に入っているわ」
「アンジー、ありがとう」
「翼、ところで、蓮はまだ学校に行かせなくて良いの?日本って今でも中学生までは義務教育なのでは?」
「アネモネ、それは僕と同じで高校から行かせようと思っているよ」
「蓮はそれで良いの?」
「はい。テレビで日本の学校の様子は観ていますけど、中学生くらいまでは皆、子供ですよね。僕がそこに入ったら浮いてしまいますから」
「まぁ!蓮は大人なのね。では、勉強はしっかりやっているのね?」
「お母さまが教えてくださるので、もう中学生の勉強は終わるところです」
「まだ八歳なのに?流石、翼の子ね。では、佑瑚たちも勉強を始めているのかしら?」
「はい。アネモネお母さま。僕ももう、小学生の問題を解いています」
「佑瑚、偉いわね」
佑瑚はアネモネに笑顔でそう言われると、照れくさそうに笑った。
「結衣もいよいよ、二人目を作れそうね」
「えぇ、楽しみだわ。今度は女の子が欲しいの」
「では、私とセシリー以外は子を作るのね」
「えぇ、そうね」
「翼はどうするの?」
「僕?そうだな・・・まずは徹に国連や日本政府で困っていることを聞いて、助けられることがあれば、それをするよ」
「お父さま!」
「何だい?蓮」
「僕、オービタルリングへ行って地球や宇宙を見てみたいです」
「あぁ、そうだね。あと一週間もすれば気象状況も良くなるだろう。皆の家族も連れていこうか」
「まぁ!ジェイミーが喜ぶわ!ね、アンジェラお姉さま」
「えぇ、両親も大喜びするわね」
「でも、そんなに大勢の予定が合うかしら?」
「必ずしも皆、一緒でなくても構わないよ。一家族ずつでも構わないさ」
「そうね。その方が良いわね」
「では、各々で予定を組みましょう」
一週間後、初めに予定が組めたのはアンジェラとセシリーの家族だった。
日曜日のスコットランド。まだ日が昇る前の早朝にアンジェラとセシリーはそれぞれの実家へ飛んだ。
「シュンッ!」
「あ!アンジー!」
「お姉さま!いよいよ宇宙へ行けるのですね?」
「ねぇ、アンジー、普通に旅行へ行く格好で良いの?」
「えぇ、お母さま。宇宙服なんて着る必要はないの。宇宙船とステーションの中だけだから」
「そうなのね」
「アンジー、ビデオとか写真は撮っても良いのかい?」
「えぇ、構わないわ。さぁ、まずは月の都へ行きましょうか。準備はできているかしら?」
「大丈夫だよ」
「では、飛びますね」
「シュンッ!」
「セシリー!待っていたわ」
「お母さま。もう支度はできている様ですね」
「えぇ、だって、エヴァンス家の皆さんと一緒に行けるのでしょう?本当に楽しみだわ」
「そうだね。今までにもそう、あることではなかったからね」
「これも全て翼さまのお陰なのね」
「さぁ、では月の都へ行きますよ」
「うん、セシリー、頼むよ」
「シュンッ!」
「エヴァンス殿、オースティン殿。ようこそお出でくださいました」
「翼さま。この度は、私共を宇宙旅行へお連れ頂けるとのこと。誠にありがとうございます」
僕はアンジーとセシリーの家族と話す時は英語で話している。今日は二つの家族八人だけで行くから会話はずっと英語だ。
皆を地下の格納庫へ案内すると、宇宙船の前に立ち並んだ。
「この様に地下に格納庫があったのですね。それにしても美しい船ですね」
「えぇ、まるで白鳥の様です」
エヴァンス夫妻が驚きと感心を込めて笑顔で言った。
「お姉さま、あの船にはどこから乗るのですか?タラップも扉も見当たらないけれど」
「ジェイミー、大気圏内用の飛行機には翼の上に扉があるのだけど、宇宙船には無いの」
「えーっ!ではどうやって乗るの?」
「シュンッ!」
「うわぁ!」
「あれ?ここはどこ?」
「ジェイミー、宇宙船の客室内だよ。扉が無いから瞬間移動で乗り込むんだよ」
「まぁ!そうなのね。凄いわ!」
「さぁ、好きな席にお座りください」
「座ったら、シートベルトを締めてね」
アンジーとセシリーは両親の荷物を預かり、シートベルトの着用を手伝った。
「では、出発しますよ」
「いよいよなのね!ワクワクするわ!」
「ジェイミー、ここを出たら宇宙まではあっという間なの。外の景色を良く見ておいてね」
「分かったわ。セシリー」
前回と同じ様に外への通路へ出て加速すると、前方のハッチが開いていく。
月の都を飛び出すと、船首を上げて宇宙を目指してどんどん加速する。
「本当だ、あっという間に陸地から離れて行くのね!」
「なんていう速度だ。凄い船だな!」
「あ!もう宇宙がすぐそこです!」
「本当!空の色が濃くなって星が見えて来たわ!」
成層圏を抜けると星の海が広がり、眼下には碧い地球が見えた。
「あぁ!地球はなんて美しいのでしょうか!」
「うん。海の碧さは素晴らしいね。だけど陸地の緑は少ないね」
「そうですね。エヴァンス殿。今、見えている赤道付近はジャングルが多い場所なので比較的、植物は残っている様ですが、赤道から南北に離れた地域では、緑は少なく見えますね」
「さぁ、そろそろステーションに到着しますよ」
「え?もう?もっと見て居たかったのに・・・」
「ジェイミー、ステーションの方が窓が大きくて、もっと良く見えるのよ」
「そうなのね、セシリー。良かった!」
ステーションに近付くと、再開された宇宙旅行客の大型船が既にステーションにドッキングしていた。その向こうには宇宙船に滞在するツアーの船が停泊していた。
「翼、一般の宇宙旅行は再開していたのね?」
「うん。でも今日からだと聞いていたよ」
ステーションにドッキングすると瞬間移動でステーションへ移動した。
「シュンッ!」
このフロアは一般人が入ることができない階層で、展望サロンが宇宙側と地球側に四か所ずつある。どれも大きな窓の前にはゆったり座れるソファが設置されている。宿泊するための部屋も十部屋用意してあり大きな食堂もある。
「さぁ、皆さん、お部屋に荷物を置かれたら、お好きな展望サロンでくつろいでください」
「翼さま、ありがとうございます」
「今回は月の都からメイドを四人連れて来ています。必要なものがあれば何でも言ってください」
僕とアンジー、セシリーのメイドのデージー、ジンジャー、桃とお爺さま達のメイドだった麻里は、食事やお茶の準備に取り掛かった。
セシリーとジェイミーは二人で、両親はそれぞれ思い思いにラウンジへ散り、景色を眺めた。僕はアンジーとふたりで地球が見えるラウンジに入りソファに並んで座った。
「アンジー、思っていたよりは緑は残っている方かな?」
「そうですね。アフリカのサバンナで極端な例を見ていたので、全体的に状況は悪いと思っていましたからね」
「これなら割と早く復元されるかな?」
「そうだと良いのですが・・・」
「アンジー、このシチュエーション。初めてだね」
「え?あ。ロマンティックな・・・ってことでしょうか?」
「今、ここにはふたりだけだしね・・・」
そう言ってアンジーの肩を抱いて顔を寄せた。
「あぁ・・・素敵・・・」
そしてふたりはキスをして抱き合った。しばらくそうしていると、真っ赤な顔をしたアンジーが言った。
「あ、あの・・・翼さま。お部屋へ移りませんか?」
「するの?」
「あの・・・宇宙で子を授かりたいのです」
「え?排卵しているの?」
「えぇ、さっき宇宙船に乗っている時に感じたので、診てみたのです」
「宇宙でか・・・受精するかどうかは分からないけれどね」
「えぇ、それでも構いません」
「では、部屋へ行こうか」
ラウンジの外で待機していたデージーに声を掛ける。
「デージー、昼食まで僕らは部屋に居るからね」
「かしこまりました」
部屋へ入るとその部屋は地球の北の部分が見えていた。地球に反射する光のせいで星は多くは見えない。僕は服を脱ぐと、アンジーの服を脱がしていった。
「何だか凄く明るいですね。地球から見られているみたいで恥ずかしいです」
「ふふっ、地球が僕らを見ているのかい?」
そう言ってアンジーを抱きしめ、キスをした。地球の明るい光に映し出されたアンジーの白い身体は信じられない程に美しかった。
「綺麗だ。アンジー。とても美しいよ」
「本当ですか?翼さまも美しいです」
「何故、またさま呼びなの?」
「だって、あまりにも美しいのですもの・・・神さまだって思えてつい・・・」
「それなら、君もあまりにも美しい女神さまだからね。アンジェラさまって呼ぼうか?」
「やめてください。私は良いのです」
「では、アンジーで良いの?」
「はい。そう親しみを込めて呼んでくださると、それだけで・・・」
「それだけで?」
「言わせないでください・・・」
「やっぱり、排卵していると雰囲気がいつもと違う感じがするね。それとも宇宙空間だからかな?」
「えぇ、とてもロマンティックです」
それからふたりはお互いを求め合い、深く愛し合った。
「あぁ・・・あ!やっぱり、いつもと違います。とっても素敵・・・」
「そうだね。感じ方が違うかな・・・」
「そろそろ・・・お願いできますか?」
「うん。頃合いかな?」
そしてふたりは、お互いを深く抱き締め、僕は命の種を注いだ。
その後、僕はアンジーを抱きしめたまま、ふたりで美しい地球を眺めながら地球のこれからのことを語り合った。
昼食の席へ行くと、セシリーが僕とアンジーを見つめた。
「アンジェラお姉さま。何か雰囲気が変わった様な・・・」
「え?そうかしら・・・きっと宇宙に居るせいね」
流石、元姉妹だからか、女の直感なのか、セシリーは敏感に何かを察知した様だ。
「セシリー、もしかしてジェイミーと全てのラウンジを回ったのかい?」
「はい。とても素晴らしい眺めでした」
「では、午後は僕とふたりで見ようか。セシリーが一番きれいだと思った景色を教えてくれるかな?」
「はい!喜んで!」
「ジェイミーは、私と一緒に見て回りましょうか」
「はい。お姉さま。月がとてもきれいに見えたのですよ」
昼食を頂きながら地球を眺め、スコットランドの様子を聞いた。
「エヴァンス殿、スコットランドの自然や農業はどうなっていくのでしょう?」
「はい。まず、農業は地下鉄跡での地下農業は災害対策にも良いので、このまま継続します。そして地上では穀物を中心に農業を再開しています」
「自然の木々や野草ですが、長期に渡る日射不足と低温で枯れかかっている林や森も多くあるのですが、その中でも全滅はしておらず、根元から新しい芽が出始めているとの報告も数多く届いております」
「状況に応じて枯れた木の伐採を進め、新たな植林をして参ります。野草の類については、ロンドンの王立植物園にて、種の保存を進めておりましたので、必要な地域にはそちらから種や苗が配布される予定です」
「そうですか、もし地域によって水不足で枯れかかっている様な場所があれば、我々に言って頂ければ、雨を降らせるお手伝いはできますよ」
「そ、そんなことを神におねがいしても良いものなのでしょうか?」
「お父さま。言い難いなら私に言ってください。私にもできるのですから」
「おぉ、アンジー。そうか、それは助かるよ」
「アフリカのサバンナに居た動物たちは、ほとんど絶滅してしまったけれど、神星には予め、それらの動物のサンクチュアリがあったの。そこから動物を分けて頂けるのよ」
「ほう!それでは野生動物も復活するのだね?」
「えぇ、どの動物を連れて来るか私が決めるのよ」
「ねぇ、アンジー。他の女神さまはお子さんが居るわよね?あなたは動物のお世話ばかりなの?」
「それなら心配しないで。サバンナの自然が戻らない限り、動物も戻せないの。まだ数年掛かるから、その前に赤ちゃんを作る予定よ」
「まぁ!それは楽しみね!」
「それにしても美味しいお料理ね。セシリー、これはここで作られているの?」
「お母さま、このお料理は月の都で調理したものをここへ転送しているのです」
「転送?」
「お姉さま達がメイドが作った料理を瞬間移動でここへ飛ばしているのですよ」
「まぁ!そうなの。ではいつも神さまが召し上がっているお料理なのね?」
「えぇ、そうです。食材は全て神星のものです」
「神星の!」
「道理で野菜ひとつ取っても味が濃いというか、野菜本来の味がするのだね」
「神星はまだ、人が住み始めて千五百年程の歴史しかないのです。人口も少なく、農作物の生産量も少ない。だからまだ、栄養豊富な野菜ができるのです。地球でも五百年前ならばそれと同じだったのではないでしょうか?」
「えぇ、そうですね。今の野菜は化学肥料を使って大きく、大量に育てるから味も栄養価も薄まっているのですね」
「折角の機会ですから、これからは有機農法を多用して美味しい野菜作りを手掛けるのも良いでしょうね」
「そうですね。人口も減って来たのですから、フードロスを避けるためにも大量生産は慎まなければなりませんね」
「とは言え、今はまだ地磁気が復活したばかりです。野菜はそれで良いと思いますが、山林の復活はできる限り急いだ方が良いでしょうね」
「翼さま、それは何故なのでしょうか?」
「ジェイミー、山や森林には、そこに生えている木や植物の根によって水を貯める能力があるんだ。でも、今はそれが枯れて無くなっている。すると大雨が降った時に洪水となり易いのです」
「あ!そうでした。学校で教わっていたのに忘れていました!」
「ふふっ、ジェイミーったら」
「そうですね。これから洪水対策や治水事業を急ピッチで点検し、効果的な施策を打っていかなければなりません」
「折角、一から農業を再開するのであれば、洪水の被害を受け難い場所を選ぶことも大切だと思いますよ」
「日本では、昔から山や川に沿った場所で人々は集落を作り暮らしてきましたが、地方の過疎化でインフラを保つことも災害対策もできなくなっていきました。今では災害被害が起こりにくい場所に新たなコミュニティを作ってまとまって暮らしています」
「そうすることで自然も守れるし、余計な災害対策費も掛からずに済むのです」
「はい。日本の例は国連を通じて勉強させて頂いております。ただ、日本の方々の様に素直に行政の言うことに従ってくれる者がどれほど居るか・・・」
「それについては日本でも居住地を移転させられる者は大きく抵抗しましたよ。誰だって生まれ育った場所で引き続き暮らして行きたいものですからね」
「ですが、強制的にでも移転させてしまえば、初めは文句を言っていても、生活が便利になるのですから、慣れてしまえば結局は、ここへ移り住んで良かった。となるのです」
「それは良いお話が聞けました。イギリス全土で地方の村では過疎化が進んでいるのです」
「そうですね。この機会にコミュニティを作ることを進めるのは良いことですね」
「そう言えば・・・オースティン殿のお仕事を伺っておりませんでした」
「失礼致しました。私は銀行を経営しております」
「あぁ、銀行の経営ですか。それはお忙しいことでしょう」
「いえ、忙しくはないのです」
「そうなのですか?」
「えぇ、今は誰も貯金をしません。新しく事業を興す者も少なくなりました。銀行は政府から請け負った決済処理しかしておりません」
「あぁ、そうだったのですね。私が改革したために仕事を追われた業種のひとつなのですね」
「いえ、それを恨んだりはしておりません。これまでは同じ業種同士での競争に明け暮れておりました。でも今は政府と契約できた銀行が独占的に契約を結び、決済業務で事業を継続できているのです」
「では、スコットランドでは、オースティン殿の銀行が政府と独占的に契約できたのですね」
「えぇ、お陰さまで」
苦労して守った銀行経営か。そうなると跡取りの問題は大きいのだろうな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!