31.緊急呼び出し
元々気温の低い高い空に浮かんでいる月の都に冬が訪れ、僕は四歳になった。
それからすぐにシルヴィア母さまの娘、望月姉さまが十五歳の成人となり、宮司としてグラジオラス王国へ派遣されることとなった。
望月姉さまは王城の隣にある神宮へ入り、先輩宮司の幻月伯母さんに研修を受ける。研修が終了するとそのままその神宮の宮司となり、幻月伯母さんはグラジオラス第二の都市の神宮へ移るそうだ。
各国には最低でも神宮がひとつはあるそうだが、現在は宮司の人数が足りておらず、全ての神宮に宮司が常駐している訳ではないそうだ。それもあり、お父さまは多くの妻を娶り、宮司となる娘を生んで来たのだ。
その甲斐あってか、お姉さま方が十四人も居るので全員が宮司となれば全ての神宮に宮司が配置できるのだそうだ。
望月姉さまはお父さんとシルヴィア母さまと共に船でグラジオラスまで向かう。往路は僕も同乗し、船ごと瞬間移動で運ぶ。そして僕は瞬間移動で戻り、四日後に僕は単身で再びグラジオラスへ飛び、お父さん達を乗せた船を瞬間移動させ月宮殿へと戻る予定だ。
お父さん、シルヴィア母さま、望月姉さま、幻月伯母さんと僕の五人で神宮の応接室で話をした。
「幻月姉さま。この神宮はその後どうですか?」
「玄兎さま。月夜見さまの本や会議のお陰で女性の性に対する知識が高まり、意識も変わって来ていると思います」
「既に街中ではその話で持ち切りになっているそうで、ここへ聞きに来る女性も居ますし、私から患者に話しても、皆、素直に聞いてくれるのです。徐々に生理で診察に訪れる患者も減って来ていると思います」
「それは良かったな。では望月は初めから苦労しなくても済みそうだな」
「はい。ありがとうございます」
「幻月伯母さま。一日の診察数が目に見えて減っているのであれば、週に一日は神宮を閉めて休みとしても良いと思いますよ」
「その場合、神宮に逗留させている患者はどうすれば良いのでしょうか」
「はい。その場合は毎日診察や治療が必要のない患者には休みの前後の日に対応し、どうしても毎日治療が必要な患者には休みの日の朝にまとめて治療をしてしまうのです。そうすれば、その後の時間はお休みにできるのです」
「そうですね。それならばできると思います。来週からその様に致します」
「望月。良かったな」
「はい。お父さま。全てお兄さまのお陰です。ありがとうございます」
「いえ、良いのです。もうひとつお聞きしたいのですが、今までに妊婦がお産の時に問題が起こって死産や母子共に亡くなる様なことはどのくらいありましたか?」
「そうですね。毎月はありません。年に三回か四回位だと思います」
「その四回で母子共に亡くなることは多いのですか?」
「はい。その場合はどちらも助かりません。この様な時、妊婦の身体では何が起こっているのでしょうか?」
「そうですね。出て来られない原因としてはまず逆子でしょう。生まれる時は頭から出て来ますよね?胎児はお腹の中で動くのですが、足を出口に向けたまま大きくなって動けない状態になる場合があります。これを逆子と言うのですが、これでは赤ちゃんは腕や肩がつかえて出て来られなくなるのです」
「それから前置胎盤と言って赤ちゃんの臍の緒の付け根が胎児の出口の方にできてしまって出口が塞がれてしまうこともあります。あとはこれが多いかと思われるのですが、まだ出産の準備ができない内に子宮の胎盤が剥がれ落ちてしまい大量出血することがあります。これは大変危険なのです」
「そうなのですか。恐ろしいですね。でも私達にはそれを治癒してあげられないのですね?」
「はい。残念ながら難しいと思います」
「そうですか。難しいことなのですね」
「これから妊婦が増えますのでこの様なことも増えて行くかも知れません。今後の課題になると思います」
「月夜見さま。グラジオラスでは生理用品の販売が始まっています。この神宮でも販売しますので、大量に届いております。何箱か宮殿にお持ちください」
「ありがとうございます」
生理用品は三十個ごとに紙袋に入れられ大きな箱に入れてあった。一箱ずつ、宮殿の僕の部屋へと念動力で送った。
「シュンッ!」「シュンッ!」「シュンッ!」
次々と消えて行く箱に皆が目を丸くしていた。
「これならば帰りは楽ですね」
「えぇ、それでは僕は一足先に帰ります。また四日後に迎えに来ますので。望月姉さま、また来ますのでお元気で」
「お兄さま。ありがとうございました。四日後お待ちしています」
「はい、ではまた」
「シュンッ!」
そうこうしているうちにメリナ母さまの赤ちゃんの性別が判別できる頃になった。
「メリナ母さま、そろそろ赤ちゃんの性別が判るかも知れませんので診てみましょうか」
「いよいよその時が来たのですね。怖いです」
「男の子でなかったらどうかなってしまう訳ではありません。例え今回が女の子でも、また作れば良いのですから落ち着いてくださいね」
「はい。そうですね」
「では、診ていきますよ」
いつもの様に胎児を詳しく見る。すると背中を向けていて性器が見えない。うーん。こっちを向いてくれないかな。
そう思ったらゆっくりとこちらへ回転を始めた。あれ?この回転は僕の力なのか?
ふむ。ということはだよ。もし逆子になったら念動力で位置を直すことはできるという訳だ。これは発見だな。
そうか、それならば前置胎盤だって、いざ分娩となった時に力で剥がしてしまえばなんとかなるかもな。早期剥離は、赤ちゃんをこちらから引っ張り出してしまえば良いよな。その後の止血や炎症を防ぐことは宮司でもできるのだからな。
「あの・・・月夜見さま。どうされたのですか?」
「あ!ごめんなさい。つい考えごとをしてしまって。ちょっと待ってくださいね」
あぁ、いかんいかん。ちゃんと診ないと!で、どうだったかな・・・と。お!付いているではないか!やった!
「メリナ母さま。おめでとうございます!男の子ですよ」
「本当ですか!」
メリナ母さまに思いっ切り抱きしめられた。胸に顔が埋まって苦しい。けどこのままでいいや。
その夜の晩餐で発表し、皆で大喜びとなった。メリナ母さまの子だけ女の子だったらどうしようと心配していたのだ。本当に良かった。
僕は、その後も数か月の間に指導を希望する国からの依頼を受けて世界各地を飛び回っていた。ほとんどの国を訪問して指導を行った。
神宮では宮司に妊婦の死亡件数の聞き取りを続けた。やはりどの国でも同じ程度の件数だった。更には切迫流産と思われる事例がかなりあることが分かった。
ただ、早期でなければ神宮に逗留させて安静にすれば治まるケースも多く、炎症を抑える程度のことは宮司にできるので助かることが多い様だ。
でも早期の切迫流産は染色体異常など、胎児自体の問題も多いから助からないことがある。
まず、実態を把握したいので宮司にはこの様な妊婦が来た時はすぐに僕を呼んでくれるように頼んでおいた。
そして、ルチア母さまの出産予定日が近付いて来たある日、五人のお母さま方の赤ちゃんの性別判定を行うことにした。
夕食を終えてお茶をしている時に診断してみようと話したのだ。椅子を五脚、緩く円を描く様に並べお母さま方に座って頂いた。
僕はその前に立って妊婦のお腹の少し上から見下ろす様にして胎児を診て行った。
黙って見つめ、時には手を差し伸べて指先でくいっと胎児を回す様なしぐさをしたりして。
「はい。分りました。凄いですね。五人全員男の子です。おめでとうございます!」
「うわぁーっ!」
お姉さま達の歓声が上がり、みんな走り出したり飛び上がったり、自分のお母さんに抱きついたり大忙しだ。お母さま方は皆、笑顔で涙を流していた。
お父さんがひとり放心状態で椅子に深く腰掛けていた。そしてゆっくり立ち上がると。
「皆、おめでとう。そしてありがとう。これで全員が男の子を授かった。本当にありがとう。月夜見もよくやってくれた。ありがとう!」
「本当に良かったです。でも僕だけの力ではありません。お父さまがお母さま方を愛して大切に扱った証です」
七人のお母さま達の子が全て男の子だったことが判り安心した。あとは、七人が無事に生まれてくれることを願うのみだ。
そして姉さま達の歓喜が落ち着き、和やかに談笑していたところへ船の船長カミラが食堂へ駈け込んで来た。
「お食事中に失礼致します!月夜見さま。ネモフィラ王国の国王陛下より緊急連絡です」
「どうしましたか?」
「王都神宮にて分娩中の妊婦の赤子が出て来ず、母子共に危険な状態になっていると月影さまから報告が入りました!」
「分かりました。すぐに行きます」
「シュンッ!」
僕は一瞬で判断し、月影姉さまの寝室へと飛び、すぐに診察室の方へと走った。
「月影姉さま!」
「お兄さま!こちらです!」
姉さまの声がした部屋へ走る。その部屋には寝台の上で苦しむ妊婦が居り、他にも三名の巫女姿の女性が妊婦を取り囲んでいた。
「陣痛が来てから何時間経っているのですか?」
僕は聞きながらのぞき込むと赤ん坊の頭が覗いている。すぐに透視をして胎児を見てみると臍の緒が首に巻き付いている。
「もう、八時間経っています」
「胎児の首に臍の緒が巻き付いている。このままでは出られない。一度奥に押し戻して胎児を回転させ巻き付きを直すぞ」
僕は呟く様に言いながら力を掛ける。できるのだろうか?いや、やるしかない。
胎児を手で包む様に抱えるイメージでそのまま少し奥に押し戻す。そのまま臍の緒の巻き付きとは逆方向に子を回転させる。僕はイメージが伝わり易いかもと考えながら両手をお腹に向けて差し出して手を少しずつ回転させている。
すると胎児が回転を始めた。徐々に巻き付いた臍の緒が解けて来る。完全に外れたのを確認すると。
「よし、臍の緒が外れた!引っ張り出すから足を開いて!巫女は両脇から足を押さえる!」
「は、はい!」
大きな声で指示を飛ばす。時間に猶予はない。胎児の顔が青紫になりつつあるのだ。ゆっくりと少しずつ力を大きくし、念動力で引っ張り出していく。
妊婦は裂かれる痛みで叫び声を上げる。本来なら会陰切開すべきだが、見たところ会陰は既に十分に伸びている様だ。
念動力で一気に引き出そう。次の瞬間、ズルッと胎児が生み出された。
「よし、生まれた!男の子だ。よくやったぞ!」
「姉さま、子を抱き上げて背中を少し叩いて!」
「はい!」
「パンパンっ!」
そのショックで赤子は急に真っ赤な顔となり泣き声を上げた。
「おぎゃぁ!おぎゃぁ!」
僕は臍の緒を処理して母親に声を掛けた。僕の慣れた手付きを見て、月影姉さまも巫女たちも目を白黒させている。
「お母さん。よく頑張りましたね!立派な男の子です。無事に生まれて良かった」
「神さま。お救いくださり、ありがとうございます!」
母親の額には汗が滲み、疲れ切った顔でなんとか笑顔を作っていた。
「良いのですよ」
僕は顔面蒼白となった月影姉さまを誘い、廊下へ出て声を掛ける。
「姉さま。すぐに連絡をくれたので間に合いました。ありがとうございました。あのままでは母子共に亡くなっていましたよ」
「私に力が無いばかりに申し訳ありません」
「お姉さまの責任ではありません。今まではあの様な場合、残念ながら命を落としていたのです。それに言っていたではありませんか。呼んでくれたらすぐに飛んで来る。と」
「はい!ありがとうございます!」
お姉さまが抱きついてきて泣いている。顔色も良くない。当たり前だ。まだ十六歳になったばかりの少女なのだ。地球なら分娩に立ち会うことなどない年齢だ。初めて人の死の影が見えてしまい、ショックだったのだろう。僕も姉さまを抱きしめた。
「さぁ、お姉さま。出産の後は母体の後処置があります。戻らねばなりませんよ」
「はい。そうでした。お兄さまはもう帰られるのですか?」
「えぇ、家族と話している最中に飛び出して来てしまったのです。皆、心配しているでしょうから」
「そうですね。今日は本当にありがとうございました」
「えぇ、またいつでも呼んでください。あぁ、あとマリー母さまも他の六人のお母さま方も全員男の子を授かりましたよ!」
「本当ですか!私に初めての弟ができるのですね!」
「いや、本当は僕が初めての弟なのですが・・・」
「あ!そうでしたね。でも嬉しいです。それもお兄さまのお陰ですね。ありがとうございます!」
「いいえ。ではまた来ますね!」
「はい!」
「シュンッ!」
なんとか今回は母子共に命を救えた様だ。本当に良かった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!