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10.アンジーとの結婚式

 アンジェラとの結婚式の日がやって来た。


 まずは月の都からお父さんとお母さま方が八人全員、アネモネと共に転移して来た。

お父さんもお母さま方も皆、新しい衣装を着ている。


 お父さんの衣装は中世の王族を現代風にアレンジしたものの様に見える。

以前の軍服風なものよりは現代に近いのかも知れないが、やはり奇抜だ。誰が作っているのだろうか?全て白地で金糸で縁取りや刺繍が施されている。


「お父さま、その衣装はどちらで仕立てているのですか?」

「あぁ、地球へ降りて人前に出る時の衣装は、全て天照さまが用意されたものだよ」

「天照さまが・・・何か特別な仕立てになっているのですか?」

「うん。昔は防弾仕様になっていると言っていたね。今はもう、その必要はなくなったのか、前のものよりも軽いね」


「そうですね。王族のイメージもありながら、神秘的というか神の威厳みたいなものを感じますね」

「翼、それは月夜見さまが着ていらっしゃるからよ」

 桜お母さまがドヤ顔で言った。こんなに美しいドヤ顔は初めて見た。


「やはり、そうなのですね・・・それにしてもお母さま方もお美しいですね」

「そうね。これはもう普通のドレスね」

 純白の花嫁が着る様なドレスだ。ただ、スカート部分の広がりは控えめではあるが。

お母さんも同じドレスを着ている。


「ところで翼、それが新郎の衣装なのかい?」

「はい。スコットランドの伝統的な衣装でキルトというものだそうです。このタータンという生地の柄が家毎に決まっているそうです」

「あぁ、バグパイプを演奏する時の衣装ね」

「翼、とても似合っているわ。素敵ね」

「ありがとう御座います」


「アンジェラも美しいわね。スタイルが素晴らしいわ」

「紗良、アンジェラのスタイルは幸子みたいね」

「そうね。千五百年前の私の娘とは思えないわ」

「でも、髪と瞳の色は同じなのね!」

「それは陽菜とアナスターシャも同じよね」


「そうね。舞依とアネモネも同じだし・・・不思議ね」

「さぁ、そろそろ時間だ。皆、船へ移動しようか」

「はい」

 お父さんとお母さま方、僕と六人の妻は船に乗った。今回、葉留は自身の結婚が近いので顔出しNGとのことで出席を辞退した。


「シュンッ!」

 エディンバラ城の上空へ出現した。


「翼、この辺の地磁気の量と放射線量を見てくれるかな?」

「はい。お父さま。今日の地磁気は比較的安定しています。放射線量も外出して問題ないレベルです」

「それは良かった。では会場の城が見渡せる場所へ停泊させて外へ出ようか」

「はい」


 エディンバラ城は山というか丘の上にそびえ立っており、周囲は急な斜面となっている。船をエディンバラ城の直上から百メートル程真横へずらして、ほぼ同じ高さに停泊させた。


 船の翼の上へ皆で出ると、招待客やアンジェラの家族が立ち並んで待っていた。

キルトをまとったバグパイプ奏者が立ち並び、伝統的な楽曲を演奏する中、僕たちは空中を浮遊して皆の待つ庭へ降り立った。


 そこにはスコットランド首相とアンジェラの家族が居た。

「天照さま、ようこそエディンバラ城へお越しくださいました。初めてお目に掛かります。私はスコットランド首相、ハリー アンダーソンに御座います。この様な素晴らしい結婚式に参列できること、この上ない幸せに御座います」

「初めまして、天照です。今日は息子の結婚式にご参列くださり、ありがとうございます」


「折角の結婚式なのに、このどんよりとした曇り空では残念ですね。ちょっと雲をどかしてしまいましょう」


 お父さんはそう言うと、念動力であっという間に雲を飛ばし、青空にしてしまった。

お父さんが皆に振り返ると、太陽の日差しが後光の様にお父さんへ降り注ぎ、プラチナシルバーの長い髪が輝いた。


「おぉ・・・神よ!」

 参列者の中から声が漏れ、皆が一斉にその場にひざまずいた。

「神さま、感謝致します!」

 感動した参列者の中には涙を流している者も多かった。


 しばしの沈黙の中で、参列者がお父さんやお母さま方をその瞳に焼き付けている様だった。その雰囲気を感じ取ったスコットランド首相は、しばらく待ってから僕らへ声を掛けた。


「さぁ、こちらが会場となっております。皆さま、どうぞお入りください」

「アンジー、凄い人数だね。これが皆、議員や貴族なんだね?」

「えぇ、そうです。出席人数をかなり絞っているので、皆さん身分の高い方ばかりです」

「そうか、緊張するね」

「え?翼さまでも緊張されるのですか?」

「まぁね、それはするさ」


 新奈、結衣、望やアネモネとの結婚式は、良く知っている身近な人しか居なかったから緊張はしなかった。でもアナとアンジーは勝手が違う。


「本来であれば、この城の教会にて式を挙げるのですが、あまりにも狭いのと今回は天照さまが結婚の許可を与える形とのことですので、大ホールにて参列者の前で執り行いたいと存じます」

「それで構いません」


 アンジーのお父さんが説明してくれ、お父さんが快諾した。まぁ、結婚式の形にこだわりはないからね。アンジーが喜んでくれるならそれで良いんだ。


 城は外から見るとその古さと歴史を感じるが、中に入ると壁や柱、天井の装飾が美しく、古さは感じなかった。そして、大ホールに参列者がすし詰めになっている。


 舞台左側にはお母さま方が立ち並び、その前に僕の妻、五人が並び立つ。

右側にはアンジーの家族とスコットランド首相夫婦が並んでいた。


 中央に僕とアンジー、そしてお父さんが立った。

「皆さま、本日は私の息子である翼とエディンバラ市、クリフォード エヴァンス市長の娘、アンジェラ エヴァンス殿との結婚式にご参列を賜り感謝申し上げます」


「それではここに、天照 翼とアンジェラ エヴァンスの結婚を認めます」

 その宣言と共にバグパイプの音が高らかに鳴り響いた。僕とアンジェラは軽く抱き合い、お互いの唇を重ねた。


「ウォー!」

「おめでとうございます!」

「アンジェラさま!おめでとうございます!」

「翼さまーっ!素敵!」


 参列者の興奮が収まるのを待ってお父さんが話を始めた。当然、皆の頭の中に念話で直接聞こえている。


『皆さま、今、地球は未曾有みぞうの危機にさらされています。我が息子、翼が地磁気の発生装置を開発しましたが、現状は小康状態を保つ程度です。これを満足な状態とするには、あと一人の妻を探し出さなければなりません。それは私の千五百年前の娘の生まれ変わりです』


『その娘は、ストロベリーブロンドの髪、赤い瞳をしています。専用サイトにて募集しておりますが、未だに見つかっておりません』


『世界の食糧事情は、日々、ひっ迫して来ています。間もなく食料が不足し、人が餓死する国も出てくることでしょう』


『皆さま、今一度、知人、友人を通して、私の娘の生まれ変わりを探してください』


 その後、バグパイプの演奏でダンスを楽しんだり、この日のためにイギリス中からかき集められたスコッチウイスキーを伝統の飲み方で飲んだりして結婚式を楽しんだ。


 伝統の音楽を楽しんだ後は、オーケストラによる演奏でダンスの時間となった。

まず始めに僕とアンジーが踊る。ワルツの曲に合わせて僕らは優雅に踊った。


「アンジー、今日の結婚式はどうかな?」

「翼さま、とても素敵です。こんなに幸せな結婚式を挙げることができるなんて・・・夢の様です」

「アンジー、君は美しいね。皆の注目の的だよ」

「それは私ではなく、翼さまに注目しているのですよ」


「いや、男性の視線を見れば分かるよ。嫉妬したくないから、彼らの心は読まない様にしているけれどね」

「まぁ!そんな風に思ってくださるなんて・・・嬉しいです」


 その後、僕は妻一人ひとりと順番に、お父さんも九人の妻と順番に踊った。参列者も貴族でダンスをたしなむ者は夫婦で踊った。


 そして、お父さんと桜お母さまが踊った時、バタバタと参列者の女性が失神して倒れた。

もう、当たり前の光景でもあるので、事前に倒れた女性を寝かせる部屋を用意してもらっていた。


 一時間程のダンスの時間の後、新奈たちの歌の時間となった。オーケストラの伴奏によりグループで一曲、アネモネのシングルで一曲披露した。参列者は皆、感動し涙を流しながら聞いていた。


 その歌声は周囲十キロメートルの範囲まで念話で届いている。結婚式には出られなくとも近くで同じ時間を共有したいと集まった市民が、エディンバラ城の周囲の公園に大勢居り、皆その歌声を直に聴くことができた。


 一通りの式次第が終了し、ガーデンに出て記念撮影をした。この式のためにプロのカメラマンが十名も呼ばれている。あちらこちらで写真やビデオを撮っている。


 カメラマンと参列者たちに僕とアンジーのツーショット写真を延々と撮り続けられた後、僕と一緒に撮りたいというご婦人のリクエストに応えてあげた。


 最後にジェイミーが恥ずかしそうに近寄って来た。

「あらジェイミー、まだ翼さまと撮っていなかったの?」

「えぇ、お兄さま、一緒に撮ってもらっても良いですか?」

「勿論だよ、ジェイミー。おいで」

「エヘッ、はい!お兄さま!」


 満面の笑みでジェイミーは僕の横に立つと腕を組んだ。お義父さんが角度を変えて、何枚も連写していた。何だかお義父さんの方が嬉しそうだな。


 最後にお父さんとお母さん、アンジーの家族と一緒に写真を撮った。

「あぁ、素晴らしいわ!この写真は家宝になるわね!」

 アンジーのお義母さんも舞い上がっている様だ。幸せそうで何よりだ。


 そうして楽しい結婚式は幕を閉じた。

「お父さま、お母さま、ジェイミー。今日はありがとうございました」

「アンジー、素晴らしい式だった。幸せになるのだよ」

「はい。お父さま」

「アンジー、とてもとても素敵だったわ!こんな幸せを与えてくれた神に感謝致します」

「まぁ!お母さま、私は娘よ。神だなんて・・・」


「シェリーはそれ程に感動したってことだよ。アンジー」

「そうよ、お姉さま。お義兄さまのキルト姿・・・素晴らしいわ!」

「ふふっ、ジェイミーは男性のキルト姿が本当に好きなのね!」

「いいえ、お義兄さまだからです!誰でも良い訳ではありません!」


「嬉しいことを言ってくれるね。では、お礼に・・・」

 僕はジェイミーを抱きしめた。

「ジェイミー、ありがとう」

「は、はぁ・・・」

 そしてジェイミーは僕の腕の中で気絶した。


「まぁ!ジェイミー!しっかりして!」

「翼さま!からかってはいけませんよ」

 僕はジェイミーを念動力で持ち上げて空中で水平に寝かせた。

「からかったつもりはないよ。ジェイミーがあまりに可愛らしかったからつい・・・ね」

「今のハグは写真に撮ったかしら?」


「はい、私が!」

 ひとりのカメラマンが手を上げた。

「良かった!その写真、額装してくださる?」

「かしこまりました」

「ジェイミーに最高のプレゼントになるわね」

「えぇ、とても喜ぶと思うわ」


「ところで、ジェイミーをどうしようか?」

「私が彼女のベッドへ転送しておくわ」

「シュンッ!」


「おぉ!」

「消えたわ!」

 参列者が驚きの声を上げた。


「さぁ、そろそろお開きだね。僕たちは帰るよ」

「お父さま、お母さま。それでは失礼致します」

「皆さま、本日はありがとうございました」

「シュンッ!」

 お父さまはお母さま方と共に神星へと飛んだ。


「おめでとう御座います!翼さま!アンジェラさま!」

「皆さん、ありがとう!」

 僕らはゆっくりと宙に浮かぶと、船に向かって飛んで行く。来た時の様にバグパイプの演奏で見送ってくれた。




 結婚式の一週間後、お父さんから連絡が入った。神星の各国で平民にまで対象を広げて嫁候補を探してもらい、その面接を行うスケジュールが決まったそうだ。


 一日二か国ずつ、十五日掛けて巡る予定となった。一つの国で候補は十名から多い国で二十名程居るとのことだ。


 対象となる娘たちには、集められる理由は話さず、デザートを付けた美味しい食事を食べさせてあげて欲しいとお願いしておいた。


「今回は皆で行こうか」

「えぇ、妻も皆揃っている方が良いと思うわ」

 お母さんと葉留も一緒に九人で回る事となった。


 まずはグースベリー王国へ行き、アネモネを乗せるとネモフィラ王国へ飛んだ。

王となったフォルランと柚月ゆつき姉さま、その息子のファビアンと妻の花音お母さまの娘、月音つきね姉さまが出迎えてくれた。


「翼、地球は大変なのですってね?」

「えぇ、月音姉さま。僕はあとひとりの妻を探さなければならないのです」

「今日、ここに集めた娘たちの中に居ると良いのだけれど・・・」

「そうですね」


「さぁ、こちらですよ。サロンに集めているの」

「言われた通り、何故ここに連れて来られているかは伝えていないのです」

「フォルランさま、ありがとうございます」


 サロンに入ると下は十二歳位から二十歳位の若い女の子たちが十五名並び立っていた。


 髪の色は、ほとんど赤毛から光の加減でうっすらとピンク色に見える、一応ストロベリーブロンドと呼べる範疇の者まで居り、瞳は皆赤い色をしていた。


 流石に神星だ。一国でこんなに居るのだな。皆、平民なので高価な衣装は着ていない。でも、みすぼらしい恰好をしている娘も居なかった。やはり、北の大国のネモフィラ王国だけあってしっかりしているのだな。


『アネモネ、どうかな?』

『翼、この中には雨月は居ないわね』

『そうか、残念だな・・・』


 僕たちは娘たちに聞かれない様に念話で話した。でも、黙って見つめられて不安だろうな・・・申し訳ない。


『柚月姉さま、残念ながらこの中に雨月は居ない様です』

『そう、それは残念ね』

『あの・・・この娘たちはこのまま、家に帰されるのですよね?』

『何かあるかしら?』


『お土産を持たせたいのです』

『お土産?それは何かしら?』

 神星にお土産という概念は無い。柚月姉さまはきょとんとしていた。


『彼女たちは何も知らずにここへ連れて来られて不安になったと思うのです。せめて、来て良かったと思ってもらえる様に贈り物を用意しました』

『まぁ!優しいのね。それで何を贈るの?』


『はい、ワンピースと下着、それと靴のセットです』

『それは素晴らしいわ!』


「シュンッ!」

 地球の月の都のサロンから大量のトートバッグを転移させた。サイズを五種類程用意しておいたのだ。女の子の背格好で大体のサイズを見極め、一人ずつ手渡していった。


「皆、今日は来てくれてありがとう。これはお礼だよ」

「え?お城でお食事をご馳走になって、贈り物まで頂けるのですか?」

「うん。何故、ここに連れて来られたのか分からなくて不安だったろう?ちょっと人を探していたんだ。皆の様な髪や瞳の色をした女性だったんだ」


「でも、皆は探していた娘とは違ったんだ。今日はもう、帰って良いからね。わざわざ、来てくれてありがとう」

「こんな素晴らしいお召し物を頂けるなんて、夢の様です!ありがとう御座います」


 集められた娘の中で一番年齢が上に見える娘が丁寧な挨拶をした。この娘は大商人の子なのかも知れないな。


 皆、自分はこれからどうなるのだろうと、不安で一杯の表情をしていたが、ワンピースを見たら一気に笑顔になった。そして城の使用人に促され、娘たちは退室して行った。


「やはり、簡単ではありませんね」

「でもネモフィラが最初なのでしょう?」

「はい。アネモネの居るグースベリー王国は既に確認済みですけれどね。次はビオラ王国へ行きます」

「あきらめないで探してね。私たちにできることがあれば何でも言って頂戴」

「はい、柚月姉さま。ありがとう御座います」




 続いてビオラ王城の庭園に飛んだ。

「シュンッ!」


 王ロレンツォとアドリアーナ王妃、それに琴葉お母さまの息子の蒼羽あおば兄さまと二人の妻、アリーチェとクラリーチェが出迎えてくれた。


「翼!良く来てくれた!アリーチェ、クラリーチェ、翼は地球と神星の英雄なんだよ!」

「まぁ!素晴らしいのですね!」

「まぁ!素晴らしいのですね!」

 アリーチェとクラリーチェが申し合わせたかの様にぴったりと声を揃えて言った。


「英雄って・・・何故、そんなことに?」

「お父さまが、僕ら子供たちを集めて、翼が御柱みはしらやこの星を創り、この星の住民も皆、翼のお陰で増えたことを話したのだよ」

「翼さま。ありがとう御座います!」

「翼さま。ありがとう御座います!」

 またも二人はハモってお礼を述べた。


「いえ、そんな・・・僕にはその様な実感はないのです」

「それでも、大変なことだよ!」

「ありがとう御座います」

「さぁ、娘たちを待たせているからね。そろそろ行こうか」


「先程、食事とケーキを振る舞ったのです。初めは皆、怖がって泣いている娘も居たのですよ」

「でも、食事をして甘いものを食べたから、今は落ち着いています」

「では、早く済ませてしまいましょう」


 会議室の様な部屋に案内されると、緊張した面持ちの娘たちが十二人壁に沿って立っていた。ここも年齢層はネモフィラ王国の時と同じくらいに見受けられた。


『アネモネ、どうかな?』

『そうね。残念だけど・・・』

『ここにも居ないのか・・・』

蒼羽あおば兄さま、残念ながらこの中に雨月は居りませんでした』


『そうか、それは残念だね。ではこの娘たちには帰ってもらおうか』

『あ、ちょっと待ってください。折角来てくれたこの娘たちには贈り物があるのです』

『贈り物?それは素晴らしいね!』


「シュンッ!」

「キャッ!」

 娘たちは目の前に突然現れた大量のトートバッグにびっくりしていた。


「皆、今日は何も知らせずにここへ来てもらったから、不安だったでしょう?ごめんね。ちょっと人を探していてね。でも、君たちの中には居なかったんだ」


「これは、今日来てくれたお礼だよ。ワンピースと下着、それに靴が入っているよ」

「え?それを頂けるのですか?」

「お食事やケーキもご馳走になったのに・・・」

「よろしいのですか?」


「うん、良いんだよ。皆、今日はありがとう」

「とんでも御座いません。なんとお礼を申し上げれば良いのか・・・」

 ここにも裕福な商人の娘が居る様だ。とてもしっかりとした受け答えができている。


 ん?あの娘は?ふと気付くと、一人だけ、明らかに他の娘たちとは身なりの違う娘が居た。

その娘は、終始うつむいていて表情が無い。ワンピースを手にしても笑顔にならなかった。服装もみすぼらしく、痩せ過ぎな様だ。もしかしたらどこか具合が悪いのかも知れない。


蒼羽あおば兄さま、あの右端の娘だけ残してください』

『うん?あぁ、あの娘か。分かった』

 その娘だけを残して他の娘たちは退室して行った。


『翼、あの子はね、奴隷の出身なんだ』

『奴隷?』

『この国でもかなり大きな商人の家でね。使用人には奴隷が何人か居る様なんだ』

『この国では奴隷が居るのですね』


『今では奴隷商はもう居ないよ。でも買われた奴隷はそのまま働き続けているんだ』

『この娘は健康状態が良くないみたいですね』

『商人にきつく言おうか?それとも翼が買い取るかい?』

『え?買い取る?僕が買い取ることができるのですか?』


『それは王家から言われたら従わざるを得ないからね。普通ならもう奴隷は買えないのだからね。手放したくはないと思うけれどね』

『実は、僕の月の都で使用人が足りないのです。彼女の今の暮らしと健康状態を考えると連れて帰ってあげたいと思ってしまいますね』


『ちょっと、翼。まさかあの娘をめかけにしようってこと?』

『アネモネ。違うよ。月の都であと三十人程、人が欲しいんだ。使用人として働いて欲しいだけだよ』

『それならば良いわ』

『ふふっ、手厳しいね』

 蒼羽あおば兄さまは、優しい笑顔でそう言った。僕はその言葉には敢えて反応せず、その娘に向き合った。


「君、そこに座って。少し話が聞きたいんだ」

「は、はい」

「名前は?」

「あ、あの・・・アマリアです」


「アマリア。君は贈り物を受け取っても嬉しそうではなかったね」

「あ、は、はい・・・お、お屋敷に戻ったら・・・ご、ご主人さまに・・・取り上げられてしまいますから・・・」

「あぁ、そうか。君は奴隷として買われたのかい?」

「は、はい。小さい頃に・・・親に・・・ど、奴隷として売られました」


「親を恨んでいるかい?」

「い、いいえ・・・い、妹たちを食べさせるためですから・・・仕方がありません」

「アマリアは良いお姉さんなのだね。アマリアは今、何歳になったのかな?」

「えっと・・・た、確か・・・に、二十三歳だと・・・思います」

「え?二十三歳?そんなに小さいのに?もしかして食事が少ないのですか?」


「し、食事は・・・あ、朝ご飯だけですから・・・」

「そ、そんな・・・蒼羽あおば兄さま、奴隷とはそこまで過酷な環境で働かされるものなのですか?」

「い、いや、それはちょっと厳し過ぎるね。まだそんなことをしている者が居たとはね。ちょっと視察しないといけない様だね」


「アマリア。君は今の商人の家で働き続けることに耐えられるのかい?」

「し、仕方がありません。わ、私には他に・・・ど、どうすることも・・・できませんから」

「うーん。それなら私と一緒に来ますか?」

「え?ど、どこへ行くのですか?あ、あなた様は?」


「あぁ、ごめんね。私は翼。この世界の神さまである月夜見の息子です」

「え?か、神さま?わ、私が神さまのもとへ?私、し、死ぬのですか?」

「いえ、違います。ここではない、もう一つある別の世界へ行くのです。そこに私の家がある。そこで使用人として働かないか?」


 早速、使用人を一人、スカウトしてしまったな・・・

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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