30.妊婦が抱える問題
ネモフィラ王国の講習と指導が終わった。
帰る前に王城のサロンでお茶をしながらお爺さん、お婆さん、伯父さんと三人の伯母さん、お姉さま達、そしてフォルランと話した。
「アルメリア。月夜見さまが来年五歳になられたら成人するまでこの国で暮らすというのは本当なのか?」
「えぇ、そうさせて頂くつもりです」
「それは大変だ!一年で宮殿を建てなければならん!」
「お父さま!宮殿を建てる必要はないと思うのですが」
「何を言うのだ!月夜見さまは次期天照家当主となられるお方なのだぞ」
「お爺さま」
「お爺さま?」
「えぇ、お爺さまは私のお爺さまですよね?」
「え?い、いや。それは・・・」
「お父さま。月夜見は私の息子です。ですからお父さまは月夜見のお爺さまでしょう?」
「お爺さま、そうお呼びしてはいけないのでしょうか」
「い、いえ、月夜見さまに失礼でなければ構いませんが・・・」
「ありがとうございます。私のことも月夜見と呼んでください。さまは不要です」
「う、うーむ。そうですね。少しずつ慣れる様に致しましょう」
「ありがとうございます。私は来年からこの国で暮らすことを楽しみにしているのです。特にこの城で皆さん家族と一緒に暮らすことを。ですから宮殿など不要です。お母さまと一緒の部屋で良いのです」
「えぇ!アルメリアと同じ部屋に?二人で?で御座いますか?そ、それはさすがに狭いのでは?」
「お父さま、確か私の部屋の隣は空いていましたよね」
「あぁ、そうだな。確か空いている。それならその部屋を使って頂けば良いのではないか?」
「私は、お母さまと同じ部屋が良いのですが」
「お父さま、ではそのふた部屋を改装してひとつの広い部屋に作り変えればよろしいでしょう。丁度トイレにビデを設置する工事もありますからお風呂も大きくきれいにすれば良いと思います。一年あれば改装できるでしょう」
「おぉ、ステュアート。それは名案だな。アルメリア。それで良いかな?」
「はい。ありがとうございます」
「お爺さま。わがままを言って申し訳ありません。ありがとうございます」
「それくらい何でもないことです」
「ではお爺さま、お婆さま。それに伯父さま、オードリー伯母さま、トレニア伯母さま、シオン伯母さま。ルイーザ姉さま、アニカ姉さま、ロミー姉さま、フォルラン。来年、五歳になりましたらこちらでお世話になりますので、その時はよろしくお願いいたします」
「私たちも月夜見。と呼ぶのですか?」
「はい。ルイーザ姉さま。お願い致します」
「でも、中身は二十五歳なのですよね?」
「いえ、あと四歳足されますから二十九歳ですかね」
「それではお父さま、お母さまと同じではありませんか!」
「ははっ!まぁ、それはあくまでも精神年齢ですから。この世界では生まれて四年なのですからね。やはり四歳なのです。十歳になったら学校にも行きますよ」
「え!学校へ?何も学ぶことなどないでしょうに!あ!先生になるのが良いのでは?」
「いえ、この世界のことはまだ分からないことが沢山あるのです。学校で先生にお聞きしたいのですよ」
「え!どんなことでしょうか?」
「そうですね。例えばこの星の成り立ちや公転と自転の速度、二つの月の公転と自転の速度、地上の気圧や、各国の気象の特色ですかね。あとあの空のオービタルリングと低軌道エレベーターのこともお聞きしたいですね」
「うーん。何を言っているのかさっぱり分かりません。学校の先生なら分かるのでしょうか?」
「いや、国王の私でも聞いていて分からなかったのだから・・・どうかな?」
「えぇ!お爺さまでも分からないのですか!伯父さまは?」
「いや、私にもさっぱりだよ」
「えぇ?誰も分からないのでしょうか?あ!学校とかこの城に昔の本や文献はありますでしょうか?」
「うむ。それならばどちらにもあります。ですが先程のご質問の答えになるものがあるかは分かりませんが」
「えぇ、良いのです。私が勝手に読んで調べますから」
「そうですか、やはり凄いのですね・・・」
「学校は楽しみですね」
「お母さま、そろそろ戻りましょうか?」
「えぇ、そうですね」
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。来年、よろしくお願いいたします」
「さぁ、お母さま、行きますよ!」
「はい」
お母さんに抱きつくと月の都を目指して飛んだ。
「シュンッ!」
「わっ!消えた!凄い!」
「一瞬で月の都まで飛んでしまうのだ。本当に凄い力だな。あのお方にお爺さまと呼ばれるなんて。どうしたものか」
「えぇ、前回いらした時はあの世界一大きな船ごと、月の都まで瞬間移動して帰られたのでしょう?」
「私、本当にお姉さまと呼ばれて良いのですか?お父さま」
「それは、私だって同じだよ。あのお力で、精神年齢も私と一緒。そしてあの知性、知能、能力。どれをとっても桁違いの天才で、人々を導く救世主で神さまなのだからね」
「どうやって慣れれば良いのでしょうか・・・」
「僕は同じ四歳だし、仲良くしてね。って言われたから仲良くするよ!」
「フォルランはなにも分からなくて良いわね!」
「シュンッ!」
「お疲れさまでした。お母さま」
「月夜見。今日は一日ソニアと過ごさせてくれて、ありがとう!」
「喜んでもらえて良かったです」
「何て素敵な息子なのでしょう!」
チュッと頬にキスを頂いた。やった!
今日は朝食後にお爺さんの屋敷を訪問した。
「お爺さま。おはようございます!」
「月夜見か。おはよう。早くからどうしたのだ?」
「はい。僕のお母さま以外の七人のお母さま方が、揃って妊娠されたのです」
「うむ。聞いたぞ。月夜見の言う通りにすれば子は簡単に授かってしまうのだな」
「いえ、簡単ではないのですが、今回はたまたま上手く行ったのだと思います。それでなのですが、お爺さまに聞いておきたいことがあるのです」
「うむ。何かな?」
「今まで、子を生む段になっても子が中々出て来られなくなる。という例はあるのでしょうか?そしてその場合は治癒能力で解決できていたのでしょうか?」
「うむ。その様な場合は、大抵が原因不明のまま死産となるし、母親も死ぬことが多いな」
「やはり、治癒能力では対応できないのですね」
「地球。だったか?その世界ではその様な時はどうしていたのかな?」
「えぇ、緊急手術と言いまして、お腹を切って子を取出すのです」
「お腹を切る?それで子を助けて母親の命は諦めるのだな?」
「いいえ!母親も助かりますよ。切ったお腹は縫えば良いのですからね」
「切ったお腹を縫うだと!どうやって?」
「そりゃぁ、縫うと言えば針と糸ですが?」
「ふふん。月夜見。お主、私をからかっているのだな!」
「いえいえ、本当です。服飾用の糸ではなく、手術用の糸ですけれど本当に針と糸で縫い合わせれば、皮膚も肉も元通りにくっ付くのですよ」
「地球とやらは恐ろしい世界の様だな」
「そうでしょうか。お産で簡単に母子共に命を落としてしまうこの世界の方が私には恐ろしいです。それではお産は命懸けになってしまい、安心してお産ができないではありませんか」
「そう言うが、そもそも出産数が然程多くないのだから死産も滅多にあることではないのだよ」
「今まではそうですね。ですが僕の家族だけで半年以内に七名の子が生まれるのです。この世界全体では出産数は飛躍的に増えるのですよ。そうなると先程の様な例は増えてしまうと思われます」
「あぁ、それは月夜見の言う通りであるな。ではどうすれば良いのかな?」
「いえ。それが難しいのです。地球から手術器具を手に入れれば、僕は手術ができますからお母さま達くらいであれば、万が一の時でも対処できるでしょう」
「ですが世界の妊婦全員を対象と考えると、そのうちに一時間に一人とか、三十分に一人位の割合でどんどん依頼が舞い込むことになると思います」
「幾ら僕が世界中に瞬間移動できたとしても対処仕切れません。僕だけできても解決にはならないのです」
「月夜見。我らが寄ってたかって月夜見を救世主と祀り上げてしまったことが悪かったのだ。申し訳なく思う。月夜見がその様に全世界の人間を全て救わねばならない。などということはないのだよ」
「はい。勿論、自分で全てを救えるとは考えておりません。でも少しでも多く救えないものかと思いまして・・・」
「月夜見は責任感が強いのだな」
「はい。これも医師の職業柄かも知れません」
「我らにとってはありがたいことではあるのだがな」
お爺さんは申し訳なさそうな顔になってしまった。
「月夜見さま。こうは考えられないでしょうか?今までは誰一人として助けられなかったのです。でも、月夜見さまのお陰で、ひとりでも助かるならば、今までよりは良くなったのだ。と」
「はい。ダリアお婆さま。おっしゃることは分かります。そうですね。少し考えてみます」
僕はお爺さんの屋敷からお母さんの部屋へと飛んだ。
「シュンッ!」
「わっ!びっくりした!月夜見ですか」
「お母さま。ごめんなさい」
「どこへ行っていたのですか?」
「お爺さまの屋敷です。ちょっと聞きたいことがあったもので」
「難しい問題なのですか?」
「はい。ちょっと・・・」
「こちらへいらっしゃい」
お母さんは僕を抱きあげ、ベッドに座ると僕を膝に乗せて抱いた。
「何か困ったことなのですか?」
僕はお母さんにお爺さんとの話を隠さずに全てを話した。
「まぁ!そうなのですか。それは本当に難しいことですね。でも私も、暁月さまのおっしゃる通り、全て月夜見が負うべきことではないと思います」
「救世主とは、人々を正しい方向に導くのであって、この世界全ての人間の命を救うということでは決してない。と思うのです」
「はい。僕は重く考え過ぎなのでしょうか?」
「そうですね。月夜見は少し、優し過ぎるのかも知れませんね」
その言葉には何も返さず。お母さんの腕の中でぼんやりと考え込んだ。
僕はやはり、舞依を失ったショックから立ち直れていないのかも知れない。人が病気で死ぬ。それを自分が助けられないことに対して過敏に反応してしまっているのだろうか。
頭では分かっている。全ての人を助けられないし、その責任が自分にはないことも。治すことができない難病だってあることも身をもって知っている。
分かってはいても自分の頭では制御できない部分がNoと叫んでいる。
あぁ、そうか。僕は心の病気を抱えているのかも知れない。
だからお爺さんは僕が五歳になったらネモフィラ王国へ行って来いと言ったのかな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!