1.新しい月の都
アナと手をつないで食堂へと入った。皆に生温かい目で見つめられた。
「アナ。幸せな朝を迎えたのね?」
「はい。とっても・・・」
「それは良いことだわ。アナは今まで沢山、辛い思いをしたのでしょうから、これからは幸せになってね」
「お義母さま、ありがとう御座います」
朝食が終わる頃、エリーが食器を片付けながら僕に話し掛けた。
「翼さま、天照さまより伝言で御座います。一時間後に新しい月の都をこのすぐ横へ転移させるそうです」
「すぐ横へ・・・これはまた、マスコミが大騒ぎするだろうね」
「転移したらすぐに見に行きましょう」
「そうですね、お母さま」
「あれ?新奈、大学は?」
「翼、今日は日曜日よ。大学もお休み。翼は研究のし過ぎよ。ほぼ休んでいないじゃない」
「うん。休んではいないかな?でも好きでやっていることだからね、休んでいないとは思っていないかな。それに寿命が五百年になってから全く疲れを感じないんだ」
「それはそうね。月夜見さまもそう言っていたわ。この身体は疲れることが無いそうよ」
「お母さま、そう言えば・・・どんどん若返っていますね!」
「ふふっ、分かる?」
「お母さま、背も伸びてきましたよね?」
「えぇ、そうね。葉留。皆と同じくらいになるのかしらね」
「お母さまが十代後半の若さに・・・」
「もうお兄さまの妻と間違われてしまいますね」
「葉留、それは困るな・・・」
「でも、私は表立って出ることは少ないでしょうから大丈夫でしょう」
「さて、そろそろ外へ行ってみようか。もう転移して来るのではないかな?」
「そうね。庭園に出て待っていましょう」
皆で庭園へ出た途端、目の前に巨大な島が現れた。その大きさはこの月の都の十倍くらいありそうだ。アスチルベの月の都とほぼ同じ大きさだと思われる。
「大きいね!あんなに大きくする必要があるのかな?」
「神としての威厳を保つためではありませんか?」
「望、やはり、そういうことなのかな?」
「あ!瀧が!月の都から瀧が流れ落ちていますよ!」
「落ちて行く水が途中から霧の様に霧散していきますね」
「下界から見ると虹が出ているかも知れないね」
「ねぇ、行ってみましょうよ」
「そうですね」
「葉留、飛ぶわよ」
「はい。お母さま」
「シュンッ!」
「僕たちも行こうか。僕が皆を一緒に運ぶからね」
「お願いします!」
「シュンッ!」
新しい月の都の庭園に着いてすぐ目に飛び込んできたのは美しく大きな城だった。
新奈が笑顔で叫んだ。
「うわぁ!素敵なお城!大きいわね!」
「うん、屋敷かと思ったら城なんだね」
「ドイツ辺りにあるお城みたいね」
「おぉ!青い屋根と白い壁のコントラストが美しいね」
「山も今までの二倍以上あるわね」
「川も池も立派だわ」
「あの池から流れ出る水が瀧になっていたのですね」
「あら?あちらの建物は何かしら?」
位置的には城の並びなのだが、かなり離れたところに建っている。
「あっちも一見、お城みたいな感じだね。お城風なアパートなのかな?」
「ということは、私たち以外の人間を住まわせるのかしら?」
「これだけ城が大きく、土地も広いから使用人が必要なのでは?」
「でも、ここで暮らすって言っても、アスチルベの月の都みたいに海面に降りたり浮かんだりはできないね。下界とは切り離されて、ここで暮らしても良いという人でないとね」
「では、城へ入ってみようか」
「えぇ、期待してしまいますね!」
「アナはこういうのは好きかい?」
「はい。クレムリンもこれに近いお城ですから」
「女子は皆、お城に憧れるものでしょう?」
望が瞳をキラキラさせて答えた。
皆、笑顔で庭園から玄関に向かい城の扉を開いた。
「うわ!」
玄関の扉を開けると、そこには十一体のアンドロイドがずらっと並び立っていた。
定番と言えるメイドのお仕着せを着た彼女たちは、髪の色がそれぞれ違っている。
まずは黒髪が三人、髪が長くカチューシャをしている者とツインテールにしている者、三人目はショートヘアーだ。
ブルネットの二人はロングヘアーとショートヘアー、ストロベリーブロンドの二人はロングのストレートとウエーブヘアー、他にプラチナシルバー、ブロンド、アッシュブロンド、紫の髪色が一人ずつだ。
「あぁ、名前を与えないといけないのか・・・十一人も居るね」
「ねぇ、エリーはお義母さまの髪色に合わせているのだと思っていたの。子供である翼や葉留ちゃんと同じ髪色で馴染み易い様に。って意味でね。そうだとしたら黒髪の二人は私と結衣でしょ?」
「そうね、望。ブルネットは新奈で、ブロンドはアナ、ストロベリーブロンドはアネモネね」
「あれ?それでも五人多いな・・・エリーをここに呼んで確認してみよう」
「シュンッ!」
「エリー。ここに十一人の新しいメイドが居るのだけど、エリーには何か情報は届いているのかな?」
「はい。新しい月の都の全てのデータが届いております」
「これからは、僕ら各々にメイドが専任で付くことになるのかな?」
「はい。左様で御座います。私は基本的に瑞希さまにお仕え致します。紫の髪のメイドは月夜見さま、プラチナシルバーのメイドが翼さま、ブルネットのメイドが瑞希さまのご両親さま、黒髪のメイドが葉留さま、その他は奥さまの髪色に合わせたメイドがそれぞれ専任でお仕え致します」
「では、エリーも一緒にこちらの月の都へ移るのだね?では今までの月の都の掃除とか管理はどうするのかな?」
「先程、私に代わる管理者が転移して参りました」
「ねぇ、エリー。私のメイドの髪は何故、プラチナシルバーではないのかしら?」
「葉留さま、それはご結婚されて下界に降りる際、下界で馴染む様にとの配慮で御座います」
「やった!連れて行って良いのね!嬉しい!」
「ふーん。それなら、残るアッシュブロンドとストロベリーブロンドのメイドは、まだここに居ない、宇月と雨月の生まれ変わりの髪色なのかな?」
「その可能性は御座いますね」
「そうか・・・そこは確定情報ではないのだね。でも、天照さまからのヒントなのかも知れないね」
「では、それぞれ自分のメイドの名前を考えてくれるかな?お父さまとお爺さまのメイドはお母さまにお願いします。僕は自分のメイドとアッシュブロンドとストロベリーブロンドのメイドの名前を考えますから」
「分かったわ」
「皆、名前が決まったら頭に手を置いて起動し、名前を告げてあげて」
皆が順番に自分のメイドの頭に触れ、「起動」と唱えて起動させるとメイドの求めに応じて名前を決めていった。
望の黒髪のメイドはジャスミン、結衣の黒髪のメイドはアイリス、新奈のブルネットのメイドはカンナ、アナのブロンドのメイドはカレンデュラ、アネモネのウエーブしたストロベリーブロンドのメイドはローズ、お父さんの紫の髪のメイドはヴァイオレット、お爺さまのブルネットのメイドは麻里、葉留の黒髪のメイドは下界に行った時のことを考慮して、苗字付きで月城かれんとなった。
僕は自分のメイドはデージー、アッシュブロンドのメイドはジンジャー、ストレートのストロベリーブロンドのメイドは桃と命名した。
「ねぇ、エリー。メイドはこの月の都のどこまでを担当するのかな?」
「はい。基本的にこの城内の全てを担当します。外には出ません」
「十二名で城内全ての掃除や管理を?」
「私たちは二十四時間三百六十五日休むことがありませんので問題御座いません」
「あぁ、そうか。今までの月の都は、エリーだけで管理していたのだったね」
「あれ?この城の並びにある棟は?」
「あれは、月の都の山、川、池、畑を管理する者が住む館で御座います」
「そちらにもアンドロイドが?」
「いいえ、あちらには翼さまが知り合いの人間を住まわせるだろうと」
「人間の使用人を雇うということだね?」
「翼、孤児とかを連れて来る感じかしら?」
「あぁ、それは良いね。お父さまもそうしているものね」
「では、城内をご案内致します」
エリーの先導で城の案内が始まった。
「このエントランスの奥は二階まで吹き抜けとなった大広間となっております」
「うわぁー広い!」
「あ!天井を見て!」
「凄い!天井画っていうのかしら?」
「あれは神さまと女神さま?それに天使?」
「はい。千年前の神さま一族のお姿を描いたものだそうです」
「お父さまの次の世代か・・・では、家系図を見れば名前は分かるのかも知れないね」
「素晴らしいわ!」
「調度品も素敵ね。中世のものを模したのかしら?」
「はい。中世ヨーロッパの品を模写したものだそうです」
花台、ランプやシャンデリアも中世のデザインそのものだ。ただし、照明自体は最新のものの様だ。
「この奥は食事をご用意する厨房となっております」
「このホールには何名くらい収容可能なのかな?」
「はい。立食で八百名、着席で五百名が収納可能で御座います」
「え?でもメイド十二人では給仕できないよね?」
「はい。その場合は応援が参ります」
「あぁ、そうなんだ・・・でも、ここにそんな大人数の人を招待することなどないだろうね」
「では、三階へ参りましょう。エレベーターへどうぞ」
「エレベーターがあるのですね!私たちは瞬間移動するから要らないのに」
「瑞希さまのご両親さまや葉留さま、下界から人間のお客様がいらした時のご用意でございます」
「あぁ、なるほど。そうだよね」
「三階には小ホールと大サロン、サロン、大食堂と食堂がございます」
「サロンにはカラオケとか音響の施設はあるのかしら?」
「サロンではなく、スタジオがございまして、カラオケは勿論、ピアノなど楽器のご用意もございます」
「スタジオ?凄いわ!いつでも歌えるわね。アネモネ!」
「えぇ、嬉しいわ!葉留、一緒にセッションしましょう!」
「そうね!アネモネ。楽しみだわ!」
どの部屋にも壁に絵画が掛けられている。
「どの絵も素晴らしいわね」
「これらの絵画は、アナベル ロータス ハルトマンさまとジゼル レミュザさまの作品でございます」
「聞いたことがある名前だわ・・・」
「お母さま、知っている方なのですか?」
「えぇ」
「アナベルさまはネモフィラ王国のハルトマン公爵の奥方さまです。月夜見さまのご友人であらせられます。ジゼルさまは月夜見さまの侍女となっているお方です」
「では、これらは神星の景色を描いたものなのですね」
「とても美しいわ!」
「こちらの作品は色彩感覚が素晴らしいですね!」
「うん。これこそ芸術だね」
「この絵画といい調度品といい、どれも素晴らしいのだけど・・・」
「だけど?どうしたんだい新奈?」
「日本で着る様な普段着で、この食堂に居ると場違いになってしまうわね」
「新奈さま。皆さまのお部屋には相応しい衣装がご用意されております」
「え?衣装が?やっぱり中世の貴族が着る様なドレスなのかしら?」
「あぁ、コルセットでウエストを締め上げるみたいな?」
「それは嫌ね」
「でも見るのは楽しみだわ!」
女性陣は皆、笑顔になっていた。
「では、三階に私室は無いのだね?」
「はい。皆さまの私室は四階以上にご用意して御座います」
「四階へ行こうか」
「はい」
皆で四階へ上がった。
「四階は翼さまのお部屋と奥さま方のお部屋が七部屋ございます」
「七部屋?やっぱり、あと二人妻が増えるのね?」
「その様でございますね」
「あ!衣装を見ればその女性のサイズが分かるのでは?」
「それは良いアイデアね。エリー、ここに居ない妻の部屋はどこかしら?」
「はい、手前の翼さまのお部屋から一番遠いお部屋二つとなっております」
四階の廊下には八つのドアがある。僕の部屋の並びは、望、アネモネ。僕の部屋の前が新奈で、そこから結衣、アナと並ぶ。
廊下を皆で奥へと歩いて行く。
「ねぇ、このドアとドアの間隔が恐ろしく長いのだけど・・・」
「つまり、部屋が広いということね?」
「はい。各々にリビングルームと給湯室、書斎、寝室に衣裳部屋、パウダールームとバスルーム、トイレがございます」
一番奥の部屋のドアを開き、皆で中に入る。まずはリビングだ。
「うわぁー!壁や天井の装飾が見事ね」
「それにしても広いわ。ここにひとりなんて、ちょっと寂しいかも・・・」
続けて書斎、衣裳部屋、寝室と見ていった。
「この衣裳部屋だけで二十畳くらいの広さがあるんじゃない?」
「衣裳部屋は四十平米ございますので、約二十二畳程度の広さとなっています」
「信じられない!お姫さまね?」
「あー、あのね。私の城の部屋もこれくらいはあるわね」
アネモネが少し恥ずかしそうに答えた。
「流石、お姫さま!」
「それより、衣装を見てみましょうよ!」
望がひとつのドレスを持って、自分に合わせてみた。
「あら?これ、細いわ!」
「そうね。新奈やアナでもきついかも知れないわね」
「私では絶対に着られないわ」
「結衣には無理ね・・・下着はあるかしら・・・」
「あ!これは・・・Aカップね・・・」
「本当に細身の女性なのね、翼、どうかしら?」
「望、僕は妻をスタイルで決める訳ではないからね。細身だって構わないよ」
「そうね。翼ならそう言うと思ったわ。千五百年前では細い娘ばかりだったものね」
「いや、だから、そういう意味でもないのだけど・・・」
「でも、中世ヨーロッパの様なデザインのドレスが多いわね」
「下界で着るものは日本で買えるのですからね。この城で着るものなのね。とてもゴージャスだわ!」
「もう一つの部屋へ行ってみましょうか」
「そうね」
もう一つの部屋も造りは一緒だ。お風呂のバスタブは猫足付きだった。
「まぁ!こちらの女性は結衣に近い様よ!結衣、合わせてご覧なさいよ!」
「え?そうなの?どれどれ?あ!本当だ。私と同じくらいね。このまま着られそうだわ」
「下着をチェックしましょう・・・あ!信じられない・・・」
「何?何カップ?」
「Gだわ!」
「G!」
「G?私でもFよ?」
「妻の中で最大ね!翼、胸の小さな娘と大きな娘を探せば良いみたいね」
「で?どっちがストロベリーブロンドで、どっちがアッシュブロンドなんだい?」
「そうね・・・ドレスの色から推測するとストロベリーブロンドの女性がAね」
「ストロベリーブロンドもアッシュブロンドも白人ということかしらね?」
「色素から言ったらそうでしょうね」
「でも、これは結構大きなヒントにはなるよね?」
「そうね。かなり絞られるわね」
「では、五階へ参りましょう」
五階に上がるとドアが廊下に八つずつ向かい合っていた。
「五階は子供部屋となっております。十六部屋ございます。子供部屋には勉強部屋、寝室、衣裳部屋、パウダールーム、バスルーム、トイレ、給湯室がございます」
子供部屋は僕らの部屋の半分くらいの広さだった。それでも十分過ぎる程に広いのだが。
「十六部屋というのは多いのか少ないのか・・・」
「七人の妻だけど、五百年という寿命からすれば、いくらでも産める訳で・・・」
「年代を分ければ、十六部屋で十分なのでは?」
「逆にそんなに沢山の子を作ったら、子供たちは結婚相手に困るし、神の子が多く下界で暮らすのも何か変な様な・・・」
「そうだね。まぁ、その辺は皆でゆっくり考えようか」
「六階のご案内となります。こちらは、月夜見さまと瑞希さまのお部屋、それに瑞希さまのご両親のお部屋と葉留さまのお部屋がございます」
「あ!あれは!」
「え?何?」
「廊下の奥の暖簾!」
「あれは・・・温泉?」
六階は部屋数が少ないので廊下が半分程と短い。その廊下の奥に温泉マークが描かれた暖簾が掛かっているのだ。
「はい。温泉がございます。ただし、温泉の効能が得られるミネラル成分を配合したお湯なのですが」
「是非、見てみたいね」
皆で暖簾をくぐると、その先には男湯と女湯に分かれていた。
「あぁ、混浴ではないのだね?」
「男湯の入り口の横に掛けられたこの札をドアに掲示頂ければ、混浴も可能です」
その札は表に「入浴中」とあり、裏には「混浴中」と書いてあった。女風呂の札は「入浴中」と「空き」だった。
男湯に皆で入ってみると、脱衣所とパウダールームがあり、その向こうに風呂の出入口があった。ガラガラっと引き戸を開くと・・・
「うわぁー!絶景だ!」
大きな岩風呂の向こうは天井から床まで全てガラスになっており、東京湾を見渡せた。
「このガラスは夏場などには開くことができます」
「ちょっと待って、女風呂も同じなの?」
「はい。左様でございます」
「これ、ヘリコプターから丸見えじゃない?」
「いや、もうヘリコプターなんて無いから・・・」
「あ。そうね。でもドローンとかカメラの超望遠レンズで覗かれるかも?」
「その心配は御座いません。この月の都の外側は目に見えないシールドで覆われております。外からは自然物や城などの建物の外観は見える様になっておりますが、建物の中や人物は映らない様、フィルター効果が施されておりますので外からは見えません」
「そうなんだ・・・その技術は興味深いな・・・」
「更に、男湯と女湯にはそれぞれ、露天風呂もございます。あちらの扉から外へ出られるのです」
「露天風呂・・・洋風なお城なのに・・・」
「そこは日本の文化を取り入れております。長い人生を考慮したものだそうでございます」
「あぁ、なるほど・・・ありがたいね」
「でも、こんな素敵な温泉に毎日入れるのね!」
「これがあるなら自室のお風呂にはあまり入らないのではないかしら?」
「そうね。翼と夜を過ごす時だけになるかもね」
「流石、アネモネ・・・」
そう呟く結衣の隣でアナが真っ赤な顔をして、何かを思い出していた・・・
「この上にも部屋はあるのかい?」
「いえ、六階が最上階でございます」
「外から見たら塔なんかも有ったみたいだけど?」
「塔の中には観測機器やシールド発生装置、受電装置などが御座います」
「ほう、なるほど・・・一度、見ておきたいね」
「では、地下室へ参りましょうか」
「やはり、地下室があるのだね。研究室が無いから気になっていたんだ」
「はい。それは地下にございます」
エレベーターで六階から地下一階へと降りた。エレベーターのボタンを見ると地下は三階まであった。
「地下一階は、研究室になっております」
エレベーターの扉が開くと、あまりの広さに言葉を失った。
「これ、全部、研究室?」
「はい。左様で御座います。必要と思われる機器は全て用意したとのことです」
「流石、天照さま・・・イノベーターの研究施設と同じなのかな?」
大変な数の工作機械や検査機器が並び、材料や資材も豊富に揃っていた。
「翼、これなら神代重工の研究室へ行かなくてもここで済みそうね」
「まぁ、瞬間移動するからどこでも同じなのだけど、人の目を気にしなくて良くなるのは嬉しいかな?」
「では、地下二階へ参りましょう」
エレベーターの扉が開くと、そこは格納庫だった。
「うわぁ!大きい!」
「美しい飛行機ですね!」
「白鳥みたいですね!」
今までの船もそうだったが、白鳥をモデルにした様なデザインだ。首が長く、白い羽を広げている様に見える。
「そうだね。飛行機に見えるね」
「あ。奥にもう一機見えますね!」
「はい。手前は地球の大気圏を移動するための船。奥は宇宙空間にも出られる船です」
その船は船体がシルバーに光っている。宇宙船だというのに手前の船と大きくは変わらない様に見える。
「あぁ、オービタルリングまで行けるのだね?」
「月や火星へも行けます」
「火星!」
「え?火星まで飛ぶのではないよね?」
「それはそうです。瞬間移動での話です」
「まぁ、そう行くことはないだろうけれどね」
「エリー、この下にも何かあるのかい?」
「地下三階は、貯水槽、下水処理施設、空調設備と倉庫が御座います」
「では今、見る必要はないね・・・では、引っ越ししてしまおうか?」
「え?すぐにですか?」
「だって、月の都が並んで浮いていると変に思われるでしょう?」
「それもそうですね」
「それに引っ越しと言っても、身の回りのものを自分の部屋へ転送させるだけなのだから五分で終わるでしょう?」
「そうでしたね」
「では、私は両親の引っ越しを先に済ませてしまうわね。葉留も自分の部屋に居て良いわよ、荷物を送ってあげるわ」
「えぇ、お母さま、お願いします」
妻たちもあっという間に引っ越しを終えて、サロンへ集まって来た。
サロンには今までの月の都を管理してくれるという新しいアンドロイドが立っていた。それは男性型でセバスより少し若い風貌。黒髪で髭を蓄えた筋肉質のマッチョマンだった。
「そうだね。一人で城を管理してもらうのに女性型だと、ちょっと心配だったんだ」
「え?アンドロイドなのよ?何が心配なの?」
「新奈。心配というかさ、女性をたった一人でここに取り残すみたいなことが気掛かりだってことかな?」
「もう!翼ったら、アンドロイドにまで優しいのね!」
「翼。それで、彼の名前はどうするの?」
「うーん。マッチョだよね・・・シャルル。だな」
「シャルル・・・」
「なんか投げやりな感じ?」
「え?マッチョだよ?シャルルでしょう?」
「どういうイメージなのかしら。まぁ、呼びにくい名前ではないから構わないけれど」
「そうね。セバスよりは親しみ易いかもね」
「いや、一応、フランスの王族に居た名前なのだけど・・・」
色々言われながら僕はシャルルを起動した。
「ところで、この月の都を周回させるのってどうやるのだろうか?」
「はい。私に命じて頂ければ、如何様にも自動航行プログラムを稼働させられます」
「そうなんだね。では、世界中の国と街をゆっくりと巡回させてくれるかな?」
「かしこまりました」
「では、シャルル。後のことは頼んだよ。何かあったらデージーを通じて僕に知らせてくれるかな?」
「かしこまりました」
そして僕たちは新しく大きな月の都へと引っ越した。
お読みいただきまして、ありがとうございました!