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28.アナスターシャ

 わたくしは、イゴール ヴォルコフの娘、アナスターシャ ヴォルコフ。


 ロシア大統領のひとり娘です。五歳の頃までは普通に目は見えていましたし、何不自由なく幸せに暮らしていました。でも学校に通い始めた頃から徐々に視界がせばまってきたのです。


 私は読書や勉強が好きで夜遅くまで勉強していたこともあったから、そのせいで目が疲れているのだと思っていました。


 でも、重い目の病気だったのです。大抵は遺伝で発症する病気らしいのですが、私の両親はこの病気を持っていません。運悪く私だけかかってしまったのです。


 この病気の根本的な治療法はまだ見つかっていないのですが、幸い病気の進行はゆるやかだったので対処療法を受けながら必死に勉強を進めました。


 何故、そんなに必死に勉強するのかと言えば、私には五歳の時、神の声が聞こえたのです。今となっては本当のことなのか、夢だったのかは定かでありません。でも、その時の神の声は、はっきりと記憶に残っています。


『アナスターシャ、其方そなたは物理を学びなさい。そしてそれを世界のために役立てるのです』


 私は神さまからのお告げだと信じ、両親に話して教科書を買ってもらい、家庭教師を付けて頂きました。私は恵まれた家庭に生まれたことに感謝しました。


 私が神のお告げを受けたからなのか、それとも私が持っていた才能なのか、子供には難しい数学や物理が、私には当たり前のことの様に理解でき、次々と習得していきました。両親も先生もとても驚いていたことを覚えています。


 それと同時に夢を見る様になったのです。それは神さまの姿なのだと思います。プラチナシルバーの輝くような髪に透き通る様な白い肌、海の様にあおく美しい瞳、頬から顎にかけたシャープなライン。そしてすべてを包み込んでくれる様な優しい表情。私は勝手に神さまだと決めつけ、夢に現れるのを毎日、心待ちにしていました。


 現実では高校に進学した頃には病気が進み、補助がないとひとりで外出することが難しくなっていました。でも、勉強だけはと狭まる視界の中、頑張って続けていたのです。


 高校三年生の時、日本で反重力装置が発明され、オービタルリングや低軌道エレベーター、それに宙に浮いて進む船の建造計画が発表されました。私は驚くと共に焦りました。私はまだ何も成し得ていない。何かしらの成果を示さなければと・・・


 それから更に驚くことがありました。ロシアがそのオービタルリングへミサイル攻撃を仕掛けたのです。信じられませんでした。科学の力で地球を守ろうとしているのに、それを邪魔しようとするなんて・・・


 結局、大統領は神さまの怒りを買い、異世界へ家族共々飛ばされてしまいました。でも、そのお陰でロシアは変わることができ、私の父が新たに大統領となったのです。私は少しだけ心配でした。お父さまが前の大統領の様に神さまにあらがったりしないかと・・・


 でも、その心配は徒労に終わりました。お父さまは極めて平和的に、民主的に政治に取り組み、新平和条約に沿って国の立て直しに注力してくださいました。


 そのお陰もあり、私は無事高校を卒業し、いよいよロシア最高峰の大学で物理を本格的に学べることになったのです。しかしながらその頃には、目がほとんど見えなくなっていたのです。


 大学の入学試験に合格した後、急に悪化したのです。私は狼狽うろたえ、落ち込みました。視力を完全に失ってしまえば、講義を受けても理解することが難しいことが明らかだから・・・


 そんなある夜、私は夜中に目が覚めました。おでこに何か触れられた様な感触があったのです。私はかすかにしか見えない目を一生懸命に開いてみました。


 すると大きな白い鳥が窓枠から飛び立つところでした。はっきりとは見えていないのですが、一瞬こちらに振り返った様な気がしました。そして大きく一度、羽ばたくと外へと飛んで行ってしまいました。


 翌朝目覚めた時、昨夜のあの鳥は何だったのだろうと考えてみました。あれは恐らくフクロウだと思う。動物図鑑で見たことがある。でも、フクロウが部屋の中に入って来るなんてあり得ないものね。きっとそんな夢を見たのでしょう。


 朝食後に自室へ戻り、教科書の整理をしていました。新しい物理の教科書を眺め、悲嘆に暮れていると、何故か教科書がぼんやりとそして少しずつはっきりと見えてきたのです。


 でも普通の見え方ではありません。私は一度、目を閉じてみたのですが、それでも教科書が見え続けているのです。何かの錯覚か残像かとも思いましたが、ページをめくっても見え続けていたので、間違いなく見えていると分かりました。


 それは頭の中に直接、教科書の映像が映っている。そんな感じでした。教科書だけでなく、目の前にあるものは、見ようと思えば見ることができました。私は喜んでそのことを両親へ伝えました。両親も神のお慈悲を頂いたと大喜びでした。


 でも翌日、私は熱を出して寝込んでしまいました。この力はとても体力を使う様です。それからはこの力をどれだけ使うと倒れる程疲れてしまうのかを確かめました。


 確認の結果、外を歩く時に使うと見えるものが多く、疲労が大きくなることが分かりました。それからはお付きのダーリャに手を引いてもらって移動し、大学の講義と勉強の時だけ使う様にしました。


 大学では主に地球物理学を学び始めました。神さまは世界のために物理をとおっしゃったのです。勉強を進めるうちにこれはもしや、地磁気のことを言っているのではないかと思う様になりました。


 確信はないのです。でもぼんやりと地磁気について勉強すべきだと感じたのです。


 それからは地磁気について徹底的に調べ、学びました。そして地球の地磁気が減り始めていること、いつ逆転現象が起こってもおかしくないことを知りました。


 私は人工的にこの地磁気を補う装置が造れないかを考え始めました。


 大学三年生になった頃、日本で天照さまのご子息さまが現れ、四人の奥さまと共に反重力装置やオービタルリングを造ったことを明かされました。


 私は感動すると共に驚きました。そのご子息さまである翼さまのその姿は、私が何度も夢に見ていた神さまだったからです。何故、私の夢に出てきていたのかは分かりませんが・・・


 更に翼さまは、地磁気を発生させる装置についても言及されていました。私は運命を感じました。神さまのお告げはこのことだったんだ。そう思いました。


 でも翼さまにお会いできる機会などある訳もなく、私は自分の勉強と研究を進めるしかありませんでした。


 私は研究のかたわら、翼さまの奥さまたちのお歌いになる歌を聴いていました。四人の奥さまは皆さん大変美しく、歌声もきれいで、その魅力に引き込まれました。その歌を聴くことで元気付けられ、少しでも研究を進めようと思いました。


 それからすぐのことでした。中国がロシアへ侵攻して来るかも知れないとお父さまから聞いたのです。私は耳を疑いました。


「お父さま、ロシアは全ての兵器を天照さまに奪われ、丸腰なのですよね?今、中国に侵攻されたらどうなるのですか?」

「我々には成す術もないよ。いい様に蹂躙じゅうりんされてしまうだろう」

「そんな!指をくわえて見ているのですか?」


「そうはしたくないが・・・事実としてはできることはないのだよ。それこそ、天照さまにすがる他はないのだ」

「天照さまはお救いくださるのでしょうか?ロシアは以前には神を攻撃した国なのですから・・・やはり駄目なのでしょうか?」

「分からない・・・」


「私、ハバロフスクへ飛びます!」

「アナ!お前に何ができるというのだ!」

「そうよ!アナ。あなたは一人で歩くことさえままならないというのに!」

「お父さま、お母さま。それでも私は大統領の娘です。そして、神さまからお告げも受けた身です。この様な時に何も行動を起こさないでは居られないのです!」


「気持ちは分かるよ。だからと言って、お前にできることは何もないのだよ。今はハバロフスクの住民を避難させている。国民が殺される様なことはないのだよ」

「お願い!アナ。ここに居て」

「お母さま・・・分かりました、私に何ができるか考えてみます」

「お願いよ。思い留まって頂戴」


 私はダーリャと部屋へ戻るとベッドに座ってため息をつき、心配そうな顔を私に向けるダーリャをぼんやりと眺めました。ダーリャも不安に思っているのだろうな・・・


 ダーリャは私が十歳の時、視力が大分落ちて来て、よくつまづいて転んだり、柱にぶつかったりする様になったので、介助のためにお父さまが付けてくれた従者です。


 細身の身体にブルネットの髪、エメラルドグリーンの瞳が美しい女性。いつも髪を束ねていて、凛としたたたずまいが素敵な八歳年上のお姉さん。いつも優しく私を見守ってくれる人です。私はいつしか彼女を実の姉の様にしたい、何かと相談にも乗ってもらっていました。


「ダーリャ、私、ここで何もせずに居ることなんてできないわ」

「でも、お嬢さま。相手は武器を持った軍隊なのですよ?」

「ロシアは神に喧嘩けんかを売り、大統領一家が異世界送りにされました。それから今まで改革するのにどれだけ大変だったか・・・中国にロシアと同じことになって欲しくはないのです」


「そうは言っても・・・お嬢さま、何か策があるのですか?」

「いいえ、取り敢えず船に乗ってハバロフスクの国境へ向かいます」

「そこでどうするのですか?」

「話し合いができないか呼び掛けます」


「話し合い?彼らは天然ガスや原油が欲しいだけなのですよ?好きなだけ使わせると伝えるのですか?」

「それは条約違反となります。原油や天然ガスはエネルギーとして使用することを禁じられていますし、他国に提供することも禁じられているのですから」

「それならば、どうやって相手を止めるのですか?」

「話して理解して頂きます」


「それは無謀です。お嬢さま。中国はそんな生易しい相手ではありません」

「そうね。それは私だって分かっているわ。でもね・・・このまま何もしないままでは居られないのよ」


「それは、お嬢さまが神のお告げを受けていらっしゃるからですか?」

「そうかも知れない。それに結び付けているつもりもないのだけれど・・・」

 私は両のこぶしを強く握ったまま、うつむいていた。


「お嬢さまの決心は変わらないのですね?」

「えぇ、私はひとりでも行くつもりよ」

「お嬢さまをおひとりで行かせる訳には参りません。私も参ります」

「ダーリャ・・・いいの?死ぬかも知れないのよ?」

「私は、お嬢さまが十歳の時から、おそばに立たせて頂いております。お嬢さまほど尊敬できるお方はいらっしゃいません。私はお嬢さまと共に居たいのです」


「まぁ!ダーリャ。私は神さまではないのよ?」

「神さまと言えば、天照さまはきっと今回のこともご覧になっているはずです。お嬢さまが前線に立たれたならば、きっとお力をお貸しくださると思います」

「そうだと良いわね・・・」

 私は翼さまのお顔を思い出し、顔の緊張が解けたのを感じた。


「お嬢さまは、翼さまのお話ばかりされていますものね」

「な、なーに?ダーリャは私の心が読めるの?」

「そういう訳では御座いませんが・・・天照 翼さまが、その存在を明らかにされてから、お嬢さまが翼さまのお話をされなかった日はないくらいですもの・・・」

「まぁ!私ったら・・・そうなの?でも・・・そうかも知れないわね・・・」


「お嬢さま、大丈夫です。翼さまは必ず来てくださいますよ」

「ありがとう。ダーリャ。私、少しだけ不安だったの。でもそうよね?きっと大丈夫!」

「はい!お嬢さま」

 ダーリャは笑顔で私を支え、後押ししてくれたのだった。




 その翌日、まだ両親が眠っている時間に私とダーリャは出発しました。

小型船に乗り、極東の地、ハバロフスクへ向かいました。途中、私はお父さまへ電話を掛け、勝手に出て来たことを詫びました。お父さまは相当に混乱し、泣きそうな声で帰って来いと叫んでいました。


 そして私たちの後を追って、大統領親衛隊の一個隊が出発した様です。

大統領親衛隊とは言っても、昔の様な軍隊ではありません。特殊部隊の様な親衛隊からは簡略化され警備隊の様なものになっているのです。


 どの道、中国軍の一万の兵に対抗できる様な人数は居ないので、最精鋭をりすぐって、十名程を送ったのでしょう。


 私が国境に到着し、三時間程すると親衛隊がやって来ました。それと同時に中国軍が動き始めたのです。戦車やミサイルを搭載した装甲車を先頭に兵士たちがじわじわと目前に迫って来ました。


 私は思わず扉を開いて立ち上がり、両腕を広げて彼らの行く手をはばむポーズを取りました。


 相手にも私が見えたのか、戦車や装甲車が一斉に停止しました。その時です。私の視界が暗くなりました。目は見えていませんが光の明暗くらいは感じるのです。


「お嬢さま!月の都が現れました!」

ダーリャが叫びました。私たちの船に影を落としたのは月の都だったのです。

「翼さまが来てくださったのね!」

「えぇ、良かったですね!お嬢さま!」


 しばらくすると、ダーリャが再び叫びました。

「お嬢さま!戦車や装甲車が次々に消えていきます!」

「戦車が!?」

「あぁ・・・戦車だけではありません。目に見える範囲にある、あらゆる乗り物が消えました!今は、兵士だけしか残っていません」


「兵士たちはどうしているの?」

「右往左往していますね・・・あ!ちょっと待ってください・・・何か動きが・・・」


「あ!ミ、ミサイルです!何百という凄まじい数の携帯型のミサイルが発射されました!月の都に向けて撃っている様です。どんどん近付いて行っています!だ、大丈夫でしょうか?」


「シュウォー!」

 ミサイルの推進剤が燃え、煙が辺り一面に立ち込めた。が、次の瞬間、

「シュンッ!」


「き、消えました!ミサイルが空中で突然、蒸発する様に!」

「え?ダーリャ、月の都は大丈夫なのね?」

「はい!お嬢さま!月の都に届く前に消されてしまいました!」

「良かった!」


 すると今度は地上から、無数のモーター音がけたたましい音を立て始めました。

「シュイーン!」

「今度は何?」

「あれは・・・何かしら?・・・あ!ドローンですね。凄い数です!」

「ドローンって、武器になるの?」


「はい。お嬢さま。一つずつは小さいですが、爆薬があれだけの数集まれば、相応の威力になるかと思われます」

「大丈夫なのかしら・・・」

 私は聞き慣れないドローンのモーター音に不安を感じました。


「でもさっきのミサイルより動きは遅いので、神さまが消し去ってくださるのではないでしょうか?」

 するとダーリャが言った途端に辺りには静寂が戻った。ドローンは全て消えたのだった。


「あ!言っているそばから皆、消されてしまいました!」

「兵士たちはどうしていますか?」

「そうですね・・・右往左往している者も居りますが、ほとんどその場から動いていません。呆然としている様ですね」

「これであきらめてくれると良いのですが・・・」


「あ!う、嘘でしょう?」

「どうしたのです?」

「へ、兵士たちが宙に浮いて・・・空へと上がって行きます」

「空へ?」


「ま、まさか・・・落とされて殺される?」

「そんな・・・神さまがそんなことをするはずないわ」

「もう、あんなに高くまで・・・あ。逆さまにされたわ」

「逆さまに?」


「はい。空で宙吊りになっています・・・あ!何か降って来る!」

「兵士ですか?」

「い、いいえ、あれは・・・武器だわ!銃とか小さいのは何かしら?あ。手榴弾しゅりゅうだん?」

「なるほど、兵士から武器を取り上げているのね?」

「えぇ、その様です。どれも地上に落ちる前に消えていきます。不思議な光景です・・・」


「あ!あぁ!」

 ダーリャが叫び声を上げた。

「ダーリャ!どうしたの?」

「兵士たちが落ちていきます!まるで紙屑かみくずの様に・・・ハラハラと・・・」

「地上へ?殺されるの?」

「どうでしょう?」


「あ!き、消えた!」

「え?何が?」

「兵士たちです。地上ギリギリのところで全ての兵士たちが消えました」

「そう・・・殺されたのではないのね・・・どこかへ転移されたのね」


 それからしばらく静寂の時が過ぎ、数分後に天照さまの声が頭に響きました。これは翼さまではない。お父さまの天照さまのお声の様です。


 そして、中国の国家主席が家族諸共異世界送りになったこと、それに加担したパキスタンに罰則が与えられることをお話しされました。


「あ!お嬢さま!大変です!」

「え?どうしたの?」

「あ、あれは・・・翼さまです。翼さまが身一つで月の都から舞い降りていらっしゃいます」

「え?ここへいらっしゃるの?」


「はい。ここへ向かっていると思います。真っ直ぐに降りて来ます」

「ど、どうしましょう?」

「お、お、お嬢さま、も、もう、目の前ですよ!」

「え?」


 私は能力を使って、目の前の翼さまを見ました。あ!本当に翼さまが来てくださった!

私の目の前に本物の翼さまが・・・お、落ち着いて私!ご挨拶をしなきゃ!

一度、大きく息を吸い、ゆっくり吐き出すと、翼さまにロシア語で話し掛けた。


「あなたさまは天照 翼さまですね?」

「はい。天照 翼です」

「来てくださったのですね・・・」

「私が来ると分かっていたのですか?」

「いいえ、来てくださることを祈っていたのです」


 翼さまの声は耳にも聞こえているのですが、頭の中にも直接響いてくるのです。

あぁ・・・何て素敵な声なのでしょう・・・それにお顔も・・・美しく整ったお顔。私は気を失いそうになるのを必死でこらえました。


 それから翼さまは私に質問をして来ました。私の無謀さに驚かれたのでしょう。呆れられたのかも知れません。でも、翼さまは私のことを全て見抜いておいでの様でした。

私はお話ししている間ずっと、目を閉じたまま翼さまの姿を脳裏に焼き付けようと必死に見つめていました。


 すると翼さまは私たちに月の都へ来て休む様に誘ってくださったのです。

夢を見ている様でした。私がぼんやりしていると、私たちの船は瞬間移動させられていました。


 移動した先は月の都の庭園でした。翼さまにこの場で待つ様に言われ、ダーリャから景色の説明を受けました。私も所々、写真を撮る様に断片的に景色を見ました。

美しく可愛らしいお城、夢の世界の様に美しい庭園。どれも感動する景色でした。


 すると美しい女性がワゴンを押してやって来ました。

「皆さまようこそ、月の都へ。私は城の使用人でエリーと申します。こちらに軽食とお飲み物をご用意致しました。ご自由にお召し上がりください」


「アナスターシャさまとお付きの方は、私にご同行ください。護衛の方たちは、申し訳御座いませんが、こちらでお休みください。この月の都はクレムリンに向かって飛行中です。三十分程で到着する予定です」

「さ、三十分で?この極東の地から?」


「親衛隊の皆さん、私のために申し訳ありませんでした。先程の天照さまのお声の通り、ロシアは救われました。皆さん、ありがとうございました」


 私とダーリャは美しい使用人の後に付いて、城の中へと案内されました。

サロンへ通されるとそこには、天照さまと八名の女神さま。それに翼さまと四人の奥さま、それ以外にも美しい女性が二人と男性が一人いらっしゃいました。


 そこでは天照さまとお話ししました。私の目の病気のこともすぐに分かってしまわれ、こともあろうに翼さまの顔に触れて認識してみなさいと言われたのです。私は顔から火が出るかと思う程、恥ずかしくなり緊張しました。


『僕で良ければ触れて頂いても構いませんよ』

 翼さまにそう言われると横からダーリャが小さな声で、

「お嬢さま、折角の機会なのですから勇気を出して!」

 そう後押しされ、私は意を決しました。


 私は翼さまの頬に触れました。その瞬間、身体に電気が流れる様な刺激があり、思わず声を出してよろめいてしまいました。翼さまは私の腰を抱いて支えてくださいました。


 咄嗟にお詫びしたのですが、もっと触れたいという願望が溢れ出し、気がつくと翼さまに懇願こんがんしていました。


 それから再び翼さまに触れさせて頂き、今度は翼さまのお顔を頭の中で見ながら、手で鼻や耳、頬、そして唇まで触れて、その感触を確かめました。


 私の心は充足感に満ち、感動で胸がいっぱいになり動けなくなりました。そんな私をダーリャが支えソファに座らせてくれたのでした。


 その後、ダーリャと共にお茶を頂き雑談をしたのですが、大学での専攻を聞かれ、物理だと正直に答えたところ、翼さまに本当は見えているのでは?と言われてしまいました。


 私の目は見えないが頭の中で見ている、などという話を信じて頂けるか心配になりました。でも、ダーリャが大丈夫だと声を掛けてくれたので、私は正直にお話ししました。


 翼さまも天照さまも私の話を信じてくださり、他の能力の可能性も探ってくださいました。すると念話の能力もあることが分かったのです。でもそれ以外の能力は私には無い様でしたが・・・


 その後、月の都がクレムリン上空へ到着し、私の夢の様な時間は終わりを告げたのでした。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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