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24.神の役割

 プロモーションビデオが完成し、テレビで発表することとなった。


 今回はまた、国営放送でのドキュメント番組として僕と妻四人、それに蓮が紹介されるのだ。勿論、この番組は生放送で世界へ配信される。


 前回の僕と新奈のカミングアウト番組を担当してくれた二人のアナウンサーが、今回も司会を務めてくれた。


 妻たちはプロモーションビデオを撮った時の服装で出演する。僕はお父さまが地球に降臨した時と同じ衣装だ。蓮はシルクの真っ白い上下の服に白い靴だ。羽は無い。


 放送局の前回と同じスタジオに瞬間移動し、インタビューに応じる。

「皆さま。こんばんは。今日は天照さまのご子息さまと四人の奥さまにご出演頂きます。神さまより、新しいご発表を頂けるとのことで御座います」


「前回は翼さまと新奈さまのご紹介を頂きました。翼さまには新奈さまの他に三名の奥さまがいらっしゃるのですね?そして・・・あの・・・もしかしてご子息さまなのでしょうか?」

 蓮は例によって、じっとしていない。宙を漂い始めてしまった。


「まぁ、宙に浮かんでいらっしゃるわ!」

「はい。私と結衣の息子、蓮です」

「今日はご子息さまもご紹介下さるのですね!」


「はい。そして今日は四人の女神をご紹介し、女神たちの歌声を披露させて頂きます」

「歌って頂けるのですか!?」

「えぇ、そうです。女神たちの歌声で世界の人々をいやしたいと考えております」


「まずは、女神たちをご紹介しましょう」

 女神たちが席を立った。

「こちらから、神代 新奈です」

 新奈が微笑みながら神星の王女の様なカーテシーで挨拶をした。


「続いて、一ノ瀬 望です」

 望も新奈と同じ様に挨拶をした。

「次は、九十九 結衣です」

 結衣は緊張しているのか少し表情が固い。

「最後にアネモネ グースベリーです。アネモネは地球の住人ではありません」

 アネモネはきれいに挨拶するとカメラに微笑み返した。この瞬間にテレビの向こうでは、どれだけの人が魅了されたのだろうか。


「それでは、女神たちに歌って頂きましょう」

「是非、お願い致します!」


 四人はセットの方へ移動した。カメラマンと音声の用意ができた様で、番組ディレクターからゴーサインが出た。


 曲の伴奏が流れ出した。まずは四人で歌うグループ曲だ。四人が歌っている間、蓮はその周囲を飛び回っている。グループ曲が終わるとアネモネ以外の三人は瞬間移動でその場から消え、僕の隣へ移動した。そしてアネモネがソロ曲を歌った。今日のところはこの二曲だけだ。


 スタジオに居たスタッフ全員が感動し、涙を流して見守っていた。特に男性スタッフは皆、真っ赤な顔をしてアネモネを見つめていた。歌が終わりインタビューの席に戻った。


「ありがとうございました!大変、素晴らしい歌でした!私たち、感動してしまって・・・」

 女性アナウンサーはハンカチで涙を拭いながら話した。男性アナウンサーも真っ赤な顔をしていたが、気を取り直してインタビューを続けた。


「今回、新たな発表を頂けるとお聞きしたのですが、どの様なことでしょう?」

「はい。現在、建造中の低軌道エレベーターには宿泊施設と展望台が作られるのです。つまり宇宙旅行ができる様になるのです」


 バックの大きなモニターには僕が提供したオービタルリングと低軌道エレベーターの3DCG画像が映された。


「宇宙旅行!?一般人が行けるのですか?」

「はい。新平和条約を結んだ国の国民であればどなたでも抽選に申し込めます」

「宇宙旅行の申し込みは抽選なのですか?」

「世界の人口から考えれば、申し込み順にしてしまうと生きている内に行けない人も出てしまうでしょう。抽選にせざるを得ないのです」


「ただ、船で宇宙まで行き、その船に滞在するツアーも作ります。この船はオービタルリングと低軌道エレベーターの建造に使用している大型輸送船と同じ規模の船を数多く建造します。そしてこの宇宙船には一度に五万人が搭乗できる予定です」


「五万人も乗れる船!?何故、そんなに大きな船を作るのですか?」

「それはいざという時、ノアの箱舟となる様にと考えてのことです」

「ノアの箱舟?やはり地球は滅びるのですか?」

「それはあなた達次第だと思いますよ?私たちは様々な保険を用意せざるを得ないのです」


「確かに未だに化石燃料を使い続けている国がありますからね・・・」

「も、もしかして・・・新平和条約を結んでいない国の人間はそのノアの箱舟には乗れないのでしょうか?」

「乗せないとは申しません。ただ、順番があるならば後回しにはなるかも知れませんが・・・」


「そ、そうですか・・・では、一度の宇宙旅行ツアーで、五万人が参加できるのですね?」

「そうです。そして、そのツアーのお客さまのお世話をして頂く、キャビンアテンダントと宇宙ステーションで働くスタッフの募集も開始致します」


「な、なんと!宇宙で仕事ができるのですね?」

「でも、その仕事に就くには特別な技能が必要なのではありませんか?」


「そうですね。技能というより知識は必要です。当然ながら宇宙の特性、宇宙ステーションや宇宙船の構造の知識も必要です。ですから最低でも理系の大学を卒業していることが望ましいですね。また、これから開校するアカデミーで専門の知識を学んで頂きます」


「それでも、世界中から応募者が殺到することでしょう!」

「恐らくそうなると思います。最終的な採用人数は、各国の人口の比率に合わせることとなります」

「日本人だけではないのですね」

「世界中のお客さまに対応するのですから全ての国から採用します」


「ただし、それは新平和条約を結んだ国だけなのですね?」

「それは当然です。何にも優先して安全が求められる事業ですからね」

「この後、神代重工のホームページに募集要項や宇宙旅行のあらましが掲載されます」

「皆さま、ホームページでの情報開示は、この番組の終了時間から開始されるとのことです」


「新奈さま。先程の歌は発売されるのでしょうか?」

「はい。そちらもこの後、無料動画サイトにアップされますし、購入を希望される方には、天ヶ瀬芸能事務所のホームページからダウンロード頂けます」


「今後、世界を巡られた際にも歌を歌われるのですか?」

「はい。その予定です」

「翼さま。世界で困っていることがあればお手伝い頂けるとの話がありました。それはどこへ訴え出れば月の都へ届くのでしょうか?」


「そうですね。国際連合を通じて日本政府へ取り次いで頂ければ、私のところに知らせが届く様にしておきます」


「ひとつお願いとしましては、新奈はまだ大学生です。大学で接することがある方もいらっしゃると思いますが、新奈へ直接お願いを持ち掛けることは避けて頂ければと思います」

「はい。その通りで御座いますね。大学生活を脅かすこととなる行いは避けて頂きたいと存じます」


「では、今日はこの辺で失礼致します」

「翼さま、皆さま。本日はありがとうございました」

「シュンッ!」


「皆さま、翼さまと女神さまは今、月の都へとお戻りになられました」

「本日は素晴らしい歌をお聴かせ頂き、更に宇宙旅行のお話まで頂きました。今後が楽しみですね」

「一日も早く、世界がひとつにまとまることを願いながら番組を締めくくらせて頂きます」

「では、さようなら」


 番組の放送終了から神代重工と天ヶ瀬芸能事務所のホームページにはアクセスが殺到した。


 番組が終了し、僕らは月の都へと飛んだ。天ヶ瀬芸能事務所の新奈のマネージャーから連絡が入った。

「新奈、大変な勢いで曲が売れているわ!こうなることを予測して、サーバーの容量を十倍に増やしていたのにシステムがパンク寸前よ!」

「そうね。動画の再生回数も何桁に達しているのか数えるのが大変なくらいね」

「これだと、プロモーションに掛かった費用も一瞬で取り返せてしまうわ」


「やはり、一番売れているのはアネモネのソロ曲なのでしょう?」

「そうね。断トツの一位だわ。でも新奈のソロ曲が二位でグループ曲が三位と四位ね」

「あら?意外ね。私のソロが二位なの?」

「えぇ、ポスターの販売枚数もアネモネさま、翼さま、新奈、望さま、結衣さま、グループの順ね」


「翼が二位なのね!ふふっ!何だか嬉しいわ!でも麻里江、その順位は皆に言わないでね」

「えぇ、分かっているわ。でもポスターの売り上げは全額寄付で良いのね?」

「そうよ。ポスターの売り上げはおまけみたいなものだもの。世界の孤児院へ全額寄付するわ」

「それでも凄い額になりそうよ」

「良かったわ!」


 ポスターは後から社長に言われて急遽作ったのだ。金儲けをしたい訳ではないが、間違いなく需要があるものだ。その利益を世界の孤児院へ寄付するのだ。




 それから数週間後、徹から僕に連絡が入った。

「翼、日本政府に世界から続々と依頼が届いているぞ」

「徹は一通り見たのかい?何か目に留まる依頼はあったかな?」

「そうだね。中国政府から干ばつに対する援助依頼があるね」


「中国は新平和条約に調印していない国だね。共産党の一党独裁のまま、日本の言いなりになりたくないのだろうか?」

「そうだね。共産党を解党させられると思い込んでいるのかも知れないな」

「それはともかくとして砂漠化は止められていないのだね?」


「止められないどころか悪化しているんだ。他国と貿易ができなくなったから国民の暮らしが貧しくなり、民が勝手に野山を開墾して畑を増やし、川から取水したものだから川が干上がってしまったんだよ」


「それは自業自得ってやつだね」

「そうなんだ。それなのに神に水を何とかしてくれと言ってくるなんてな」

「とは言え、今回は新平和条約を結んでいない国に恩を売るのが目的だから行ってみようかな。では干ばつが問題になっている地域の情報を送ってくれるかな?」

「分かった。メールで送るよ」

「ありがとう」




 僕らの活動で初めての訪問国は中国となった。出掛ける前日、僕らは天照さまから呼び出しを受け、神星のお父さんの月の都へ転移した。


 サロンにはお父さんとお母さま達、それにフクロウの姿の天照さまが揃っていた。

「翼、これから世界を巡って行くそうですね」

「はい。明日は中国へ行きます」

「羽月の魅了は良く効いている様ですね」

「はい。凄い能力ですね」


「魅了は月夜見と翼にも備わっていますけれどね」

「え?私にも?」

「僕にも?」


「妻たちに聞いてご覧なさい。皆、二人の魅了に惹かれて妻になった様なものですよ」

「そ、そうだったのですか!」

「そう言えば、月夜見さまを見ただけで失神してしまう女性が多かったですね」

「あぁ・・・そうか、そういうことか・・・」


「翼の人気も凄かったわよね?」

「えぇ、学校で失神した女子生徒を何人も見たわ」

「千五百年前の巫女も皆、翼にくぎ付けだったわよね」

「私たちもね・・・」


「ところで羽月たちは歌うのでしょう?それならば言葉が通じた方が良いでしょう」

「天照さま、言葉?ですか?」


「月夜見に授けたのと同じ力を翼にも授けましょう。念話を世界中の人間へ伝える能力です。そして娘たちには十キロメートル圏まで伝わる能力を授けます」

「では、日本語で歌っても相手にはその国の言葉で聞こえるのですね?」

「えぇ、そうです」

「それはとても良いわ!きっと皆さん感動してくれることでしょう」

 新奈は嬉しそうに言った。


「月夜見、翼。人間の心を操る能力は必要ですか?」

「心を操る?それはどういう意味ですか?」

 お父さんは怪訝けげんな顔でフクロウ・・・いや、天照さまを見つめた。


「神星の住民には凶暴な人間が少ないとは思いませんでしたか?」

「あ!そう言えば・・・確かに!お金や女性に執着する者は見ましたが、人を殺すとか戦争を好む様な人間は見ていません」


「それは私が過去に、この星の人間をマインドコントロールしたからです」

「もしかして・・・女性は三十歳までしか妊娠できないという定説も?」

「そうです。私が植え付けたものです」


「それらは戦争で大勢の人間が死ぬことを防ぎ、また、人口が増え過ぎない様に制限するためでしょうか?」

「そうです。この保険の星の人口調整を各国の王に任せていたらどちらかに偏ってしまいますからね」


「え?でも、現在は人口をどんどん増やす方向に進んでいますよ?」

「それは月夜見が、この星の人間に新しい文化と教育をほどこし、今や子たちがそれを成熟させようとしています。闇雲に増えているのとは違います。其方そなた達ならば上手くコントロールできるでしょう」

「それは・・・ありがとう御座います。ではこの星の人たちのマインドコントロールは既に解けているのですね?」

「そうです」


「それでは、地球の凶暴な人間や独裁者をマインドコントロールすべきだということですか?」

「私は地球の命運に手は下さない。今までも・・・そしてこれからもそうです。月夜見や翼が必要と考えるならば授ける。そういうことです」


「なるほど・・・分かりました。では翼。どうだい?」

「地球の人間は保険ではありません。あくまでも主体性を持って生きて頂きたいのです」

「うん。そうだね。私もそう思うよ。自らの行動は自分で選び決断する。そしてその決断と行動がもたらした結果に責任を持ってもらわないとね」


「はい。特に国の指導者たる者には結果の責任を求めて行かなければなりません」

「月夜見も翼も今のところ、人間から戦争の道具を全ては奪い取っていませんね。紛争や戦争は起こっても良いのですね?」


「それは起こって欲しくはありません」

「では、紛争が起こったらどうするのですか?介入するのですか?」

「人が死ぬ様なら止めたいですね」


「放っておいて人間が判断を誤り、戦争を起こし、人を殺し始めたら止める。それならそうなる前にマインドコントロールして争いが起こらない様にした方が良いのではありませんか?」

「私も天照さまのおっしゃることに賛成です」

 アネモネが真顔で答えた。


「私もそう思います。戦争が起こって人が死んでから止めても遅いと思います」

 結衣は蓮を抱きしめながら思い詰めた顔で言った。

「そうです。ひとり死ぬのも十万人死ぬのも同じなのですよ?」

 フクロウが話しているから表情は見えないはずだが、何故か千五百年前の世界で会った天照さまの氷の様な冷たい表情が頭に浮かんだ。


「おっしゃる通りですね。それならば紛争が起こりそうになったら兵器を取り上げます」

「それだと常に人間たちを監視していなければならなくなります。それを蓮やその息子たちにいるのですね?」


「そう言われるとその通りですね。では、僕の代のうちに地球上から戦争に使う兵器を人間から取り上げます。そして兵器が造れない様、兵器工場も消します」

「そうですか。それができるならばそれも良いでしょう。ではマインドコントロールできる能力は不要なのですね?」

「はい。僕は人間を操ることはしたくありません」


「分かりました。では念話の伝達能力だけを授けましょう」

「バサッ!」

 フクロウはフワッと飛び上がると、僕の頭に羽を触れた。その瞬間、脳に一瞬微弱な電気が流れた様な感覚があった。続けて女神四人の頭に続けて触れていった。


「これでできる様になっているのでしょうか?」

「できますよ」

「ありがとうございました」

「天照さま、ありがとうございました」

 女神たちが揃って頭を下げた。


「翼、人間から兵器を奪う時には手伝うからね。声を掛けてくれるかな?」

「私たちも手伝うわ」

「お父さま、お母さま方、ありがとうございます」

「では、地球へ転送するよ。中国には気をつけて行くのだよ」


「はい。ありがとうございます」

「シュンッ!」


 僕たちは地球の月の都へ戻るとサロンで引き続き話し合った。

「翼、さっきは翼の考えに同調できなくて・・・ごめんなさい」

「結衣。アネモネも。良いんだよ。逆に僕の考えが甘かったんだ」

「そうね。これからの地球で戦争が起こるとは思えないけれど、やっぱり戦争はして欲しくないわ」

 お母さんも結衣やアネモネの意見と同じ考えの様だ。


「独裁者の様な人間は自分以外の人間の命を軽視していると思うの。戦争は始まってしまえば止めることは難しいものね」

「お母さま、望。そうだね。お父さまはロシアの大統領を神星送りにし、兵器を全て取り上げたね」


「まだ、兵器をそのまま保有している国ばかりよね。あれを全て取り上げるのは大変ね」

「一度、国連の会議に出席して話をしないといけないね」

「皆、素直に応じてくれると良いのだけど」

「そう言えば、ロシアの大統領一家はその後どうなったのかしら?」

「お父さまに聞いてみようか?」


 僕は神星のお父さんへ念話で話し掛けた。

『お父さま!』

『翼かい?なんだい?』

『前に神星へ飛ばしたロシアの大統領一家はその後、どうなったのですか?』

『さぁ?知らないな・・・』


『月夜見、翼。彼らなら生きていますよ』

 不意に天照さまが念話に割り込んできた。

『生きている?どこで?』

『三週間は頑張ったのですが、流石に作物の無い大陸では生きられませんでしたね。栄養失調で死ぬ直前まで行き、気を失ったところで私の月の都へ運び、マインドコントロールをしたのです。今では私の月の都で農作業をしていますよ』


『殺していないのですね?』

『えぇ、命を奪っておいた方が良かったですか?』

『いえ、とんでもありません。ありがとうございました』


「皆、聞いていたかい?」

「えぇ、生きていたのですね」

「うん。良かった。でも、地球の人々には彼らが生きていることは伝えない方が良さそうだね」

「えぇ、そうでしょうね。罰を与えたというイメージは必要でしょう」


「では、翼も同じ様なことが起こったら罰を与えるの?」

「新奈。僕もお父さまと同じだよ。それが僕らに課せられた責任なのだと思う」

「それは翼の責任なの?神は人間のすることに責任があるの?」


「アネモネ。それは違うのかも知れないね。でも僕らにはそれだけの力が与えられているだろう?それを持っていながら何もしないことは僕にはできない・・・かな?」

「えぇ、そうね。あなたならそう考えるのでしょうね。お父さまと同じで優しいものね」


「やっぱり、私たちには責任があるのだと思うわ」

 新奈は強い覚悟を持った大人の顔で言った。

「えぇ、私たちにできることをしましょう」

 望は微笑みながら皆に声を掛けた。


「翼と一緒なら何でもできるわ」

 結衣は僕の顔を見つめながら自分の思いを確認するように言った。

「そうね。私たちは翼を支えていくだけね」

 アネモネは皆の気持ちを包み込んでそう言い、柔和な笑顔を僕に向けた。

「皆、ありがとう・・・」

 僕はひとり一人の顔を見つめて感謝した。




 そして翌朝、月の都ごと中国北京市の西側地区へ瞬間移動した。

「シュンッ!」


 僕たちはすぐには行動を起こさず、状況を見守った。

「エリー、干ばつの情報はある?」

「はい。月の都の真下には数年前まで川と湖があったのですが、完全に干上がっています。ここだけではなく砂漠化は進んでいる様です」


「中国の砂漠化は、かなり前に問題になって緑地化を進めたりして改善していたのではなかったかな?」

「はい。一時は改善していました。ですが二十年前、月夜見さまが降臨され、新平和条約に各国が調印する中、中国は条約を批准ひじゅんしませんでした。それからは輸出入がとどこおり、経済は低迷していきました。経済の改善が最重要課題となり、環境改善はおざなりとなったのです」


「なるほど・・・まぁ、そうなるよね・・・」

「そうなってもまだ、新平和条約に調印しないのは何故なのでしょうか?」

「それは、一党独裁。党の運営と存続が人の命よりも大切だからだろう?ロシアも人の命の価値なんて紙切れと同じだったよね」


「翼、この水不足はどうやって解決するの?」

「根本的な解決はできないだろうね。僕らには雨を降らすことくらいしかできないからさ。それに新平和条約を批准しない国に根本的な解決までしてあげる義理はないかな?」

「そうね。それでも当面の水の確保くらいはできるでしょう」


「あとは、君たちの歌で魅了して国民に蜂起ほうきしてもらう他はないかな」

「それに期待しましょう」


「翼さま。月の都の周辺に大変な数の人が集まって来ています」

「エリー。もうそんなに集まっているんだね」

「はい。周辺道路は人で埋め尽くされ自動車が走れなくなっています」

「そうか・・・この国にはまだ、化石燃料で走る自動車があるんだったね・・・」


 一時は電動自動車の方が多くなった時もあったのだが、電力不足に陥り、ガソリンエンジンの自動車が復活しているのだ。


「皆、山の山頂へ行って外を見てみようか」

「えぇ、行ってみましょう」

「シュンッ!」

 僕らは月の都の山の山頂に立った。


「うわぁ!凄い人!こんなに沢山の人間を見たのは初めてだわ!」

「これは私たちでも驚くわね」

「アネモネは東京で仕事をしていたのだから大勢の人は見ているでしょう?」

「でも、この有り様は見慣れないわ・・・」

 皆、人の多さにドン引きになっている。


「翼、ここでどうするの?」

「そうだね。ここに居ても皆から僕らは見えないからね。船に乗って降りようか。あの山側に限界の高さまで降りて、船の羽の上に出て民に呼び掛けてから歌を披露しようか」

「歌が終わってから雨を降らせるのね?」

「うん。その流れが良いかな?それを幾つかの街でやってみようか」

「分かりました」


 僕たちは衣装を整え、音楽を流すスピーカーなどの機材を準備した。

船に乗り込むと、ゆっくりと月の都から発進し外へ出た。周囲を確認するとやはりテレビ局と思われるヘリコプターが三機程飛んでいた。少し離れたところには軍用と思われるヘリコプターも一機飛んでいた。


「さぁ、この辺で良いかな?船を止めて外へ出ようか」

「はい。準備はできています」

「では、始めようか!」


 地球の人間をひとつにするため、僕と女神たちの活動が中国から始まった。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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