18.葉留の過去
アネモネを迎え、お父さんも加わって賑やかな夕食となった。
夕食のメニューはアネモネが神星では食べることができない、日本人だった時が懐かしくなるものだ。
「まぁ!これはお寿司じゃない!お刺身も!」
「そうよ。翼が食べたいって言っていたし、アネモネも日本人の記憶が戻ったのなら食べたいのではないかと思って出前を頼んだのよ」
「出前?月の都に出前が来るのですか?」
「ふふっ。そんな訳ないでしょう?私の両親の東京の家で出前を取って、ここへ転送したのよ」
「あぁ、なるほど!」
「さぁ、いただきましょうか。アネモネは何を飲む?日本酒とか日本のビールもあるわよ?」
「え?そうなのですか?では日本酒が飲みたいです!」
「ふふっ。そんなに可愛い姿で日本酒を飲むのだね?」
「はい。お父さま。前世では結構お酒好きだったのです」
「それなら好きなだけ飲むと良いよ」
エリーがアネモネのグラスに日本酒の冷酒を注いだ。
「では、乾杯しようか。アネモネ、ようこそ地球へ!」
「乾杯!」
「キンッ!」
「あぁ・・・やっぱり日本酒は美味しいわ!」
「このお寿司美味しいね!ネタが新鮮だ」
「これって特上でしょ?高級な素材ばかりだわ」
「私、雲丹が大好きなの!」
アネモネは器用に箸を使い、寿司を一口で食べた。
「美味しい!また雲丹のお寿司が食べられるなんて・・・幸せだわ!」
続いて鮪の中トロの刺身に山葵を乗せ醤油につけて口へ運んだ。
「あぁ!この山葵の鼻に抜ける感覚!懐かしい・・・トロがすぐに溶けてしまったわ!美味しい!」
「アネモネ、他にも日本や地球の料理で食べたいものがあったら何でも言って頂戴ね」
「瑞希お義母さま、ありがとう御座います。明日、長野へ行ったら食べたいものがあるのです」
「長野のものなんだね。何が食べたいの?」
僕は日本酒をくいっとあおるアネモネに聞き返した。アネモネの頬はほんのりと赤くなっている。
「まずはお蕎麦ね。それと野沢菜のおやき。あとは・・・牛乳パン!」
「長野の蕎麦は有名だよね。それにおやきもね。でも牛乳パンは知らないな」
「多分、地元の人しか知らないと思います」
「明日、探してみよう」
「翼、ありがとう!」
「なんだかお兄さまとアネモネって、何年も連れ添った夫婦みたいに自然ね・・・」
「え?葉留。なんだい?」
「お兄さま。私ね。千五百年前の世界でお兄さまと羽月の娘だったことが分かったの」
「えーっ!なんだって?!」
他の皆も驚きの表情で葉留を見つめた。
「葉留、本当なのかい?」
「はい。お父さま」
「お父さま。私が先に気付いたのです。それで葉留に千五百年前の記憶を取り戻したいか聞いたのですが、是非にとのことだったので・・・」
「え?アネモネが葉留の記憶を取り戻させたのかい?どうやって?」
「お父さま、それは・・・」
アネモネは艶めかしい眼差しを返した。
「あ。あぁ・・・そ、そうか・・・まぁ、そういう手段ってことだね?」
「え?葉留、アネモネとしたの?」
「だってお兄さま。どうしても知りたかったのですもの・・・」
「知りたい?一体何を?」
「お兄さまへの気持ちよ・・・」
「それで葉留ちゃん、どうだったの?」
「新奈お姉ちゃん。千五百年前、私は子供の時からお兄さまと羽月お母さまのそういうシーンをずっと見ていたから記憶の底にそれが残っていて、それでお兄さまを見る度にモヤモヤしていたみたいなの。アネモネにそれが原因だって言われて、全て分かったというかスッキリしたわ」
「そうなのね。それならもう翼のことは・・・」
「えぇ、お父さまであり、お兄さまなのだから、もうそんなことは考えないわ」
「そう。それは良かったわ。ね!翼?」
「う、うん。良かった!でも葉留は僕の娘だったんだ・・・」
「お兄さま、千五百年前のことなのだから・・・今まで通り意識しないで大丈夫よ」
「うん、それならば良かった」
アネモネは思わぬところで役に立ってくれた様だ。そういうところでは母親の顔もできるのかな?
「明日なのだけど、どうやって長野へ行くの?」
「小型船で景色を眺めながら行こうか」
「あぁ、神星と同じ様な乗り物があるのね?」
「そうだね。今の日本はアネモネが前世で生きていた時とはかなり違う風景になっていると思うよ」
「それは楽しみね!」
夕食が終わるとアネモネは僕に有無を言わさず、手を掴んで自室へ引っ張って行った。
部屋に入りドアを閉めると、そのドアに僕を押し付ける様にして唇を奪ってきた。
キスをしながらYシャツのボタンを外し、脱がせるとベルトに手を掛け、あっという間にスラックスを脱がされた。
そうして全ての服をはぎ取られると、千五百年前と同じ様に攻めてきた。
「翼、素敵な身体ね・・・早く欲しいわ・・・」
「羽月・・・」
『葉留、見ているかしら?』
『えぇ、アネモネ。見ているわ』
葉留は隣の部屋から透視してふたりのセックスを見ていた。
「今はアネモネよ。アネモネとして愛して欲しいの」
「あぁ、ごめん。アネモネ・・・本当に良いのかな?」
「良いに決まっているわ!早く頂戴!」
「あぁ・・・アネモネ・・・」
結局、アネモネの魅了に嵌り、アネモネの身体に溺れていった。
アネモネの身体は、望、新奈、結衣とほぼ同じ背丈だ。胸も大きく望と同じDカップくらいはありそうだ。肌は透き通るように白く、無駄な肉はないのだが、結衣と同じ様に女性らしい丸みがあり肉感的だ。
ただ、危惧していた様に朝まで続けることはなく、アネモネの方から休憩すると言われた。
「アネモネ。葉留のこと。ありがとう」
「あぁ、葉留はあなたとセックスしたいのかと勘違いしていただけなの。私たちがあまりにも人の目を気にせずに巫女や子供たちの前でセックスしていたのがいけなかったのね。葉留には謝っておいたわ」
「良かった。アネモネが理性的で・・・」
「翼!千五百年前とは違うのよ?あの時は他にすることがなかったじゃない?でも現代では、神星でも地球でもやることは沢山あるのだから・・・」
「それじゃぁ、セックスは・・・」
「勿論、好きだし、するけど・・・ほどほどにね」
「そうなんだ!良かった」
「まぁ!私を何だと思っていたの?」
「え?そ、それは・・・でも、アネモネの今の身体はとっても官能的だから・・・」
「そうね。でも結衣の方が豊満で美しいと思うけど・・・」
「いや、僕の妻は皆、困るくらいに美しくて官能的だよ」
「だから選んだのでしょう?」
「まぁ・・・そうだけど・・・いや!それだけじゃないよ!」
「分かっているわ。でも翼は私と同じくらいセックスが好きなのよ」
「え?ま、まぁ・・・否定はできないね・・・」
「ねぇ、ところで・・・」
「何だい?」
「私、今世でまだ翼に正式にプロポーズされていないのだけど?」
「あ。そうか・・・」
僕はベッドの上で身体を起こすと、正座をしてアネモネに向き合った。アネモネも身体を起こし、僕の顔を真っ直ぐに見つめた。
「アネモネ。千五百年前と変わらずに愛しているよ。今世でも僕の妻になってくれますか?」
「はい。翼さま。嬉しいです」
ふたりは顔を近付け、正座をしたままキスをした。
そして、それから三回だけセックスをして眠りに着いた。
翌朝はスッキリと目が覚めた。千五百年前はこうはならなかった。食堂へ行くと新奈や結衣たちが揃っていた。
「あら?翼、おはよう。早いのね・・・それになんだかスッキリしているわ」
「おはよう!スッキリしていたらおかしいみたいな言い方をするね」
「だって、アネモネと寝たのでしょう?今の今まで・・・じゃないの?」
「いいや、新奈の時より早く眠ったと思うよ」
「嘘!どういうこと?」
「新奈、それじゃぁ、私が色情魔みたいじゃない?」
「違うの?」
「失礼ね。千五百年前の世界では、他にやることがなかったから魅了のなすがままにセックスに溺れていただけよ。現代の世界ではそんなことにはならないわ。やらなければならないことも沢山あるのだから」
「まぁ!そうなのね。何だか心配して損したわ」
「ホントね。凄くまともなんじゃない!」
「もう、本当に失礼な姉妹たちね!」
「ふふっ。ごめんなさい。だって私たちは昔の羽月しか知らないから・・・」
「今のアネモネなら歓迎するわ」
「ありがとう。良かったわ。兎に角、昔とは違うのよ」
朝食はエリーお手製の生クリームとメイプルシロップたっぷりのパンケーキだ。
これにもアネモネは大変に感動し大喜びだった。
「やっぱり、アネモネにはパンケーキを食べている姿が一番、似合うね」
「あら、翼、それは私が可愛いってことかしら?」
「勿論だよ。アネモネは可愛いよ」
「まぁ!嬉しい!」
「今日なのだけど、誰が一緒に行ってくれるのかしら?」
「今日は月曜日で望は仕事、新奈は大学と仕事がある。だから結衣と蓮を連れて四人で行こうか」
「まぁ!蓮も一緒なの?嬉しいわ!」
「アネモネお姉ちゃん!」
蓮が空中をふわふわ浮かびアネモネの胸元へ飛び込んだ。
「まぁ!蓮!私が好きなの?」
「うん!大好き!」
そう言ってアネモネの胸に顔を埋めている。
「ちょっと!蓮!何してるの!」
「アネモネお姉ちゃんのおっぱい、良い匂い!」
「ふふっ、流石、翼の息子ね?」
「え?それどういう意味?」
「親子揃って・・・ってこと」
「い、いや・・・僕は・・・その・・・」
「全く、朝から何を言っているのかしら・・・」
新奈が呆れ顔になっている。
「さぁ、ご飯を食べたら支度して出発しようか!」
「えぇ、そうね」
僕らは結城邸へ飛び、アネモネを早苗お母さんたちに紹介してから小型船を呼び、長野へ出発した。東京から長野へは昔なら新幹線で一時間半程度掛かっていた。でも今の小型船なら三十分少々で着いてしまう。
その間も地上二十メートル位の低空を飛ぶから大変なスピード感がある。それでいて景色は十分に堪能できる。
「凄いわ。景色が二十年前とはまるで違うのね。何が違うって、電線と電柱が無いし高速道路もない。兎に角、建造物が減ったのね。自然がいっぱいだわ!」
「そうでしょう。これでまだ東京を出ていないんだよ」
「え?ここはまだ東京なの?嘘でしょう?あんなに人工物だらけだったのに・・・」
「この二十年で日本は大きく変わったんだ。人口も凄く減ったよ」
「二十年前にお父さまが地球に降臨されたのよね?私はその翌年に死んだの。だから変わっていくところを見ていないのよ」
「二十年前の2022年。日本は超高齢化社会だったね。それからお年寄りの数がどんどん減って行ったんだ」
「1947年から1949年のベビーブームの時に生まれた、いわゆる団塊の世代から前の世代がこの二十年で亡くなっていったのね?」
「そうだね。どの道、若者たちが高齢者を支える構造がもう持たなくなっていたんだ。高齢者の数がある程度減って、若者の年金負担が減る丁度良い頃合いでお父さまが降臨し、社会に変革をもたらしたんだよ」
「だから日本は変化を受け入れられたのね」
「まぁ、若者が声を上げた結果でもあるのだけどね。他の国でも同じ様な例は多くあるんだ」
「でも、まだ受け入れない国があるのね?」
「そうなんだ。ロシアの様に神に牙を剥いて来れば、あの様に丸裸にしてやれるのだけど、神を無視する様に我が道を行かれてしまうとこちらからは手出しができないんだ」
「なるほど・・・力尽くでの現状変更はしたくない・・・のかしら?」
「そう思って月の都を空に浮かべ、世界を回ってみたりしてその存在を静かにアピールしてみたのだけど、響かない国はあるんだよね」
「やはり専制君主制の独裁国家みたいなところは現状変更を嫌うのでしょうね」
「そうだね。専制政治でも国民のための正しい統治をするならば何も問題はないのだけど、そういう独裁者は自分の地位や名誉を守り、富を貪ることしか頭にない様だね」
「その国の民はたまったものではないわね」
「そうなんだ。だから今回、女神をデビューさせてその民を魅了し、民意から変えて行ければと思っているんだよ」
「そうね。やらないよりは良いかも知れないわね」
「あれ?アネモネは冷めているね」
「だって魅了の力で悩殺するって話でしょう?」
「それは最も悪い言い方をした場合だね・・・」
「私も陽翔さまとグースベリーから地球の変革は見守っていたわ。でも、基本的に人間って欲の塊でしょう?その中でも富への欲求は計り知れないじゃない。その大きな欲を地球環境を守るという大義名分だけで我慢させられるものかしら?」
「更に言えば、人間ってすぐに人の優劣をつけたがるものでしょう?有能な人間がその能力を活かして素晴らしい発明をしたり、偉大な業績を成しても、その報酬が他の簡単な仕事と同じって耐えられるのかしら?」
「うん。その通りだね。今までの人間の生き方からすれば、考え方を変えるのは難しいことだよね。だから、このまま人間が己の欲のままに生きたら未来が無くなってしまうことを神である我々が説いているんだよ」
「そして、このままでは駄目だと気付いた若者たちが賛同し、世論を動かしたんだ」
「日本ではそうなったのね。天照さまは元々、日本で生まれた神さまだものね。受け入れられ易かったのね」
「それもあるかも知れないね。でも他の国々だって地球環境の危機には直面していたからね。日本に釣られてとか、神の力を目にして動かされているのだと思うよ」
「そうね。人間は受け入れざるを得ないのよね」
「アネモネって凄く勉強しているのね」
「結衣。言ったでしょう?今世ではセックスしているだけじゃないの。私はグースベリー王国の王女として生まれたのよ。陽翔さまに王になって頂くためには、私も勉強しない訳にはいかなかったのよ」
「アネモネ。今、新平和条約に調印していない国というのは、専制君主制や独裁者によって、国民の自由や権利、それに財産も搾取され、抑圧されている状態だ。どんな手を使ってもその国民たちを解放してあげるべきだと思うんだよ」
「でも強硬な手段は用いたくないのね?」
「そう。平和的にアプローチして血を流すことなく考えを変えてもらいたいんだ」
「そうなったら素晴らしいわね。分かった。私にできることならば翼に協力するわ」
三人で話しているうちに長野上空に入っていた。
「何だか人の住む家が無くなってしまっているみたいなんだけど・・・畑も減っているのかしら?」
「そうだね。元々、日本は人口が都市部に集中して、地方は過疎化が進んでいたんだ。そこで自然を守り、かつ自然災害から人間を守るために人が住む地域を見直したんだ」
「畑に関しても、自家消費目的の畑は継続が難しく放置もされ易い。だから全て国営にして、日本国民が必要な作物を全て自給自足できる様、全国で計画的に無駄なく生産される様になったんだよ」
「あぁ、好き勝手なところに住み畑を作るのではなく、海岸や山沿い、川の近くなど自然災害に見舞われ易い土地には住まない様に別の安全な場所に生活共同体を形成していったのね?」
「アネモネって本当に頭が良いのだね」
「あら?翼、ちょっと驚いているのかしら?」
「羽月お姉さまも頭は良かったわね」
結衣の言葉には反応もせず、美しい顔で外の景色を無言で眺めていた。
「それにしても美しい景色ね・・・どこか違う国へ来たみたい・・・」
「そうか、それ程変わってしまっているのだね」
「あ!街が見えて来たわ」
「これが長野?これでは私の家がどこにあったのかも分からないわね・・・」
「どう変わっているの?」
「どうって?あまりにも変わり過ぎているのよ。千曲川と犀川と山に囲まれた地域に街があるから長野だって分かるのだけど、新幹線の線路が無くなっているから駅が在った場所も分からないわ」
「それにしても住宅の形も随分と変わったのね。二階に玄関があるのは神星と同じね」
「そうだね。雪が多く降る地域は二階が玄関になったのは都合が良いんだ」
「低層のマンションみたいなのが多いのね」
「それは高齢者のコミュニティだね。病院も併設されているんだ。そしてその周りに戸建ての住宅が取り巻く様に建っているでしょう?」
「三世代が暮らせる街になっているのね。大きなショッピングセンターもある様ね」
「映画や観劇、スポーツ施設などあらゆる娯楽が楽しめる様になっているんだ」
「これってグースベリー王国にも作りたいわ」
「そうだね、今はダンスホールやカラオケくらいだものね」
「あら?これって人間の住む地域と自然がはっきりと別れているのね」
「そう。人間のテリトリーの方が保護区の様に囲われ限定されているんだよ」
「あぁ、野生動物を守るのではなく、人間の生活圏を限定しているのね」
「うん。そうでないと人間は自然を破壊するからね」
「こうしないと自然は保てないのね・・・」
アネモネは外を眺めながら呟く様に言った。
「さて、長野の中心地に着く様だね」
恐らく元長野駅の在った地点なのだろう。大きなショッピングセンターの入り口に小型船は到着した。
僕らは船を降りて周辺を見渡した。すると周りに居た人たちが立ち止まり、僕らをもの珍しそうに見ている。
「あ!僕とアネモネは目立ち過ぎるかも知れないね」
「そうね。アネモネの髪色は地球でも滅多に見られない色だものね。外国人だとは思われるでしょうけど」
「結衣。蓮が空を飛ばない様にしっかりと抱いていてね」
「分かっているわ」
「善光寺の方へ行ってみようか」
「そうね、参道を歩けばお蕎麦屋さんとかおやきを売っている店があるかも知れないわ」
地上に降りると急に人が少なくなった。小型船が行き交うのは二階の高さだ。店も正面玄関は二階にある。地上を歩くのは近くへ移動する時だけなのだ。
携帯端末で地図を見ながら善光寺の方へ向かって散歩してみる。しばらく歩くと地図に蕎麦屋の表示があった。
「あそこにお蕎麦屋さんがあるみたいだよ。入ってみるかい?」
「えぇ、是非!」
階段から二階へ上がると、近代的な建物に似合わない、藍色の地に白抜きの字で「蕎麦」と書かれた暖簾が掛かった店があった。
看板に信州蕎麦と生粉打ち蕎麦の文字が踊っていた。
「まぁ!生粉打ちよ!これは期待できるわね」
「生粉打ちって何?」
「結衣、蕎麦は蕎麦粉に何割か小麦粉の様なつなぎとなるものを混ぜ込むものが多いの。でも生粉打ち蕎麦というものは、蕎麦粉だけでできているのよ。蕎麦の風味だけだから美味しいの」
「あぁ、十割蕎麦っていうものかしら?」
「えぇ、同じね」
「では、期待して頂くとしよう」
「結衣、お店では僕とアネモネは念話で話をするから、結衣が注文してくれるかな?」
「分かったわ」
「いらっしゃいませー!」
「四人です」
「はい。こちらのお席へどうぞ!」
蓮には子供用の座面の高い椅子を出してくれた。
「ありがとうございます」
『アネモネ、ここでは何を食べるのが良いのかな?』
『ざる蕎麦よ。それが一番蕎麦の風味を味わえるの』
『では、それを四人前だね』
「すみません、ざる蕎麦を四人前お願いします」
「ざる蕎麦ですね。かしこまりました」
蕎麦ができるのを待っている間、店内を見渡していると、壁の張り紙に「当店の蕎麦は希少な長野産です!」と書いてあった。
『アネモネ。あそこに長野産の蕎麦が希少だと書いてあるけど?』
『そうですね、今はあまり作っていないのでしょうか』
『お蕎麦ができたら聞いてみましょう』
『農業政策はかなり変わったからね。地域や気候に合った作物を集中的に効率よく生産する様にしているんだ』
『では、長野で作られる作物も変わったのかしら?』
『そうかも知れないね』
思わぬところで日本の新しい農業政策の成果が見られそうだ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!