28.世界会議
そして全国首脳を集めた説明会。世界会議当日を迎えた。
朝から月宮殿は慌ただしかった。早めに朝食を済ませて着替えた。お母さま方とお姉さま達はブラジャーを着用し、新調したドレスで着飾った。お爺さんがお婆さん達を宮殿まで瞬間移動で連れて来た。
僕ら男性陣は伝統的な神の衣装を着させられた。お父さんは当主なので一番派手だ。
この姿を見ると地球で何かの文献とか歴史の教科書?なんかで見た天照大神の衣装に近い様に思う。残念ながら格好良いとは思えないけれどね。
この四年というもの、月宮殿で暮らして来たが地球の神社などで見かける宮司とか神職とかそういう人たちがここには居ないし儀式の様なものも一切ない。それなのにそれらしい衣装だけが残っているところが奇妙だ。
余程、日本の方が宮中行事というものをしっかりと受け継いでいると思う。いや待てよ、日本の方が独自に行事を創り出したという見方もできるのかな?
宮殿のカンパニュラ王国が見下ろせる窓から下界を見ると、いつもとは違う光景が目に入った。神宮に沿った海岸に三十隻の大きな船がずらりと並んでいたのだ。
面白いのは形が皆、同じというところだ。月の都の船とは全く形が違う。ほとんど直方体で羽が無い。プロペラは左右上下に沢山付いているが。乗り物として美しくも格好良くもないな。まぁ、実用重視ということなのだろう。
世界中から今日のこの時間に間に合う様に各地を出発し、昨日到着して一泊する船があれば、早朝に到着した船もあるとのことだ。
どちらにしても要人は地上を歩かないので、一隻ずつ神宮の上空に停泊しては昇降機で降りるから時間が掛かって仕方がない。この辺は使い勝手が悪いのではなかろうか。
神は最後に登場するものらしい。船長が他国の船と連絡を取り合い、全ての国の要人が降りたことを確認してから僕らは船に乗り込み、ほんの数百メートルを移動し、昇降機で神宮へと降りた。
神宮の大広間は既に人で埋め尽くされていた。正面の舞台上の両側に神の一家が並んで座る様に椅子が設置されている。舞台の脇には、グロリオサ服飾店の者たちが並び立っていた。
まず初めにお父さんが挨拶する様だ。
「皆の者、よくぞ集まってくれた。今日、各国の要人に集まってもらったのは他でもない。この世界の間違いを正すために集まってもらったのだ。そしてその間違いを指摘し、これから正しい道へと導くのは、私の息子である月夜見だ」
「おぉーっ!」
「なんと!」
「月夜見さまだと!」
大広間は明らかにざわついている。
「ここからはこの月夜見が話をするのでな。では月夜見。頼んだぞ」
僕は舞台の中央へ出ようとしたが、どの道、身長が低くて皆から見えないだろうと思い、空中に浮かんで真ん中へ移動した。また皆がどよめく。
「皆さま、只今ご紹介頂きました月夜見です。先日、皆さまの国の位置を確認するため、一度訪問させて頂きましたので、その際にお会いした方もいらっしゃるかと思います」
「ですが今日初めてお会いする方も多いと思いますので、改めてご挨拶差し上げたいと思います。初めまして月夜見で御座います。以後、お見知りおきをお願いいたします」
「私は間もなくこの世界に生まれて四歳となりますが、実はこの世界に生まれる前、この世界ではない別の世界で生きておりました」
「その国は恐らく、天照大神がこの世界を創る前に創った国と思われます。私はその国で二十五歳まで生き、命を落としました。新たに転生した世界がこちらだったのです」
「おぉーっ!」
「その様なことが!」
「本当なのか!?」
皆、驚きが口をつく。
「そして私は前世で二十五年間生きた記憶を持ったまま、この世界へ転生したのです。どちらも天照さまの創った世界ですので言葉や文字が同じでした。そのお陰で私はまだ四歳に満たないというのにこの様に皆さまへお話しをさせて頂けるので御座います」
「そうだったのか!」
「素晴らしい」
「天照さまの生まれ変わりでは!?」
意外な程、皆、素直に受け止めてくれる様だ。
「私は前世では、医師という仕事に携わっておりました。医師とはこの世界での宮司の仕事と同じです。人間の身体の仕組みを紐解くことを医学といいますがこれを学び、日々、人々の治療に当たっておりました」
「その世界では七十億人もの人間が暮らしておりました。私の暮らした国だけで一億二千万人居り、その国にはこの世界の全人口五十万人を超える人が住んでいる街もあるのです」
「な、なんと七十億人!」
「それはどれくらいの数なのだ?」
「信じられない!」
皆、動揺を口にする。
「何故、この世界はこれ程までに人口が少ないのでしょうか?何故、これ程までに男性が少ないのでしょう?七十億人の人間が居た世界では、男性と女性の比率は同じでした。では何故この世界はこうなったのでしょう?それはこの世界の皆さんが持つ人間の身体の知識が間違っているからです」
「な、なんとおっしゃる!」
「間違っていたと!」
「そ、そんな馬鹿な!」
皆、ちょっと不安そうになったな。
「こんな話を聞きました。女性は毎月、月のものと言われる病気に罹り、穢れと言われる血を流すので神宮で浄化してもらわねばならないと」
「それは間違いです。月のものとは本当は「生理」と言い、女性が子を作るための準備であり、女性だけが持つ崇高な身体の仕組みなのです。決して穢れなどでは御座いません」
「ですから、毎月神宮へ行って浄化する。などということは不要です。きれいに洗い流せば良いだけなのです」
「また、こんな話を聞きました。女性はそもそも子を授かり難い。男の子も滅多に生まれない。だから、多くの妻を娶らねばならないと」
「それは間違いです。先程お話しした生理の仕組みを理解すれば、妻はひとりだけでも何人もの子を生めるのです。今から四か月前、こちらにいらっしゃるメリナお母さまとルチアお母さまに私の指示通りにして頂いたところ、お二人共すぐに妊娠されました。もう安定期に入っております」
メリナ母さまとルチア母さまがその場でお腹に手を当てながら立ち上がり、皆に笑顔で会釈した。
「えぇーっ!そんな!」
「本当なのですか!」
「それは素晴らしい!」
初め、ショックを受けていた人たちが希望の表情に変わっていった。
「前世の世界では、ほとんどの国で一夫一婦制でしたが一組の夫婦が二、三人の子を儲けることは普通のことでした。中には妻ひとりで五人や十人生む方も居ましたよ」
「この世界の間違いは、大昔に誰かが、妻を多く欲しいがために、妻に対して「子を授からない」とか「男の子ができない」とか言い掛かりをつけ、多くの妻を娶ることを当たり前のこととしてしまった時代があったのではないか?と推測されます」
「更にこんな話を聞きました。この世界では女性は三十歳になると子が産めなくなると」
「それは間違いです。三十歳までに一度でも妊娠、出産された女性は三十歳でも四十歳でも、問題なく妊娠できます。更にそれは生理が続く限り、妊娠する可能性はあるのです」
「私もまだ産めるのですね!」
「誰が産めないなんて言ったのかしら!」
「私も生みたい!」
女性たちの表情には、怒りと希望が入り混じっている。
「これは邪推というものになるとは思いますが、これも昔にもっと若い妻が欲しかった者が「女性は三十歳になったらもう子が産めない。だから若い妻を新たに娶るのだ」そう言ったのではないでしょうか」
「これらの間違った認識を正さなければ、このままの男女比と出生率では人口が徐々に減って行き、まず国が成り立たなくなり、いずれ人間は滅びることとなります」
「おぉ!神さま!お助けください!」
「神さま!どうかお導きを!」
「男たちに罰を与えてください!」
予想通り、不安が最高潮になったな・・・
「そうならないために、皆さんはもっと女性の身体の仕組みを知らなければなりません。女性だけではなく、男性にも知って頂く必要があります」
「そのために私は一冊の本を作りました。今日はこの本を持ち帰って頂きます。全て無料です。本は今後も増刷を続けますので引き続き各国へお送りします」
「できるだけ多くの国民に読んでもらってください。そして学校では必ず、子供たちに正しい知識を教えてください。宮司も診察に来る者に指導しなければなりませんよ」
「この後、この本に沿って女性の身体の知識を詳しく説明させて頂きます」
途中、休憩を挟みながら本の通りに解説し、妊娠と生理の仕組み、一夫多妻制の問題点、神宮での診察の是非、生理用品の説明と生産国の紹介、今後の購入方法の説明をした。
最後にビデを紹介し、この後、神宮でお試し使用をして頂きたいと薦めて、ビデの設計図と部材の説明書を配布した。
「今後、必要でしたら私が各国を回りまして、子を授かる方法、男の子を授かる方法を更に詳細に指導することも可能ですのでお声掛けください。私はここから全ての国の王城と神宮へ瞬間移動で行くことができます。特にこれからの一年間でできるだけ多くの指導をして参りたいと考えております」
「おぉーっ!救世主さま!」
「是非、我が国にお越しください!」
「どうかお助けを!」
皆、顔が切実なものに変わっている。
「これまでのお話を聞いて頂いた今では、子種を売る商売がどれ程問題であるかは皆さんに理解頂けると思います。そんな方法では子は増やせないのです」
「ただし、現状の男女の比率を考えますと、今すぐには無くせないのかも知れません。一夫多妻制も止められないと思います。いつかは無くしたいとは考えておりますが」
「今日は、これだけは覚えてください。女性が子を授かるためには、正しい知識と正しい性交渉が必要です。でもそれだけでは子を授かるのに十分ではありません」
「性の知識に加えて重要なことは、夫や家族が嫁を愛し、優しく接することなのです」
「夫とその両親は胸に手を当てて思い出してください。妻や嫁に対して「お前はなかなか子を授からないな」、「お前は女子しか生めないのか」、「世継ぎはまだ授からないのか」、こんな言葉を投げ掛けたことはありませんか?」
「王族や貴族が世継ぎを授かることに注力することは当然で、心配のあまりに黙っていられないこともあるでしょう。ですが女性はその様な言葉で「早く子を授からねば」、「このままでは無能と言われ捨てられる」その様に不安を感じ、傷つき、精神が不安定になることで妊娠し難くなってしまうのです」
「一番大事な話ですので、もう一度言います。夫とその両親は嫁をもっと労わり、愛し、大切にしてください。良いですね?」
「ありがとうございます!月夜見さま!」
「救世主さま!ありがとうございます!」
「今日という日を一生忘れません!」
女性たちは皆、涙を流していた。
「最後に、本日お集まり頂いた女性の皆さまに新たな下着をご紹介致します。もうお気付きの方もいらっしゃると思います。この舞台上の私のお母さま方、お姉さま方は、新しい下着をつけておいでです。そちらに控えております、グロリオサ服飾店の者たちもです。如何でしょうか。胸が美しく強調されていると思いませんか?」
ジェマが僕にブラジャーを手渡してくれる。
「これは、私の前世の世界にある、ブラジャーという女性専用の胸の下着です。女性の胸は実はかなりの重さがあり、それを支える肩にはそれ相応の負担が掛かっているのです」
「一日の終わりに肩の張りや痛みを感じていた女性は多いのではないでしょうか。この下着はその胸の重さを支えて肩の疲れを緩和します」
「更には、この下着によって胸が透けて見えることが防げますので、夏に厚着をする必要がなくなります。またこの様なドレスも作れるのです。オリヴィアお母さま」
オリヴィア母さまが立ち上がり中央に歩み出る。オリヴィア母さまは以前に提案したブラジャーとロングスカートが一体となった深紅の新しいドレスを着ていた。
「これは、このブラジャーとロングスカートを一体化した新しいドレスです。オリヴィアお母さま、一回転して頂けますか?」
僕は空中に浮いたまま、オリヴィア母さまの手を取ると、その場でゆっくりと一回転した。背中が大胆に開き、胸の形が美しく強調された深紅のドレス。誰もがその美しさに目を奪われた。
「この新しい下着、ブラジャーは女性の健康を保つだけでなく、女性の胸を美しく強調してくれるのです。今後はドレスや女性の姿も飛躍的に美しくなり発展して行くことでしょう」
「ここにいらっしゃる皆さまは、既にブラジャーの購入を心に決めていらっしゃると思います。こちらに控えております、グロリオサ服飾店の者たちが、この後、購入希望者の方の寸法を測定し、その場で販売をさせて頂きます」
「まぁ!なんて素敵な下着!」
「今日、あれが手に入るなんて夢の様だわ!」
「今日、ここに来られて本当に幸せ!」
女性たちの目が皆、ハート型になっている。
そして僕のパートは終了した。概ね、好評の様で一安心だ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!