14.翼の帰還
僕は現代の月の都へと飛んだ。転移した瞬間に青い光に包まれた。
「シュィーン!」
「シュンッ!」
「翼!」
「翼!お帰りなさい!」
屋敷の前の庭園に転移した僕は、急いで扉を開けて外へ飛び出した。
僕に向かって真直ぐに、望、新奈、結衣が飛びついてきた。
「つばさーっ!」
「あぁ、翼!つばさーっ!」
「待ってたんだから!」
三人は口々に叫びながら抱きつき僕の顔に頬擦りする。三人共笑顔だ。その向こうにはお母さんと葉留、そしてアネモネが見えた。
「お父さまーっ!」
その声がする方を見ると蓮が空を飛んできた。
「あ!蓮!蓮!ただいま!蓮!良い子にしていたかい?」
「うん。お父さま!」
蓮を捕まえて抱きしめた。蓮はずっしりと重かった。
「あぁ・・・蓮。やっと帰って来たんだ・・・蓮?あれ?凄く大きくなったな!」
「だって、僕、もう三歳になるんだよ!」
「あぁ、そうか!三歳か!」
僕は改めて蓮を抱きしめ直した。思っていたより大きく成長していて驚いた。
蓮を抱っこしているとお母さんと葉留が近付いてきて僕に声を掛けた。
「翼。お帰りなさい。大変だったわね」
「はい。お母さま。只今、戻りました」
その時、僕はお母さんが光月であることを確信した。でも、もしやとは考えていたから、それ程のショックは無かった。だから平静を装うことができた。
「お帰りなさい!お兄さま」
「う、うん。ただいま。葉留」
そして葉留の方が問題だった。葉留の顔を直視できない。その顔は羽月、月花、月代、光月とほぼ同じだ。さっきまで一緒に居て、泣いていた彼女たちの顔を思い出してしまうのだ。
その向こうでアネモネが妖艶な笑顔を僕に向けていた。そして目が合った瞬間、頭にアネモネの声が響いた。
『翼さま。お帰りなさい!』
『羽月?』
『えぇ、そうよ。お待ちしていました』
『待っていた?』
『はい。記憶はすっかり戻っているのです。さっきまであなたとセックスしていたかの様に全て思い出しているのです。今朝、さっきまで一緒に居たでしょう?』
『そ、そうだね・・・』
『また、ゆっくりお話ししましょう』
『う、うん。そうだね・・・』
アネモネは、陽翔お兄さまの結婚式の時とは別人の様だった。見た目はアネモネなのだが、内に居る羽月がはっきりと見える様だった。
そして瞳は羽月そのものだった。その瞳に見つめられると、頭がボーっとしてきてしまう。
『翼。よく戻りました。ご苦労でしたね』
「あ!天照さま・・・まだ、こちらにいらしたのですね?」
天照さまはフクロウの姿だった。
『天満月が私の身体を生む時に入れ替わりで飛びますよ』
「あ。琴葉お母さま。天照さまを妊娠されているのですね?」
「えぇ、そうよ。あと四か月で生まれるわ」
「翼、大変だった様だね?」
「お父さま。そうですね。驚くことばかりでした」
「また、一年後に行くのだろう?」
「よくご存じですね」
「娘たちの記憶が戻っているからね。四人ずつ子を産んだそうだよ」
「え?四人も?」
「そうよ。羽月以外は皆、四人ずつ授かったわ」
「え?羽月以外?羽月は?」
『翼さま。私は昨夜、月翔を授かりました。その後は翼さまが来る度にセックスに溺れていたから・・・あともう一人だけなのです』
『そ、そんなに?じゃぁ、羽月の子は二人だけなんだね?』
『はい。そしてこれからはこちらの世界でも・・・』
『え?こっちでも?それは不味いでしょう?』
『陽翔さまも私とセックスしたことで月翔だった時の記憶が戻っているのです。あなたが自分の父親であることも、私たちが目の前でいつもセックスしていたことも思い出しているのです』
『え?陽翔お兄さまが月翔の生まれ変わりだって?そ、それで陽翔お兄さまは何て?』
『仕方がないから受け入れるって・・・』
『え?受け入れる?僕を?え?どういうこと?』
『翼さまに望や新奈、結衣の三人の妻が居る様に、私にも翼さまと陽翔さまの二人の主人が居るということです』
『え?それを陽翔お兄さまが受け入れるって?そのことを望たちは何と言っているの?』
『それは仕方がないことだと。受け入れると既に話がついています。この話は月夜見さまもご存じですよ』
『えーっ!そうなの?』
『それに私は、この人生の直ぐ前は地球人だったのです。だからこれからは地球にも行きます』
『そ、そうなんだ・・・何だか、驚き過ぎて話が良く入ってこないんだけど・・・』
『また、ゆっくりお話ししましょう。ベッドの・な・か・で!』
『う、うん・・・』
これは大変なことになったぞ・・・
「翼。話はアネモネに全部聞いたよ。翼は僕のお父さまでもあるのだね?」
「い、いや・・・そ、そう、なのかも・・・」
「戸惑っているの?僕たちは既に受け入れているから気にしないでいいよ」
「い、いや、気にしないでと言われても・・・」
「これからは自由にアネモネの部屋へ来てもらって構わないから」
「え?本当に?」
「本当です。僕は千五百年前の記憶が戻っているんだ。二人や巫女たちとの姿は散々見せられているからね。もう気にならないよ。それにそうしてくれた方が、アネモネの心も安定すると思うしね」
陽翔お兄さまは信じられないことを顔色も変えずに話している。
「えぇ、そうなの。翼。私たちも昨日のことの様に千五百年前の記憶が戻っているから、羽月だけ除け者にはできないの。だから気にしないで良いのよ」
「望・・・本当に良いの?新奈と結衣も?」
「えぇ、構わないわ」
三人の顔を見ても誰も無理をしている様には見えない。本当なのだろうか?
「あとね、アネモネと私たちは、地球で神デビューすることになっているの」
「神デビュー?」
「翼。アネモネには人を魅了する力があるのだそうだ。天照さまの発案で、地球で神の娘として公表し、歌を歌って人を魅了し、民意から変えて行こうということになったんだよ」
「歌を?アネモネが?」
「私の地球での前世は、神楽天舞音という歌手だったのです」
「アネモネに地球での前世が?それも歌手?」
「えぇ、私のシングル曲を自分で作るの。四姉妹でも歌を出す予定よ」
「四姉妹で?新奈はともかく、望と結衣も?」
「そうよ。絶対に売れると思わない?」
「それは・・・四人共美しいし、可愛いからね。歌も上手いし・・・」
「翼は帰って来たばかりでピンと来ていないわね」
「ちょっと急ぎ過ぎたかしらね?」
「翼。これからゆっくり説明していくわね」
「う、うん。お願いするよ・・・」
「そうだね。戻って来て直ぐにこちらの情報を一年分詰め込むのは厳しいだろう。今日は地球に戻ってゆっくりすると良いよ」
「はい。お父さま。ありがとうございます」
それからお母さま達や兄弟たちと話をして、充電器をどうやって送ったかを聞いた。
その後、僕らは地球へ戻ることになった。
『翼。この異次元空間移動装置はしばらく預からせてください』
「あぁ、イノベーターに複製を造らせるのですね?」
『そうです。複製できたら翼の元へ帰しますよ。あぁ、翼の船には自動充電機能を付けておきますよ』
「それは嬉しいですね。よろしくお願いします」
「では、翼たちは私が転移させよう」
「お父さま。お願いします」
「では瑞希、また連絡するからね」
「はい。月夜見さま」
「シュンッ!」
僕は家族と一緒に地球の月の都へ戻って来た。
サロンに転移するとお爺さんとお婆さん、それにアンドロイドのエリーが迎えてくれた。
「おぉ!翼!よく帰って来たな!」
「お爺さま!お婆さま!只今、戻りました!」
「よく無事で!心配したのよ?」
「ご心配をお掛けしてすみません」
「こうして無事に帰って来たのだから良いんだよ」
「翼さま。お茶と珈琲、両方ともお持ちしました」
「ありがとう。エリー。確かにどちらも飲みたいよ!」
「はい。そうおっしゃると思いました」
「翼。チョコレートよ。向こうで食べたいって、よく言っていたわよね?」
「結衣!ありがとう!そうなんだ。チョコレートが食べたかったんだよ」
僕はまず、お茶を飲んだ。やはり千五百年前のお茶とは比べ物にならない程に美味しい。
そして、チョコレートだ。口に放り込んで溶かすとその甘さに口の中が驚いて大量の唾がでてしまう。
思わずよだれを垂らしそうになるのを手で押さえながら味わった。そして珈琲の香りを堪能してから一口飲んだ。
「あー美味しい!チョコレートって本当に美味しい!」
「あ。そうだ。次に千五百年前の時代に来てくれた時、チョコレートを大量に持って来たわね」
「あぁ、そうだわ。あれ、美味しかったなぁ・・・」
「ふふっ。そうだったわね」
「あぁ、そうか。今後はいつ行くか、その時何を持って行くか、何があったかは皆が全て知っているんだね?」
「そうよ。きっと翼は私たちの記憶に沿って行動することになるのだわ」
「なるほどね。事実と違うことをしてしまうと未来が変わってしまうのだね」
「そういうことね」
「では、出発前には詳しく聞いてから行かないとね」
「それより、翼!今日の晩御飯。何食べたい?」
「うーん。そうだな・・・向こうで食べたかったのは・・・お寿司!だな」
「え?お寿司?」
「お寿司かぁ・・・」
「え?駄目だった?」
「ううん。翼の食べたいものにするからお寿司でも良いの。ただ、何でも作れる様に食材を揃えたのよ・・・でもお寿司は・・・私たちには作れないわ」
「あぁ・・・そういうことか!それならお寿司はまた今度で良いよ。向こうにはお酢が無かったからね。生の魚も。それで食べたかったんだ」
「でも、皆に作れるものだったら・・・ハンバーグかオムライスかな?」
「わーい!僕もハンバーグとオムライス!」
「まぁ!蓮の大好物じゃない!」
「蓮はお父さまに似たのね」
「そうか。蓮も好きなら一緒に食べたいな!」
「分かったわ。私が腕を振るうわね!」
「結衣。ありがとう。楽しみだよ」
「それなら食後のデザートのケーキは私が作るわ!」
「あぁ!望のケーキも久しぶりだね!楽しみだ!」
「えーっ、私は?私はどうしよう!」
「新奈。君にはこれから歌を聞かせて欲しいな。一年間、歌を聞いていないんだ」
「ホント?私の歌で良いの?」
「新奈の歌が聞きたいんだよ」
「それなら新曲があるの!聞いてくれる?」
「新曲か!楽しみだな!」
サロンで新奈のライブが始まった。新奈は新曲を含めて四曲歌ってくれた。
蓮は大喜びで曲に合わせてサロンを飛び回った。
僕は珈琲を飲みながら新奈の歌を聞き、帰って来たことを実感していた。
四曲歌い終わると僕は立ち上がって拍手を送った。
「どうだった?」
「うん。素敵だ。格好良いし美しい」
「ホント?嬉しい!」
「新奈。ありがとう」
僕は新奈を抱きしめてキスをした。新奈はキスをしながら涙を流した。
「あーっ!お父さまとニーナ、チューしてるー!」
蓮は僕らの周りをクルクル回って見ている。
「ふふっ、蓮ったら・・・翼、本当に帰って来たのね・・・良かった」
「ただいま。新奈」
「もう急に居なくなるなんて嫌よ!」
「うん。ごめんね。今回は天照さまに騙された様なものなんだ」
「騙された?」
「うん。望と新奈、結衣の三人が、偶然にも千五百年前のお父さまの子だなんて、何故なのですか?って聞いたら、見て来れば分かる。って言われたんだ。それで僕は向こうの世界を見て、すぐに戻るつもりだったんだよ」
「それで行ってみたら電池切れで帰れず、お役目を申し付けられたのね?」
「うん。そういうこと」
「でも、そのお陰で私たち姉妹は救われたわ。半年前に天照さまに記憶を戻して頂いたの。だから向こうの世界であったことは全て覚えているの」
「僕は正しいことをしたのだろうか?」
「正しいかどうかではないと思うわ。お役目としてしたことなのだから」
「そうだよね。そうでなければ、ただの種馬だよね」
「ふふっ。子を授けた巫女の数は凄いわよね。でも巫女たちは本当に幸せそうだったわ」
「そうなの?」
「それはそうよ。神さまに呼ばれて何も知らずに巫女として連れて来られたのよ。皆、若い生娘だったの。弟たちの扱いが悪くて、皆、恐れ始めていたのよ。そこへ翼が現れたの」
「それでは、タイミングとしては良かったのだね?」
「えぇ、とても。そしてあなたと夜を共にした巫女は口々にその素晴らしさを伝え、幸せそうな顔をしていたわ」
「弟たちにセックスを教えたんだよ。月夜見さまにもね」
「そうだったのね。弟たちの悪い評判も聞かれなくなって、お父さまたちにまた、子ができ始めた時は驚いたわ」
「ねぇ、翼。ひとつだけ気になっているのだけど・・・」
「うん?何だい?」
「千五百年前の私たち姉妹の顔って、璃月以外は葉留ちゃんにそっくりよね?帰って来て、葉留ちゃんを見てどう思うの?」
「それなんだよ・・・困っているんだ。あの顔を見たら色々と思い出してしまってね・・・」
「やっぱり!そうよね。散々、キスやセックスをしてきたのですものね。そういう目で見てしまうでしょうね」
「い、いや、葉留をそういう目では見ないよ!ただ、戸惑うってことだよ。直視できないというかさ・・・」
「これは葉留ちゃんに話しておいた方が良いわね。夜中に寝ぼけて葉留ちゃんに襲い掛からない様に」
「え?流石にそれはないと思うのだけど・・・」
「駄目よ。翼は羽月の魅了に囚われているのだから・・・昨日の晩も朝まで羽月としていたのでしょう?」
「え?そこまで覚えているの?」
「私たちは、記憶の曖昧な部分を姉妹でお互いに話して補っているから全部知っていますよ」
「そ、それは・・・参りました・・・そうだね。葉留には話して事前に警戒してもらおう」
「では、今から話してくるわね」
「うん。頼むよ。僕は厨房の望のところに行ってくるね」
「分かったわ」
僕はケーキを作っている望を探して厨房に入った。望はスポンジの種を仕込んでいた。
「望。ケーキを作ってくれているの?」
「えぇ、そうよ。新奈の歌は終わったのね?」
「うん。相変わらず素晴らしかった。新曲も良いね」
「今度は私も歌うことになりそうなの」
「嫌なのかい?」
「ちょっと自信がないかな?だって新奈とアネモネと一緒なのよ?」
「でも、上手い二人が居るなら、望と結衣は合わせるだけで良いのでは?」
「うん。それで良いって言われてはいるのだけど・・・」
「望は美人だから一緒に歌うだけで人気が出るよ」
「私は別に人気なんてどうでも良いの」
「でも、高校ではダンス部だったのだから、歌やダンスは好きでしょう?」
「うん。それはそうなのだけど」
「それならばただ楽しめば良いじゃないか。僕も楽しみにしているからさ」
「翼がそう言うなら・・・頑張ろうかな?」
「うん。僕はテレビで望が歌う姿が見たいな」
「分かった。頑張るわ」
「望。ありがとう。愛しているよ・・・」
僕は望の背後に回り、背中に密着して後ろから抱きしめた。
望は顔をこちらへ向けてキスをねだった。
「翼・・・愛してる」
僕は望を抱きしめてキスをした。その途端、全身がしびれる様な快感が走り、脳が活性化するのが分かった。え?キスだけで?
「望。これは不味い。キスだけで止められなくなりそうだ」
「そんなに?」
「うん。望はセックスしている相手の脳を活性化する能力があるそうだよ」
「えぇ、聞いたわ。でも今はキスしただけなのに・・・」
「セックスしたらどうなってしまうんだろう?」
「明日が楽しみね」
「望とは明日なんだね?」
「えぇ、今夜は結衣と蓮と一緒に眠って。明日は私よ」
「分かった。明日を楽しみにしているよ」
「嬉しいわ」
新奈は葉留の部屋を訪れていた。
「葉留ちゃん。千五百年前の私たち姉妹の内、望以外は皆、同じ顔だったの」
「え?同じ顔?どうして?」
「月夜見さまと天満月さまは、今の月夜見さまと琴葉お母さまと同じ顔なの。それは天照さまを産むお役目のためよね?」
「えぇ、知っているわ」
「それで瑞希お義母さまなのだけど、実は天照さまが生んだそうなの」
「えーっ!お母さまが?」
「えぇ。天照さまが直接産む女性は、天満月さま以外は皆、瑞希お義母さまのお顔になるそうなのよ。だから千五百年前の天満月さま以外の七人のお母さまは皆、瑞希お義母さまと同じ顔なの」
「そして、月夜見お父さまと瑞希お義母さまと同じ顔のお母さまたちの娘の顔は皆同じになるのよ」
「え?それって、千五百年前のお姉さま達の顔が私と同じってこと?」
「そうなの。そして私たちの弟たちは、翼と同じ顔なのよ」
「え?お兄さまって、千五百年前の世界でお姉さま達に子を授けたのですよね?」
「そうよ」
「私の顔をしたお姉さまたちとお兄さまがセックスしたってこと?」
「そう。だから翼は今日、葉留ちゃんの顔を見て戸惑っていたのよ」
「確かに!私の顔を見たお兄さまは何か不自然な感じでした」
「それにね。アネモネもこれからは翼の伴侶となるの」
「アネモネが?どうして?」
「アネモネは私たちの姉妹、羽月だったの。そして翼と羽月の息子が今の陽翔お兄さまだったの」
「え?陽翔お兄さまが、お兄さまとアネモネの息子?」
「では陽翔お兄さまとアネモネは離婚するの?」
「いいえ、アネモネは陽翔お兄さまと翼の両方を伴侶とするのよ」
「そんなこと!本当なの?」
「えぇ、本当よ。それでね。翼はしばらく混乱するかも知れないの」
「混乱?」
「そう。葉留ちゃんの顔を見たら、私たち姉妹の誰かと勘違いするかも知れない。特に寝ぼけている時とか、お酒で酔っている時とかね。だから、そういう時の翼には近付かない様にしてね」
「私、お兄さまに襲われちゃうの?」
「うーん。知っているでしょう?翼は向こうで五百人近い巫女に子を授けていたの。それに私たち姉妹とも毎晩の様に・・・」
「あぁ、そうか。私の顔と身体を相手に毎日セックスしていたのね・・・それは混乱しても仕方がないわね・・・」
「そうなの。もしそうなったら困るでしょう?」
「うーん。別に困らないかな?」
「え?何言っているの?葉留ちゃん!」
「あぁ、うん。おかしなことを言っているかも知れないわね。でも、私、基本的にお兄さまに憧れているから・・・」
「憧れている?」
「うん。お兄さまって赤ん坊の時から勉強と研究をしていたの。私、物心ついた時からお兄さまに相手にされていなかったから、寂しかったのね。きっとその反動で無意識にお兄さまを求めてしまうの・・・」
「あぁ、なるほど・・・」
「それで、皆で望お姉ちゃんの別荘に行った時、一緒の部屋になったでしょう?その時、お兄さまに頼んで、一緒に寝てもらったことがあるの」
「それって同じベッドで眠ったの?」
「そうよ。抱きしめてもらって眠ったの。ちょっと誘惑してみたつもりだったんだけど、何もしてくれなかったわ」
「ちょっと、それって・・・」
「それくらい、お兄さまが恋しかったのよ。その時のことを想うと一度くらい抱かれても良いかなって思うわ」
「まぁ!それって問題発言よ!」
「ふふっ。その時は・・・ってこと。まだ子供だったのよ。今はそんなことは思わないわ」
「ちょ、ちょっと!お姉さんをからかわないでよ!心臓に悪いわ!」
「でも、間違いがあっても私は受け入れてしまうかも知れないわ・・・」
「えー!何でそんな女の顔になるの!?」
「お兄さまって、なんか魅力的なのよ・・・良い匂いがするって新奈お姉ちゃんが言ったのよ?分かるでしょう?私もそう思うの」
「それは・・・勿論そうよ。とても分かるわ!でも葉留ちゃんは駄目よ?」
「はいはい。分かっています!」
「お願いよ!・・・もう!」
新奈はプリプリしながら葉留の部屋を後にした。
うーん。あれは危ないわ・・・本気で抱かれても良いって思っている目だったわ。
新奈はその足で瑞希お義母さまの部屋へ行った。
「お義母さま!話を聞いてください!」
「まぁ!新奈。どうしたの?翼に何かあったの?」
新奈は翼の戸惑いと葉留の大胆発言を全て伝え、不安を吐露した。
「まぁまぁ・・・そんなことが・・・確かに葉留は・・・そうね。翼に憧れているわね・・・でも、今は徹さんが居るから大丈夫だとは思うのだけど・・・でも気に留めておく必要はありそうね」
「やはり、そうなのですね・・・葉留ちゃんの目つきを見ていたらこれは本気だって思ったのです」
「翼にも釘を刺さないとね。後は気に掛けて見ている様にしましょう」
「はい。お願いします」
新奈はその後、翼を念話で呼びだした。
『翼!聞こえる?ちょっと私の部屋へ来て!』
『うん?どうしたの?直ぐに行くよ』
新奈は葉留との会話、お母さんとの会話を全て翼に話した。
「え?葉留がそんなことを?・・・確かに伊豆に行った時、一緒に寝て欲しいってねだられたな・・・それで抱きしめて眠ったね・・・」
「葉留ちゃんは、今でも翼に求められたら応じるつもりらしいわ」
「え?い、いや・・・僕はそんなこと・・・しませんよ!」
「翼!今まではそう思っていたかも知れないけれど、今は、千五百年前の記憶が染着いているのよ。そしてその相手の顔は葉留ちゃんなのよ?」
「あ、そうか・・・僕が平常の状態なら大丈夫だけど、寝ぼけていたり、酒に酔っていたら、勘違いするかも知れないのか・・・」
「そうよ。だから私は心配しているのよ」
「わ、分かった。充分に注意するよ。でもさ。毎晩、三人の誰かと眠っていれば良いよね?」
「えぇ、必ずそうする様にしましょう」
帰って来て早々に、おかしな不安が巻き起こったのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!