4.翼のお役目
翌朝、目覚めると寝台に巫女たちは居なかった。
ただ、寝台の前に整列していたけれど。僕はちょっと驚き目を見開いた。すると巫女たちは僕が目覚めたことに気付き、笑顔となり、わらわらと寄って来た。
身体を起こして寝台に座ると衣を着せてくれた。そしてトイレを済ませ風呂場に行って顔を洗うと食堂へ案内された。
食堂には半分くらいの人が席に着いていた。月夜見さまはまだだ。きっと最後に来るのだろう。そして月夜見さまが来る頃には全員着席していた。
特に朝の挨拶をすることなく、月夜見さまが着席したのを合図に朝食が始まった。
『昨夜は良く眠れましたか?』
雨月夜さまが笑顔で話し掛けてきた。
『はい。お酒を飲んだせいか、すぐに眠ってしまいました』
『あら。では巫女とは目合っていらっしゃらないの?』
目合う?・・・あ!古事記に出ていたな・・・セックスのことか!しかし、それをいきなり聞いてくるなんて・・・
もしかして・・・この時代の神さまって・・・それしかやることがない?まさかね・・・でも・・・この屋敷って下界と隔絶されているよね・・・
『い、いえ、その様なことは・・・』
『まぁ、何故?』
『何故って・・・あのですね・・・千五百年後の世界は少し違うのです』
『男女は目合うことがないのですか?』
『いえ、ありますが・・・あ、あの。そのお話は、僕が天照さまにお話を伺ってからにして頂けないでしょうか?』
『天照さまに?そうですか・・・』
雨月夜さまは不思議そうな顔をしている。これはもしや・・・
他愛のない会話で誤魔化しながら朝食を済ませると、月夜見さまにお願いした。
『月夜見さま。この世界のことを天照さまにお伺いしたいのですが』
『分かりました。部屋でお待ちなさい。準備が整い次第、巫女を向かわせよう』
『ありがとうございます』
程なくして巫女が迎えに来た。巫女の後をついていくと、昨日と同じ部屋へ通された。ここは謁見の間の様なものなのだろう。例によってお茶を差し出された。広い部屋で一人、お茶を飲んでいると奥の間の襖が開かれた。
「翼、何か聞きたいことがある様ですね」
「はい。天照さま。この神の屋敷はどこにあるのですか?下界とは隔絶された場所なのでしょうか?」
「そうです。神星の私の月の都が雲で覆われ、下界から知られぬ場所にあるのと同じです。ここは高い山の上、常に靄で覆われています」
「下界の人間はここを知らず、入山することも許されません。完全に隔絶されています」
「では、璃月が言っていた、結婚ができず、兄弟で子を成すことになると言うのも本当なのですか?」
「本当です。他の神々から求めがあれば、娘を嫁に出すことはありますが、今、この時代ではその様な相手は居らぬのですよ」
「では、これから兄弟で子を成していくのですか?」
「月夜見は、娘たちに翼と子を成す様に言っていると思いますよ」
「天照さま。昨日、璃月にそれを言われました。僕はどうするべきなのでしょう?」
「娘たちに子を成してやってください。巫女にも」
「え?巫女にも?」
「翼。先ほど言った通り、ここは下界と隔絶されています。巫女も下界に戻ることはありません。ここで子を成すより他にないのですよ」
「だからと言って相手が僕でなくとも良いのではありませんか?」
「ここに居る者たちは、皆、神星に移住するのです。その始まりの民は月夜見の息子と翼の子たちなのです」
「えーっ!月の都の民は、蒼月、秀月、明月と僕の子から始まっているとおっしゃるのですか?」
「そうです。これから生まれる月夜見の息子も子を成していきますけれど」
「では、僕はここで一年間、せっせと子作りをするのですか?」
「そうです。他には言葉を教えるくらいしかやることはないですからね」
「それって・・・倫理的にどうなのでしょう?」
「倫理は不要です。翼がここで多くの子孫を残さないと、未来が変わってしまいますよ?」
「え?あ!そういうことなのですか!僕がこの時代に飛んで、子孫を沢山残し、その子孫たちが巡り巡って今の神星の人たちを成している。ということか・・・」
「翼だけではありません。月夜見の息子たちも多く生まれ、子孫を残すのです」
「あれ?ちょっと待ってください。僕の子が沢山産まれたら、その子供同士で結婚し、子を成すことになってしまうではありませんか!それは問題でしょう?」
「月夜見と八人の神たちの遺伝子は特別です。数代に渡って、近親婚をしたとしても問題は発生しませんから安心してください」
「えーっ、安心しろと言われても・・・僕がそんなに子を作るのですか?」
「神星へ転移させるのは、翼の子だけではありません。あとは地球の北に位置する国から、いくらかの人間を転移させますよ」
「転移させる?その人間たちはどうやって選ぶのですか?」
「そうですね。比較的温和な性格の家族を選びます」
「何故、北の地方なのですか?」
「神星の平均気温が地球より低いからです」
「あぁ、恒星からの距離が遠いのですね?」
「そうです。それで太陽からのエネルギーだけでは足りずに九人の神の力を使うのですよ」
「そうですか・・・では、下界を見に行くことは許されないのですね」
「この時代、神は余程のことがない限り、人に姿を見せません。残念ですが下界には降りないでください」
「分りました。他にやることはないのですか?」
「この時代の食事は翼の口には合わないでしょう?」
「え?何かあるのですか?」
「醤油と味噌の作り方は知っていますか?」
「え?あ。えーと・・・はい。分かります」
僕は昔見た日本の農業や食料品の本の知識を記憶から引っ張り出した。
「この時代でも大豆と麦、それに塩は手に入りますから、巫女と男手を使って作ってみてください」
「それも神星で受け継がれていく・・・のですね?」
「えぇ、後のアスチルベ王国へと受け継がれて行きますよ」
「では、それもやらなければならないことですね」
「えぇ、お願いします」
「分りました。因みに・・・子は何人くらい作れば良いのでしょうか?」
「月夜見の娘たちに最低でも一人ずつ。巫女たちにもです」
「巫女にもですか?」
「巫女の子たちが国を成す民となるのですからね」
「そういうことですか・・・」
「えぇ、月夜見の息子たちと協力して子を授けてください」
「それだと、すぐに取り掛からないと間に合いませんね・・・」
「えぇ、すぐにお願いします」
天照さまは全く表情を変えず、うっすらと微笑を湛えたままの顔で淡々と話すのだった。
「それは僕のお役目・・・ということになるのでしょうか?」
「そう硬く考えなくて良いのです。娘たちも巫女たちも、既に翼が好きなのです。求めに応じていけば良いだけですよ」
「そうですか・・・あ!あの、最後にひとつだけ・・・」
「何でしょう?」
「現代の僕の三人の妻は、千五百年前の記憶を全て取り戻すとおっしゃいましたよね?そうすると、僕がここで子を作り続けていたことも思い出してしまうのですが、それは大丈夫なのでしょうか?」
「翼が一年後に戻った後、子供たちと神星へ移住することも思い出すのですよ。それが無ければ神星の民がどうなるのかを知るのですから、怒りもしなければ、悲しむこともないですよ」
「あぁ、そういうものなのですね・・・確かにそうか・・・」
僕は漸く、腑に落ちた・・・気がした。
「分りました。できる限りのことをさせて頂きます」
「頼みましたよ」
そして自室へ帰ろうと廊下を歩いていると、廊下の向こうから月代が歩いて来た。
『翼さま、どうされたのですか?』
『月代さま。天照さまにこの時代のことを色々お聞きしていたのです』
『翼さま。私の部屋へ来てくださいませんか?』
『はい。何でしょうか?』
月代の後をついて部屋まで行くと、月代が自分と僕の巫女たちに何か話した。
すると巫女は一斉に廊下を足早に歩いて去って行った。つまり人払いした、ということか。
部屋に入るなり、月代は僕の腕に自分の腕を絡ませ、胸の膨らみを押し付けてきた。
『翼さま。お願いがございます』
『はい』
『子を成して欲しいのです』
『月代さま?子を成すってどうするかご存じなのですか?』
『はい。存じております。翼さま、私のことは月代と呼んでください』
『あぁ、ご存じなのですね。月代、僕が相手で良いのですか?』
『はい。翼さまが良いのです』
『そうですか・・・分かりました』
『まぁ!嬉しい!』
月代に手を引かれて寝台に入った。月代は千五百年後に結衣に生まれ変わる。だから躊躇する必要はない。だけど見た目は葉留なのだ。そこは大いに戸惑う。
でも、ここまで来て拒否もできない。僕は意を決して月代を抱きしめるとキスをした。
『うぷっ・・・まぁ!な、なにをなさるのですか!』
月代は驚いた顔で僕を真直ぐに見つめた。こうなると増々、葉留みたいだ。あれ?この時代はキスってないのかな?
『キスですが?』
『キス?』
『はい。子を成す行為にはつきものです』
その時、月代は声に出して言った。
「キス・・・」
「そう、キス」
そう言ってもう一度、唇を重ねた。
月代の顔は見る見るうちに紅く染まり、目はうっとりしていった。
「翼さま・・・」
「月代・・・」
月代の耳元で名前を囁いた。
『あぁ・・・翼さま、翼さま・・・なんて愛おしいお方・・・』
これって、念話じゃなくて、心の声か・・・でも念話にだだ漏れになっているな。でも可愛い。やっぱり結衣なんだな。心から僕を愛してくれる・・・
月代を包み込む様に抱きしめ、しばらくそのままでいた。
『翼さま?どうされたのですか?』
『月代。愛しているよ』
『愛している?』
『さっき月代も愛おしいって、言ったでしょう?それと同じです』
『え?私愛おしいなんて・・・』
『心の中で言ったつもりかも知れませんが、念話になっていましたよ』
『まぁ!そんな!』
『愛おしいと愛している。は一緒だよ』
『それでは、翼さまは私を愛しているのですか?』
『えぇ、愛しています』
『本当ですか?』
『本当です。愛しています』
そう言って、またキスをした。今度は深く、舌を絡めて離さなかった。
月代も夢中で抱きついてくる。本当に可愛い。そのまま衣を脱がせ身体中をマッサージした。
『あぁ・・・翼さま・・・そんなことを・・・気持ちいい・・・』
月代は僕に溺れていく。僕はいつの間にか結衣とする時と同じ様にしていた。でも、それが良かったみたいだ。月代は幸せに満ちた表情になっていた。
そして頃合いを見てひとつになった。
『月代、初めてなのでしょう?痛かった?』
『少しだけ・・・でも大丈夫です。これでどうするのですか?』
『今はまだ、痛いでしょうから馴染むまで少し待ちましょう』
『まだ、一緒なのですね・・・嬉しい』
『これからですよ』
『これから?』
僕は結衣のことを思い出しながら、月代を同一人物として愛した。
月代は絶頂を迎え、身体を震わせた。
『翼さま・・・私・・・幸せです』
あ。そうだ。月代は子が欲しいのだった。排卵しているかを見ずにしてしまったな。僕は身体を離し、卵管を透視した。やはり排卵はしていなかった。どうしよう、伝えた方が良いのかな?でもこれから排卵して受精する可能性もないこともないからな。
『月代。子は必ずしもこの行為一回でできるものではありません。今回できなければ何回かしてその内にできるものですよ』
『できるまでしてくださるのですね』
『そうですね。それと・・・月代の姉妹にも、そして巫女にも子をと天照さまに言われているのです。僕のお役目だと・・・それをどう思われますか?』
『それは当然のことです。こんなに素敵なこと、私だけ頂くことはできません』
『では、璃月や他の姉妹としても良いのですね?』
『はい。構いません。でも、また私ともしてくださいね』
『月代。またではなく、これからもう一度、しましょう』
「きゃっ!」
それから、巫女に声を掛けられるまで続けてしまった。いつの間にか昼食の時間になっていたのだ。
『月代、愛しているよ』
「あいしています・・・翼さま」
『凄い。もう言葉を覚えたのですね』
『もっと教えてください』
『えぇ、喜んで!』
やはり結衣と同一人物の月代への愛を止めることはできなかった。
食堂に二人で入ると、皆の視線が突き刺さった。二人は分かれていつもの席へ座った。
『翼さま、月代に与えてくださったのですね?』
『雨月夜さま。何故、分かるのですか?』
『月代の歩き方で分かります』
『あぁ、そういうことですか・・・はい。その通りです』
他の娘たちの視線が痛いくらいに僕に向いている。次は私。そういうことか。
『翼殿、天照さまから伺いました。お役目を了承頂いたとのこと。礼を言うぞ』
『僕にできることでしたら・・・お役に立てて嬉しく思います』
『次は私でお願いします。翼さま』
『璃月さま・・・分かりました』
『月代は先走った様ですが受け入れて頂き、感謝します。これからは長女から順にお願いします』
『分かりました』
『翼さま。姉君たちのこと、感謝致します』
『明月さま。別に感謝頂かなくとも・・・』
『僕ら弟たちが、姉君のお相手をしなくて済むのは良いことです』
真剣な表情を見れば、本心から言っているのが分かる。
『あぁ、それは・・・その通りですね』
『僕らは巫女の相手で忙しいですし・・・』
『そっちもありましたね・・・』
『翼さま、できましたら、姉君たちの巫女もよろしくお願い致します』
『え?僕の巫女も十二人居るのですよ?』
『翼さまならば身体も大きいし、大丈夫でしょう』
『えぇ、そうですね。是非、お願いします』
『秀月さままで、その様なことを』
『是非に!是非にお願い致します!』
『え?蒼月さままで?何故、そこまで?』
『十五歳になってから、もうずっとなのです。終わりが見えないのです』
『あの・・・ここに巫女は何人いらっしゃるのですか?』
『千人です』
『千!千人も居るのですか?』
確かに昨日、ここに着いた時、数え切れない人数の巫女が居たな・・・それにしても千人!
『それは確かに大変ですね』
『はい。ですから協力して頂きたいのです』
『そ、そうですか・・・』
『翼殿。翼殿は巫女を相手にするのは、娘たちに子を成してからで良いのです。まずは娘たちを・・・』
ちょっと待てよ・・・僕は一年しかここに滞在しない。五人の娘に一人ずつで五人。更に巫女千人の内、四分の一としても二百五十人か・・・これではサラリーマンと同じ様に働かなければならないな。
これはやはり、排卵を確認して効率良く受精させないと、彼らみたいに嫌になってしまうだろうな・・・
僕は皆の食事が終わって、お茶を飲み始めたのを確認してから提案をしてみた。
『あの・・・ひとつ提案があるのですが・・・』
僕としてもセックスが嫌いになるのは避けたいのだ・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!




