3.神の国
千五百年前の世界にタイムスリップし、一年暮らすことになってしまった。
「でも、天照さま。この時代の人たちとは言葉が違うので念話でないと話せないのです」
「そうですね。これから翼が現代の日本語を教えるのです」
「僕が日本語を教える?現代の日本語を教えてしまって良いのですか?」
「ここに居る者たちは、神星へ移住するのです。翼が現代の日本語を教えるから、神星の言語は全て日本語になったのですよ」
「えーっ!そうだったのですか・・・僕が教えたから・・・」
僕は驚きのあまりしばらく動けず、消化できないものを頭の中でぐるぐる考えていた。
気がつくと、僕の後ろには月夜見さまたちが整列していた。
『天照さま。この方とお話ししても良いのですか?』
『月代、構いませんよ。翼はこれからしばらくここで暮らします。皆、仲良くするのですよ』
『天照さまと翼さまのお話されていた言葉は変わっていますね』
『元になっている言葉は同じですよ。皆も翼から言葉を習うと良いですね』
『教えて頂けるのですね?』
『えぇ、しっかり勉強するのですよ』
『はい。天照さま』
『翼さま、言葉を教えてくださいませ』
『はい。分かりました。あなたは月代さまですか?』
『はい。月代です』
『璃月さまは?』
『私の名前をご存じなのですか!』
『はい。先の世界から来ていますから。あと、羽月さま、月花さま、光月さまに蒼月さま、秀月さま、明月さまですね』
娘は八人居たが、まだ五人しか生まれていない様だ。息子も今は三人だが、今後あと五人生まれる筈だ。家系図に名前があるのだから。
『あの・・・申し訳ないのですが、皆さんお顔が似ていらっしゃるので、誰が誰なのか分からないのです。皆さんはどうやって見分けていらっしゃるのですか?』
『それは私がご説明差し上げましょう』
天満月さまが一歩前に出て、整列している子供たちを紹介してくれる様だ。
『長女の璃月は一人だけ顔が違うので分かりますね?十七歳です。次女の羽月は十六歳。口が他の子よりも大きめ。三女の月花も十六歳、眉が少し太いのです。四女の月代も十六歳、唇の左端にほくろがあります。五女の光月は十五歳、他の姉妹より背が低く、鼻が少し小さいのです』
僕は言われる特徴の部分をしっかり見て、頭に記憶していった。言われてみれば確かにそれが特徴となっていて、一人だけ見ても分かる気がしてきた。身長は皆、百七十センチメートルを超えているが、末娘の光月だけ三センチメートル位低い。
『息子たちは皆、十五歳です。蒼月は眉が太いですね。秀月は目が少しだけ細く、明月は鼻の左側にほくろがあるのです』
息子たちは、まだ身長が伸びきっていない様だ。僕よりも明らかに低く、百八十センチメートル位だ。子供たちは皆、プラチナシルバーの髪に青い瞳をしている。
『なるほど、言われてみれば違いますね。これで区別ができそうです』
『翼さまは、歳はおいくつなのですか?』
『僕は二十歳です』
『では、皆のお兄さまなのですね。色々と教えてやってくださいまし』
『はい。僕でよろしければ喜んで』
ひとつだけ困ることがある。女性が着ている衣装が実に簡素な布なのだ。恐らく絹なのだろうが、長い絹の布地をふんわりと身体に巻き付けているだけ。といった感じなのだ。巫女の衣装の方が余程しっかりしている。
生地が薄いし白だから色々と透けて見えてしまっているし、あちこち隙間だらけで無防備この上ないのだ。
でも、娘たちの顔が葉留に似ているから、かろうじて理性を保っていられるけれど・・・
『翼殿、天照さまから経緯は伺いました。天照さまの求めに応じてここへ来てくれたのだね。そして一年は帰ることができないとか?』
『はい。乗って来た船の電気が足りないのです。それが届くまでこちらでお世話になります』
『いつまで居ても構わぬよ。女たちには身の回りの世話をさせる。いつでも好きな様にして良いぞ。娘たちには子を授けてやって欲しい』
『え?子を授ける?いえ、女性は求めておりませんので』
『何?女は要らぬのか?だが世話は必要だ。遠慮することはない』
『はぁ。そうですか・・・』
『長旅で疲れておろう、夕食の支度ができるまで休んでおれ』
『はい。ありがとうございます』
僕は巫女に手を引かれ部屋へと案内された。その部屋は寝室の様だ。これから僕が使う部屋になるらしい。
ベッド、いや、寝台というのだろうか。それがとても大きい。月の都で使っているベッドはキングサイズという大きさで、三人で寝ても余裕がある。だが、この寝台はそれより更に大きいのだ。一体、何人一緒に眠れるのだろう。一人では寂しくなる感じだ。
部屋の奥にはトイレと風呂がある。水道の蛇口は無いので、きっと女中が水瓶かなんかで運んでくれるのだろう。トイレもトイレットペーパーなんて無いから、終わる度に洗うということだろうな。
一通り部屋を眺めてテーブルの前にある椅子に座ると、巫女がぞろぞろと入室して来た。
その数、十二人。そして二人の巫女が僕の衣装らしい衣を持って来た。
その衣を僕に見せて微笑んでいる。これに着替えてくれということか。ここで一年暮らすのであれば、こちらの生活に慣れなければならない。衣装も提供されるものを着るしかない。
僕が立ち上がると、巫女たちが僕に群がり始め、あれよあれよという内に全て脱がされ、裸にされてしまった。
自分でできると言ったところで僕の言葉は通じない。これが彼女たちの日常であり、仕事なのだからとなすがままにされてみた。
すると、十二人の巫女たちの動きが止まった。明らかに僕の身体を上から下まで舐め回す様に見ている。あーもう。どうにでもなれ!そう捨て鉢になり、好きにさせた。
漸く、品定めが終わった様で、衣を着せてくれた。しかしこれ、透け過ぎていないだろうか?大事なものがうっすらと見えていると思うのだが・・・果たしてこれで良いのだろうか?一年か・・・これに慣れないといけないのか・・・
お茶を飲んでいたらトイレに行きたくなってきた。僕は立ちあがりトイレに向かうと巫女が四人ついてきた。
「あの・・・トイレ・・・したいのですけど・・・って言っても分からないよね?」
すると、二人の巫女が僕の衣をしたから巻き上げる様にたくし上げた。
あぁ、このまましろということなのか・・・はぁ。参ったな。この若さでトイレを介助されるとは・・・
している間、巫女たちはじっと見つめている。もうあまり考えない様にしよう。
終わるとお湯を掛けてきれいにしてくれるのだが・・・巫女が手の平を下から添えてお湯で洗い流すのだ。つまり直接触られている。これが当たり前な世界って・・・
そして退屈な時間がやって来た。巫女たちとは言葉が通じないし念話もできない。皆、笑顔で僕を見つめている。これはこれで辛い。
そうだ。璃月さまに念話で話し掛けて、庭でも案内してもらうのはどうだろう?
『璃月さま。聞こえますか?』
『おや。翼さま。如何されましたか?』
『いや、部屋に居てもすることが無いのです。庭などを見せて頂くことは可能ですか?』
『ではすぐにお迎えに上がります』
『ありがとう』
それから数分後、璃月さまが巫女を伴って僕の部屋へとやってきた。
『翼さま。お待たせしました』
璃月さまは、扉が開かれると僕の姿を上から下まで舐める様に見つめ、股間で視線が固まった。やはり男女を問わず、そこを確認するのだな。
『では、翼さま。参りましょうか』
『はい。璃月さま』
『あの・・・翼さま。私のことは璃月と呼んでくださいます様に』
『え?あ、はい』
『あの、ここでの生活は全て巫女がついているものなのですか?』
『はい?巫女が居ない生活というものが分からないのですが・・・』
『あぁ、そういうものなのですね』
『巫女がお嫌なのですか?』
『嫌というか、慣れないので戸惑っているのです。言葉が通じませんし・・・』
『あら?翼さまは心が読めないのですか?』
『あ!そうでした。心を読めば、少なくとも相手の意志は分かりますね。忘れていました』
『あとは翼さまが巫女に言葉を教えて下さいませ』
庭園に出ると二人の後を巫女たちが長い列を作ってついてくる。見慣れない光景だ。
『璃月、それではこれから僕は、念話で話し掛けながら口では僕の世界の言葉で話し掛けますから、少しずつ発音に慣れていってください』
『かしこまりました』
『璃月は天照さまから僕のことを何か聞いているのですか?』
『天照さまからは伺っておりませんが・・・』
『月夜見さまから何か言われているのですか?』
『はい。翼さまの子を成しなさいと・・・』
『え?僕の子を?どうして?』
『ここには私たちのお相手が居ないからです』
『お相手がいない?』
『私たちの身分に合う殿方がこの辺りにはいらっしゃらないそうなのです』
『え?それで僕?だって僕は一年後には元の世界へ帰ってしまうのですよ?』
『構いません。私たちは生涯ひとりのまま生きて行くか、兄弟で子を成すと思っておりましたから』
『そ、そんな・・・』
『翼さまは私がお嫌ですか?』
『そんなことはありません・・・が・・・』
困ったな。嫌な訳はない。千五百年後には結婚するのだから。でもそれを言ってはいけないのだろうな・・・
璃月と庭園を散歩した後、程なくして夕食の時間となった。
巫女に案内されて大きな食堂に通された。そこには天照さま以外の皆が揃っていた。テーブルには上座に月夜見さまが、そこから右側には妻八人が、左側には子供たち八人が並んでいた。
僕の席は月夜見さまの真正面のテーブルの端に用意されていた。僕の隣は詩織お母さまの前世の雨夜月さまとその息子の明月だった。どうやら天照さまは同席しない様だ。
メニューは一見豪華に見えるが、実は質素だ。焼き魚に煮物や漬物。それにご飯は何だか良く分からない米だ。古代米かも知れない。味噌汁は無い。醤油などの調味料も無い。
当然ながら、味は自然の素材の味そのものだ。まぁ、そんなものだろう。かろうじて塩味だけは少しあったのが救いだ。
油とか濃い調味料や香辛料が無い。身体に有害なものが無いのだ。これは、この一年で僕の身体は相当な健康体になるのではなかろうか?そういえば、この屋敷の中で太った人など一人も見ていない。
まぁ、千五百年前の食事を体験できるなんて、それは貴重なことだ。ただ、一年続くのはどうだろう?
あ!ここにはチョコレートが無い!甘いものなんて無いのだろうな・・・残念だ。
食事には酒が当たり前の様に出された。この時代には年齢制限は無いのだろうか?
『雨夜月さま、この時代ではお酒は何歳から飲めるのですか?』
『十五歳からです。ですがこの「口噛みノ酒」を飲めるのは神だけです』
『口噛みノ酒?それって・・・確か神に捧げるための酒で、炊いた米を巫女が口の中で噛み、唾液に含まれる酵素で糖化して野生酵母により発酵させるっていう・・・』
『良くご存じなのですね』
『千五百年後の世界にはもう無いのですが、言い伝えとしては記録が残っています』
『では、お召し上がりください』
雨月夜さまが巫女に声を掛けると、巫女が盃に酒を注いでくれる。少し白く濁りのある酒だ。あまり考えずに飲んでみよう。
ぐいっと一気に飲んだ。すると米のほのかに甘い香りが鼻を抜け、喉を通るとアルコールが通過する感覚がある。でもそれ程強い酒ではない様だ。不味くはない。
『如何ですか?』
『そうですね。結構飲めるかも知れません』
『それは良かった。さぁ、もう一杯』
そこからはエンドレスで注がれ続け、結構飲んでしまった様だ。強い酒ではないとしても量を飲んでしまえば酔ってしまう。
地球でも二十歳になって以降、まだお酒は少ししか飲んでいないから余計だ。最後の方は何を話したか分からない程に酔っていたかも知れない。
巫女に案内されて自室へと帰った。部屋へ入るとそのまま風呂へ連れて行かれ、衣を脱がされた。
円形の湯船には既にお湯が張ってあった。巫女に促されるまま湯船に浸かると、二人の巫女が衣を脱ぎ、裸で湯船に入ってきた。
「え?何?何で一緒に入るの?」
僕の言葉は通じない。一方的に身体を密着させ、僕の身体を二人で洗い始めた。
あぁ、そういうことか・・・一緒に入って洗うのね・・・って、これ相当に刺激的なんだけど・・・
巫女は一般的な日本人だ。しかも選抜されているのだろう。皆、若く美しい女性ばかりであることに今更、気付いた。
こんなに美しい女性に裸で身体中を弄られる様に触られているのだ。これは不味いな・・・我慢できるだろうか・・・いや、できる訳がない・・・
快感に抗うことができず、どんどん反応してしまう。
お酒も入っていて思考が追い付かない。されるがままに快感を貪ってしまった。そして湯船から出ると身体を拭かれ、裸のまま寝台へ連れて行かれた。そこには既に裸の巫女数名が布団を温めて待っていた。
僕は風呂の中であんなことをされてのぼせ気味だ。お酒も入っているからふらつく様に寝台へ倒れ込んだ。
すると巫女たちが裸の身体を密着させて僕の身体を温め始めた。僕は頭の中だけは冷静に保ち、自分から手を出すことはせず、ただ身を任せた。
ここは神の世界だ。たった一年しか滞在しない僕が、千五百年後の世界と比較して、どうこう言う立場にはないし、ここで何かを言って文化や仕来りを変えてしまう訳にもいかない。僕はお客人なのだから。
巫女たちは入れ替わりで僕を温め、マッサージの様なことをしてくれているみたいだった。見方を変えれば愛撫されているとも取れるけど・・・実際にお風呂の続きをしている巫女も居た。
でも、巫女の方からセックスをして来る者は居なかった。あくまでも奉仕の様だ。でも僕がしたくなってしてしまえば受け入れてくれるのだろうな・・・しないけど。
そうだ。そう言えば、璃月は僕の子が欲しいと言っていた。それってどうなのだろう?他の四人の娘も同じなのだろうか?子を作って良いのだろうか?
うーん。璃月と月花、月代は良いのかな・・・来世でも結婚するし、子も作るから。でも、羽月はアネモネだから駄目だよね?光月もそうだ。来世で誰になっているのか分からないけれど・・・
いや、そうなのか?この時代と千五百年後の世界は別だよね。そんなあちこちに子を残すのってどうなんだ?何だか混乱するな・・・分からないよ。
あ!そうだ。天照さまに相談すれば良いんだ。もう、今夜はこのままでいいや。明日考えよう。
そして僕は巫女の愛撫に心地よくなりながら眠りに落ちた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!