2.天照さまの策略
僕は天照さまに言われるがまま、千五百年前の地球へ飛んだ。
「シュンッ!」
「ここは・・・どこなんだろう?どこか山の中なのだろうか・・・辺り一面、霧が掛かっていて景色が良く見えないな・・・」
小型船は無事目的地に着いた様だ。座標は天照さまが入力した地点を示しているし、年も千五百年前で合っている。船は反重力装置によって空中に浮かんでいる。
「あ!警告灯が点灯しているじゃないか!これは・・・え?嘘!バッテリーがほとんど残っていないぞ。千五百年前に飛ぶためには、これ程までに電気を消費するのか!」
「これでは帰れないじゃないか!どうしよう・・・この世界に電気などある訳がないし・・・これは大変なことになってしまった・・・」
僕は冷静になろうと、しばらく辺りを見渡していると地上がうっすらと見えてきた。
「あぁ、真下に大きな屋敷があるな。あれが天照さまのお屋敷なのかな?」
僕はゆっくりと高度を下げて屋敷の庭へと降りて行った。
すると屋敷の使用人と思われる巫女たちが、こちらを見上げて大騒ぎを始めた。
「これは大変だ。この時代に空を飛ぶ乗り物なんてある訳がないものな・・・降りたらいきなり刀で斬り付けられるのではあるまいか?これはすぐに降りずに様子を見た方が良さそうだな」
屋敷の庭に巫女たちが勢揃い・・・いや、なんだこの人数は・・・こんなに沢山の巫女が居るのか・・・流石、天照さまだな。
数えることができない程の人数が庭に出てこちらの様子を窺っている。
巫女は皆、神星の月の都に居る巫女と同じ衣装を着ている。白衣の上着に緋袴だ。でも、生地の風合いはもっと原始的なものに見える。
すると、その騒ぎを聞き付けたのか警備担当と思われる屈強そうな男たちが薙刀の様な武器を持って現れた。だが、すぐに襲い掛かって来る感じではない。彼らも驚き過ぎて動けないのかも知れない。
僕も驚いて皆を見回していると、屋敷の縁側に人が出て来た。その人数も多い。男性が四人と女性が十三人だ。横一列にずらっと並んでこちらを見ている。
その中の一番背の高い男性に見覚えがある。お父さんと同じ顔だ。間違いなく月夜見さまだろう。その隣には琴葉お母さまと同じ顔の女性が居る。天満月さまだろうか。
だが、その二人の両側に居る、あと七人の妻たちは同じ顔だ。それも僕のお母さんと同じ顔をしている。これはどういうことだろうか・・・
更に驚くのは、その子供たちと思われる人たちだ。親が同じ顔だから当たり前なのかも知れないが、子供も女性は皆、同じ顔・・・と思ったが、一人だけ少し違うかも知れない。
天満月さまだけは琴葉お母さまの顔だから、その娘の璃月さまだけはちょっと違う様で、月葉お姉さまにそっくりだ。
そして他の娘たちは葉留に似ている。それはそうなるだろう。お父さんとお母さんの顔が僕と葉留の両親と同じなのだから。そして息子三人の顔は、やはり僕に似ているのだ。
月夜見さまたちの登場で巫女たちのざわめきが収まった。
警備担当と思われる男たちは警戒したまま動かないでいる。月夜見さまの指示待ちなのだろう。
僕は意を決して船を降りることにした。
ドアを開くとそれだけで皆が声を上げ、一歩後ろへ下がった。
「おぉ・・・」
僕は船の中に立って月夜見さまを真直ぐに見つめた。
「初めまして。驚かせて申し訳御座いません」
「・・・」
「おぉ・・・」
巫女たちは僕が声を出したことに驚いて声を上げたが、肝心の月夜見さまたちは無反応だ。
あれ?もしかして、言葉が通じていない?そうか!千五百年前の言葉は、現代の日本語とは全く違うのだよな。それならば念話で話せば良いか。
『初めまして。驚かせてしまい申し訳御座いません。私は天照の息子で翼と申します』
『何?天照の子だと?其方がか?』
『はい。この乗り物に乗って千五百年先から参りました。私の父は、あなたさまが千五百年後に生まれ変わった時の月夜見さまです』
『な、なんと・・・千五百年先から来た・・・そして私が千五百年後に生まれ変わった時の息子だと申すのか?』
『はい。その通りです。こうして念話でお話しできますし、顔が似ていると思われませんか?』
僕は空中浮遊をしながら船を降りた。
『おぉ、その様に神の力も有しておるのか。確かに息子たちと同じ顔をしている・・・これは信じない訳に行かぬな』
『ところで其方、何故、私の名を?』
『天照家の家系図があるのです。月夜見さまの妻は、天満月さま、三日月さま、夕月夜さま、星月夜さま、十六夜月さま、朧月夜さま、暁月夜さま、雨夜月さまの八名いらっしゃいます』
『うむ、その通り、ここに居る八人の妻は、其方が言った通りの名だ。では本当なのだな』
『では、其方を客人として迎えよう』
『ありがとうございます』
月夜見さまは巫女の一人に声を掛け、何か話していた。その巫女は僕に近付くと、黙って行く先を手で示し案内を始めた。
僕はそのままその巫女について行った。玄関に回り、長い廊下を幾度か曲がって大きな部屋へ通された。あれ?この建物って・・・月光照國の宮殿と似ているな。
その部屋には、赤い雅な装飾を施された木製の椅子が壁沿いに幾つか置かれていた。巫女に笑顔でそのひとつを示され僕は座った。
するとすぐにお茶が運ばれてきた。巫女が僕の両脇に立ち、一人が湯飲みを乗せた受け皿を持っている。その受け皿ごと僕の前に差し出された。僕は湯飲みを持って一口飲むとすぐに受け皿を差し出された。
あぁ、こうして僕がお茶を飲んでいる間ずっと、この巫女は横に立っているのだな。この時代はここまで神に尽くすのか・・・
そうこうしていると、別の巫女二人が奥の襖を開いた。
その奥の部屋のまた奥の椅子に見覚えのある人が座っていた。
「翼、無事に着いたのですね」
「え?言葉が通じるのですか?念話ではないですね」
「さっき、話していたではありませんか。翼の研究室で」
「えーっ!始祖の天照さま?え?どういうことですか?」
「そう焦らずに。ゆっくり説明しましょう」
「説明?」
僕は混乱した。つい数十分前、神代重工の研究室で「千五百年前へ行ってこい」と言った本人がその千五百年前の世界に居るのだ。全く訳が分からない。
「私は翼に異次元空間移動装置を創り出してもらう様に仕向けていたのですよ」
「仕向けていた?つまり僕は天照さまの思い通りに動かされていたのですか?」
「そういうことです」
「え?いつからでしょうか?」
「翼の母、瑞希を生んだところからです」
「お母さまを生んだ?え?天照さまがお母さまを生んだのですか?」
「そうです」
「え?アルカディアで生まれたのでは?お父さまは誰なのですか?」
「私は父を必要としません。私だけで子を成せるのです。ここに居る月夜見と八人の妻も私一人で産んだのです」
「あ!だからこの時代の月夜見さまとその妻たちが皆、似ているのですね?」
「そうです。天満月以外は、瑞希と同じ顔ですね」
「では、アルカディアのお母さまの両親は誰なのですか?」
「あぁ、その両親の子と瑞希を生まれた瞬間に入れ替えたのです。その時の子は私の月の都で侍女となって幸せに暮らしていますよ」
「そうですか・・・それで何故、天照さまはここにいらっしゃるのですか?」
「翼が創った異次元空間移動装置で今より更に四十年程前に飛んだからです」
「え?僕の創った装置で?何故、そんなことを?」
「神星に人が住める様にするためです」
「人が住める様に?え?オービタルリングと低軌道エレベーター、それに地磁気を発生させる装置を設置するため・・・ということですか?」
「流石は翼ですね。神星にそれをもたらしたのは翼の異次元空間移動装置なのです」
「神星のイノベーターでは創り出せなかったのですか?」
「千五百年前のこの時代にはイノベーターも科学も存在しないのですよ?」
「あぁ、それはそうですね」
「翼の両親たちは神星に千五百年前からオービタルリングや低軌道エレベーターがあることに誰も疑問を持ちませんでしたね」
「そう言えば、お父さまからは何も聞いていません。不思議に思わなかったのですね」
「えぇ、地球での直前の記憶しかなかったので、神星という異世界の存在に驚いてこの矛盾に気がつかなかったのでしょう」
「あれ?でもおかしいな?僕が異次元空間移動装置を完成させる前から、既に神星にはオービタルリングも地磁気発生装置も有ったではありませんか」
「気がつきましたか。流石、翼ですね」
「天照さまは、異次元とか異世界には転移できるのですね?」
「えぇ、できますよ」
「では、イノベーターはオービタルリングや地磁気発生装置を生み出せたのですね?」
「そうです。ですが、それができたのは百年前のことです」
「え?神星の歴史は千五百年あるのでは?天照家の家系図もありましたよ?」
「そうですね・・・翼が秘密を守ると約束できるならば教えましょうか。聞きますか?」
「えぇ、聞きたいです。秘密は守ります」
「始めの神星の歴史は百年しかなかったのです」
「始め?え?良く分かりません」
「地球の西暦千七百年頃から私がイノベーターたちを創り、転生を繰り返させ二百年後に反重力装置、オービタルリングと低軌道エレベーターそれに地磁気発生装置を創りました。そして地球の保険の世界を築き始めたのです」
「それが今から百年前なのですね?」
「そうです。ですが、その世界が形となる前に地球が瀕死の状態となってしまったのです」
「高度成長期から現在までということか・・・」
「これでは間に合わないという時、其方が異次元空間移動装置を完成させたのです」
「僕が・・・いや、前世の僕が・・・ですね?」
「私は丁度良い機会だと考え、神星を一度リセットし、千五百年前の私が転生するタイミングからやり直すこととしたのです」
「それで、千五百年前にそれらを移設したのですね?」
「そうです。それが二度目の神星の始まりです」
「その二度目が現在進行形なのですね?」
「そうですね。私にとって現時点は三度目となるのですが」
「え?あ。そうか。天照さまは一度、千五百年の時を神星で過ごし、お父さんや僕を導いたのですね・・・あれ?でもそうするとまた、同じ千五百年を生きるのですか?」
「それは一つの世界線に過ぎないのです。翼が知る必要はありません。翼は私の前の身体が築いた世界線の延長を生きるのです」
「そうですか・・・何だか混乱するな・・・あ。そうだ!僕が反重力装置やオービタルリング、それに異次元空間移動装置を創り出せたのは前世の記憶があったからということですか?!」
「そうですね」
「その前世の記憶を引き出すのに望の能力は関係していますか?」
「あぁ、異次元空間移動装置を創るのには苦労していた様ですね。天満月の娘の璃月、今は望でしたね。望にはセックス中の相手の脳を活性化させる能力があります」
「それで、朧気だった回路がはっきりと浮かんだのですね?」
「そうです」
「やはり、望が居なければ完成できなかったんだ・・・あ!」
「どうしたのですか?」
「その異次元空間移動装置なのですが、ここに飛ぶのに電気を使い果たしてしまったのです。このままでは帰れないのです!」
「大丈夫ですよ」
「この時代に電気があるのですか?」
「電気などありませんよ」
「では、僕はどうやって帰れば良いのですか?」
「そのうち、充電器が送られて来ますよ」
「そのうち?それっていつですか?」
「一年後です」
「一年後!僕はこのまま一年、ここで暮らすのですか?」
「そうなりますね」
「それは困ります!」
「困る?何が困るのですか?」
「え?だって、プロジェクトがあるし、息子の蓮だって居ます。皆が心配するではありませんか!僕は誰にも何も言わずにここへ来てしまったのですよ?」
「プロジェクトは結衣や新奈が進めますから心配要りません。それにここで一年暮らすということは、将来翼の妻となる三人と一緒に暮らすことになるのですから」
「あぁ、まぁ、プロジェクトはそうですね。一年後の低軌道エレベーターの着工までは、今のまま進めるだけですから結衣でも分かっています。でも、妻たちの前世の三人と一緒に暮らすことは関係ないのではありませんか?」
「あの三人が前世の記憶を取り戻すのですよ。そうすれば前世で翼と一年間、共に暮らしたことを思い出すでしょう?」
「あ。そうか。記憶が全て戻れば、僕が異次元空間移動装置でここに来て、一年間一緒に暮らしたことも思い出して、僕の居場所と居た期間が分かるのですね」
「そうです」
「でも、今は両親の顔と名前くらいしか思い出していなかったのですが?」
「これから思い出すのですよ」
「では、思い出して僕が一年後に戻ることが分かれば安心してもらえるのですね」
「そうです。充電器が届くことも分かるので、その時を待つでしょう」
「そして、一年後に充電器を送ってくれるのですね」
「えぇ、だからここで待てば良いのです」
「あ!いや、天照さま。異次元空間移動装置の充電池が届いたら、僕がここへ来た日に戻れば良いではありませんか!」
「勿論、それは可能です。ですが残された翼の妻たちにとってもこの一年は重要な意味を持つのですよ」
「一年間僕を待ち続けることが必要だということですか?!」
「そうです」
あー、まんまと天照さまの策略にはまってしまった。とんでもないことになったな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!