26.十八歳の誕生日
新奈、徹、巧の大学受験が迫っていた。
望と美樹先輩の時と同様に僕が新奈と巧の講師を務める。徹は葉留から個人指導を受けており、もう合格圏だと余裕を持っていた。
結衣は担任の先生から進学しないのかと再三迫られていた。本来なら先生と保護者を入れた三者面談をする場に結衣と一緒に僕が出席した。
「あら?九十九さんの保護者は結城君なの?九十九さんの進路の話なのよ?」
「はい。本当は卒業まで隠し通す予定だったのですが、それでは結衣の進路が明らかにできず、先生も困ると思ったのです」
「え?それはどういうことかしら?」
「結衣は卒業と同時に僕と結婚するのです」
「え?結婚?そ、それは・・・」
先生は急にそう言われて思考がフリーズしてしまった様だ。難しい顔をして考え込んでしまった。
「ちょっと待って。そう言えば、結城君も進学しないと言っていたわね?就職するということかしら?」
「まぁ、そう言っても良いでしょうか。僕は研究を続けるのです」
「え?研究だけ?それでどうやって九十九さんを養っていくの?」
「先生。実は前にお話しした反重力装置は既に完成しているのです。そして、それを装備した宇宙船がオービタルリングを建造しているのです」
「え?えーっ!嘘でしょう?あれって結城君が造ったの?」
「先生。今、日本と世界が進めているプロジェクトのリーダーは翼なのです」
先生はそう言った結衣の顔を見つめ、目をパチクリとさせて動かなくなった。
「ちょっと驚きますよね。驚きついでに言ってしまいますけれど・・・僕はあの天照さまの息子です。ですから、これからも世界のために働かなければならないのです。結衣は僕を支えるために妻となってくれるのです」
「先生。このことは人に話しては駄目ですよ。先生を異世界送りにしなければなりませんから」
「ひ!ひーっ!」
先生は血相を変え、変なところから声を出して両手で口を押えた。
「先生。冗談ですよ!落ち着いて。異世界送りになんてしませんから。でも本当に他人には話さないでくださいね」
「え?何が冗談なの?結城君は神さまなの?」
「先生、それは本当です。翼は神の子で、天才科学者です」
「ほ、本当なのね?」
「信じられないですか?では、これでどうですか?」
「きゃーっ!」
先生を天井近くまで空中浮遊させてみた。僕と結衣も座った姿勢のまま浮かんで天井近くで目線を合わせた。
「ほ、本当なのね!凄いわ!」
「信じて頂けましたか?だから僕は進学せず、神代重工や政府と共にこのプロジェクトを進めて行かなければならないのですよ」
「わ、分かったわ。で、でも校長先生にどう説明したら・・・」
「あぁ、それは困りますよね。それでは校長先生だけには話しても構いませんよ」
「え?良いの?助かるわ!」
「でも校長先生に他言しない様に念を押してくださいね」
「分かったわ、話したらロシアの大統領みたいに異世界送りにされるって言っておくわね」
「ふふっ。そうですね」
オービタルリングの建造が始まり、プロジェクトは順調に進んだ。
その落ち着きの中、八月に入ってすぐ、新奈に呼び出され彼女の部屋へと飛んだ。
「新奈、今日はどうしたの?」
「今月、翼も私も十八歳の誕生日が来るのよね?」
「あぁ、そうだったね。プレゼントは何が良い?」
「特に欲しいものはないの。でも誕生日は翼と夜を過ごしたいわ」
「あ!あぁ・・・そういうことか・・・ごめんね。ずっとプロジェクトにかまけていて新奈たちを放っておいた様なものだったね」
「翼、あなたを責めている訳じゃないの。プロジェクトは自分たちのものでもあるのですから。そうじゃなくて・・・分かるでしょ?もう十八歳の誕生日なのよ?」
「え?あ!そういうこと?」
「そういうこと」
新奈は僕を真直ぐに見つめ笑顔になった。
「分かったよ。では、プランを立てるから僕に任せてくれるかな?」
「嬉しい!全てあなたにお任せするわ」
そういうことだったか。もう僕たちは十八歳になるのだな。
神星では兄弟はほとんどが十五歳で結婚して子を作っている。でも地球では十八歳が成人だ。それを良いことに僕は三人の婚約者を放置してプロジェクトに没頭していたのだ。
これは新奈だけではないな。この後、結衣も十八歳の誕生日を迎える。望に至っては遠慮していたのか何も言って来なかったから十八歳の誕生日は過ぎてしまっている。
彼女たちに最高の思い出を作ってあげたい。さて・・・どうしようか。
新奈の誕生日を迎えた。僕は新奈の部屋へ迎えに行った。
「シュンッ!」
「あ。翼!」
「新奈。素敵な衣装だね。とっても素敵だよ」
新奈はファッションモデルそのものの様なスタイリッシュな衣装を着ていた。
「どこへ行くのか分からなかったから、オーソドックスなものにしたの」
「ごめんね。前もって言ってしまったらサプライズにならないからね」
「まぁ!サプライズなのね?」
「新奈。さぁ、出掛けようか」
「もしかして瞬間移動するの?」
「そうだよ。では目を瞑って。いいよって言ったら目を開くんだよ」
「ちょっと怖いわ」
「大丈夫。僕を信じて」
「えぇ、信じているわ」
「では行くよ」
「シュンッ!」
「目を閉じたまま歩いてくれるかな?僕が誘導するからね」
「えぇ、何だかとても静かなところね・・・」
「さぁ、いいよ」
「うわぁ!」
新奈は叫んだ後、言葉を失った。新奈の眼下には地球が碧く大きく輝いていた。
「ここは・・・宇宙・・・なの?」
「そうだよ。オービタルリングのステーションだよ」
「え?ここってもう完成していたの?」
「ステーション自体は完成したものを宇宙の軌道へ上げただけだからね。ここは全て稼働しているし、既に接続済みのリングでは発電もしているんだよ」
「そうだったのね・・・凄いわ。テレビで宇宙からの映像は観たことがあったけど、本物はこんなにも美しいのね!」
「そうだね。地球は本当に美しい星だね」
「え?ここに来ても良かったの?」
「ふふっ、誰に許可を得ると言うの?これは僕が造ったものだよ」
「あ!そうだったわね。翼、凄いわ!これが誕生日プレゼントなのね!」
「喜んでもらえたかな?」
「ありがとう!翼って最高!」
そう言って新奈は僕に抱きついてキスをした。
「それではステーションを案内するよ。ここは最上階にある僕らのプライベートな居住区なんだ。一般の人は立ち入りできないスペースで、あらゆる方向が見渡せる様に複数の展望サロンがあるんだよ。その他に寝室、食堂と厨房があるよ」
「新奈さま、いらっしゃいませ」
「あ!あなたは・・・」
「神星の月の都のクララだよ。夏休みに入って学校の送迎が不要になったからね。セバスは家に居てもらって、クララに今日だけここへ来てもらったんだ」
「アンドロイドってことね」
「今日は一泊するからね。僕たちのメイドをしてくれるんだよ」
「では、ここはホテルと同じ様に過ごせるのね?」
「そうだよ。僕と新奈だけで地球や星を見て過ごすんだ」
「あぁ、なんて素敵なの・・・」
「では、まずはサロンで珈琲でも飲もうか。地球側と宇宙側のどちらが良いかな?」
「そうね。やっぱりまずは地球を見たいわ」
「では、こちらへどうぞ」
クララに案内された展望サロンへ入る。その部屋にはゆったりと座れるソファが置いてあり、座ったままで大きな窓から地球が望める様になっていた。
クララが珈琲を淹れてくれて、夕食の時間を告げて下がっていった。
僕たちはソファに深く腰掛けると、黙って地球を眺めた。
新奈が僕にもたれ掛かり、僕の首筋の匂いを嗅ぎながら首にキスをして来た。
そうやって眼下の地球が夕刻になるまでふたりだけの時間を過ごした。
「翼さま、新奈さま。お食事のご用意が整いました。食堂へどうぞ」
「クララ、ありがとう」
二人で食堂へ入ると、テーブルにふたりが並ぶ形で席が用意されていた。
目の前は大きな窓となっており、刻々と夜の時間へと移って行く地球が見下ろせた。
シャンパングラスにペリエを注いで乾杯した。
「新奈、誕生日おめでとう!」
「ありがとう。翼!」
「キンッ!」
「地球は夜になっていくのね」
「そうだね。これからは夜の時間帯に入るね」
「ねぇ、結衣と望も誕生日はここでできるのかしら?」
「そのつもりだよ」
「あー、私。黙っていられるかしら?!」
「そこは秘密にしてもらわないと・・・頼むよ?」
「ふふっ、分かっているわ。でもこの感動を誰にも言えないなんて・・・」
「来月すぐに結衣の誕生日で、十二月が望の誕生日だからね。しばらくは我慢してね」
「えぇ、いいわ。一番に連れて来てもらえたのだもの。それくらい我慢しないとね」
「うん。お願いするよ」
「それにしても、地球を眺めながらフレンチ料理を頂くなんて・・・」
「感動してもらえた様だね」
「えぇ、これ以上に素敵な誕生日は考えられないわ」
「それなら毎年、誕生日はここでふたりきりで過ごそうか?」
「え?いいの?」
「勿論だよ。ここには瞬間移動でいつでも来られるのだからね」
「嬉しいわ!」
食事が終わり、宇宙側の展望サロンへ入った。
「凄い!なんて数の星なの?星だけでもこんなに明るいのね」
「そうだね。こちら側のサロンは足元にしかライトが無く、星が良く見える様にしてあるんだ。星雲やガス雲も良く見えるよね」
「地球は勿論美しいのだけど、宇宙も美しいのね」
「うん。本当に美しいね」
それから一時間ほど星を眺めた。
「ねぇ、朝の時間を迎える地球もきっと美しいわよね?」
「そうだろうね」
「眠る時間が無くなってしまうのでは?」
「では、そろそろ寝室へ行こうか」
「えぇ」
ふたりは寝室へ入った。寝室は地球側にあり、窓には夜の地球が大きく映し出されていた。
「まぁ!ベッドに居ながらにして地球を眺められるのね!」
「良くできているでしょう?」
「最高だわ!」
「新奈、シャワーを浴びておいで」
「えぇ、先に行って来るわね」
新奈が出て交代で僕はシャワーを浴びた。流石に宇宙ステーションに湯船は作らなかった。
シャワーから出ると新奈はベッドに入って地球を眺めていた。
「翼、お帰りなさい」
僕はベッドに滑り込み、新奈に腕枕をして地球を眺めた。
「地球は夜だけど、星明りもあってこの部屋は明るいのね」
「新奈の美しい身体が見られて嬉しいな」
「えぇ、存分に見て・・・」
そしてふたりは新奈の十八歳の誕生日に結ばれた。
翌朝、目覚めると新奈が僕を見つめ、頬を撫でていた。
「おはよう。翼」
「おはよう。新奈」
ふたりははにかんだ笑顔となった。
「昨夜は本当に素敵な夜だった・・・」
「余韻に浸っているの?」
「ねぇ、もう一度いい?」
「痛みは残っていないの?」
「翼が癒してくれたから大丈夫。それに初めてだったのに・・・私・・・あんなに」
「ふふっ、満足してもらえたみたいで良かった」
「うん。だからもう一度、お願い!」
そしてふたりは再び始めてしまった。
朝食で食堂に入る頃には地球の半分が朝を迎えていた。
「やはり地球は陽に照らされている方が美しいね」
「この碧い地球が汚れているなんて・・・ここから見る限りでは分からないわね」
「そうだね。だからなるべく多くの人に宇宙から地球を見て欲しいと思っているよ」
「このステーションに一般の人は来られるの?」
「うん。この二階層下は一般向けの宇宙ホテルになっているよ」
「え?宇宙ホテル?それじゃぁ、宇宙旅行ができる様になるの?」
「うん。あの超大型宇宙船で人が乗れる船も作るよ。オービタルリングが完成したら、宇宙旅行を始めようと思っているんだ」
「素晴らしいわね・・・」
「でも、一番は新奈だったね」
「嬉しいわ!翼。ありがとう!本当に素敵な誕生日プレゼントだわ!」
翌月、次は結衣の番となった。新奈と同じ様に目を閉じたまま、オービタルリングのステーションへと飛んだ。
「シュンッ!」
「まだ目を開けないで」
「え、怖いわ・・・何も音がしないところね・・・」
地球が見下ろせる窓の前まで結衣を導くと、
「さぁ、目を開けて」
結衣は目を見開き、自分の口を手で覆った。
「嘘でしょう?・・・信じられない・・・」
結衣はそう言って僕の顔を見上げた。
「宇宙ステーションなの?」
「そう。ここはオービタルリングのステーション。それも僕の家族専用の展望施設だよ」
「そう言えば、ステーションの最上階からの二階層は、どうなっているのか翼しか分からない様になっていたわ」
「うん。こことこの下の階層は、神が専用で使うこととしていたからね」
「今日は一泊するって言っていたわよね?」
「うん、ここには宿泊できる様に寝室と食堂と厨房もあるんだ」
「もしかして、今夜はここでふたりきりなの?」
「そうだよ。クララはメイドとして来てもらっているけれどね」
「本当に?これが誕生日プレゼントなの?」
「お気に召してもらえたかな?」
「あぁ、翼・・・あなたって本当に素敵な人ね」
「喜んでもらえた様で良かった」
その時、奥からクララが出て来た。
「結衣さま、いらっしゃいませ。お茶の用意ができておりますのでお好きな展望サロンへお入りください」
「クララ、ありがとう」
「結衣、ここには地球側と宇宙側で四つの展望サロンがあるんだ。初めにどちら側の景色を見たいかな?」
「そうね。地球側かしらね」
二人で地球が見えるサロンに入り、紅茶を頂きながら地球を眺めた。
「地球はこれ程までに碧く美しいのね・・・」
「そうだね。こんなに美しく見えるのに、汚染されているなんてね」
「この美しい地球を絶対に失いたくないわ」
「うん。僕たちで守って行こう」
それからふたりは言葉を失くし、手を繋いで地球を眺めていた。
紅茶が冷めた頃には抱きしめ合ってキスをしていた。
そうして夕食の時間までサロンを回り、地球や宇宙を眺めてはキスをして過ごした。
地球が夜の時間へと移る頃、クララに声を掛けられ食堂へ移った。食堂には二人並んだ席が設けられ、シャンパングラスにペリエが注がれた。
「結衣、誕生日おめでとう!」
「翼。素敵な誕生日をありがとう!」
「キンッ!」
ふたりはグラスを合わせ乾杯すると、夜に移り変わる地球を見つめた。
「翼、新奈の誕生日もここで?」
「うん。そうだよ」
「ではその時、ふたりは結ばれたのね?」
「ごめんね。結衣。二番目になってしまって」
「謝ることなんてないわ。こればかりはふたり同時にという訳にはいかないのだから」
「そう言ってもらえると助かります」
「でも、素敵な演出ね。新奈の希望なの?」
「いいや、これは僕が考えたんだよ」
「そうなのね・・・ちょっと意外だわ・・・」
「え?あぁ、まぁそうだよね。僕ってこういうことには疎いよね」
「ごめんなさい。責めているつもりはないの」
「うん。実際、婚約してからずっと研究とプロジェクトにかまけていて、三人を放置していたのは事実だからね。反省しています」
「もしかして、新奈にせっつかれたのかしら?」
「正解!それで慌てて考えたんだ」
「なるほど。そうしたら丁度、このステーションが完成していたという訳ね」
「そうなんだ。それで誕生日の順番になってしまったんだ」
「そういうことね。理解したわ。でも本当に順番なんて気にしなくて良いのよ」
「ありがとう。結衣は優しいね」
「こんなに素敵な誕生日を迎えられるなんて!本当に幸せだわ」
「良かった。喜んでもらえて嬉しいよ」
フレンチ料理のフルコースの食事が終わり、僕らは寝室へ入った。順番にシャワーを浴びてベッドへ入ると、結衣は既に裸になっていた。
「結衣、今夜。良いのかい?」
「それも誕生日プレゼントなのでしょう?お待ちしていました」
「ありがとう。誕生日おめでとう」
そう言って結衣を抱きしめ、深いキスをした。
「夜なのに明るいのね」
「そうだね。地球の全てが夜になっていないから光が入るね。明るいと恥ずかしいかな?」
「ううん。翼に私の全てを見て欲しい。そして私も翼の全てを見たいわ」
「結衣・・・」
「翼・・・」
ふたりは夢中で求め合い、愛し合い、そして初めて結ばれた。
翌朝、地球からの照り返しの明かりで目を覚ますと、結衣はまだ小さな寝息を立てていた。
なんて愛おしい女性なのだろう・・・そう思うと我慢できずに髪に触れ、可愛い唇にキスをした。すると結衣はゆっくりと瞳を開き、笑顔になった。
「あ、つばさ、キスで起こしてくれるなんて・・・おはよう」
「おはよう。結衣。君があまりにも可愛くて我慢できなかったんだ」
「あぁ・・・なんて素敵な朝なの・・・」
「それは昨夜、満足できたということかな?」
「えぇ、初めてだったのに・・・あんなに幸せなことだったのね・・・」
「良かった。もう一度・・・良いかな?」
「また、あの幸せをもらえるのね」
それからふたりは満足行くまで続けてしまい、遅い朝食となった。
朝食と言うよりブランチとなってしまったので、クララがメニューを変更し、ガレットを焼いてくれた。アップルタイザーで乾杯し、ガレットとサラダを頂いた。
「宇宙でこんなに素敵な朝食を頂けるなんて・・・夢の様だわ!」
「満足頂けたみたいで嬉しいよ」
「想像以上よ!百点満点中二百点だわ!」
「え?そんなに?それは良かった。それなら誕生日は毎年ここでふたりきりで過ごそう」
「本当に?嬉しい!」
結衣の十八歳の誕生日は幸せに満ち溢れたものとなった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!