24.首相の交代
神代重工業本社での会議の日となった。
僕と結衣以外の参加者は車で次々と神代重工業の本社に到着した。
皆は先に会議室へと案内されるが、僕と結衣は出席者の紹介が終わったところで会議室へ瞬間移動する予定だ。僕は新奈の意識に入り込んで見守っていた。
皆が席に着いたところで、神代重工社長秘書の東雲さんが紹介していく。
「皆さま、お忙しい中、ようこそお越しくださいました。会議に先立ちまして、出席者のご紹介をさせて頂きます」
「上座より、内閣総理大臣、永井大徳様、財務大臣、榊高臣様、ご子息徹様、外務大臣、佐々木伸茂様、国土交通大臣、相原誠様、経済産業大臣、長谷川邦光様」
「神代重工業社長、神代徳人様、ご息女新奈様、一ノ瀬電機社長、一ノ瀬孝明様、ご息女望様、天羽化学社長、天羽久嗣様、ご息女美樹様、神宮寺建設社長、神宮寺誠司様、ご子息巧様で御座います」
以上十四名が先に席に着いた。
この会議室にはお付きの者は入れなかった。ただ、神代重工の社長秘書、東雲さんだけは会議の進行補佐役として入室を許された。
永井首相が会議の席を見渡すと不思議そうな顔をして言った。
「この会議には何故、子供が?それにあと二席空いている様だが・・・」
東雲さんが首相を敬いながら説明を始めた。
「首相、このプロジェクトは地球の命運を背負ったもので、長期に渡って計画、実行されるものです。担当する会社を継ぐ、次代の責任者にも是非、プロジェクトの始まりの会合から知っておいて欲しいというプロジェクトマスターの思いにより出席頂いております」
「また、あと二席の出席者につきましては、すぐにお越しになります」
「シュンッ!」
「うわ!」
「な、な、な!」
僕を初めて見る大臣たちは皆、驚いていた。
「こんにちは。ビデオ会議でいつもお話ししていた鳳城翔吾です」
「え?君があの鳳城君なのか!い、いや、今、どこから現れたんだ?」
「これからプロジェクトは本格的に稼働します。今日はここに居る方たちだけには、僕の正体を明かすことにしました」
「正体?」
「こうすれば分かりますか?」
僕は空中に浮遊し、結衣を伴って空いている席に移動した。
「ま、まさか・・・天照さまの?」
「そうです。佐々木大臣。僕は天照の息子、天照翼です」
「あ、天照さまのご子息さま!」
「シュンッ!」
僕は反重力装置を出現させた。
「これは僕が創った反重力装置です。初めて実物をご覧頂きます」
「こ、これが・・・反重力装置!」
首相は目を丸くして驚いている。他の大臣たちも同じだ。
「今日は初めてこのプロジェクトの内容を聞く方がいらっしゃるので、初めから詳しくご説明差し上げます」
僕は大きく六つに分かれたプロジェクトを大型モニターに映し出された資料を基に、ひとつずつ詳細に説明し、現段階でどこまで進んでいるか解説した。
「これらのプロジェクトを神代重工業一社で進めていたのでは、完成までに大変な時間が掛かってしまいます」
「ですから、今日ここにお集まり頂いた、一ノ瀬電機、天羽化学、神宮寺建設にもプロジェクトに加わって頂き、スピードアップを図りたいのです」
「まず、一ノ瀬電機には、オービタルリングから伝送される電気の受電装置と電気製品のコードレス化を進めて頂きたい」
「天羽化学には、オービタルリングの太陽発電モジュールと地上への伝送装置の製造をお願いしたい」
「神宮寺建設には、地上の交通システムのステーションの建造と低軌道エレベーターの一部の建設をお願いしたい」
「併せて、各企業には資源リサイクルも進めて頂きたいのです」
「リサイクルですか?」
「そうです。これから資源は他国から安く輸入することは難しくなります。それに今あるインフラは全て入れ替わると思ってください」
「自衛隊のあらゆる兵器と乗り物、民間の飛行機、船、電気自動車、鉄道、発電所に送電線と電柱、全ての鉄塔や電波塔もです。そう、東京タワーもスカイツリーも不要になるのですよ」
「あ!そういうことか。今、当たり前にあるものが、皆、入れ替わってしまうんだ!」
「徹。そうだよ。電車の駅とか、高速道路だけでなく、大きな幹線道路も歩道橋も信号機だって必要無くなるのです」
「人や物を運ぶ船が運航できる様になれば、順次、飛行機や船、電気自動車と鉄道は廃棄されて行きます。それら不要になったものが資源となるのです。無駄にせず、買い取ってリサイクルしなければなりません」
「それらのリサイクル技術の情報もお持ちなのですか?」
「あります。リサイクル装置の設計もできています」
「政府にはプロジェクトの進行に合わせて、新たな法の整備とインフラの切り替えに伴う、旧インフラの解体や買い取り、国民への周知をお願いしたいのです」
「ちょっと待ってください。それだけの大きなプロジェクトを四社だけで進めるのですか?」
「首相。この技術は極秘扱いのものばかりです。海外にも使わせますが、技術を伝えて作らせる訳にはいかないのです」
「この四社はどの様に選ばれたのですか?」
「ここに居る高校生は僕の学校の友達です」
「え?あなた達、子供で決めたことなのですか?」
「子供?えぇ、この反重力装置は僕が五歳の時に創ったものです。それからこの十年間で宇宙船、オービタルリング、低軌道エレベーター、輸送船や小型船、リサイクル装置の設計を進めて来ました。その天照の子供が決めたことですが・・・何か問題が?」
流石は首相だ。皮肉交じりに話したところで動じない。ふてぶてしいとも言うのだろうか。
「お父さまは・・・天照さまは関わっておられないのですか?」
「父の立場は人間たちの行いを見守るというものです。ですが、私はこの地球の日本で生き、生活していくのです」
「その私は父とは別人格の人間です。私が私の創り上げたもので、自らの未来のために技術供与し、地球を救おうというのです。父は関係ないのです」
「うーん。でも私たちの人生を考えるともっと急がねば間に合いませんね」
「そうですね。ですから、次世代の僕らがこの場で未来のための話し合いに参加しているのです」
「いえ、そうではなく、もっと参画企業を増やすべきでしょう。私の息子が永井電機を経営しています。一ノ瀬電機だけでなく、永井電機にも任せて頂きたいですな」
「それは遠慮頂きます。政権を握る人間が関わる企業が入ると癒着が疑われてしまいますから」
「いえ、私と息子の企業に関わりはありませんよ」
「関りがないのであれば、首相自ら家族が経営する企業を薦める必要はないのではありませんか?」
「むむ・・・私はただ、プロジェクトが早く目的達成できるようにと考えたに過ぎません」
ふむ。海千山千という奴か。ああ言えばこう言う。まったく、政治家という人間は・・・
「首相。このプロジェクトが実現すれば、これまでの資本主義は終焉するのですよ」
「何?資本主義が終焉する?それはどういうことですか?」
「貧富の格差を是正するということです。このプロジェクトに参画する企業の社長には予めご説明差し上げていますが、このプロジェクトが完成したら、電気は私が一括管理します」
「え?天照さまが地球全ての電気を一括管理されるのですか?」
「そうです。使った分だけ電気代をお支払い頂きます。ただし、その電気代は法人なら売上額、個人ならば月収に応じた金額をお支払い頂きます」
「まさか、売上や収入の多い者からは多く取るのですか?」
「えぇ、稼げば稼ぐだけ多く払うこととなるのです」
「そ、そんな・・・」
首相は訳が分からないと言った表情で目が泳いでいる。
「そして自動車やバス、電車の代わりとなる船は、法人や個人所有は認めず、乗車運賃はバスよりも安くなります」
「え?そちらはそんなに安く?どうやって運営するのですか?」
「オービタルリングができてしまえば、電気の発電は太陽エネルギーを使います。つまりオービタルリングと発電モジュールの維持費しか掛からないのです」
「船の動力であるこの反重力装置も微弱な電力だけで動きますし、長年に渡って使えるのです。船のメンテナンスもシートの張替えと窓ガラスの掃除程度です」
「交通機関を安く提供し、受電装置も無償で提供します。その代わりに売上や収入の大きなところから電気代として税金を徴収するのです。そしてそれを収入の少ない人に分配し、収入格差を無くすのです」
「初めはそうやって格差を埋めていくしかないでしょう。ですが、将来は全ての仕事で同じ賃金となることが理想です。農夫、漁師、技術者、医師。そして政治家でも」
「そ、それでは、ほとんどの経営者、資産家や投資家が反発しますよ」
「永井首相。十五年前に父が地球に降臨した際に国連の演説で言った筈です」
「あなた達人間は、地球で暮らす生物が死滅に向かう運命を突き進んでいるにも関わらず、それに気付いていながらも放置し、今もなお、自らの利益を貪り続けていると」
「あなた達人間に期待しなくなり、異世界に地球の保険の星を創りました。父は考えあぐねた末にあなた達にそのことを伝え、自浄作用に期待したのです」
「それから十五年経過しているというのに、今更、日本国のリーダーが自らの利益に言及するのですか?」
「私が言わずとも、国のリーダーたるあなたが国民の格差を是正し、無駄を排除して、環境を改善する施策を発信していなければならなかったのではありませんか?」
「そ、それは・・・」
永井首相はぐうの音も出なくなって俯いてしまった。
「シュンッ!」
「お、おーっ!」
「皆さん、お久しぶりですね・・・」
「あ、天照さま!」
「ザッ!」
皆が一斉に席を立ち、直立不動となった。
「あぁ、皆さん、お座りください。話は全て翼を通じて聞いていましたよ・・・」
お父さんは出席者たちをゆっくりと一人ひとり確認する様に見ていく。
「あなた達が新しい政権を握った者たちなのですね。初めまして天照です」
お父さんは永井首相に向き直り、話し始めた。
「翼が言った通り、私が地球に降り立ってから十五年が経過しました。十五年前の首相だった一条殿は、再生可能エネルギーでの発電と自動車の動力を電気に置き換えた程度で満足した様です。その後、首相が代わっても経済活動は一切、変わっていない様ですね」
「も、申し訳御座いません」
「ふむ・・・永井首相。其方には国を率いる能力が無い様ですね・・・辞職されたら如何ですか?」
お父さんが氷の様な微笑を浮かべて言った。そこに居る全員が凍りついた。僕が見ても恐ろしい。お父さんが怒るとこんなにも恐ろしい表情となるのだな・・・
「先日は其方のご令孫が、そこな少女を階段から突き落とし、彼女を守ろうとした翼が怪我をしました。其方はそれを隠蔽し、翼に口止め料として二千万円の現金を持って来ましたね。それがあなたの正義というものですか?」
永井首相は「しまった!」という表情になり、みるみるうちに顔が青くなってきた。
「あぁ、ご令孫がそんなことをしでかした原因は、一ノ瀬電機のご令嬢である望さんをご令孫の嫁に迎えれば、将来、一ノ瀬電機を永井電機に併合して我が物にできると算段し、ご令孫に望さんと結婚する様に命じたからでしたね」
「何て破廉恥なことを!信じられない!一国の首相ともあろう者が!」
望のお父さんがいきり立った。まぁ、当然だな。
「一ノ瀬君、無礼であろう!私がそんなことを企てる筈がないではないか!」
首相は自分の立場を守るため、真っ赤な顔をして上から目線で反論した。
「ほう。其方は・・・この私が嘘をついていると言うのですね」
あ!お父さんを完全に怒らせてしまったな!まずいぞ・・・
「そ、それは・・・あ、あの・・・」
首相はしどろもどろになってしまった。
「其方は国連での私の演説を見ていなかったのですか・・・十五年前は国会議員ではなかったのですかな?私は人間の意識に入り込み、考えを読むことも会話を見聞きすることもできます」
「私は改革が一向に進まないことを憂いて、日本国の首相である其方には、もう何度もそうやって意識を繋ぎ、テレビに映らない裏の言動を見聞きして来たのですよ」
「ガタンッ!」
永井首相は椅子から崩れ落ち、その場で土下座してしまった。
「ま、参りました!」
「さて、どうされますか?自ら身を引き、政界から引退して隠居しますか?それができないというのであれば、私が強制的に其方の家族諸共、異世界の未開の地へ送り、裸一貫で生きて行って頂くこととしますよ」
「其方だけでなく、ご令孫もまた、歪んで育ってしまっている様です。其方たち家族が、このまま東京で暮らしていたら、再度息子たちに危害を加えようと企てるかも知れませんからね」
「そ、それは、すぐに・・・ということでしょうか?」
もう首相の顔は赤くなったり、青くなったり大忙しだ。
「自ら身を引くならば、明日首相と議員の辞職を申し出なさい。明日そうしなかった場合はその夜午前零時に異世界へ転移させます」
「もし、どちらも選べない。生きているのが辛いと言うのであれば、家族諸共、太陽の軌道へ飛ばし、人生を終わらせて差し上げても構いませんよ。そうされますか?」
「い、いえ!明日、い、引退を・・・も、申し出ることと致します!東京の家も引き払い実家に戻りますので・・・ど、どうか異世界へ飛ばすことだけはご勘弁を!」
「そうですか。では、今すぐに動き出さねばならないでしょう。退席されて構いませんよ。それと其方には当面の間、意識を繋いでおきます」
「地球のどこに居ようとも、何を話そうと、頭で考えるだけでも全て私に筒抜けとなります。私をこれ以上怒らせない様、言動には注意することです」
「はっ、ははーっ!」
永井首相は床の絨毯におでこを擦り付けながら返事をすると、立ち上がってもよろよろと左右にふらついた。東雲さんが寄り添い、支えられながら会議室を後にした。
「さて、これで落ち着いて話ができるでしょうか」
「お父さま。脅しが少しキツイです。皆さん、震えあがってしまわれていますよ」
「私が脅しを?そう聞こえましたか?」
「えぇ、そうとしか聞こえませんでした」
「私は、政治には向いていませんからね・・・」
お父さんはそう言って微笑を浮かべた。
「さて、後任は榊殿になるのですかな?」
「い、いえ、それは総裁選を経て決まるものですから、まだ何とも・・・」
「佐々木殿、相原殿、長谷川殿、如何なのですか?」
「はい。榊君で決まった様なものだと考えます」
「私もで御座います。次期首相候補として前々から名が挙がっておりましたので」
「その通りです。前回の総裁選でも僅差での二位でしたから」
「ということの様ですよ」
「はい。そうなりました暁には誠心誠意努めさせて頂きたいと存じます」
「えぇ、くれぐれも国民と地球の未来を考えて民衆を導いて行ってください」
「では、これで私は失礼します。月の都からいつでもあなた達を見守っておりますよ」
「シュンッ!」
「あぁ・・・行ってしまわれた・・・それにしても・・・」
「うん。見事な裁きでしたね・・・政治に向いていないとは・・・」
「お父さまは国民の日々の生活のことしか考えておられないのです」
「その様ですな・・・しかし我々政治家は、本来そうでなければならないのです」
「大変なご指導を賜ったな・・・」
「我々企業家も今までの様に利益を追求していてはいかんのですな」
「そうよ、お父さま。翼と一緒に変えて行きましょう!」
「そうね。私たちの様な大企業は国民のために尽くす役割であることを再認識すべきね」
新奈と望は笑顔でそう答えた。
それから会議はスムーズに進行した。僕が用意した資料を基に、どの企業に何を託すかを分類して行った。
「皆さん、今後も僕は鳳城 翔吾として、ビデオ会議やメールでの接触となりますので、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
結衣と家に帰り、お母さんと葉留、繁お父さん、早苗お母さんに会議であったことを説明した。とは言え、お母さんと葉留は僕の意識に入って一緒に見ていたので全て知っている。
「え?では、永井首相は明日、失脚するのかい?」
「はい。辞職します」
「そして、そのプロジェクトには一ノ瀬電機も加わるのだね?」
「えぇ、きっとお父さんが担当するのでしょうね」
「私たちもそのプロジェクトに入りたいわ!」
「私も!お父さん、お願いね!」
「菜乃葉と七海もか。そうだな。うちは一家総出でこのプロジェクトに打ち込む義務があるな」
菜乃葉と七海は、一ノ瀬電機に入社していた。菜乃葉は入社二年目、七海は一年目だ。
きっと遥馬も一ノ瀬電機を目指すのだろうな。
その後、結衣の部屋にふたりで入った。
「結衣、その後だけど、身体の不調とか悪い夢を見るなんてことはないかい?」
「えぇ、思ったより大丈夫。だっていつも翼が傍に居てくれるから」
「うん。これからも僕は結衣を守るからね」
「嬉しいわ・・・翼」
ふたりは深く抱きしめ合いキスをした。
「私ね・・・翼とこうしていると、懐かしい感じがするの・・・どうしてかしら?」
「懐かしい?どういうことだろう?前世でも夫婦だったとか?」
「聞いたことがあるわ。親子、夫婦とか兄弟って、生まれ変わってもまた、近しい関係に生まれ変わるって」
「そうなのかも知れないね。僕は結衣を初めて見た時から気になっていたからね」
「私は・・・実はドン引きだったのだけど・・・」
「え?どうして!」
「だって、翼はどう見ても外人だし・・・モデルみたいだし・・・美し過ぎるし・・・天才だし・・・翼を見る度に心臓が破裂するかと思うくらいドキドキしていたわ」
結衣は僕の頬を撫でながら、ぽつりぽつりと話した。
「私・・・早くあなたの子が欲しいわ」
「もう子供?早いんじゃない?」
「分からない。ただ、漠然とあなたの子をこの身に宿したいっていう衝動が沸いて来るの」
「なんだろうね。普通、女性はそうなるのかな?」
「新奈や望はどうなのかしら?聞いたことはないの?」
「それは・・・無いかな・・・」
「そう、私は天涯孤独になってしまったから、早く家族を作りたいだけなのかもね・・・」
「そうか。それなら高校卒業と同時に作れば良いのではないかな?」
「えぇ、是非そうしたいわ」
「分かったよ」
そう言って、ふたりはまた深いキスを交わした。
そして翌日、永井首相は体調の問題を理由に首相を辞任すると共に議員も辞職し、政界から引退したのだった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!