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23.仕返し

 階段の上から永井先輩に突き飛ばされた結衣が階段下目掛けて飛んだ。


 僕は瞬時に身体を飛ばし、結衣の下に仰向けに身体を滑り込ませると、右手で結衣の頭を胸に抱え、左手で腰を抱きとめ、そのまま階段を落ちて行った。


 背中や腰をしたたかに打ちつけ、痛みに耐えながら階段の上を見上げると、永井先輩は薄ら笑いを浮かべながら僕らを見下ろしていた。


 その姿を周囲に居た人たちが携帯端末で写真に撮り、そして何人かの男性に囲まれ、取り押さえられていた。


「翼!大丈夫!?」

「あぁ・・・結衣。君は?大丈夫?どこか痛いところはあるかい?」

「翼が守ってくれたから私は大丈夫よ。それより翼は?」

「う、うん。背中が少し・・・痛いかな?」

「どうしよう!」


「ちょっと!あなた達!大丈夫?今、警察を呼んだから救急車もすぐに来るわ!」

 五十歳代くらいのご婦人が血相を変えて僕らに話し掛けてきた。

「あぁ、ありがとうございます」

貴女あなたを突き飛ばした通り魔は上で取り押さえられているわ」

「通り魔・・・」


 面倒なことになってしまったな・・・とりあえず、救急車で病院には行っておいた方が良いだろうな。お母さんに連絡して病院に来てもらわないといけないな。


『お母さま。聞こえますか?』

『翼?どうしたの?』

『今、学校の先輩と望を巡って面倒なことになっていたのです。今日、武道大会でその先輩に勝ってしまったのだけど、逆恨みとか逆ギレって奴だと思うのだけど、帰りに地下鉄に降りる階段で僕と一緒に居た結衣を階段下に突き落としたんだよ』


『まぁ!何てことを!結衣さんは大丈夫なの?』

『結衣は僕が守ったから大丈夫だと思う。でも僕が下敷きになったから、身体のあちこちが痛いんだ』

『え?翼が?大丈夫!?何故、力を使わなかったの?』

『いや、人が多過ぎる場所ですから。力を使って浮遊したらまずいでしょう?』


『あ。あぁ・・・そうね。怪我はどれくらいなの?』

『結衣は多分、大丈夫だと思う。僕も打撲程度だと思うよ。兎に角、目撃者が多くて、先輩は通り魔として既に取り押さえられているし、救急車も呼ばれてしまったから、これから一旦病院へ行って検査を受けるよ』


『では、すぐにそちらへ飛ぶわ!』

『いや、人が多いからここへ飛んでは駄目です。それより、救急車が着いたら結城家に電話が行くから、そちらへ行って病院の情報を聞いてください』

『分かったわ。後で早苗と一緒に病院へ行くわね』


 五分程で救急隊と警察が到着し、永井先輩は警察へ連行された。僕と結衣は近くの病院へ搬送されて検査を受けた。


 結局、結衣はどこにも異常はなく、僕も背中や腰の打撲だけで済んだ。

すぐに帰宅したいところなのだが、警察も事情聴取に来ると言うので一晩は入院することとなった。


 それよりも永井先輩の方が気になる。僕はお母さん、お父さんと葉留に伝え、皆一緒に彼の意識に入り込み、彼から情報を収集した。


 彼は警察署の取調室に座らされ、事情を聞かれていた。

「何故、あんなことをしたんだい?」

 相手は高校生、しかも進学校の生徒で、更に首相の孫だ。対応するのもベテランの巡査部長と他にも数名の警察官立ち合いの下に聞き取りをしている様だ。


「全部あいつが悪いんだ。望さんだけでなく、あと二人も女の子を好きにして・・・」

「ふむ。結城君は君の恋敵だったと言う訳かな?」

「恋敵?別に望さんが好きな訳じゃない。将来、嫁にする様に祖父と父に命じられただけ・・・」

「え?結婚相手を高校生のうちに決める様に言われたのかい?」


「結婚相手?あぁ、政略結婚だよ。望さんは一ノ瀬電機の一人娘だ。俺と結婚させて、将来は親父の会社、永井電機に吸収しようと企てているんだろう」

「では、君は望さんと結婚したい訳ではないということかい?」

「まぁ、望さんは可愛いからな。結婚はしても良いとは思ったけど」

「では何故、そんなに執着して結城君と望さんを引き離そうとしたのかな?」


「結城は、成績もトップで全ての女生徒のあこがれの的だ。いつも望さんだけでなく、他にも二人の女生徒をはべらせているんだ。それを知って許せなくなったんだ」

「今日は学校で武道大会があったらしいね?」

「あぁ、俺は柔道部の主将なのに・・・あいつに無様ぶざまに負けた・・・」

「その腹癒はらいせに一緒に居た九十九さんを階段下へ突き飛ばしたのかね?」

「あぁ。仕返しだよ・・・九十九さんを怪我させて・・・あいつが悲しむ姿が見たかった・・・」


「それは犯罪だとは思わなかったのかな?」

「そんなこと分かっているさ・・・でもこのまま望さんを自分のものにできなければ親父おやじたちになじられるだけなんだ・・・それならば祖父に責任をなすり付けてやればいいって・・・それに階段を落ちていくあいつを見てスカッとしたよ」

 そう言って永井先輩はニヤリと笑った。

「ふむ・・・そうか」


 巡査部長は小さな声で部下に指示を出した。

「精神鑑定が必要だな。すぐに手配してくれ」

「はい!」


 あぁ、永井先輩は被害者でもあるのだな・・・とは言え、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はないけれど・・・彼の祖父である首相も父親も相当に問題がありそうだ。


『お父さま。聞いていましたか?』

『うん。聞いていたよ。永井大徳ながいだいとくという現首相には問題があるね』

『先輩は恐らく、精神鑑定を経て無罪ということになるのでしょうね』

『うん。そうだろう。報道も規制されるだろうね。それよりも神代重工との会議では首相も居て、翼たちも顔を合わせるのだよね?』


『この事件で一ノ瀬電機には手出しができなくなるでしょうけど、僕たちに何を言ってくるかが問題ですね』

『うん。会議は私も見守っているよ。必要があれば現れて対処するよ』

『面倒をお掛けして申し訳ありません』


『翼。自分の子供のことで面倒なんてことはないんだ。それに地球は私の故郷でもある。翼が地球を守るためにやってくれていることなのだからね。協力して当たり前だよ』

『はい。ありがとうございます』


 警察の聞き取りや検査が終わり、夜になってから新奈と望、徹、巧と美樹先輩、その父親たちが続々とお見舞いに訪れた。大臣である徹の父までもSPを伴いやって来た。一番広い特別室の個室に入ったのだが、人で一杯になってしまった。


「結衣!翼!私のためにこんなことになってしまって、ごめんなさい!」

「望。君のせいではないよ」

「そうよ。私は大丈夫だから」

「でも・・・でも・・・」

 望は病室に入るなり、ぽろぽろと涙をこぼし、両手で顔を覆っている。


「シュンッ!」

「おぉ!」

「お静かに・・・皆さん。今日は息子のために見舞ってくださり、ありがとうございます」

「天照さま・・・」

「天羽殿、神宮寺殿、初めまして。天照です」


 お父さんが事の次第を告げるために現れた。

望、新奈、結衣、美樹先輩は緊張して立ちすくんでいる。見舞いには父親だけ来る様にお願いしていたのだ。


「あ、天照さま。初めてお目に掛かり、光栄で御座います。私は天羽久嗣あもうひさつぐで御座います」

「初めてお目に掛かります。私は神宮寺誠司じんぐうじせいじで御座います」


「皆さん、今日事件の後、私は翼から念話で連絡を受け、加害者の意識に入って事情聴取の全てを見聞きしました。これからその内容を共有します」


「望さん。あなたには辛い話もありますが、将来、一ノ瀬電機を背負しょって立つあなたは知っておくべきことと思いますので覚悟して聞いてください」

「か、かしこまりました」

 望は涙をハンカチで拭いながら、しっかりとした表情で答えた。


「まず、加害者は祖父である永井大徳ながいだいとくと父親の指示で、望さんと結婚する様に指示をされたとのことです」

「首相の指示で?」

「一ノ瀬殿、首相の息子は永井電機の社長だそうですね?」

「あ!え、えぇ、その通りで御座います」


「首相は、孫が望さんを嫁に迎えれば、将来、一ノ瀬電機を永井電機に併合できると考えた様です」

「な、な、なんと破廉恥はれんちな!」

「で、では、父の会社が目的で私は・・・」


「えぇ、そこに愛は無い様です。ただ、翼を見た時、いつもあなた達三人を引き連れ、あたかも女性を好きな様にはべらせている。そう見えて嫉妬した様です。それで翼が標的になった様ですね」


「で、でも、突き落とされたのは私です・・・」

「えぇ、結衣さんに怪我をさせて、翼を悲しませることが目的だったのです。また、それは犯罪であることを知りながら、望さんを手に入れられなければ祖父たちになじられることを避けたくて、事件を起こしたとも言っていましたね」

「とんでもないことですね・・・」


「我々はその守銭奴しゅせんどの様な首相と、来週には会議をせねばならないのですか!」

「丁度、ここには会議のメンバーが集まっています。私は翼を通じて会議を見守っています。首相の言動如何げんどういかんによっては、その場に現れて裁断を下すでしょう」


「しゅ、首相に裁断を・・・」

 大臣である徹の父が思わず反応した。

「榊殿、場合によっては貴殿が次期首相になられたら良いのではありませんか?」

「わ、私が・・・し、しかし、どうやって永井を失脚させるのでしょう?」

「最悪の場合、一族郎党いちぞくろうとう、異世界に飛ばします。人が居ない未開の大地があるのです。そこへ飛ばし、裸一貫で生きて行って頂きましょう」


「お父さま。それは死刑と同義なのではありませんか?」

「原発の様に太陽の軌道に飛ばせば死刑ですね。でも生き抜くことができれば、その大地に王国を築くことも可能ですよ。最低限、野菜の種くらいは与えますしね」

「や、野菜の種・・・」


 徹の父は顔面蒼白になった。これでは次期首相になれと言いながら「ちゃんとやらないと異世界送りにするぞ」と脅しているのと何も変わらない。


「では、皆さん。私はこれで失礼します」

「シュンッ!」


「つ、翼君・・・異世界に行くとどうなるのですか?」

「環境は地球と同じです。そうですね・・・イメージとしては無人島にいきなり身体ひとつで飛ばされて、家も水道もないのにそこにあるもので何とか生き延びろ。そう言われている様な感じです」

「首相が・・・」

「永井君が・・・」


 徹のお父さんと望が同時に何かを想像したみたいで思わずつぶやいた。


「では、会議は予定通り、来週の土曜日に神代重工業本社にて行うことでよろしいでしょうか?」

「はい。構いません」

「よろしくお願いいたします。今日はありがとうございました」


「結衣。君は僕が転移させるよ。明日帰るからね」

「うん。分かったわ」

「シュンッ!」

「き、消えた!」


「親父。あぁやって飛ばされてしまうんだ。気をつけないとな!」

「そ、そうだな・・・肝に銘じよう」

「それじゃ、翼。また学校で!」

「あぁ。徹、巧。今日はありがとう」

「いいんだ」


 そして見舞客は皆、居なくなった。僕は首相が今、何を考えどう動くのかが気になり、意識に入り込んでみた。首相は首相官邸に居た。周りには秘書が数人おり、何かを相談していた。

将晴まさはるは今、どうなっている?」

「はい。精神鑑定を受けている様です」

「精神鑑定だと!何でだ?」

「事情聴取での言動にそれを疑うものがあったのかと・・・」

「それとは精神異常のことを言っているのか・・・参ったな」


「ですが、それを理由に無罪となる可能性もありますので」

「そうか。それでしばらく入院させ、ほとぼりが冷めてから家に戻すのが良いか」

「はい。学校は如何しましょう?休学としますか?」


「いや、留年してまで卒業させることはないだろう。学校は退学して高卒認定試験を受けさせて私立大学へ入れよう」

「かしこまりした」


「それで、相手の子供のことは何か分かったのか?」

「はい。それが・・・一ノ瀬電機の取締役の息子でした。将晴さまが突き飛ばした女子生徒は天涯孤独の身の上で、その取締役の家に身を寄せていました」


「何!一ノ瀬電機の?今度の会議には一ノ瀬の社長も来るのだったな?」

「はい。当然ながら、社長令嬢も絡んでいますし、今度のことは社長の耳に届いているかと」

「まぁ、それは何とでもなる。会議の時に見舞いを持たせよう」


「ただ、その相手の男子生徒なのですが・・・」

「うん?なんだ?」

「親と全く似ていないそうなのです。息子は外国人の様なのですが、一切の情報がないのです」


「ふむ・・・何か隠し事があるのか・・・ならば好都合ではないか!今回の事件でガタガタ言ってくる様であれば、そこを調査すると脅せばよいのだ」

「はい。では、準備は進めておきます。既に今回の検査や入院の費用はこちらに請求を回す様に手配済みです」


「それよりも将晴を早く出してやれ」

「はい。今、警視庁に掛け合っています」

「ただ・・・」

「ただ?何だ。まだ何かあるのか?」


「SNSで将晴さまの写真や動画が既に多数、出回ってしまっております」

「止められないのか?」

「流石に民間企業には圧力は効きません」

「クソっ。将晴はもう終わりか・・・まぁ、仕方がない。兎に角、私の政権に影響が及ばなければそれで良い」


「報道だけは抑えろよ!」

「はい。それは既に手を回しています」


 うーん。なんて腹黒い男なんだろう。こんな人間にこの国や地球の未来を託す訳にはいかないな。


『お兄さま。本当に酷い人間ですね』

『葉留?首相の意識に入り込んでいたのかい?』

『えぇ、お父さまも入っていたわ。この男に日本は任せられないと言っているわ』

『やはりそうだよね』

『これで徹さんのお父さまが首相になるわね』


『徹のお父さんは大丈夫なのかな?』

『お父さまが永井首相を失脚させれば、下手なことはできなくなるでしょう?』

『そうだね』

『それに徹さんや私が居るのですから』

『うん。葉留、頼むよ』

『えぇ、任せてください』


 翌日、僕は病院を退院し、学校に報告するためそのまま学校に向かった。

職員室に顔を出すと、八神先生と昨日の柔道の先生が飛び着く様に駆け寄って来た。


「結城君!もう退院して大丈夫なの?」

「八神先生。軽い打撲ですから湿布を貼っておけば治る程度のものです」

「九十九さんから聞いたわ。大変だったわね。さぁ、校長室で話を聞くわ」


 僕は校長室に通された。ソファに座ると、対面には校長と教頭先生が、横には八神先生と柔道の田代先生が座った。


「永井は精神を病んでいた様なんだ」

「先生が何故、それを?」

「田代先生は永井君の担任でもあるのよ。今朝、永井君のお父さまの秘書の方が来てね。事情を説明して退学届けを提出したの」

「退学・・・そうですか」


「保護者に対しての説明はどうされるのですか?」

「それなのだけどね。結城君。首相官邸の方から今回のことは穏便に・・・と」

 校長先生は本当にすまなそうに視線を落としながら伝えてきた。


「そうでしょうね・・・そうなると思っていました」

「恐らく、テレビや新聞なんかの報道も抑えられている様なんだ。SNSでは既に永井君の顔写真や動画も上がっていて、事件の内容にも触れられているというのに・・・一切、報道されないんだ」

「まぁ、分かっていましたよ。それより彼が居なければ安心して学校に通えますから」


「君がそう言ってくれると私たちも助かるよ・・・いやぁ、ありがとう」

 校長先生も長いものには巻かれざるを得ないのだな・・・仕方がないことだ。


「では、八神先生。僕はクラスの皆に顔を見せてから帰りますね」

「えぇ、そうしてあげて。皆、心配しているわ」


 お昼休みが近い授業中の廊下には誰も歩いていない。通り過ぎる教室の中からは、先生の声や教科書を朗読する生徒の声が僅かに聞こえてくる。


 それらどの授業にも関わらずにひとり廊下を歩いていると妙に寂しさを感じてしまう。いつの間にか僕はこの高校の生活を当たり前のものとして受け入れ、自分の生活の一部になっていたことに気付かされた。


「高校生活って楽しいものだな・・・」

 僕は自分の教室の前に立つと、ぽつりとつぶやいた。

「キーンコーン!」

 丁度その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴りお昼休みとなった。

「ガラッ!」

 数学の先生がでてきた。


「おう!結城君!大丈夫だったのか!」

「はい。もう大丈夫です。皆!心配掛けたね!」

「わぁーっ!翼君!」

「翼君!大丈夫なの!」

「この通り、大丈夫だよ。警察の事情聴取があったから一晩だけ入院したんだ」


「試合で負けた腹癒はらいせにあんなことをするなんて信じられない!」

「本当に酷い奴だわ!」

「あれが首相の孫だなんて!」


「でも、九十九さんと翼君が無事で良かった!」

「うん。皆、ありがとう。彼は退学したそうだ。これで変なビラを撒かれることも、付きまとわれることもないだろうから安心して過ごせるよ」

「良かった!」


「皆、僕は大事をとって、今日は帰らせてもらいますね」

「翼君、ゆっくりしてね」

「翼、本当に大丈夫なのね?」

「新奈。大丈夫だよ。また明日ね」

「うん。気をつけてね」


「結衣。先に帰っているから。帰る時に電話して」

「はい」


 ひとりで校門のところまで来ると、そこには見覚えのある人物が車の横に立っていた。

「セバス!どうしたんだい?」

「翼さま。お迎えに参りました」

「え?誰が迎えに出したの?」

「月夜見さまでございます」


「え?セバスが迎えに出ている間の結城邸は?」

「クララが派遣されて来ております」

「クララが!それならば安心だね」

「もしかして、これからずっとかい?」

「はい。ご卒業まで毎日、翼さまと結衣さまを送り迎え差し上げます」


「そうなんだ・・・まぁ、仕方がないかな・・・え?では僕が今帰ったら、今度は結衣を迎えに行ってくれるのかい?」

「左様で御座います」

「それなら安心だ。お願いしますね」

「お任せください」


 家に着くとお父さんとお母さん、早苗お母さんが居間で待ち構えていた。

「ただいま!」

「お帰りなさい!」

 そう言って、お母さんが飛びついて僕を抱きしめた。いささか力が強い。


「お母さま・・・苦しいです」

「あら、ごめんなさい。だって・・・心配したのよ・・・」

「うん。ごめんなさい。突然のことで対処できませんでした。もう少し警戒しておくべきでした」


「まぁ、今回のことは良い勉強になったね。だけど、これで世間の目が一部で翼に向いてしまうかも知れない。だから、嫌だろうけれど当面の間、送迎はさせてもらわないといけないな」


「そうですね。お父さま。結衣のこともありますから、それでお願いします」

「ところで翼。今日、午前中に首相の遣いの人が来たの」

「早苗お母さん、それは首相の秘書ですか?」

「えぇ、そうね。」


「内容としては口止めに来た。という感じですか?」

「その通りよ。あきれてしまったわ」

「何か持って来たのですか?」


「えぇ、口止め料というものかしら」

「受け取ったのですか?」

「断ったのだけど、どうしてもと引いてくれないの。その人もこちらが受け取らないと帰れないと言うから仕方なく」


「翼、仕方がないわ」

「お母さまがそう言うのであれば、仕方がないですね」

「それで、その口止め料とは如何ほどだったのですか?」

「これよ」

「シュンッ!」


 お母さまがテーブルの上に紙に包まれたものを出現させた。札束は結構大きかった。

「二千万円入っていたわ」

「それって高いのですか?」

「口止め料としては破格に高いわね」


「翼、それは研究費用に使えば良いよ」

「お父さま、そうですね・・・あ!それならば結衣に使ってもらおうかな?」

「それは構わないよ。二人で話して決めれば良いよ」

「お父さま、ありがとうございます」


「それより、お父さま。首相はどうされるのですか?」

「それは土曜日の会議での出方次第かな」

「そうですね」


 波乱が起きそうな予感の会議は、明後日に迫っていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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