25.ビデの完成
そろそろ生理用品の試作が進んでいることだろう。一度状況を確かめておきたい。
グロリオサ服飾店へと行ってみよう。店のプラットフォームへと瞬間移動で飛んだ。
「シュンッ!」
「きゃーっ!」
僕が突然現れると、案内役として玄関に立っていた二人の店員が叫んだ。僕の顔を見てすぐに気付き、ひとりは慌てて奥へと走って行き、もう一名が僕を案内してくれる。
「月夜見さま。いらっしゃいませ」
すぐにアリアナが現れた。
「まぁ!月夜見さま。いらっしゃいませ」
「アリアナ。こんにちは。今日は生理用品の試作の件で参りました」
「分かりました。それではジェマとサンドラを呼んで参りますので応接室でお待ちください」
「ありがとうございます」
すぐにお茶が出され、一口飲んだ途端にジェマたちが現れた。
「月夜見さま。試作が進みまして大体形になって参りました。ご覧ください」
ジェマがお盆の上に乗せて見せてくれた試作品は、もう完成品といった出来栄えだった。
「これは、ただ綿の生地を巻いただけではないのですね」
「はい。あまり何重にも巻いてしまいますと、厚くなるばかりか硬くなってしまいました。そこで肌に当たる面の方だけ生地を数回折り畳んだものを入れて柔らかい感触になる様にしたのです」
「吸収の方は如何ですか?」
「はい。私達の様に座ったままで大きな動きをしないならば、最大で二時間程はもつ様です。ただし、二日目はそこまでもちませんが」
「それならば商品として十分に使えるものだと思います。見た目も衛生的で良いですね」
「月夜見さま。この後はどの様に製品化を進めれば良いでしょうか?」
「はい。まずは中身のジャレスの生産に目途をつけなくてはなりません。それが幾らで、月にどの位の数を作ってもらえるかによって原価が決まります。このジャレスが高くて売値が高くなり、貴族しか使えない様では作る意味がありません。その交渉もしてきます」
「ジェマ、サンドラ。これが銅貨一枚で何個買えるならば毎月買って使おうと思いますか?」
「そうですね・・・私だったら銅貨一枚で十個ならば」
「これは今までのものよりとても良いので、私も十個ならば買いたいです」
「アリアナはこの値付けをどう思いますか?」
「そうですね。商店や工房で働いている者であれば買えると思います。でも農家や屋敷の使用人では難しいかと。ただ、これ以上安くすることは難しそうです」
「ジャレスは元々何にも使われない雑草なのですし、葉の外皮を剥いて干すだけですので、例えば千個当り銅貨一枚で買付けるとします」
「また、これは服や下着ではありませんので服飾店で作るのではなく、専用の工房を作って綿の生地を切って巻くだけの作業とすれば、専門の技術が不要なので工賃もかなり抑えられるのではないでしょうか」
「そして販売する個数が服や下着と比べ桁違いに多いので利益も二割としてもらい、発案料も無しとします。こうすれば銅貨一枚で三十個位にできるのではないでしょうか?」
「その値段ならば、この生理用品の良さを知れば誰でも使いたいと思うと思います」
「アリアナ。ここまで試作してもらいながらこの服飾店で作らないというのは申し訳ないと思うのですが・・・」
「月夜見さまのお役に立てるならば、私たちのことは構いません。そうですね?ジェマ、サンドラ」
「はい。勿論です!」
「そうですね。実際のところ、アリアナには下着の製作に集中して頂きたいのです。この生理用品はジャレスが沢山取れる南の国に作らせる方が安く多く作れると思うのですよ」
「そうして頂いて構いません。綿の生地の巻き方は書面に記録したものをお渡しします」
「ありがとうございます。ではアリアナ。私からのお礼として、この店で働いている女性全員に私が持参した見本と同じ仕様で作ったブラジャーを二着ずつ差し上げます」
「えぇ!月夜見さま。あれは王侯貴族向けのものでして、一着金貨一枚なのです。それを二着ずつなんて!」
「金貨一枚ですか。平民用の十倍もするのですね。でも良いのですよ。皆さんにはそれを着用して気持ち良く仕事をして頂きたいのです。それにその代金は僕の発案料から引いて頂ければ良いのですから」
「ほ、本当によろしいのですか?」
「えぇ、その分、皆で協力して早く沢山の下着が供給できる様になってください」
「ありがとうございます!月夜見さま!」
「ありがとうございます」
「作って頂いた試作品は他にもまだありますか?」
「はい。月夜見さまにジャレスを沢山頂きましたから」
「では、それを見本として他国に持って行きたいと思います」
「はい。ではすぐにまとめて参ります」
「ありがとう」
そして見本を持って宮殿へと飛んだ。
宮殿に戻ると早速、行動を開始した。お父さんの名前で南に位置する国にジャレスが自生しているかを確認して返答をもらった。するとグラジオラス、エーデルワイス、ラナンキュラス、フロックス、プルメリアの五か国からジャレス有りの報が届いた。
これらの国にジャレスの栽培から生理用品に仕上げ、世界に向けて販売してもらうことを依頼する。今回は国との交渉になるのでお爺さんに事の詳細を説明し、同行をお願いした。お爺さんは快く引き受けてくれた。お爺さんなら瞬間移動ができるからね。
五か国には予め、訪問する時間と二人共に瞬間移動で行く旨を伝えておき、翌日、朝食後に二人で飛んだ。まずは時差の無いグラジオラス王国だ。
既に応接室には、王、王妃、宰相と王子、王女が集まっていた。
「暁月さま、月夜見さま。ようこそお越しくださいました。本日は如何されましたか」
「うむ。孫の月夜見が三か月後に皆を招集していると思うが、それに先立ち、グラジオラス王国に頼みたいことがあるそうなのだ。聞いてやってくれるか?」
「勿論で御座います。暁月さまのご指名とあらば、どんなことでもお受け致します」
「急なお願いで申し訳ありません。こちらの国に自生しているジャレスでこれを作って頂きたいのです」
僕はまず、ジャレスの葉を分解するところを見せ、見本の生理用品の作り方の説明をしていった。当然、生理用品の必要性と使い方も含めてだ。
初めは、突然何を言い出すのだと言いたげな顔をしていたが、女性陣から徐々に受け入れられ、質問も受けて行く内に理解を頂けた様だ。
最後に販売価格と原価、生産経費と利益のことも説明をした。ここについては、高くなっては意味が無いことを強調し、この事業で儲けには執着しない様に念を押した。勿論、発案料は辞退することも告げた。
今後、長く生産を続けることとなる産業に発展するので、意欲を持って当たってもらいたいと締めの言葉で会談を終えた。概ね、好評で意欲的に捉えてくれたのではと手応えを感じた。
そして各国の時差を考慮して東回りで渡って行き、各国一時間程度で会談を終えると、夕方前にはお爺さんの屋敷へと戻り、お茶を頂いていた。
「それにしても、月夜見の交渉力は凄いものだな。言うことを聞かない者が居れば、私が一喝してやろうと思っていたが、どんどんこちらの話に巻き込んで上手くやる気を起こさせておったわ」
「そうですね。医者というものはなんでも科学的に理詰めで話しますから、相手は逃げ場がなくなってしまうのかも知れません。僕も話していて時々、相手を追い込んでいるかなと思う時がありますから」
「なるほど。医者の考え方なのだな。月夜見は神よりも一国の宰相に向いているのではないかな。それも相当に優秀な宰相だ」
「お褒めに与り光栄です」
「そうだ月夜見。メリナとルチアを妊娠させた様だな?」
「お爺さま、そのおっしゃり様では僕が妊娠させたみたいではありませんか。妊娠させたのはお父さまですよ!」
「うん。そうだった。月夜見の指導で。だな」
「月夜見。本当にありがとう。私からも御礼を言わせて頂戴」
「ダリアお婆さま。そうですね。今回はとても上手く行きました」
「他の妻たちもまた作るのですって?三十歳を過ぎているのに」
「カルミアお婆さま。それは間違った知識なのです。二十歳代までに子を産んでいる女性は三十歳どころか、四十歳でも五十歳でも子を産めるのですよ」
「ま、まぁ!それは本当なの?」
「えぇ、本当です。お母さま方もまだまだ産めますよ。きっと男の子をひとりずつ生むまで諦めないでしょうね」
「その様なことが本当に?」
「えぇ、本当です」
「おぉ、神よ!」
「ダリアお婆さま!大袈裟な」
二人のお婆さんが涙を流して感謝してくれた。きっと二人もそれで辛いことがあったのかも知れないな。
ビデの製作を依頼して一か月も掛からない内に完成の連絡が来た。
今日は大工のパブロ達が宮殿にやって来る日だ。彼らは一度神宮へ入る。こちらから船で神宮へ迎えに行き上空へと引き上げるのだ。そして船が屋敷の裏へと着いた。
「パブロ。ビデができたそうですね」
「はい。オリヴィアさま。大変、お待たせ致しました」
「ビデは僕が運びましょう」
僕は重そうなビデを念動力で宙に浮かした。パブロたちは一瞬、ぎょっとしたがすぐに笑顔になった。
「月夜見さま。大変なお力ですね」
「大したことはありません、このままトイレに運びましょう。どうぞこちらへ」
パブロは水道管やパイプなどの部材を持ち、ローラ達は工具を運んだ。
トイレに入って全体を見渡し、改めて考える。そもそもこの世界のトイレの常識が地球とは少し違っている。それは便器自体が暖房器具と併用になっている。僕も初めは戸惑った。
便座が温かいのは言うまでもなく、便器の裏側がヒーターになっている様だ。やけに広いトイレ全体が寒くない程度に温められている。トイレを流すのも水ではなくお湯だ。溶かしながら流しているので汚れ難い様だ。とてもよくできている。
便器ひとつでこんなに贅沢なことをしているのは、各個人が電気料金を払っておらず税として国が神である我々に支払っているからだ。国民からすれば電気は使い放題みたいな感覚から生み出された装置なのだろうな。まぁ、この世界では電気ではなく光と呼んでいる様だが・・・
でもそのお陰でビデの便座も温かいし、お湯でお尻が洗えるのだ。これはとても良いことだ。
そして届いたビデは僕の依頼通りきれいな桜色だった。二時間程で設置が完了した。
早速、お母さま方やお姉さま達が順番に使ってみた。そして皆さんから大変な好評を頂いた。それはそうだろう。
当然の流れでこの宮殿のトイレ全てにビデを設置することとなった。併せて神宮の方にも設置するし、神宮の外からトイレとビデを使える公衆トイレも作ることとなった。
更に、王家も絶対に欲しがるから必要数を作っておく様に依頼し、ついでにグロリオサ服飾店にも僕の支払いで二台の設置を頼んだ。
ビデが広まれば、この世界の衛生環境は確実に向上することだろう。
お読みいただきまして、ありがとうございました!