12.徹と葉留
僕たちはカラオケに行くため、学校の最寄り駅で待ち合わせした。
僕と葉留と結衣の三人で駅に着くと、改札口の向こうで新奈が手を振っていた。
「まぁ!葉留ちゃん!完璧なモデルね!」
「あぁ、本当だ。新奈と結衣と同じ背丈だね」
「もう百七十五あるわ」
「おーい!うわっ!モデルが一人増えてる!」
「あぁ、徹!妹の葉留だよ」
「え?翼の妹!な、なんて・・・美しい・・・」
徹が葉留を見つめたまま、呆然と立ち尽くし、心はどこか遠くへ行ってしまった・・・
「あ。葉留です!いつも兄がお世話になっています!」
徹は葉留の声に反応しない。
「おい!徹!と・お・る!」
「え?なんか言った?」
「大丈夫か?」
「え?だ、だって・・・あまりにも美しいから・・・」
「まぁ!そんな・・・」
え?葉留も真っ赤な顔しちゃって・・・
「お、おい・・・こ、これはいつものメンバーなのか?」
「あぁ、巧。来たか。こちらは僕の妹の葉留だよ」
「あ。あぁ・・・神宮寺 巧です。よろしく」
「葉留です!兄がいつもお世話になっています!」
「そ、そうか・・・モデル三人と合コンになったのかと思ってしまった・・・」
「巧までそんなことを」
「だって、どこからどう見てもモデルにしか見えないじゃないか!」
「だってさ。結衣、葉留。良かったね」
「ありがとうございます!」
「か、可愛い!」
「徹。まだ自己紹介していないぞ」
「あ!あの・・・僕は・・・榊 徹です。よろしく!」
「はい。徹さん。よろしくお願いします!」
「と、徹さん!・・・あぁ、もう俺、死んでもいいわ」
「ちょっと、葉留!あざといぞ」
「えぇーお兄さま。私はいつもこうでしょう?ねぇ、結衣お姉ちゃん?」
「そうね。葉留ちゃんはいつも可愛いわ」
「そうよ。葉留ちゃんは天使だわ!」
「ありがとう!新奈お姉ちゃん!」
「葉留ちゃん。私は新奈でいいのよ」
「そうね。私も結衣でいいわ」
「えー。でも、二人とも私のお姉ちゃんになるのでしょう?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「ちょ、ちょっと!葉留。何を言い出すんだ!」
「あ!葉留!まさか?」
「あら、私は山頂でのことなんて何も知らないわ・・・」
「あーっ!」
新奈と結衣は真っ赤な顔になった。
「え?何の話?」
徹と巧は話が分からずきょとんとしている。
「い、いや、兄弟の話だよ。何でもないんだ」
あー!全く。葉留め。月の都の山頂での僕ら三人のことを全部見ていたんだ!
「いいからさ、カラオケに行こうよ!」
「あ、あぁ。分かった」
六人でカラオケ店に入り、この前と同じ部屋に入った。まずは飲み物を注文し、誰から歌うかを決めた。
「やっぱり、葉留ちゃんの歌を聞いてみたいわ!」
「結衣お姉ちゃんは聞いたことあるよね?」
「え?九十九さんって、翼の妹さんと交流があるの?」
「あ!あぁ、この前、一度、カラオケに行ったかなぁ・・・ね?」
「あ、えぇ、そうね。行ったわ!」
『こら葉留!結衣が一緒に住んでいるのは内緒なんだぞ!』
『あぁ、そうだったのね。はいはい』
『頼むよ・・・』
そして葉留が一曲目を歌った。外国の歌姫と呼ばれるシンガーの歌を英語で歌った。
全員が凍り付くほど驚いて聞き込んでいた。最早、徹は泣いている。
確かに上手い。というか、声楽家の領域だ。葉留は絶対音感があるし、ピアノもプロ並みの腕前だ。音程を外すこともなく、声量も新奈の上を行っているかも知れない。
曲が終わると徹がリモコンで一時停止し、皆でスタンディングオベーションだ。
そして、ハイタッチをして回る。
「素晴らしい!本物より感動した!」
「徹さん、ありがとう!」
「あぁ、俺・・・幸せ・・・」
また、徹が遠い彼方へ旅立った。
「葉留ちゃん!凄い!声楽家でもやっていけるわね」
「本当にびっくりだ!今日は俺、歌いたくないわ。ずっと聞いていたい!」
「新奈お姉ちゃん、巧さん。ありがとう!」
「私、葉留ちゃんの歌、大好き!」
「結衣お姉ちゃん、ありがとう!」
徹はいつもの様にノリノリで歌って踊った。それを見ている葉留は今まで見たことのない幸せそうな笑顔だった。まさかね?
曲が終わると葉留は真っ先に徹とハイタッチしていた。
その後もふたり並んで座って、楽しそうに話している。もしかして・・・もしかするのだろうか?
僕はいつの間にかずっと二人を目で追っていた。
「翼。さっきから、二人を気にし過ぎよ」
新奈が隣に来て耳元で囁いた。
「え、だってさ、あの二人・・・」
「うん。良い雰囲気なのかもね?」
「えー!でも!」
「駄目なのかしら?何か問題が?」
「え?うーん。でも・・・」
「お兄さまとしては、妹のお相手に厳しくなるのかしら?」
「そ、それは・・・まぁ、そうだね。僕が決めることではなかったね」
「ふふっ。翼は優しいお兄ちゃんなのね。そういう翼も大好きよ」
「ピピーっ!おーい!そこ!接近し過ぎ!警告1だ!」
「あら、ごめんなさい」
巧が茶々を入れてきて新奈は僕から引き剝がされた。
次は新奈が歌った。前回に続き大絶賛の嵐だ。
「新奈お姉ちゃん、最高!凄いわ!」
「新奈。素敵だったわ!」
「流石です。姉さん!」
「葉留さんの次に上手い!」
「新奈の歌。好きだな・・・」
「あぁ・・・翼。ありがとう!」
新奈は僕にしなだれかかってきた。
「ピピーっ!警告2!」
「こらーっ!いい加減にしろ!」
「お前らさ・・・もうできてるだろ?」
「隠しても無駄だぞ!逮捕だ!」
「うーん。どうしよう・・・」
「神代さんを選んだってことなんだろ?体育祭の時に決まったことなんじゃないのか?」
「い、いや・・・それは・・・」
「おいおいおい。はっきりしないな!そこは男らしくだろ!」
巧は他人事だと思って無責任に煽ってくる。
「なぁ、徹、巧・・・絶対に秘密にできるか?」
「ん?それは男と男の約束って奴か?」
「そういうことかな?」
「俺が信じられないのか?」
「科学者にとって、真実はひとつだ!」
「それ、よくわかんないけど・・・」
「俺は秘密と約束は守る男さ」
「俺もだ。科学者は嘘つかない!」
「それ、インディアンだろ?」
「は?それなに?」
「分かったよ・・・新奈も結衣も僕の恋人だ」
新奈と結衣が真っ赤な顔になった。
「えーっ!二人とも?」
「お前!世界中の男の敵だ!」
「くそーっ!何て・・・うらやましいんだ!」
「徹さん」
「え?何?葉留さん」
「徹さんには私が居るでしょ?」
「え?えーっ!ほ、ほ、ほ、ホントに?」
「おい!葉留!さっき初めて会ったばかりだろ!」
「あら?いけないの?お兄さま」
「ホントですか!葉留さん。僕は一生あなたを大切にします!」
「はい。お願いします」
「ちょっと!何言ってるの!」
「お兄さま。妹さんは僕が一生、守ります」
「徹。冗談で言っているんだよね?」
「じょ、冗談な訳あるか!俺は本気だ!今日、初めて会った時にビビッと来たんだ!」
「え?本気なの?」
「だって、こんな美しい人に出会えるなんて・・・もう一生ないことだよ」
「私も本気よ。お兄さま」
「え?だって葉留はまだ、中学二年生だよ?」
「中学二年生は恋をしてはいけないの?」
「いや、恋は自由だけど・・・」
「それなら、良いでしょう?それとも徹さんは私に相応しくないの?」
「いや、そんなことは・・・ない」
「それなら良いでしょう?」
「徹。本当に本気なのか?葉留のこと、まだ良く分かっていないだろ?」
「本気だよ。一生大切にする!誓うよ!」
「え?結婚宣言なの?」
「ま、まぁ、落ち着いて。それはゆっくり考えればいいでしょ?」
「翼こそ、二人とも恋人だなんて絵空事の様なこと言っているじゃないか。でも俺は本気だ。葉留さんほど、美しくて聡明な女性はそうそう居るものではない。この出会いを逃す様では、政治家として大成できないからな。決める時は決める。それが政治家だ」
「何だか、尤もらしいことを大声で言い切ればいいと思っていないか?」
「巧!何だって?」
「あぁ、分かった分かった。俺は認めるよ」
僕の両脇に新奈と結衣が座り、腕にしがみ付いてきた。
「翼。葉留ちゃんが心配なのは分かるけど・・・ね」
「翼君。しばらく見守ってあげましょう。ね?」
「う、うん。分かったよ」
「あー羨ましい!何で俺だけ一人なんだ!」
「巧。運命というものは突然やって来るものなんだよ。今日はそれが俺だっただけだ」
「つまり、俺にも徹の様な出会いが訪れると?」
「勿論だ!」
「翼、他に女兄弟は?」
「え?居るけど・・・」
「紹介してくれ!」
「良いけど、二十四歳と二十三歳なんだけど・・・」
「はっ、八歳上!」
「神宮寺君、そんなに焦らなくても向こうからやって来るわよ」
「そうだろうか?」
「そういうものよ。ガツガツしてちゃ駄目よ。科学者でしょ?」
「そうだな。科学者は冷静であれ。だな」
「知らんけど」
新奈がボケをかまし、小さく舌を出しておどけた。
「ハハハっ!新奈って、面白い!」
「え?そう?」
「そんな新奈も大好きだよ」
「ありがとう!」
「私は歌も歌えないし、面白くもないわね・・・」
「結衣。それは張り合うとこじゃないからね。結衣には結衣の良いところがあるのだからさ」
「うん。分かってる。ありがとう」
「こらーっ!もう警告3だ!なんだ!あっちでもこっちでもいちゃいちゃしてからに!」
気が付くと、徹と葉留もアドレス交換して携帯端末を見ながらいちゃついていた。
「おーい!ここはどこですかー?」
「え?カラオケだけど?」
「いい加減、誰か歌えーっ!」
「あーはいはい。じゃ、私、歌いまーす!」
そうして休日を楽しんでお開きとなった。
家に帰ってから葉留の部屋へ行き話し合いとなった。
「葉留。徹のこと。本気なのか?」
「本気よ」
「だって、初めて会ってすぐなんて・・・」
「確かに会ったのは初めてね。でもよく知っているのよ」
「知ってる?どこかで会ったのかい?」
「いいえ。お兄さまと私は学校の勉強はもう不要でしょ?」
「え?うん。まぁ、そうだね」
「だから授業中とか休み時間とか、お兄さまの意識に入って徹さんや皆さんを見ていたの」
「あ!その手があったか!」
「前からお兄さまのクラスメートは見ていたのだけど、私は徹さんを好きになったの」
「そうか。徹の色々な面を見た上でのことなんだね?」
「徹さんって、空気が読めて気遣いができて優しくて男らしいわ。それに頭も良くて将来性もある。しかも私より背が高くて顔も好みなの」
「分かったよ。そこまで分かっていて好きになったのなら良いんだよ」
「お兄さま。ありがとう。後はいつ正体を明かすかね」
「そうだな・・・新奈と結衣は、確信みたいなものが持てたからこうなっているところもあるのだけど」
「徹さんは、信用できないの?」
「信用は・・・できる・・・かな?」
「それなら真実を明かしても良い?」
「僕は男だから、新奈や結衣に対して責任を持つことができると思うけど、葉留はどうかな?」
「それは男だからとかは関係ないのでは?私が徹さんを愛していれば良いことでしょう?」
「あぁ、そうか。気持ちの問題ではそうだね。そうではなくて、例えば徹は東大へ行って、将来は政治家になるって言っている。せめて東大に合格してからとか就職してからって言うのはどうかな?」
「あぁ、結婚を前提とした経済力のことを言っているのね?」
「それもあるかな」
「徹さんは大丈夫よ。私がそう誘導するもの。そういう面でも彼は御し易いと思うわ」
「葉留。凄いな・・・本当に十三歳なのかい?」
「ふぅ・・・分かったよ。ではまず、お母さまに話そうか」
「もう、話してあるわ」
「え?お母さまは何だって?」
「私の好きにして良いって」
「え?本当に?お父さまは?」
「お父さまも同じよ」
「え?それじゃ、僕だけ?」
「そう。お兄さまだけが知らなかったし、不安に思っているのよ」
「えぇ・・・そんな・・・まさか、新奈と結衣は知らないよね?」
「えぇ、二人は知らないわ」
「あ!ちょっと待って。僕たち三人のことはお父さまとお母さまは?」
「知っているに決まっているでしょう?」
「本当に?」
「えぇ、いつ紹介されるのだろうって、お父さまは待っているわ」
「そうなんだ・・・」
「早めに紹介しておいた方が良いわ。だから、私も徹さんに正体を明かすって言っているのよ」
「そ、そうか・・・分かったよ」
「徹にはどうやって伝えようか?」
「今度のお休みの日に、お兄さまが結城の家に連れて来てくれますか?」
「そこで真実を伝えた上で、月の都へ連れて行く。って感じかな?」
「えぇ、それで良いわ」
「徹の両親はどうしよう?」
「お兄さまは徹さんのご両親を知っているの?」
「知らないけど?」
「徹さんのお父さんは国会議員よ」
「え!嘘!」
「お兄さま。何も知らないのね」
「徹のお父さんが国会議員だって?」
「榊高臣、衆議院議員で財務大臣。更に首相候補と目されている方なのよ」
「な、何だって?財務大臣!しかも首相候補?」
「えぇ、そうよ。徹さんはね。あぁ見えて、大変な努力家なの。毎日、部活を終えて家に帰ってから三時間は勉強しているわ」
「あの徹が?」
「周りからは余裕がある様に見られたいのよ。努力してます!みたいに見られたくないの。カッコイイでしょう?」
「葉留、なんで徹のことをそこまで知っているの?」
「徹さんを気に入ってからは徹さんの意識に入ってずっと生活を見ているもの」
「ストーカーだ!」
「そうかも知れないわね。でも結婚相手の調査は必要でしょう?」
「おいおい、お風呂に入っている時も見ていたりしないだろうね?」
「・・・」
葉留はポッと赤くなった。
「あ!こら!葉留!」
「良いでしょう?結婚する気なんだから。お兄さまだって新奈お姉ちゃんを覗けばいいじゃない。結衣お姉ちゃんの方は、いつでも一緒にお風呂でもベッドでも入れるしね」
「僕はそんなことしません!」
「葉留がこんなにませていたとは・・・」
「知識ばかりがどんどん増えていくのだもの。仕方がないことでしょう?まさか、お兄さまだって自分が普通の十五歳だとは思っていないですよね?」
「まぁね。僕たちの頭でっかちは尋常ではないからね・・・それは認めるよ」
「では、お兄さま。徹さんを連れて来てね」
「分かったよ」
そうか・・・徹が葉留の・・・ね。
お読みいただきまして、ありがとうございました!