24.間違った知識
メリナ母さまとルチア母さまが妊娠したことにより、計画を変えることにした。
「お父さま、女性の性の知識の本を各国に配布しに行く話なのですけれど、お二人が妊娠したことで、ジギタリス王国とユーフォルビア王国にはお二人が行けなくなりました」
「そこで考えたのですが、こちらから訪問するのは取り止め、全ての国の方達に此処へお集まり頂いて、神宮でご説明ができればと思っています」
「本の方はあと三か月後に三千七百冊用意ができる見通しです。七大国には二百冊ずつ、それ以外の国には百冊ずつ配布します」
「説明をする相手として、各国からどんな人を呼ぶのが良いのでしょう?」
「はい。マリー母さま。王と王妃、宮司、学校の教師、有力な貴族、それと各国の政を担当する人は何という役職でしょうか?その人も」
「宰相か大臣ですね。王家の者か公爵家の者であることが多いですね」
「では、その方を。それとお父さま。神宮の大広間には何名位入れるのでしょうか?」
「三百名は入れると思うぞ」
「では、各国十名までと伝えれば良いですね」
「月夜見、皆を此処へ呼ぶ意図は他にもあるのかな?」
「はい。まずはやはりメリナ母さまとルチア母さまの件を報告したいですね。正しい理解の基に正しく性交すれば子は授かるのだということを教え説くのです」
「三か月後でしたら、お二人共安定期に入っておりますし、お腹も目立ってきますので。それと下着と生理用品についてもグロリオサ服飾店を交えて見本の説明ができます」
「あとはそれまでにビデを完成させて、見本と使い方、その必要性を知って頂き、これも全ての国で普及させたいのです」
「そうだな。服飾店の者や大工を連れて回らずに済むし、三か月後であれば招集を掛けても問題なく集まれるだろう」
「こちらから招集して拒否する国はありますか?」
「いや、それは無いな。王は基本的に神の一家に対して絶対服従の関係性だからな」
「そういうものなのですね。分かりました。では僕はビデの製作を急ぎます」
それから数日後に大工が神宮へとやって来た。
大工はやはり、カンパニュラ王国の人間なのでオリヴィア母さまに同行頂いた。オリヴィア母さまは、いつもの様に僕を抱くと耳元で囁いた。
「月夜見さま。アルメリアさまの胸の検診をされたとか。私にもしてくださいませんか?」
「えぇ、勿論、構いませんよ」
「では、後で戻った時にお願いいたします」
「分かりました。では飛びますよ」
「シュンッ!」
神宮へ瞬間移動すると巫女が待っていた。
「こちらへどうぞ」
いつもの客間へと通される。そこには如何にも大工といった風貌の五十歳代位の男性が立っていた。その隣には三十歳代位の女性を伴っていた。
「パブロ。お久しぶりですね」
「オリヴィアさま。お久しゅう御座います」
「パブロ、こちらが玄兎さまの世継ぎでいらっしゃる月夜見さまです」
「初めまして。月夜見です」
「初めてお目に掛かります。お会いできまして光栄で御座います。私は大工のパブロ、こちらは弟子のローラです」
「パブロ、ローラ。よろしくお願いいたします」
「それで今日はどの様なご依頼なのでしょう?」
「それは月夜見さまの発案ですので、月夜見さまより説明して頂きます」
「月夜見さまが?で御座いますか」
「パブロ、ローラ。これからお話しする私のことについては、あまり公にして欲しくないのですが、私はこの世界に生まれる前、別の世界で生きていました。二十五歳で死に、この世界へ転生したのです」
「そして以前の記憶が残っているために、まだ三歳でありながらこの様に話せますし、これからお話しする新しいものの提案もできるのです」
「そ、そんなことが・・・で、でも神なのですから・・・分かりました。お聞きします」
パブロは少し赤い顔をして目を見開いていた。
「ご理解頂き感謝します。早速なのですが今回、作って頂きたいものはビデというものです」
「びで。で御座いますか?」
「えぇ、トイレの隣にもうひとつ便器があると想像してください。ひとつは今までのもの。その隣に作るのは、お尻や性器を洗うだけの便器です。それをビデというのです」
「お尻を洗う?のですか?」
僕はその必要性を説明した。ローラには通じた様で、うんうんと頷いていた。
「それはどの様に作れば良いのでしょうか?」
「まず形、大きさ、材質は今までの便器と同じで構いません。水が下水に流れて行く構造も同じです。違うのは便器のこの位置に蛇口を設置して、栓を捻ればお湯が出るという仕組みにするのです」
僕は便器の絵を上から見た図と横から見た図を描いて説明した。
「あぁーなるほど。難しくはないですね。これならすぐにできるな」
「水ではなく、三十七度位のお湯が常時でる様にできますか?」
「はい。できます。光で湯を沸かす装置はどの家にもついています。そこから通すお湯の量と水の量を合わせるところで調節すれば良いのです。風呂と同じですから」
「それは良かった。あと色なのですが桜色にして頂けますか?」
「桜色にするので?」
「はい。今までの便器と同じ色だと間違ってビデに用を足す人が出兼ねないのですよ」
「あぁ、なるほど!分かりました」
僕は更にお湯の出る勢いの調整がミソであることも事細かに説明した。
「どこに作れば良いのでしょうか。月宮殿と神宮でしょうか?」
「はい。まずはそうです。その後はこのビデを世界中に広めたいのです」
「せ、世界中に!で御座いますか?」
「はい。これはとても重要なことなのですよ。今から三か月後にこの神宮に世界各国の王家、要人に集まって頂きます。そこで、このビデを紹介して世界中に普及させるのですよ」
「で、でもそんなに沢山は作れないかと・・・」
「えぇ、それはそうでしょう。ですからパブロにはこの国の分だけでも作って頂きたいのです。それで設計図を各国に持ち帰ってもらい、それぞれの国でその国の分は作って頂きますので」
「この国の分だけでも大変な数なのでは?」
「それに関しては、大工の組合などもあるのではありませんか?そこで協力して地区で分担すれば良いと思うのですが?」
「かしこまりました。それで、このびで?の発案料は如何致しましょうか?」
「はい。発案料を三割とするならば、私には一割だけ、残りの一割分は大工の賃金を増やしてください。そして残りの一割分は売値を安くしてください」
「そ、その様なこと!よろしいのですか?」
「これから大変な数を作って売ることになるのですから利益は十分に出ることでしょう。そして大工の賃金も増やして人手を多く確保できる様にするのですよ」
「あ!あぁ、なるほど。そういうことですね。よく分かりました」
「では、できましたら月宮殿に設置に来てください」
「かしこまりました。本日はありがとうございました」
「オリヴィア母さま。それでは帰りましょうか」
「えぇ、月夜見さま。帰ったらお願いしますね」
「え?あ!そうでした。検診ですね。分かりました」
よし、良い機会だ。検診しながらオリヴィア母さまの心を読んでみようかな。
月宮殿に戻るとすぐにオリヴィア母さまの部屋に連れて行かれた。
「オリヴィア母さま。胸の検診はどの様にするのか、お母さまから聞いていらっしゃるのですか?」
「えぇ、手で揉むのでしょう?」
「も、揉むのではありませんよ!触診といって直接触れて確かめるのです」
「えぇ、そうでしたわね。ではお願いします」
そう言いながらするすると脱いでしまう。うーん。それにしても美しい女性だな。
「では、ベッドの上に座ってください」
僕はベッドの上に立ち、オリヴィア母さまの胸を片方ずつ触診していった。と同時に意識をオリヴィア母さまの心に集中する。すると心の声が聞こえて来た。
『月夜見さまって本当に可愛いわ。こんな風に胸を触って頂けるなんて、それに触り方もお優しいし。あぁ、なんて幸せなのかしら。どうして男の子ってこんなに可愛いの・・・』
うーん。なんだ。その程度なのか。変に疑って申し訳ないな。確か母親って男の子が特別可愛く感じるっていう話を聞いたことがある。それなのか。あれ?ではもしかしてオリヴィア母さまも男の子を生めば良いのでは?
「はい。終わりました。胸に問題は見つかりませんでした。大丈夫ですよ」
「良かったわ。また、お願いしますね」
そう言いながら僕を抱きしめて来た。
「いつでも抱かせてくれるって言いましたよね?」
「え、えぇ、まぁ、そうですね。どうぞ・・・オリヴィア母さまは今、三十歳でしたか?」
「まぁ、私の歳を覚えてくださっているのですか?」
「はい。覚えていますよ。それでなのですが、三十歳であればまだお子さんは生めると思うのです。そんなに男の子が可愛いのであれば、これから作れば良いのではと思うのですが?」
「え!私はまだ、生めるのですか?もう三十歳なのですが?」
「え?この世界では、子を産めるのは何歳までと思われているのですか?」
「遅くても三十歳だと聞いていました。私は今からだと三十一歳で生むことになってしまいますので諦めていたのです。もしかして私はまだ産めるのですか?」
「勿論ですよ!私の前世の世界では四十歳で初めて子を生む女性も珍しくはないのです。まぁ、若い方がより妊娠し易いですし、子供が病気になる危険も少ないのですが、既に二人生んでいて三十歳ならば何も問題なく生める筈です」
「まぁ!嬉しい。では早速、計画を立ててくださいまし!」
「分かりました。では明日から基礎体温表をつけましょう」
それから一時間程、オリヴィア母さまに抱かれて過ごした。勿論、悪くはない。
その夜、晩餐のあとのお茶の時間に新しい家族計画の話を皆に話した。
「皆さん、今日、驚く話をオリヴィア母さまから聞きました」
「驚く?それはどんな話かな?」
「お父さま。この世界では女性が子を生めるのは三十歳までとの話が定説となっているとか?」
「うむ。そうだ。だからメリナとルチアしか生みたいと言い出さなかったのだからな」
「そうだったのですか!それは驚愕の事実です。メリナ母さまとルチア母さまは前世の世界の医学の常識通りに妊娠しましたので、この世界の女性も同じだと考えられます。そして前世の世界では、女性は生理がある限り妊娠はできたのです」
「え?何歳くらいまで妊娠できるのですか?」
「極端な例ですが、六十歳代でも生んだ方は居ますよ。少なくとも三十歳代で初めての子を産むことは普通のことですし、四十歳代でも減ってきますがあります。そして二人目、三人目ならば四十歳代でも問題なく生めますよ」
「では、私達は四十歳代になっても生めるのですね!」
「勿論です。お母さま方は既にお二人生んでいるので問題なく妊娠は可能ですし産めますよ」
「私、男の子を生みたいです!」
「私も!」
「私もです!」
「勿論、私も!」
「マリー母さま、シルヴィア母さま、ジュリア母さまにシャーロット母さまもですね。ではオリヴィア母さまと同じ様に明日から基礎体温表をつけましょう。皆さん、生理の周期表はつけていたので、すぐに実行できると思います。お父さま、ちょっと大変ですが頑張ってくださいね」
「う、うん?頑張るのだな・・・分かった」
部屋に戻ってお母さんとベッドに入った。
「月夜見。どうして急にこんなことになったのですか?」
「お母さまがオリヴィア母さまに胸の検診の話をしたからですよ」
「あら?それがどうして?」
「前々からオリヴィア母さまは僕に執着する傾向があったのです。隙あらば抱きしめたい。みたいな感じで」
「あぁ、そうですね。オリヴィア姉さまは本当に月夜見が好きだといつも言っていました」
「はい。それで何でだろうと思って先程、胸の検診をしながらオリヴィア母さまの心を読んでみたのですよ」
「まぁ!そんなことを?」
「えぇ、そうしたら可愛い、可愛いって。結局それだけでした」
「そうでしょうとも・・・」
「はい。それでオリヴィア母さまにそんなに男の子が可愛いなら自分で産めば良いのでは?とお聞きしたのです。そうしたら自分はもう三十歳だから産めないと」
「それで、そんなことはないと月夜見が説いたのですね」
「そうです。それで先程のお話になった訳です」
「よく分かりました。それにしても三十歳ではもう産めない。なんてどうしてそんな話になったのでしょうか?」
「まぁ、これは下衆な推理になりますが、元々、この世界では妊娠は難しいものだと思われていました。それを良いことにもっと若い嫁が欲しくて、三十歳ではもう子が産めないなどと言い放った貴族の男が居たのではないでしょうか?」
「それは・・・確かに言いそうなことですね」
「お母さまはどうしますか?」
「私は月夜見が居ればそれで良いです」
「では僕がお母さまを独り占め。ということで良いですか?」
「嬉しいわ!私も月夜見が結婚するまでは月夜見を独り占めするわ!」
そう言って抱きしめられた。僕が結婚するまでか・・・結婚なんて考えられないけれどね。それにしても、お母さんは母親という感じがしないな。僕に前世での母親の記憶が無いからかな?
このアルメリアという女性を愛おしく思う気持ちは母親に対するもので合っているのか心配になるくらいだ・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!