10.新奈と結衣の作戦
結衣とお母さんたちは買い物から帰って来た。
大量の袋を抱えてと言いたいところだが、買う度に念動力で結衣の部屋へ送っていたから三人は、ほぼ手ぶらだった。
「ただいま!」
「あぁ、お母さま。葉留。お疲れさま。ありがとう!」
「買い物、楽しかったわ」
「結衣お姉ちゃん、遠慮がちだから無理やり沢山買ったの!」
「葉留がコーディネートしてくれたんだね?」
「えぇ、お兄さまの好みでね!」
「え?何で僕の好みなの?結衣の服でしょう?」
「だって、結衣お姉ちゃんが・・・うぐぐ」
「あー!葉留ちゃん。それは言わないで!」
結衣は葉留の口を塞いだ。
「って、結衣お姉ちゃん。お兄さまに隠し事したって駄目、って言ったでしょ?」
「あ!そうだった!あーっ・・・」
「まぁまぁ、楽しかったのなら良かったね」
「それは、もう!」
「それじゃぁ、今晩は結衣ちゃんの歓迎パーティーね」
「わーい!パーティーだ!カラオケしましょう!」
「それ葉留が歌いたいだけじゃない!」
「七海お姉ちゃんだって好きなくせに!」
「まぁね!」
「さぁ!それじゃ、夕食まで結衣の部屋の片付けを手伝ってあげて」
「はい。そうします。結衣、行こうか」
「はい」
結衣の部屋へ入ると、買い物した衣装や靴にバッグが山の様にあった。
「これ、みんな買ったのか!」
「あのね。そんなに要らないって言ったのに。いいからいいからって」
「あぁ、お母さまと葉留のことだからね・・・許してあげて」
「許すなんてそんな!こんなに買って頂いてしまって・・・良いのかしら?」
「良いんだよ」
買ったものを片付けながら僕らは話をした。
「そう言えば、結衣には知らせておかないといけないことがあるんだ」
「はい。何でしょう?」
「この前、新奈のお父さまの神代重工へ行って話をしたんだ」
「そう言えば、そんなことになっていたのよね。それでどうなったの?」
「うん。僕が造った反重力装置を使って、六つのプロジェクトを立ち上げることになったよ」
「それって大変なことよね?忙しいなんてものでは済まないのでは?」
「うん。でも地球を救うためには必要なことだからね。仕方がないさ」
「やっぱり神さまの子なのね。私に翼君を手伝うことはできるかしら?」
「そうだね。時にはお願いすることもあるかも知れないね。でも結衣には結衣がやりたい、もの作りをして欲しいと思っているよ」
「えぇ、どちらもやりたいわ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「私も翼君を手伝えるのは嬉しいわ」
「それとね。僕が神の息子であることは、神代重工の社長と秘書だけには伝えたんだ。それに新奈にもね。正確には新奈のお父さまが新奈に伝えたのだけど」
「そう。新奈も知っているのね。良かった・・・」
「新奈も知っているのは良かったことなの?」
「えぇ、私たちの中では隠し事をしたくないの」
「それはもしかして、僕が関わっている?」
「えぇ、そうね」
「今度、新奈と話をしても良いかしら?」
「勿論だよ。あ!そうだ。二人を月の都へ招待しようか?そこでなら大きな声で話しても大丈夫だよ?」
「まぁ!本当に?じゃぁ、それを新奈に伝えても良いかしら?」
「構わないよ。では新奈の都合を聞いておいてくれるかな?」
「分ったわ」
そして結衣の新しい生活は始まった。
結衣と新奈が都合を合わせた日となった。新奈は東雲さんに送られて僕の家に来た。
セバスが最大警戒態勢で門まで出て行き対応していた。
新奈はそれ程、緊張していない。執事ではないにしろ、秘書の東雲さんがいつも近くに居たりするからなのだろう。
「新奈、いらっしゃい」
「翼!凄い家ね!私の家より大きいわ。それに執事まで居るなんて。もうビックリ!」
「あ、新奈。おはよう!」
「あ、結衣。もう来ていたのね」
「あぁ、そうか。新奈。ちょっとこちらに来てくれるかな?」
僕ら三人は、まず二階へ上がり結衣の部屋へ入った。
「あら?ここは?妹さんのお部屋?入っても大丈夫?」
「新奈。ここは私の部屋なの」
「え?結衣の部屋?え?ここって翼の家なんじゃ?」
「そうだよ。新奈、結衣は大学卒業まで、この家に住むことになったんだ?」
「???」
「新奈、ごめんね。分からないわよね?」
「結衣のお父さんは僕の戸籍上の親である結城繁さんと一ノ瀬電機の同期入社で親しかったんだ。その後、結衣のお父さんは家電メーカーを立ち上げて独立したのだけど、去年、火事で結衣の両親とお兄さんは亡くなってしまったんだ」
「え?そんな!」
「その後、結衣は親戚に引き取られたのだけど、財産目当てで食い物にされてしまってね、辛いことになってしまったそうなんだよ」
「それで高校入学と共に一人暮らしをしていたんだけど、このままでは、あまりに厳しい生活になってしまうので、繁お父さんが見兼ねて、結衣を引き取ることになったんだ」
「何てこと!結衣。あなた大丈夫なの?」
「うん。今は、ここに住まわせてもらって落ち着いたわ」
「あぁ、それで元気になって伊達眼鏡もやめたのね?」
「新奈、校外ゼミの時に聞かれたのに・・・話せなくてごめんなさい・・・」
「そんなこといいのよ!・・・え?ちょっと待って。翼の部屋は?」
「それは隣だけど?」
「えーっ!夜眠る部屋が隣なの!ちょっと!行き来していたりしないでしょうね?」
「翼君はこの家には泊まらないのよ」
「嘘!本当に?」
「あぁ、それなら僕の部屋を見れば良いよ」
「え?見ても良いの?」
「どうぞ、ここだよ」
三人で隣の部屋へ移動した。
「タタタッ!」
「ぼふっ!」
部屋に入るや否や、新奈は走ってベッドにダイブした。
「ちょ、ちょっと!」
「ホントだ!翼の匂いがしないわ」
「そ、そうでしょう?使っていないんだ」
に、匂いって・・・新奈って凄いな・・・
「翼君はこの家の地下にある研究室と食堂にしか行かないのよ」
「それじゃぁ、どこで寝ているの?」
「それは月の都だよ。これから行くからね」
「そうなのね」
一階に戻ると、早苗お母さんに新奈を紹介した。
「さぁ、そろそろ行こうか」
「どうやって行くの?」
「そりゃぁ、瞬間移動だよ。玄関に行って靴を履こうか」
玄関へ移動し、三人で靴を履いた。
「では、行くよ!」
「はい!」
「シュンッ!」
「うわぁ!ここは何!」
「凄い!きれいなお庭!」
「ここは城の庭園だよ」
「あ!お城だわ!何て可愛くて素敵なお城なんでしょう!」
「本当に!青い屋根と白い壁の色合いが美しいわ」
「あ!東京湾が見えるわ」
「あ!遠くにスカイツリーも見える!」
「結衣!こっちには富士山が見えるわよ!」
「本当に空に浮いている月の都に来たのね!」
「あぁ、夢みたいだわ!」
「新奈さん、結衣お姉ちゃん、こんにちは」
「あ!葉留ちゃん!」
「新奈、妹の葉留だよ」
「あ。初めまして!神代 新奈です」
「葉留です。兄がいつもお世話になっています」
「きゃーっ!何て可愛いの!絶対、モデルになるべきよ!」
「あ!私は音楽関係に進むので」
「葉留はピアノ演奏を極めたいんだよ」
「では音大に進むのね?」
「えぇ、そのつもりです」
「新奈さんは、アーティストになるのですよね?」
「えぇ、そのつもりよ」
「今度一緒にカラオケに行きませんか?」
「え!是非!行きましょう!翼も!結衣もね!」
「えぇ、皆で行きましょう!」
「葉留。いつまでもそんなところで・・・」
「あ!お母さま」
「こんにちは。お邪魔しています」
「結衣ちゃん。ゆっくりして行ってね」
「新奈さん、かしら?初めまして。翼の母の瑞希です」
「あ!お母さまですか!初めまして。神代 新奈です!」
「まぁ!二人とも素敵なお嬢さんね。これでは選べないわね・・・」
お母さんが何やら不審なことを呟いた。
「さぁ、サロンにどうぞ」
皆でサロンに入りソファに座るとエリーがお茶を運んできた。
新奈と結衣がゼンマイ仕掛けの人形の様に「びよーん!」と立ち上がり、挨拶をしようとした。
「新奈、結衣。あれはエリー、人間ではないんだ」
「え?彼女もアンドロイドなのですか?」
「結衣。そうなんだ。ここでは僕や葉留の子守りのために女性型なんだよ」
「新奈。結城の家に居た、執事のセバスとこの侍女のエリーはアンドロイド。ロボットなんだよ。異世界の技術ではこの様にどうみても人間の様な完成度のロボットが出来ているんだ」
「信じられない・・・アンドロイド・・・人間にしか見えないわ・・・」
新奈が呆然としている。と、そこへお父さんが入って来た。
「あ!」
結衣がすぐに反応して、先程と同じ様に飛び上がった。でも新奈はきょとんとしている。結衣は新奈の肩をトントンと叩き、指をくいっと上にしゃくり上げ「立て!」と訴えている。
やっと気付いた新奈は大慌てで立ち上がり、真っ赤な顔して直立不動となった。
「やぁ、結衣さん、新奈さん。よく来てくれましたね。あぁ、新奈さんは初対面でしたね。初めまして、天照です」
「あ、あ、あ・・・あの、は、初めまして。あ、あの・・・じ、神代 新奈と申します」
「新奈、緊張し過ぎだよ。大丈夫だから」
「あ、翼・・・」
新奈が涙目になって助けを求めている。そんなに緊張するのかな?結衣は二回目だからそんなことはないのだけど。
「いつも翼がお世話になっていますね。ありがとう」
「そ、そんな!お世話になっているのは私の方です。ありがとうございます」
「今日はゆっくりしていってくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
新奈があまりにも緊張している姿を見て、お父さんとお母さんは下がって行った。
「あぁ・・・緊張したわ・・・こんなの初めて!」
「そうだよね。新奈はちょっとやそっとでは人見知りや緊張なんてしない人だと思っていたよ」
「そうなの。人見知りも緊張もしないと自分でも思っていたわ。でも、天照さまは別格よ」
「どんなところが?」
「だって、う、美し過ぎるわ・・・神さまってそういうことなの?思い出しただけで緊張して声が出なくなってしまうわ」
「そんなに?結衣もそう思うかい?」
「私も初めてお会いした時は、驚いたわ。でもあまり直視しないで翼君を見て落ち着こうとしたから、新奈ほどのことにならなかったのだと思うの。新奈の気持ちは分かるわ」
「そうよね!結衣!でもそれは良い案だわ。翼の顔を見て落ち着かせるのね」
「そうなんだ・・・ふーん。っていうことは、僕は大したことはないってことだね?」
僕はふたりをからかって、わざとすねた振りをしてみた。
「そんなことないわ!」
「そうよ。私は初めて会った日から何日もまともに翼君の顔を見られなかったもの」
「そうよね。翼は学校のクラスメートがスタートだから、ハードルが低かっただけなの。許されるなら一日中顔を見ていたいわ」
「そう。二人ともありがとう」
僕ってちょろいのかな?
「さて、では僕の部屋でも見学するかい?」
「見たい!いいの?」
「いいよ。じゃぁ、こっちだよ」
「ここが僕の部屋だよ。隣は葉留の部屋だ」
「廊下もきれい!本当にお城なのね!」
新奈も結衣も、見るもの全てが珍しいらしくキョロキョロと見回していた。
「さぁ、どうぞ」
「お邪魔します」
「やっぱり、研究室っぽいのね」
「本と研究材料が凄いわね。どこで眠るの?」
「あぁ、ベッドはあの奥だよ」
3Dプリンターの向こうの奥にベッドはあるのだ。三人でそちらへ行くと、
「ここが翼のベッド!」
「ぼふっ!」
またしても新奈は僕のベッドにダイブした。
「あぁ、良い匂い!」
「ちょっと、新奈!恥ずかしいな・・・」
「私も・・・」
おずおずと結衣までもが僕のベッドに横になって匂いを嗅いでいる。
「あ!ねぇ、翼。私たち大事な話があるの。このままここでお話ししては駄目かしら?」
「え?ここで?庭園とかではなく?」
「庭園は広過ぎて落ち着かないわ」
「二人がそこで良いって言うなら構わないけど・・・」
「やった!」
「じゃ、話が終わったらサロンに来てね」
「サロンって言うのね。さっきお茶を頂いた部屋ね?」
「うん。待っているよ」
「翼、ありがとう!」
翼が居なくなって新奈と結衣は翼のベッドに寝転がりながら二人で話をした。
「結衣。ちょっと布団に入っちゃおうよ!」
「そうね。チャンスね」
二人で掛布団までしっかり掛けて、翼の残り香を胸いっぱいに吸い込んだ。
「結衣。あなたが翼の家に住んでいたとはね」
「言わなくてごめんなさい。引っ越したのは先週のことなの。突然のことだったし、その時にこうして二人とも月の都に招待するって言われたから、ここで話そうと思ったの」
「ううん。それはもういいの。やっぱり私より結衣の方が優位なんだわ」
「え?優位?何が?」
「結衣の方が翼に近いのよ」
「そうかしら?」
「でも今の翼君は彼女とか結婚相手とかを求めていないでしょう?」
「そうなの。この前、はっきりと言われたわ」
「それじゃ、新奈は告白したの?」
「したわ。でも結衣の言う通りだったわ」
「結衣は告白したの?」
「ううん。それらしいことを言っても全く反応が無かったわ。だって鈍感なんだもの」
「そうなのかしら?だって翼は人の心が読めるのよ?」
「あぁ、それはそうね。私の心は入学式で初めて会った時からずっと読まれていたみたい」
「どうして分かったの?」
「この前、話したの。前から翼君は私の考えを理解して気遣ってくれていたって言ったら、それは初めから心を読んでいたからだって、そう言われたの」
「そうね。私も全部読まれていたのね。だから翼は私たちの気持ちは分かっているのよ」
「その上で、私たちは彼女にも結婚相手にも考えてもらえないのね」
「結衣。それは違うわ。まだ早いと思っているだけだと思うの。三人共、その前にまだやることがあると考えているのだと思うわ」
「その前って、結婚ってこと?」
「そうよ。翼にとって彼女は結婚相手なのよ」
「確かに十五歳では結婚は早いわね」
「でも、それもまた違うみたいなの。神さまの住む異世界には、天照さまの奥さまが八人いらっしゃって、その子供が三十二人も居るのですって」
「まぁ!そんなに!」
「その世界では一夫多妻制で、兄弟は十五歳で次々に結婚しているのだそうよ」
「あぁ、そうか。彼にとっては十五歳で結婚は当たり前だけど、日本では当たり前ではないから、まだ早いって思い込もうとしているのかしら?」
「そうかも知れない。だから彼女を作って恋愛するってことも、結婚では相手を一人に絞る意味もよく分からないらしいの」
「え?それって・・・」
「そう。私と結衣の二人とも選ばれても良いのよ」
「え?それって結婚は?」
「日本で戸籍上の結婚に拘るなら一人だけになるわよね?でも戸籍はどうでもよくて、翼と一緒に生きていけるだけで良いなら、受け入れてもらえるって話よ」
「新奈はそれで良いの?」
「私は元々、公には翼と付き合えないし、戸籍上の結婚もできないのよ」
「どうして?」
「私は神代 重工の社長の娘よ、そしてモデルでアーティストも目指している。そんな目立つ人に恋人や結婚候補が現れたら、取材や調査が入ってしまうでしょう?」
「それは・・・そうかもね」
「だから、翼と公に付き合うならば、私はその時点で自分の仕事や夢を諦めて、地下に潜る様な生活を選ばなければならないのよ」
「そんなことできないでしょう?」
「そうね。何より、私が自分の夢を諦めて翼を選ぶって言ったら、翼がそれを許さないわ」
「えぇ、それは絶対にそうだわ」
「だからね。結衣の方が優位なの。結衣は翼の恋人になっても戸籍上で妻になっても騒ぐ人が居ないし、相手を調査しようとする人も居ないでしょう?」
「そう言われると・・・そうかも知れないわね・・・」
「仕事だってこのまま、もの作りを翼と一緒にやっていけるのだもの」
「そうね。翼君の仕事を手伝いながら、私の好きなものを作れば良いって言ってくれたから」
「そうでしょう?だから結衣はこのままずっと一緒に居て、結婚したら良いのよ」
「え?新奈は?」
「私だって諦めないわ。恋人宣言はできないし、戸籍上の結婚もできないけど。結衣が許してくれるなら、二人目の妻になるわ」
「そんなこと可能なの?」
「今、結衣が住んでいる家だって、この月の都だって、日本の中にありながら隔絶されたスペースになっているじゃない?だから結婚生活は可能だと思うわ」
「翼君はそれについて何て言っているの?」
「戸籍に拘らないなら可能だろうって意味のことを言っていたわ。だから、私は必ず翼のお嫁さんになるって言ったの」
「もう宣言したのね・・・」
「えぇ、言ったわ。そして拒否はされていない」
「結衣も宣言してしまいなさいよ」
「え?でも今の翼君は・・・」
「そんなこと言っていたら、この前の一ノ瀬電機の社長令嬢だって出て来るかも知れないのよ」
「そうね。ライバルは多そうね」
「では、新奈は私と一緒に翼君のお嫁さんになっても良いのね?」
「結衣はどうなの?」
「勿論、選ぶのは翼君だけど、私は誰と一緒でも構わないわ。勿論、新奈なら嬉しいし」
「本当?」
「本当よ」
「それならもう一度、二人で翼に求婚しない?」
「え?今から?ここで?」
「そうよ。だってこうやって二人揃って月の都に招待されることなんて、次はいつあるのかも分からないのよ?」
「そう言われたら確かに・・・そうだわ。それに招待してくれているのは私たちが翼君にとって特別だから・・・そう思っても良いのかしら?」
「そうよ、絶対そうだわ」
「そうね。そう考えればそうなのね。でも何て言って求婚すれば良いの?」
「それは私に任せて。結衣は私の言葉に続いて同じ様に話せば良いのよ」
「二人で畳み掛けるのね?」
「そういうこと!」
「それじゃぁ、いい?ミッションスタートよ!」
「いいわ」
新奈と結衣のプロポーズ大作戦が始まった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!