9.翼の自宅訪問
今日、繁お父さんと早苗お母さんが結衣の家を訪問する。
僕が家の住所を伝えておいたのだ。敢えて事前には連絡していない。警戒されない様にと考えてのことだ。
僕は早苗お母さんの意識に入り込み、視覚に入ることで同行した。今日は土曜日だ。午後のお昼過ぎ、早苗お母さんは駅前でケーキを買ってアパートを訪ねた。
「ピンポーン」
「はい」
「初めまして。一ノ瀬電機の結城と申します。お父さまに世話になった者です」
「結城?」
「ガチャ」
「結城さん?」
「はい。結城です。九十九 結衣さんですか?」
「はい」
結衣は二人の顔をまじまじと見つめた後、少し気落ちしたかの様に俯いた。
「私はお父さんの九十九正さんと一ノ瀬電機に同期で入社した結城 繁と申します。こちらは妻の早苗です。早苗も一ノ瀬電機で働いていたので、九十九さんのことは知っています」
「そうなのですね。そ、それで今日は?」
「あの、中でお話させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。気が付かなくてごめんなさい。どうぞ」
「突然にすみません。これ、ケーキです。召し上がってください」
「あ、そんな・・・ありがとうございます」
「あの、凄く狭くて・・・こんなところでごめんなさい。すぐにお茶を淹れます」
「大丈夫です。お線香をあげさせて頂いてよろしいですか?」
「あ、ありがとうございます。是非」
結衣がお茶を淹れてくれている間に、繁お父さん達は順番に線香をあげた。
「あの、お茶をどうぞ。揃いの湯飲みもなくてすみません」
「お構いなく。こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ありません。実は私達はご両親の葬儀に参列していたのです」
「あ!そうなのですね。その節はありがとうございました」
「その時に結衣さんは親戚のお宅に行かれると聞いたのです。でも最近になって、結衣さんがお一人暮らしをされていると耳にしたものですから」
「あ・・・そ、そうなのです。親戚の家とはちょっと・・・」
「何か問題があったのですね?」
「あ、あの・・・」
「無理に話さなくて良いのです。それで失礼なのですが、お一人で暮らすことになって、生活費は大丈夫なのですか?」
「あ、はい。父の事業を清算し、家の土地を売ったお金がまだ少し残っています。高校三年間くらいは生活できると思います」
「その後は?」
「はい。大学の学費は奨学金で賄い、生活費はバイトしようと思っています」
「うーん。失礼だが、それでは就職後も借金に追われ、生活もままならなくなるのでは?」
「でも親戚の家には戻れませんし、祖父母も地方に住んでいて、しかも高齢で介護が必要な状況なのです・・・仕方ありません」
「あの、こんなことを急に申し出ておかしいと思われるのは承知しているのですが・・・結衣さん、私たちの家に身を寄せませんか?」
「え?私が?結城さんの家に?どういうことでしょうか?」
「九十九さんには大変、お世話になったのです。そのお嬢さまがひとりで苦労なさっているのを見過ごすことはできないのです。大学を卒業するまででも良いのです。勉強に集中できる環境を提供させてもらえないでしょうか?」
「そ、そんなこと・・・」
「結衣さん。私たちには五人も子供が居るの。ひとりくらい増えても何でもないことなの。それにね、子供部屋が丁度一部屋空いているのよ。使わないなんて勿体ないでしょう?」
「そうなのです。それに私は今、一ノ瀬電機で海洋プラスチック除去のプロジェクトの責任者をしているのです。それに取締役にも就いている。もの作りに関してはお父さんと同じくプロのつもりです。娘の結衣さんにも優秀なもの作りのプロになって欲しいと思っているのですよ」
「え?もの作りが・・・本当に良いのですか?私なんかがお世話になっても」
「あなたにうちに来てもらいたいのですよ」
「是非、そうしてもらえないかしら?結衣さんは何月生まれなの?」
「わ、私は二月生まれです」
「そう。それならば、姉が二人、兄が一人、そして妹と弟が一人ずつ増える感じになるわ。六人兄弟の四番目よ。どうかしら?」
「急に言われても返事はできないですよね?どうだろう、一度うちを見に来てもらえないかな?」
「え?お家を見て、それから決めても良いのですか?」
「勿論だよ。いつなら都合が良いかな?」
「あ、明日なら・・・予定はないですけれど・・・」
「え?明日で良いの?よし!では明日の十時に迎えに来ます。良いかな?」
「あ、はい。お願いします」
「うん。良かった!では明日の十時に」
「今日は急にお邪魔してしまってごめんなさいね。明日、楽しみにしているわ」
「はい。よろしくお願いします」
良かった!結衣は警戒しながらも拒否はせず、明日見学に来てくれることになった。
僕は早速、お母さんとお父さんに念話で報告した。
翌日、繁お父さんと早苗お母さんは車で結衣を迎えに行き、時間通りに連れて戻って来た。
「さぁ、結衣さん。上がってください」
「あ、あの・・・こんなに大きなお家・・・なのですか」
「そうです。広いでしょう?だからひとりくらい増えてもなんでもないと言ったのですよ」
「さぁ、居間に子供たちが待っていますからね」
居間には菜乃葉、七海、葉留と遥馬が待っている。僕と僕の両親、それにセバスは混乱させるから、後から登場することとした。
「さぁ、この子たちが兄弟になる子たちです。こちらから、菜乃葉二十四歳、七海二十三歳、遥馬十四歳、葉留十三歳それに・・・翼十五歳よ」
最後に僕が紹介された時、居間の菜乃葉たちの方に向いている結衣の背後から声を掛けた。
「やぁ、結衣」
「え?翼君?どうして?」
結衣は僕に振り返ると、突然のことに戸惑い、両手を口元に当てて呆然と立ち竦んだ。
「どうしてって、ここは僕の家だからね。あれ?お父さん達は結城って名乗らなかった?」
「え?それは勿論、名乗ったわ。でも、翼君とは髪の色も顔も違うから・・・苗字がたまたま一緒なんだなって思って」
「もしかして、苗字が翼と同じだから少し安心して、来てくれる気になったのかしら?」
「あ、それは・・・あると思います。ただなんとなくですけれど・・・」
「まぁ!お兄さま!愛されていますこと!」
「こら、葉留!余計なことは言わなくて良いんだよ」
「あ。ごめんなさい!」
「どうかな?結衣。ここで一緒に暮らしてくれるかな?」
「え?本当にいいの?あ!もしかして翼君がご両親に頼んでくれたの?」
「いいえ、結衣さんのお父さま、九十九さんにお世話になったこと、その娘さんを放っておけないと話したことは私たちの本当の気持ちよ。私たちがあなたにここで暮らして欲しいのよ」
「本当に、本当に良いのですか・・・本当に。う、う、うぇ、うぇーん」
「いいんだよ。結衣。今日から君の家はここだよ。もう大丈夫だからね」
僕は号泣する結衣を優しく包んで抱きしめた。
「翼君・・・うぇーん」
「一杯、泣いていいんだよ。今までよく頑張ったね・・・」
兄弟たちが生暖かい目で見つめて来るのがちょっと・・・
ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻したところで、やはり結衣から聞かれてしまった。
「あの・・・翼君って、お父さまとお母さまとは・・・」
「あぁ、やっぱり気付くよね。葉留は僕と似ているから分かるよね。菜乃葉、七海姉さんと遥馬は、繁お父さんと早苗お母さんの子だよ。僕と葉留は戸籍上、二人の子にしてもらっているんだ。実の子ではないんだよ」
「では、本当のお父さまとお母さまは?」
「私たちですよ」
お父さんとお母さんが階段から降りてきた。
「お・・・お、とうさま・・・」
「え?」
結衣はお父さんの顔を見て、何故か「お父さま」と呟いた。その表情は、何かぽやっとしている。なんだろう?
「結衣?今、お父さまって言った?」
「え?私が?い、いいえ・・・」
「そ、そう?」
「あ!え?・・・そっくり!え?もしかして?」
「そう。僕のお父さまは、天照さまだよ」
「あ、天照さま!え?翼君は神さまの子だったの?」
「隠していてごめんね」
結衣は僕のお父さんが天照さまと知って急速に青褪めていく。
「結衣さん。翼がお世話になっていますね。いつもありがとう」
「あ!そ、そんな・・・お、お世話になっているのは・・・わ、私の方です。こ、今回だって・・・」
結衣はお父さんの顔を見て全身が震えてしまっている。
「結衣さん、翼の母の瑞希です。初めまして。結衣さんがここで暮らしてくれたら私も嬉しいわ」
「あ、は、初めまして。そ、そんな・・・ほ、本当に、よ、良いのでしょうか・・・」
「結衣。ここに居る皆が、君を歓迎しているからね」
僕は結衣の震える肩を後ろから抱いた。
「あ、ありがとうございます。う、嬉しいです」
「そう、じゃぁ、ここに住んでくれるのだね。良かった!」
「よ、よろしくお願いします」
「結衣さん。ひとつだけ約束してもらえるかな?」
「は、はい」
「翼と葉留のこと、今まで通り秘密にしてもらえると嬉しいな」
「は、はい。も、勿論です。お、お約束します。か、神さま・・・」
「翼、結衣さんにお部屋を案内してきてくれる?」
「はい。お母さま。結衣、二階を案内するよ」
結衣の肩を抱いたまま二階へ上がった。
「結衣。凄く緊張しているね」
「だ、だって・・・あ、天照さまの美しさが・・・お母さまも・・・」
「そうかい?」
「結衣、この廊下を進んだ奥のこの部屋が結衣の部屋になるよ。さぁ、入って」
「まぁ!何て広いの!私の今の部屋の倍くらいあるわ!それに家具も全部揃っているのね」
「そうだね。気に入ったかな?」
「ちょっと広過ぎて落ち着かないかも知れないけど、素敵なお部屋ね」
「廊下の向かい側、こっちが菜乃葉、その隣が七海、その向こうが葉留の部屋だ。結衣の部屋の隣は僕の部屋、その隣は遥馬の部屋だよ」
「え?私の部屋の隣は翼君の部屋なの?」
「あぁ、でも僕はこの部屋にはほとんど居ないんだ。僕はこの家は地下の研究室か食堂しか使っていないんだよ」
「では、どこで寝ているの?」
「それは月の都だよ。そっちにも僕と葉留の部屋があるんだ。僕と葉留は基本的には向こうで暮らしているんだよ」
「あぁ・・・そうなのですね」
「僕に隣の部屋に居て欲しいかい?」
「え!あ!い、いえ・・・そんなこと・・・」
結衣は真っ赤な顔になってしまった。
「そのうち、月の都へ連れて行ってあげるよ」
「ホント?」
「うん。それは口止め料みたいなものだよ。学校の皆には内緒だからね」
「うん。分かったわ」
高校生らしい笑顔になって答える結衣を見て心から安心した。
そして、結衣は結城の家に同居することが決まった。
「あのさ、結衣。この家に居る間だけでも良いからさ。その伊達眼鏡、外さないか?」
「あ!翼君、分かっていたの?」
「入学式の日から気付いていたよ。不自然に女の子らしさを隠しているからどうしたのかなって気になっていたんだ」
「そうね。家でそんなことしているのはおかしいものね」
「うん。無理でなければね」
「そうね。学校でも外そうかしら」
「大丈夫かい?」
「だって、翼君が居るから・・・」
「そう。それなら外してくれると嬉しいな。それに猫背も治してね」
「はい。分かりました」
「トイレはここ、お風呂はこっちね。入る時は使用中の札を出して鍵を掛けてね」
「うわぁ!これ温泉みたい!こんなに大きなお風呂に毎日入れるの?」
「うん。思う存分入ってよ」
「嬉しいわ」
「地下の研究室も見るかい?」
「え!見てもいいの?」
「もう、秘密は知られてしまったのだからね。反重力装置もあるよ」
「それも!?」
「勿論だよ」
地下まで降りて研究室となっている倉庫の扉を開けた。
「うわぁ!凄い設備。本格的な研究室。っていうか工作室とも言えるわね!」
「結衣。凄く元気になっているね!」
「あ!恥ずかしい・・・私、はしゃいでしまったわ」
「それで良いんだよ。喜んでくれて僕も嬉しいからね」
「これが反重力装置なのね。本当に浮いているのね。凄いわ!」
「結衣もここで冷蔵庫を造ってよ」
「え?本当にここを使っても良いの?」
「前にも言ったでしょう?構わないよ」
「でも翼君の研究の邪魔になってしまうでしょう?」
「僕が結衣と一緒にもの作りをしたいんだよ」
「え?手伝っても良いの?本当に?」
「僕が嘘をついたことがあるかい?」
「ううん。ないわ。でも・・・でも、う、う、うぅ・・・」
また大泣きしてしまった。再び結衣を抱きしめる。
「大丈夫だよ。結衣。ここでは何をしても良いんだよ」
「ホントに?」
「そうさ。この家の子になったのだからね」
「何だか夢みたい・・・」
結衣が落ち着くのを待って一階に戻り、キッチンを案内しようとしたら、そこにセバスが居た。
「あ!セバスのことを忘れていたよ・・・セバス。こちら、これからここで生活することになった、九十九 結衣さんだよ」
「初めまして。執事のセバスで御座います。結衣さま。よろしくお願いいたします」
「え?執事?セバス?」
「驚くよね。あのね・・・セバスは人間ではないんだ」
「人間じゃない?どういうこと?」
「アンドロイドなんだよ」
「え?嘘でしょう?こんな・・・どうみても人間・・・アンドロイド?もうできているの?」
「結衣。これは地球の技術ではないんだ。異世界の技術だよ」
「あ、あぁ・・・そういうこと・・・翼君が造ったのではないのね?」
「うん。僕ではないね」
「セバスは料理から始まり、家事全般と屋敷の修繕と警備も担当しているんだ」
「警備も?」
「そうだよ。この屋敷を取り巻く塀や門、ガレージには沢山の監視カメラが付いているんだ。その映像がセバスにリンクしていて、侵入者や不審者を二十四時間警戒しているし、撃退や捕縛もできるんだ」
「まぁ!凄い!」
「だから安心して過ごせるからね」
「ここって駅から近いのかしら?」
「うん。駅はすぐそこだよ。ここは駅前のスーパーが在った土地を買ったからね」
「それは安心だわ」
「結衣、親戚とか危険を感じる相手は居るのかい?」
「それは大丈夫だと思うけど・・・」
「もし、例の親戚に恐怖を感じるなら、何とかするけど」
「何とかって?」
「家族全員、異世界送りにして一生農夫をさせるとか?殺しはしないよ」
「ふふっ。神さまですものね。人を殺す訳はないわよね。でも大丈夫だと思う」
「結衣。僕はいつでも君に意識を繋げておくからね。怖いことがあったら、頭の中で強く僕を呼ぶんだ。いつでも飛んで行くから」
「本当に飛んで来るの?」
「シュンッ!」
丁度、結衣を抱きしめたままだったので、そのまま結衣のアパートの部屋へ瞬間移動した。
「あ!何?何が起こったの?ここは私の部屋じゃない!」
「これが瞬間移動だよ」
「え?私を連れたまま、どこへでも飛べるの?」
「そうだよ。じゃ、家に戻るよ」
「シュンッ!」
「うわ!研究室に戻って来た!凄いわ!翼君」
「ねぇ、結衣。僕の正体を知って僕が怖くないかい?」
「え?怖い?翼君が?そんなことある訳ないわ」
「では、人間だと思ってくれるの?」
「そうね。人にはできないことができるみたいだけど・・・でも翼君は翼君だわ」
「それを聞いて安心したよ」
「瞬間移動の他には何ができるの?」
「そうだね。念動力は・・・」
「あ、あ、あ、身体が浮くわ!何?」
「これが念動力だよ」
一メートル程、結衣を宙に浮かして、再びすぅーっと床に降ろした。
『翼君って本当に神さまなんだ・・・』
「翼君って本当に神さまなんだ。今、心でそう思ったね」
「え?私の心を読んだの?」
「うん。これが読心術」
「え?それじゃぁ、今まで翼君はいつも私のことを分かってくれる。って思っていたのは・・・」
「はい。実際に心を読んでいました。でも、いつもではないからね。たまに・・・ね」
「は、恥ずかしい・・・」
「ごめんね。勝手に結衣の心に入り込む様なことをして」
「ううん。翼君ならいいの。でもそれなら私の気持ちは・・・分かってしまっているのね」
「それは・・・そうだね」
ふたりで真っ赤な顔をして黙ってしまった。
「あとは、透視ができるよ。例えば結衣の身体の中を透視して、病気があれば見つけることができるし、病気によっては治療もできるよ」
「あ。だから医学も全て学んだのね」
「そうだよ。結衣は胸が大きいから乳がんとか気を付けて検診しておいた方が良いね」
「え?私の胸を見たの?」
「あ!失言!そういう意味じゃないよ!ごめん!透視だから皮膚の下の組織を見るんだ」
「え?服を透視する訳じゃないの?」
「あぁ、それはできない訳ではないけど・・・」
「きゃー!」
結衣は叫んで胸を腕で覆った。
「あぁ!だから、そんなことする訳ないじゃないか!」
「あ!そうよね。翼君がそんなことする訳ないわ・・・取り乱しちゃってごめんなさい」
「だけど、検診のことは本当だよ。乳がんや子宮頸がんの検診はしておくべきだよ」
「翼君ができるの?」
「うん。できるよ」
「翼君になら見られても良いわ」
「そ、そう?それじゃ、今度検診しようね」
「うん」
結局また二人で真っ赤な顔になってしまった。なんだかなぁ・・・
「あ!翼君。チョコレート好きなの?机の上に一杯あるわ」
結衣が照れ隠しに僕の机の上のチョコレートの山を見つけて指摘した。
「そうだね。甘いものはなんでも好きだよ。脳を多用するから糖分が欲しくなるんだ」
「そうなのね!それじゃぁ、バレンタインデーが楽しみね」
「あぁ、好きな男性にチョコレートを贈って告白する日。だったっけ?」
「えぇ、翼君はその日は大変なことになりそうね・・・」
「あまり興味はないけれどね・・・」
「さて、そろそろ引っ越ししようか?」
「え?もう?」
「早い方が良い。僕は結衣をあの部屋に一人にしておきたくないんだ」
「ありがとう。嬉しい・・・」
「では、行こうか」
「シュンッ!」
「わ!また私の部屋だわ」
「向こうの家には何でも揃っているから、結衣が身の回りのもので持って行きたいものだけを部屋の真ん中に集めてくれるかな?」
「服も後でお母さまと葉留が一緒に買い物に行くって言っていたから制服と最低限のものを持って行けば良いよ」
「え?そうなの?私、火事で全てを失ってしまったから・・・ほとんど持って行くものがないわ」
結衣は家族の写真と位牌、それに教科書や数冊の本、制服や幾つかの服と下着をカバンに入れて床に置いていった。
「持って行きたいものはこれしかないわ」
「では、結衣の新しい部屋へ送るよ」
「シュンッ!」
「無くなったわ!もう向こうの部屋へ届いているのね?」
「そうだよ。では、残ったものは不用品だね?」
「はい」
「シュンッ!」
「わ!皆、消えてしまったわ!どこへ行ったの?」
「太陽の軌道まで飛ばしたよ。焼却処分だね」
「凄い!宇宙まで飛ばしたの?それじゃぁ、翼君も天照さまみたいに原発を処分できるの?」
「できると思うよ」
「まぁ!」
「後は、アパートの契約を解除するだけだね」
「えぇ」
「さぁ、帰ろうか」
「はい」
「シュンッ!」
「さて、これで引っ越しは完了だね。さぁ、お母さまたちと買い物に行っておいで」
「はい。翼君、ありがとう」
結衣は元気を取り戻すと、お母さんと葉留に連れられて買い物へ出掛けた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!