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8.新奈の決意

 新奈はお父さんの帰りを待ちびていた。


「新奈、お父さまがお帰りになられたわよ」

「はい。お母さま!」


「お父さまーっ!」

「おぉ、新奈!走って来るなんて!小さい時のことを思い出すな!」

「だって、お父さま。翼に聞いたわ!反重力装置。使えるのでしょう?」

「あぁ、大変なものだった。我が社は・・・いや、世界は大変なことになるよ」


 二人は居間に入ってソファに座ると、母も心配そうな顔をして同席した。


「お父さま。世界が大変なことに?それはどういうことなのですか?」

「これから首相や外務大臣、国土交通大臣も参加し、国連も巻き込んだ全世界規模のプロジェクトを立ち上げることになるんだよ」

「全世界規模?それを翼が?」

「そうだよ。彼がプロジェクトマスターだ」


「え!そ、そんな・・・そんな大事おおごとなの?翼は大丈夫なのですか?」

「彼ならやってくれるだろう。大変な人物だからな」

「今でも研究で忙しいのに・・・それじゃぁ、高校生としての青春は・・・あ!だから彼の辞書に青春という文字はないって・・・」


「あぁ、そんな・・・どうしよう・・・」

「新奈、彼の活躍が嬉しくないのかい?」

「それは勿論、翼はそれを望んでいたんだもの・・・でも高校生としての翼の生活が・・・」


「翼は既に学問を習得しているって言うから、それなら何故、高校に入ったのか聞いたの。そうしたら友達や人間関係を作って高校生活を楽しみたいからって」


「そうか・・・今日翼君は、新奈のお陰で楽しい高校生活が送れているって感謝していたよ」

「ホント?嬉しい!あ!で、でも、それが続けられなくなってしまうのでは?」

「うん。そうだね。それは難しいかも知れないな・・・それにね。新奈。彼とお付き合いすることは難しいと思うんだ・・・」

 お父さんは少し遠くを見る様な目をしてつぶやいた。


「え?」

「まぁ!あなた!どうして?」

「新奈だって、もう気付いているだろう?彼は普通の高校生ではないのだから」

「普通ではない?それは・・・確かに・・・でも・・・だから私は惹かれているのに」


「新奈。落ち着いて聞きなさい。翼君の本当のお父さまはね。天照さまだったんだ」

「え?あ、天照さま?あの神さまの?東京湾に浮かんでいるあの月の都の?」

「うん。今日、私の部屋に翼君が来てね。何もないところから反重力装置を出現させたんだ。翼君の能力で転移させたそうだ。そしてその後、天照さまが現れてね。事情をお聞きしたんだ」


「そ、そんな・・・翼が神さまの子?」

「でもね。翼君は天照さまと違って、人間と同じ寿命で人間と結婚して子を儲けるのだそうだよ」

「それならば、それが私でも良いのでしょう?」


「勿論だよ。でもね。翼君は日本で暮らすために戸籍を用意され、神の子であることを隠して生きて行くんだ」

「あ!だから自分が反重力装置を造ったことをおおやけには知られたくないと言っていたのね」


「そうだよ。つまり翼君と公にお付き合いすることになれば、その時点で新奈は表には出られなくなるのだよ。アーティストになることもできないし、モデル活動も辞めなくてはならないだろう。それでも良いのかい?」


「そ、それは・・・それは・・・」

「新奈、アーティストやモデルの仕事のためにあなたは今まで沢山の努力をしてきたのよ。それを諦めるなんて・・・」


「新奈、すぐに決めなければならないことでもないんだ。さっき話した通り、翼君はこれからとんでもなく忙しくなる。恋をしている暇はないと思うんだ。いずれ結婚はするのだろうけれど、すぐではないのだからね」


「今のまま友達で居て、まずは自分のやりたいことを優先し、そのうちに仕事も含めてどんなことよりも翼君と人生を共に過ごしたいと考えられる様になってからでも良いのではないかな?」

「そ、そうですね・・・考えてみます」


「うん。それで良いよ。あとね。彼が天照さまの子だということは極秘だ。分かっているね」

「はい、勿論です。決して誰にも言いません」

「うん。頼むよ。あぁ、もうひとつ」


「何でしょう?」

「翼君には、天照さまと同様に、瞬間移動、空中浮遊、念動力、透視、そして読心術ができるそうだよ」

「え?それじゃぁ、神さまなんじゃない!」

「うん。そうだね。読心術ができる。つまり彼に嘘は通用しない。ということだ。それだけは覚えておきなさい」

「・・・」




 新奈は自分の部屋に入るなり、ベッドに倒れ込むと、小さいころからお気に入りの熊のぬいぐるみを抱き締めて考え込んだ。


「そうだ!校外ゼミで原発跡地に行った時、翼は感慨深げに跡地を眺めていた。あの時、私は翼の横顔を見て、天照さまの顔を思い出して、似ているって言われない?って聞いたんだ」


「なんだ、自分で気付いていたんじゃない・・・そうよね。人間離れした記憶力に、天才の頭脳。誰一人見捨てない平等で慈悲深い言動。翼のどれをとっても神さまそのものなんだわ」


「その神さまの翼と結婚できる可能性がある・・・それって凄いこと。そうよね。でも翼を選ぶことは自分の人生を翼に委ねるということなのね・・・歌もモデル活動もできなくなる」


「それを天秤に掛ける・・・または自分の好きなことを優先して、その先に翼との未来が残っていることに賭けるか・・・」


「うーん。今は翼を失うことが怖い。でも自分の夢を捨てる勇気もない。どうしよう・・・」


「あ!でも翼が私を選んでくれる保証はないんだわ・・・彼には今、結衣という選択肢もある。翼が結衣を見る時の眼差しは優しさだけじゃない。それには気付いている。結衣だって、翼にしか心を開いていない。もしかしたら、私は既に蚊帳かやの外なのかも知れない・・・」


「そうだ。校外ゼミの夜、結衣と二人で話したな・・・私は翼が好き。そして結衣も。私たちは対等な立場で翼にアタックするって約束した」


「結衣が私の立場だったらどうするのだろう?結衣はもの作りが夢だった。あ!それなら、翼と一緒にできるじゃない!表に出ようが出まいが同じことだ!あぁ!結衣の方が有利なんだわ!」


「それならどうする?私は夢を諦めて、翼に猛アタックするしかないのかしら?いいえ、新奈。冷静になって!そんなことを翼に言ったら彼は何て言うかしら?」


「自分のために夢を諦めないでくれって、そう言うに決まっているじゃない。それに心を読まれてしまえば、我慢しているのがバレバレだわ」


「それなら今まで通り、夢の実現に向けて頑張るしかないのね。あぁ・・・でも翼のことは諦められないな・・・」


 新奈は思い切って翼に相談することに決めた。迷っていても仕方がない。自分の正直な気持ちを伝えるしかない。


 そう考え、意を決して翼にメッセージを送った。




 新奈のお父さんと面談した日の夜遅く、新奈からメッセージが届いた。

「ピコン!」

 ん?新奈からメッセージ?


「明日、会えませんか?」

 明日は日曜か、研究に没頭しようと思っていたのだが・・・今日のことで何か話があるのかな?それなら学校で話せる内容ではないな。


「いいよ。十時にスカイツリーの下で待ち合わせしよう」

「スイッ!」


「ピコン!」

 いつもの様に秒で返事が来る。

「ありがとう!」


 そして翌朝・・・

「お母さま、出掛けてきます」

「あら、珍しいわね。今日は研究ではないの?」

「うん。新奈が話があるって言うから・・・」

「お兄さま、初デートなのね!」

「デート?」


「お兄さま、男女二人きりで出かけることをデートって言うのですよ」

「そうなの?」

「そうですよ。それなら、その恰好はちょっと・・・」

「え?これ駄目なの?」


 お父さまの影響で白いオックスフォードシャツに紺のスラックスだ。家の中は大抵この格好だ。研究中はこの上に白衣を着るだけなので楽なのだ。


「ちょっと、お兄さま。こっちに来てください」

「葉留、着替えないと駄目なのかな?」

「駄目です!」


 葉留に着せ替え人形の様に着替えさせられてしまった。こんなシャツあったっけ?と思うくらい、僕はいつも同じものを着ていた様だ。


 聞くところによると、お母さまと葉留で僕に着せたい服を選んでクローゼットに入れてあるのに全然着てくれないと不満に思っていたらしい。


 葉留は嬉々として、それらの服をコーディネートして着せてくれた。


「これでお兄さまもモデルに見えますよ!」

「何故、モデルにならないといけないの?」

「新奈さんって、モデルさんなのでしょう?」

「そうだね」


「だったら、モデル同士のカップルに見えた方が自然でしょう?天照さまの子だと疑われない様にってことでもあるわ」

「あぁ、そうか!葉留は賢いね!」

「ふふん!これで貸しがひとつよ。お兄さま!」

「怖いな!でもありがとう。葉留」




 そして、新奈とスカイツリーの下で落ち合った。


「おはよう。新奈」

「おはよう!今日の翼、何だかカッコイイわね!」

「あぁ、これね。妹の葉留がコーディネートしてくれたんだ」


「そうなのね。良いセンスだわ。似合ってる」

「モデルに見えるかい?」

「えぇ、バッチリよ」


「葉留がね、新奈がモデルなんだから、モデルのカップルに見える様にしろって」

「素敵な妹さんね!」

「そうだね。新奈は今日も決まってるね。そのサングラスと帽子は変装なのかな?」


「えぇ、そうよ。街で買い物していると声を掛けられたり、写真を撮られたりするから」

「それは気をつけないといけないね」


「翼、今日は研究の邪魔をしてしまってごめんなさい」

「ううん。いいんだよ。今日はどうしたの?」

「うん。ちょっと相談。ていうか・・・話したくて」


「そうか、水族館にでも入らないか?」

「え!嬉しい!デートね!」

「あぁ、こういうのがデートなんだね?」

「そうよ。これはもう、デートね。あ!翼の初めてのデートなのかしら?」

「そうなるね」


「やった!私が一番なのね!」

「ふふっ、新奈は可愛いな」

「え?本当にそう思う?」

「あぁ、そう思うよ」


「そうね。翼が嘘を言うことはないものね」

「嘘を言う必要がないだろう?」

「うん」

 新奈は幸せそうに微笑んだ。


 ふたりで館内をゆっくり見て回った。いつしか新奈は僕と腕を組んでいた。身長差も新奈がハイヒールを履いているから丁度良い感じだ。あまりに自然だったから気にならなかったのだろう。


 大きな水槽の前で魚たちを眺めながら話をした。新奈は腕を組んで密着している状態で耳元でヒソヒソと話し掛けて来る。


「翼、昨日お父さまから翼のことを聞いたわ。あなた神さまなのね」

「あぁ、聞いたんだね。僕が普通の人間ではないと知ってどう思った?」

「驚いたわ。でも翼は翼よ。それを知ったからといって今までと気持ちは変わらないわ」

「そう。それを聞いて安心したよ」


「でも、お父さまは翼と付き合うことは難しいだろうって」

「ふぅん。それは何故?」

「翼はこれから忙しくなるし、翼とおおやけに付き合うことになれば、私はアーティストやモデルの仕事はできなくなるって」

「あぁ、新奈みたいな有名人に恋人ができたとなれば、そのお相手は身元を調査されてしまうものね」


「でも私は翼が好きなの!諦められないわ・・・でも仕事も同じなの」

「新奈は友達のままでは嫌なのかい?」

「だって・・・誰かに翼を取られてしまうかも知れないでしょう」

「うーん。僕は今のところ、誰とも付き合うつもりも結婚するつもりもないのだけど」


「でも、そんなこと言っていたって運命の人が現れたらどうなるか分からないじゃない」

「いや、運命の人が誰なのか分からないけど、運命の人と結婚するなら同じことでは?」

「え?どういうこと?」


「だから、運命の人が新奈なら遅かれ早かれ結婚することになるのでしょうし、そうでないなら、いつまで待っても結婚は無い。ということでは?」

「つまり翼としては、今はまだその運命を感じる人と出会っていないということ?」

「そうではなくて、僕が何も考えていないんだ。結婚相手もいわゆる彼女も求めていないから理想像も分からないし、考えたこともないんだよ」


「なんだか、それって逃げているみたいな・・・」

「逃げている?あぁ、そうか。そう思われても仕方がないのか」

 うーん。そうか、僕に好意を寄せている人にはそう感じてしまうのか。これは正直に言うしかないのかな・・・


「新奈。では正直に言うよ」

「え?ちょっと待って・・・怖い!翼は嘘をつかないわ。それって今から死刑宣告される様なものじゃない?」

「いや、そんなことはないと思うけど・・・」

「え?そうなの?でも・・・怖いわ」

 新奈はより一層、力を込めて僕の腕にしがみ付いてきた。


「新奈。僕は君が大好きだよ。でもね。結婚とか愛とかは正直に言って自分でも分かっていないんだ」

「それじゃ、結衣は?彼女のことはどうなの?」

「うん。結衣も大好きだよ。新奈と同じだ」

「一ノ瀬先輩は?」

「彼女は一度、挨拶しただけで何も知らないからね。好きも嫌いもないよ」


「それじゃぁ、私と結衣は同点ってこと?」

「同点?そんな評価を付ける様な言い方は好きじゃないな」

「あ!ごめんなさい!そんなつもりじゃないの・・・兎に角、不安で・・・」

「怒っている訳じゃないさ。大丈夫だよ」


「新奈はさ。結婚にこだわっているのかな?」

「そ、それは・・・そうかも・・・ただ今は翼を失いたくない・・・それだけなのだけど」

「僕のお父さまには、地球で姿を見せた八人の妻が居る。それと僕のお母さまも入れると九人の妻だね」

「す、凄い!奥さまが九人も!」


「うん。そして僕の兄弟は今、葉留を入れて三十三人居る。その兄弟のほとんどは十五歳で結婚しているんだよ。そして必ずしも妻は一人ではないんだ」

「その世界では十五歳で結婚できて、しかも一夫多妻制なのね?」


「うん。十五歳で成人する。そして結婚の制度自体が無いんだ。分かり易く言うなら一夫多妻制と言っても良いのだけどね」


「そして親とも兄弟とも僕は常に念話で話をしているし、その意識に入ることで自分の目の前のことの様にその世界の暮らしを見ることもできるんだ」


「凄いわ!え?では逆に翼の兄弟もこちらの世界を見ているの?」

「そうだよ。それはそれは興味深いことだろうね。学問も僕を通じて習得しているんだよ」

「それって、私のことも見られているの?」


「うん。皆が知っているよ。やはり嫁にするんだろう?って聞かれるよ」

「え!そ、そんな・・・恥ずかしい!」

 新奈はまた、真っ赤な顔になった。


「だからね。僕の意識は広がり過ぎているのかも知れない。いつも同時に様々な情報に触れているから、あまりひとつのことに執着できていないのかも知れないね」

「つまり、翼の感覚では、お嫁さんは一人でなくても良いのね」

「うーん。そうなのかな?少なくともひとりに絞らないといけないという感覚は無いかな?」

「だったら私と結衣、二人ともお嫁さんでも良いのね?」


「え?でも日本は一夫一婦制だよね。戸籍上の妻というものに拘らないなら可能かも知れないけれど」

「少なくとも私は拘らないと思うわ」

「それでご両親が納得するかな?」

「両親は関係ないわ。私がどう思うかでしょう?」


「それはそうかも知れないけれど、日本で結婚とは当人同士は勿論、家族同士の結びつきにも重きを置くのでは?」

「相手は神さまの息子なのよ。そんな杓子定規しゃくしじょうぎなことを言っている場合ではないわ」


「そうか・・・新奈は本当に僕のことを想ってくれているんだね・・・ありがとう」

「あぁ・・・そんな・・・耳元でそんなことささやかれたら・・・わたし・・・」

 新奈が腰砕けの様に力が抜けてしまった。


「あ!ちょっと。大丈夫?しっかり立って!」

 僕は新奈の腰に手を回し、念動力も少し使って彼女を支えた。

「だって・・・私。おかしくなりそう。私・・・やっぱり翼を愛しているんだわ」


「ちょ、ちょっと。ひとりでそんなに盛り上がらないで・・・」

「ね。お願い。戸籍はどうでも良いから私を翼のお嫁さんにして!」

「だ、だから・・・そんなに急いでは駄目だってば!」


「分った。それじゃ、私はいつまででも翼を待っているわね。もう他の人を好きになることもない。焦ることもないから、私は今まで通り、自分の夢を追いかける。それで良いでしょう?」

「う、うん。そうだね」


 これって結婚を承諾したことになっているのかな・・・きっとそうだよな・・・

そして水族館を出て一緒に昼食を食べてデートは終了となった。


 帰る頃にはいつもの明るく元気な高校生の新奈に戻っていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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