30.生と死
蘭華たちは十歳の誕生日を迎えた。
蘭華たちは僕の時よりも成長が少し早い様だ。やはり、力の強い子供同士で刺激し合った結果、脳の発達が早く、栄養状態も僕の時よりも良いからなのだろう。
身長は全員百七十センチメートルまで伸びている。蘭華だけが女の子でヒールの高いブーツを履くから、息子たちより見た目の背は高い。
そう言えば、息子全員と娘の中では月乃と蘭華だけは桜から剣聖のお墨付きをもらった。蘭華は僕から見ても十分に強い。結局、蘭華はこの二年で一度もイキシア王国を訪問することなく、就学する日を迎えた。
僕たちは八人の子を連れて、大型船で各国を回り、一番下の弟の伊織から送って行った。そして最後に蘭華をイキシアへ送った。
「蘭華、分かっているとは思うけど、今は人間関係をしっかり作るのだよ」
「はい。お父さま」
「何かあったら・・・いいえ、何かする前に相談するのよ」
「はい。お母さま」
「蘭華、あなたの剣術はこのイキシアで最強になっているわ。だからと言って上から見てものを言っては駄目よ。謙虚にね」
「はい。桜お母さま」
イキシアの王族が庭園に整列し、僕らを迎えた。
昇降機で庭園に降り立つと、王族たちが声を上げた。
「おぉー!な、何てお美しい・・・」
僕らはいつもの外遊時の衣装だが、蘭華は真っ白なドレスを着ている。この二年で髪も伸ばし、女性らしくなった。剣術が強いというイメージだけが強調されてはいけないと舞依が指示したのだ。
エリオットが真っ赤な顔をして硬直している。
『あぁ・・・蘭華さま・・・何て美しいのだろう。これで剣術も強いなんて・・・僕は結婚してもらえるのだろうか・・・もっと頑張らなければ・・・』
まぁ、良い心掛け・・・なのかな?頑張ってもらいたいものだ。
十六人の子供が皆、各国へ就学し、屋敷の子供部屋は全て空き部屋となった。
奏良や萩乃たち、三人目の子供たちはもうすぐ一歳だが、まだ妻たちの部屋だ。そして妻たちは全員、四人目の子を授かっている。
世界各国には、天照の子があと十六人できることが瞬く間に伝わり、まだ自国に天照の子が就学していない国は色めき立った。
それは、就学と同時に千隼以外の息子が全て王女との婚約を発表したからだ。
これもどうやら、リッキーの戦略らしい。天照の子がこれだけ多く国の世継ぎとなることが伝わることで、三番目、四番目の子たちも受け入れられ易くなると考えた様だ。
この世界の王たちは、地球の中世の王とは全く違う。自分の権力を主張したり、拡大させようとは考えていない。
それは当然かも知れない。だって、それをしようとすれば神が押さえつけるし、エネルギーも神が握っているのだから。
だからと言って、リッキーが考える様に王自体を神の子が担ってしまうとどうなるのだろうか?確かに良い方向へ導くのだろうけれど、それだと本当に国ごとサンクチュアリ化する様なものになるのではないか。
「ねぇ、皆。僕らの子たちが各国の王になるのって、どうなのかな?」
「月夜見さま。その案に賛成だから、こうして子を作っているのではないのですか?」
「紗良。そうなのだけどね・・・こうも上手く進んでしまうと、何だか不安になると言うか・・・」
「でも理想的な姿はアルカディアの様な国なのですよね?それならば統一された管理は必要なのではないでしょうか?」
「えぇ、野放しに人口だけが増えても、独裁者が出ても困るのですからね」
「そうか。琴葉、舞依。そうだよね」
「それよりも地球がどうなるかだと思います。今のままでは結束できないでしょう。そうなれば、いよいよ神星の民が取って代わることもあるのですから」
「そうですね。あくまでもこの星は保険なのですから、地球の様な自由が認められる訳ではないでしょう」
「花音、詩織。その通りだね。今、やっていることが間違っているならば、天照さまが止めに入っているだろうから大筋では間違っていないのだろうね」
「皆、申し訳ない。僕はやはり、世界を導く様なことには向いていないのだと思うよ。でも僕が迷っていては駄目だね。これからも僕を助けて欲しい」
「月夜見さま。私たちはいつでも月夜見さまをお支えします」
「月夜見さまに頼って頂けるなんて、嬉しいことです」
「こうしてお話し頂けることもです。とても嬉しいです!」
「桜、幸ちゃん、陽菜。そして、みんな。ありがとう」
その四か月後、八人の子が生まれた。舞依の娘は橙華、桜の息子は賢剛、琴葉の息子は玲司、花音の息子は雄迅、幸子の息子は皇幹、紗良の息子は岳登、陽菜の息子は流架、詩織の息子は疾風と名付けられた。
全員能力が高く、七か月で生まれ、全員がプラチナシルバーの髪に青い瞳だった。
その頃には上の子たちは空中浮遊も念動力も念話も使える様になっていた。初めの十六人の子供たちに付いていた侍女が総動員で、飛び始めた八人の面倒をみた。
そうして、騒がしく過ごしていたある日、お爺さんから念話が届いた。
『月夜見・・・いよいよお別れの時が・・・来た様だ。一度・・・顔を・・・見せてくれるか?』
『え?お爺さま!直ぐに参ります!』
「シュンッ!」
お爺さんの屋敷に瞬間移動すると、寝室には既にお父さんとお母さま達、それにリッキーと月乃が揃っていた。
「おぉ、月夜見。もう私たちはお別れの挨拶をしたところだ」
「はい」
「お爺さま。参りました」
「おぉ、月夜見・・・よく来てくれたな・・・」
「お爺さま!」
「月夜見は・・・この世界の・・・人間のために・・・本当に・・・多くのことを・・・してくれた」
「心から・・・感謝しているよ・・・ありがとう・・・」
「お爺さま。ありがとうございました」
ふぅっと小さく息を吐き、うっすらと笑みを浮かべたまま、眠る様に息を引き取った。
「あ!お爺さま!」
僕はお爺さんの亡骸に頭を下げた。お爺さんは九十歳まで生きたのだ。
その後、お爺さんをシルクの布に包み、応接間に寝台を作って横たえてから、妻たちを念話で呼んだ。妻たちは次々に瞬間移動して来て、お爺さんに感謝を伝えた。
僕は地球に飛んで瑞希を連れ帰った。瑞希だけが喪服を着ていたのが印象的だ。
お爺さんの埋葬が終わって、僕たちは瑞希やリッキー、月乃も一緒に自分の月の都へ帰った。
「あの・・・喪服は着ないのですね・・・」
「あぁ、瑞希。そうなんだ。天照家では葬式が無いそうだよ」
「何故なのですか?」
「それはね、一度天照家の家族になった者は、魂の位が最上位までに上がり、再び天照家の一員となる様に生まれ変わるのだそうだ。送らずともまた再会できるという意味らしいよ」
「え?では私も天照家の人間に生まれ変われるのですか?」
「うん。そうなのではないかな?」
「それならば月夜見さまの娘に生まれ変わりたいです」
「あぁ、アルカディアで作る子に生まれ変わることはできるかも知れないね」
「はい。是非!」
それを聞いて瑞希は幸せそうな笑顔になった。
「リッキー、月乃。カンパニュラ王国の学校はどうだい?」
「はい。友達が沢山できました」
「私もです。毎日の様にお茶会に呼ばれているのです」
「リッキー。アイナとはその後どうなの?」
「はい。お母さま。仲良くしていますよ」
「そうね。アイナはお兄さまに夢中ね」
「それなら、ロベルトだって月乃に夢中だよ。でも月乃が学校から戻るとお茶会に行ってしまうって、不満そうだったよ」
「それは仕方がないわ。ロベルトさまが学校に通うのは来年からなのですからね。でも、来年からは一緒に登校できるのですから」
「そうね。あまりべったりになっているのもいけないわね」
「そうですよね!お母さま」
「それで、剣術の訓練はどうしているの?」
「それならば王宮騎士団に訓練をしてあげていますよ」
「あぁ、月乃が騎士たちを鍛えているのですね」
「えぇ、良い肩慣らしになっています」
「リッキーは?」
「僕もたまに参加していますよ。ロベルトには僕が教えています」
「そうね、月乃がロベルトを鍛えるのは良くないわね。丁度良かったわ」
「それを言ったら蘭華はエリオットを鍛えているのだろうか?」
「えぇ、かなり厳しくやっているそうですよ」
「それって、大丈夫なのかな?」
「まぁ、今では一応、エリオットがイキシアで一番強いそうなので、それ以上に上達するためには蘭華に鍛えてもらうしかないのですよ」
「やはり、そうなるのだね・・・やり過ぎなければ良いのだけど」
エーデルワイスの宮司フランソワから念話が入った。
『月夜見さま。シルヴェストルなのですが、十歳になったのです』
『あぁ、そうですね。最近の様子はどうですか?』
『はい。入学が近付いており、落ち着きがなくなって来ています。まだ女性の心のままだと思われます。あれからも外出することはなく、城に閉じ籠っております』
『では、引き取らねばならないのですね』
『はい。このままエーデルワイスで暮らすことは難しいと思われます』
『分かりました。近々、伺いますね』
『お願いいたします』
僕は俊輔に念話で聞いてみた。
『俊輔。聞こえるかい?今、良いかな?』
『はい。お父さま。どうぞ』
『シルヴェストルなのだけど、フランソワから連絡をもらってね。そろそろ引き取ろうかと思うのだけど』
『はい。それが良いと思います。このまま男子として学校に行くのは難しいと思います』
『そうか。心は女の子のままなのだね』
『はい。そうです』
『分かったよ。では二週間後に迎えに行くので、支度をしておく様にシルヴェストルへ伝えてくれるかな?あと衣装はこちらで用意するから、ヴィヴィアーヌにシルヴェストルの服の寸法を測ってもらって、後で教えてくれるかな?』
『はい。お父さま。ありがとうございます』
『それと、新しい名前を考えておく様に伝えておいて』
『分かりました』
二週間後。動力のない船でエーデルワイスへ飛んだ。庭園では王族や俊輔が揃って迎えてくれた。シルヴェストルは出迎えに出て来てはいない。こちらから送った女性の衣装を着て、応接室で待つ様に言ってあるのだ。
そして、シルヴェストルの待つ応接室へ皆で向かった。
「まぁ!素敵ね。よく似合っているわ!」
シルヴェストルは赤毛にエメラルドの様な美しい緑の瞳だ。それが映える様、緑の生地のワンピースを用意した。勿論、地球のデザインだ。
下着もビアンカに特別なものを用意してもらった。ブラジャーのカップの中にパッドを仕込んだものだ。服の上から見ればAカップの胸がある様に見えるのだ。この三年で髪も伸びているので、どこから見てもすっかり女の子だ。
「こ、これが、シルヴェストル?なのですか・・・」
父親のアーノンが驚いている。
「さて、新しい名前は何というのかな?」
「は、はい。私はクレアです」
「うん。クレアか。良い名前だね」
「クレア。その衣装は気に入ったかな?」
「天照さまが揃えてくださったのですか?」
「そうですよ。懇意にしている服飾工房に作らせた異世界の衣装です」
「とっても素敵です。ありがとうございます」
「クレア。君はこれから月の都へ行くんだ。そこでまずは学校へ行ってもらうよ」
「学校ですか?」
「そう。女の子のままで良いのだからね。勉強して将来自分のやりたい仕事を見つけるんだよ」
「はい。私、頑張ります」
「では、アーノン殿、クリステル殿へお別れを」
「お父さま、お母さま。こんな人間で申し訳ございません。どうかお元気で」
「あぁ・・・シルヴェストル・・・いえ、クレアなのね。何もできない母でごめんなさい。天照さまの元へ行っても元気でね」
クリステルはクレアを抱き締めて涙を零した。
「クレア・・・お前を理解してやれなくて済まなかった。元気で暮らすのだよ」
「お父さま・・・もう良いのです。今まで、ありがとうございました」
ヴィヴィアーヌは俊輔とクレアと一緒に、これから数日、月の都で過ごすこととなっているので一緒に船に乗り込んだ。
長年、クレアの世話をしてきた使用人たちが泣きながら見送った。
「クレアさま!どうかお幸せに!」
「皆、今までありがとう!」
「では、行きますよ」
「はい!」
「シュンッ!」
月の都の船着き場に到着し、まずはクレアを使用人の住居へ案内した。
シルヴィーとオデットの隣の部屋にした。シルヴィーとオデットはパートナーとなって一緒に暮らしているのだ。事前にクレアのことを話して気にしてもらえる様に頼んでおいた。
クレアの荷物を俊輔がエーデルワイスの城から引き寄せ、三人で部屋の片付けをした後にサロンへ来てもらった。妻たちは既にクレアの事情を知っているので、誰も驚く者は居ない。
驚いたのはクレアとヴィヴィアーヌだ。だって、サロンには二歳と一歳になった十六人の子供たちが飛び回っているのだから。そしてお約束の様に娘たちが僕にまとわりついている。
「まぁ!何て可愛いのでしょう!」
「宙を飛んでいるわ!」
「俊輔も九年前はこうして飛んでいたのよ」
「まぁ!俊輔さまも?可愛いです!」
「お母さま!そんなお話は良いのですよ」
「あら、ごめんなさい」
紗良は俊輔をからかって喜んでいる。きっと寂しかったのだな。
「私も子供の世話がしたいわ・・・」
「クレア。それは自分の子供が欲しいのかな?それとも小さい子の面倒をみたい。ということかな?」
「あ、はい。自分の子でなくて良いのです。小さな子の面倒がみたいのです」
「あぁ、それならば学校の勉強が終わった放課後は、孤児院を手伝ってもらえるかな?村や屋敷で働く若い夫婦の子を預かる保育所も兼ねているから今は凄く忙しいんだよ」
「はい!やってみたいです!」
「うん。では、クレアにお願いするよ」
そうしてクレアの女性としての新しい人生が始まった。
僕は三十二歳となり、リッキー達が学校を卒業した。それと同時にお相手も成人している、月音、静月、楓月、緋月の四人が結婚することとなった。結婚式はそれぞれネモフィラ、マグノリア、グラジオラス、リナリアの王城で行う。
最初の結婚式はネモフィラ王国でのフォルランと柚月姉さまの子、ファビアンと月音の結婚式だ。
この結婚式では天照家の出席者が多いのだ。僕と妻八人に子供が三十二人とそのお相手が十七人。更に新婦が花音の娘だから花音の両親に祖父と祖母も参列する。二人とも七十五歳で健在なのだ。そして弟のアントン子爵夫妻とその子供二人もだ。つまり総勢六十六人だ。
六十六人がバラバラにネモフィラ王城に到着すると混乱するので、予め、打ち合わせた時間に王城上空に大型船で到着した。
子供たちには、それぞれの伴侶と共に月の都へ集まってもらい、途中、シュナイダー子爵家に寄ってアントンの家族を乗せた。
十六人の子には結婚の祝いとして宝石のセットを贈った。ネモフィラのデュモン宝石店に相談し、娘と息子のお相手の瞳と髪の色を伝え、最高級のセットを用意してもらい、一組ずつ宝石店に連れて来て好みのものを選ばせたのだ。
今日の主役の月音はサファイアとダイアモンドのセットを選んだ。
衣装については、自国で用意できる国はそちらで、服飾技術が進んでいない国はネモフィラのビアンカのところであつらえた。
ネモフィラでの結婚式は全ての貴族が出席し、盛大だった。なにせ、二代続けて神の娘を王子の嫁に迎えることができたのだから。
大広間の壇上に家族全員が上がって紹介を受けた。一人ひとり紹介するものだから、三十分程掛かってしまった。でも子供たちのお相手は各国の王族ばかりだから、いい加減にはできないので仕方がない。
紹介が終わり、王ステュアート ネモフィラの宣言により、ファビアンと月音が僕の子供たちの中で一番初めの夫婦となった。貴族たちの大歓声が起こった。ファビアンも月音も幸せそうに微笑んでいた。
普通ならばその後、貴族たちの挨拶が始まるのだが、あまりにも人数が多いので、事前の打ち合わせ通りに今回は遠慮させて頂いた。
そしてまずはファビアンと月音のダンスだ。子供たちには八歳からダンスを教えているので、もう慣れたものだ。ふたりは大勢が見守る中、堂々とそして優雅なダンスを披露した。
続いては僕と月音が踊る。中央に僕が進み、ファビアンと交代する。
「月音。おめでとう!」
「お父さま。今日はありがとうございます」
挨拶を交わして、ダンスが始まった。僕と月音は同じ髪と瞳の色だ。普通ならば親子に見えるだろう。でも、ファビアンと比べても僕と歳に差がある様に見えないのだ。
それは今、招待客の一角で僕らを見ている、妻たちと子供たちを見比べても同じだ。親子には全く見えず、兄弟や姉妹の様に見えてしまう。
「月音。僕らって、親子には見えないかも知れないね」
「ふふっ、それが嬉しいのです。お父さまがいつまでもお美しいままなのですから」
「うーん。まぁ、月音が嬉しいならば良いのだけどね」
「でもお父さま、あと数年の内に十五回も結婚式に出ないといけないのは大変ですね」
「それこそ嬉しいことなのだから大丈夫だよ」
ダンスが終わると子供たちが集まっていた。月音は子供たちの輪の中に入った。三十二人の子供たちが大きな子の間に小さな子を入れて、手を繋ぎ大きな輪を作った。
そしてリッキーが声を上げた。
「3、2、1、それ!」
ゆっくりと宙に浮かび、二メートル位の高さで止まって回転し始めた。
皆、笑っている。妻たちも大きな子のパートナーもそして招待客たちも皆、笑顔になって、それを見上げていた。
しばらく回転してゆっくりと降りてきた。そして、一人ひとりが月音とハグをしてお祝いの言葉を贈っている。月音は笑顔のまま、涙を零していた。
その後、一般のダンスが始まり、お酒や食事を頂く時間となった。
僕は会場を歩いて知り合いに声を掛けて行った。だが、王家や神宮の家族以外では十五年ぶりに会う人ばかりなので、ぱっと見ただけでは誰なのか分からない。声を掛けてもらっても、まじまじと顔を見て、記憶を辿らないと誰なのか分からなかったりした。
「月夜見さま!あ!天照さまでした!」
「あれ?あ!もしかして、ベロニカ?」
「はい!お久しぶりで御座います!」
ベロニカはもう四十五歳だ。それなりに年齢を重ねているのだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!