25.子供たちの紹介1
いよいよエーデルワイス王国を訪問した。
国王の家族と葉月姉さまの家族が勢揃いして待っていてくれた。総勢二十五名だ。
やはり、大広間へ通されると、お父さま、ジュリアお母さま、僕、リッキーと並んで座り、妻たちの隣から息子たちと娘たちが並んだ。
最早、こちらの家族の興味はヴィヴィアーヌひとりに集中した。
ヴィヴィアーヌは父親のアーノンと同じ、ブロンドの髪に緑の瞳、お人形の様に美しい娘だった。彼女は余りにも自分に視線が集まるものだから、耳まで真っ赤にしていたが、八歳の小さな身体で何とか王女としての姿勢を保とうと必死なのが伝わって来た。
天照家の継承の挨拶を済ませ、誰かひとりをエーデルワイスの学校に入学させたいと打診して子供を紹介していった。一人ひとり紹介している時、ヴィヴィアーヌの表情と心を皆が読んでいる。
リッキー、スルーだ。恐らく長男だから婿の対象外と思われているのだろう。
斗真、ストロベリーブロンドの髪の色が気に入った様だ。
蒼羽、少し距離間を感じている様だ。
千隼、好感を持っているな。安心感がある様だ。
俊輔、紹介した瞬間に心拍数が跳ね上がったのを感じた。顔が見る見るうちに赤くなる。これは決まりだな。
その後、陽翔と伊織を紹介しても、その間もちらちらと俊輔を見つめている。
そして俊輔を見ると、こちらも真っ赤な顔をしていた。
ふむ。どうやらエーデルワイスに行くのは俊輔で決まりの様だ。
『お父さま?』
『月葉、何だい?』
『シルヴェストルなのですが、心が女の子なのかも知れません』
『え?そうなの?』
『初めて私たちを見た時から、私たち女の子の服が可愛いって、あれを着てみたい。って』
『そうか。王家の跡取りでそれは難しい問題だね。後で話を聞いてみよう』
『お父さま、お願いします』
うーん。国王の世継ぎの問題だからな。ブリギッテの時より大変だな。
全ての話が終わったところで、ヴィヴィアーヌとシルヴェストルと応接室で話をする時間をもらった。
「シルヴェストル。もう知っていると思うけど、私は前世で医師という、宮司の様な仕事をしていたんだ。だから人間の身体や病気に詳しいのだよ」
「はい。月夜見さまがお作りになった本を、もう何度も読み返しております」
「そう。ヴィヴィアーヌ。ありがとう。それで、シルヴェストルに話を聞きたいんだ」
「は、はい」
「シルヴェストル。君の身体は男性の身体かな?」
「は、はい。そ、そうです」
「その男性の身体に違和感を覚えるかな?」
「・・・はい。何故、この身体なのか解らないのです」
「では、シルヴェストルの心は女性だと思いますか?」
「はい。私は女性です」
「では本当は、ヴィヴィアーヌの様な衣装を着たいのですね?」
「はい。着たいです」
「今の男性の身体に苦痛を感じますか?」
「それは・・・あまり考えない様にしています」
「シルヴェストルはまだ七歳だから恋愛はまだ早いでしょうか?男性と女性どちらが好きかを考えたことはありますか?」
「はい。王位を継ぐための教育が始まり、王妃の候補の話がありました。私は女性を見ても服にしか興味が持てません。でも男性が好きかどうかは分かりません・・・」
「そうですね。それはまだ早いでしょう・・・」
「そうですか・・・シルヴェストルはまだ七歳です。これから変化する可能性もありますが、このままだと、男性としてこの国で生きていくことは難しいですね」
「え!やはり・・・そうなのですね・・・」
「天照さま!シルヴェストルはどうしたら良いのでしょう?」
「もしですよ。十歳になっても今のまま変わらないのだとしたら、その時は私の月の都へ来ますか?」
「え?神さまの暮らす地へ?」
「そうです。そこで名前を女性のものに変え、女性の服を着て、女性として暮らすのですよ」
「そ、そんなことが!・・・でもお父さまがお許しになるでしょうか・・・」
シルヴェストルは一瞬、華やかな笑顔になりかけた。だが、父の顔が浮かんだのか、すぐに萎れてしまった。
シルヴェストルはお母さんのクリステルと同じ、赤毛に緑の瞳だ。線も細いので、髪を伸ばして女性の衣装を着たら、誰が見ても女性と思うことだろう。
「そこは交換条件でしょうかね」
「交換条件?それはどの様な?」
ヴィヴィアーヌは、すがる様な瞳で僕を見つめる。
「例えばですよ。まだ決まりではありませんが・・・私の息子の俊輔をヴィヴィアーヌの婿とする。とか?」
「え!しゅ、俊輔さまを?」
ヴィヴィアーヌは顔を真っ赤にして両手を頬に当てた。
「まぁ、いずれにしてもシルヴェストルが学校に入る時までに気持ちの変化が起きなかったら考える話です。もしそうなったとしても、ヴィヴィアーヌと俊輔の話はふたりの気持ちを優先するのです。他人が勝手に決められることではありませんからね」
「はい。天照さま」
「では、私からあなた達の両親と国王に話しておきます」
「ありがとうございます」
二人との話が終わり、今度は親の番だ。シルヴェストルの両親と現国王夫妻、国王の姉のジュリアお母さまとお父さん。それに王宮の隣にある神宮の現宮司である葉月姉さまの娘、フランソワにも同席頂いた。
「アーノン殿、クリステル殿。先ほど、シルヴェストルの診察をしました」
「シルヴェストルはやはり、病気なのですか!」
「アーノン殿。何故、病気だと思われるのですか?」
「シルヴェストルは王位に就く気がないと言うのです。それでヴィヴィアーヌが婿を取ると言い出しておりまして・・・」
「実は、シルヴェストルは男性ではないのですよ」
「え?男ではない?いや、シルヴェストルは男で御座いますよ」
「えぇ、身体は男として生まれた様ですね」
「身体は?」
「人間は、身体の性と心の性があるのです。多くの場合、男の身体に男の心を持って生まれてくるのですが、中には女の心で生まれる男性が居るのです」
「そ、その様なことが・・・」
「えぇ、特にこの世界では女性の数が多いので、女性の身体に男性の心を持った人は多い様です。現にある国で王女が同じ様に結婚したくないと言い出し、私が診察した結果、その娘の心は男性に近かったのです」
「そ、それで、その娘はどうなったのですか?」
「私の月の都で生活し、女性の伴侶と共に学校で先生をして暮らしていますよ」
「じょ、女性の伴侶・・・ですか」
「えぇ、その国王はそれでも無理に男性と結婚させようとしました。ですがこの場合、心が男性なのに無理に男性と結婚させれば、心が壊れ、悪化すれば、自ら死を選ぶことになりかねないのです」
「そ、そんな・・・」
「つまり、シルヴェストルも心は女性ですから、無理に女性と結婚させ王位を継がせたとしても、お相手と愛を紡ぐことはできず、世継ぎは作れません。そしてそのうちに心を壊してしまうでしょう」
「では、どうしたら良いのでしょうか?」
「シルヴェストルはまだ、七歳です。十歳になるまでは、そっと見守ってやるのです。それでも変わらなければ、十歳からは私が引き取りましょう」
「で、では、世継ぎは!」
「ヴィヴィアーヌが居るではありませんか。婿を取れば良いと思いますが?」
「そ、それもそうですね・・・」
「天照さま。もしシルヴェストルを天照さまに託したら、あの子はどの様な生活を送るのでしょうか?」
「クリステル殿、シルヴェストルは名を女性の名に変え、女性の衣装を着て、やりたいと思う仕事を見つけて生きて頂きます」
「結婚は?」
「もし、男性が好きならば男性のパートナーが見つかれば、その方と一生を共に暮らすのでしょうね」
「天照さまの元ならばそれが叶うのですね?」
「先ほどお話しした元王女もそうですが、私の月の都では、既に女性同士で暮らす者たちが何組か居りますよ」
「でも、貴族たちにどう説明すれば・・・」
「そうですね。もしそうなった場合には、病気の治療が長く掛かるので、天照のところで療養生活を送ることになったと言うのは如何ですか?」
「なるほど・・・そうですね・・・」
「どちらにしても、あと三年は静かに見守ることです。決して追い込んではいけませんよ」
「は、はい。かしこまりました」
「あの、それで、ご子息の何方かを我が国で就学頂くことは・・・」
「そうですね。再来年になりますが、息子たちと話して、誰かしらをこちらの国へ就学させましょう」
「あ、ありがとうございます!」
「ですが、ヴィヴィアーヌとの結婚は、あくまでも二人の意志を尊重しますよ」
「は、はい!勿論で御座います」
「それと・・・私の息子たちは全員、私並みに力が強いのです。まさか、その力を目当てにしている訳ではないですよね?」
「そ、そんな!滅相も御座いません」
「それならば良いのです。それにしても、先ほどお話ししましたが、ヴィヴィアーヌは弟思いの良い娘さんですね」
「は、はい。お褒めに与り光栄です!」
ブリギッテの親と比べれば、ひねくれていなくて助かったな。でも本当はこの二人ならば、まだ十分に世継ぎとなる男の子を作れるのだけどな・・・それを言ってしまったら、リッキー達の計画に水を差すことになるからな・・・まぁ、良しとするか。
「ご子息さまが就学される際は、ジュリア伯母さまの部屋が、良節さまの使われたまま残っておりますので、是非、お使い頂ければと思います」
「アーノン殿、それはありがとうございます。ジュリアお母さま。よろしいのですか?」
「えぇ、勿論です」
「それと、もしものことなのですが、シルヴェストルが十歳を迎える前に状態が悪くなる様でしたら、ヴィヴィアーヌの着ていた衣装を着させる等、女性として扱う様にしてください。それが難しいなど対応に困る様でしたら、フランソワ。私を念話で呼んでください。計画を前倒しにしましょう」
「かしこまりました」
「天照さま。ありがとう存じます」
エーデルワイスの訪問はこれで終了した。
続いての大国はラナンキュラス王国だ。
シャーロットお母さまと共に王宮を訪れると、現王と王妃、その息子夫婦、詩月姉さまの家族と蘭秋の家族も待っていてくれた。
ただ、ラナンキュラスの王族の王子、詩月姉さまの子も結婚したばかりで、まだ子が生まれて居なかった。公爵家の娘と結婚した蘭秋の子は二人できたが、まだ二歳と一歳なのだ。
リッキーが言っていた歳が合わないとはこのことだ。早々に三人目を作らなければならなくなった。
そのため、ラナンキュラスでは天照家の継承と子供たちの紹介だけに留まり、次の国へと飛んだ。
次の大国はオリヴィアお母さまのカンパニュラ王国だ。
オリヴィアお母さまは当時の第二王妃ヘレナの娘だが、第三王妃カトリーヌの息子で現国王のアウレリオと王妃グレース、その息子で次期国王のカジェタノと妻アビガイル、その子供が今回のターゲットである、長女アイナ八歳と長男ロベルト七歳だ。
風月姉さまは、ペドロ グラシア公爵と結婚し、公爵領に神宮を建てた。息子のボニファシオが公爵家を継ぎ、娘のカタリーナが神宮を継ぐ予定だ。
オリヴィアお母さまの息子、条風はディアス公爵の娘のアルビナと結婚し、朧月伯母さんの後を継いだ。息子のセレドニオが公爵家を継ぎ、娘のロレーナが神宮を継ぐ予定だ。
風月と条風の家族は、子供たちの結婚相手としては年齢が合わないので、やはりアイナとロベルトに注目が集まることになる。
しかも、アイナは現王妃である祖母と父親と同じで、ストロベリーブロンドの髪に赤い瞳をしていた。これはリッキーの狙いとなるのだろうか。
カンパニュラ王国は、お父さんの月の都のお膝元だ。常にオリヴィアお母さまと繋がっていることもあり、天照家の継承は既に伝わっている。今回は、子供たちの顔合わせに集中することとなりそうだ。
子供たちを紹介しながら子供たちの中では情報戦が繰り広げられている。
僕は余計な詮索はせずに、見るともなくリッキーの表情を窺った。だが、お望みだった舞依と同じ髪と瞳の色をしたアイナを目の前にしても顔色を変えずにいるのだ。
寧ろ、リッキーの隣に居た月乃の方が赤い顔をしていた。ロベルトを気に入ったのだろうか?うーん。でも僕はそれを知りたくない気持ちが勝り、平然を保とうとしていた。
月乃は何時でも、一番先に僕に抱きついて来ていた。その月乃が僕以外の男を見て赤い顔をするなんて・・・しかも、ロベルトはブロンドの髪に青い瞳だ。僕とは顔も含めて全く似ていないのに・・・
あ!そうか。娘は基本的には父親と似ていない男性を選ぶのが本能というものだったっけ。それにしても寂しいものだな・・・
『月夜見さま。月乃の様子を見て気落ちされているのですか?』
『桜・・・だって、月乃がさ。僕以外の男を見て赤い顔をしているなんて・・・』
『月夜見さまにはお辛いですね。でも月乃は九歳です。まだ分かりませんよ。それに私が居ます』
『そうだね。桜。でも・・・』
『月乃は幸せ者ですね』
カンパニュラ王国から戻り、着替えてから部屋でひとり、ボーっとしていた。
『お父さま』
『月乃かい?』
『お部屋へ伺ってもよろしいですか?』
『あぁ、構わないよ』
「シュンッ!」
「お父さま!」
月乃が瞬間移動で現れ、いつもの様に膝の上に座って抱き着いてきた。
「月乃・・・」
「お父さま。お母さまから伺いました。お父さまがロベルトさまに嫉妬していたって」
「桜が言ったのか・・・」
「お父さま。まだ分かりませんから・・・それに私はお父さまを愛しています」
「ありがとう月乃。慰めに来てくれたのだね」
「慰めるなんて・・・私はまだ、お父さまに甘えていたいのです・・・」
そう言って月乃は僕を抱きしめた腕にキュッと力を入れた。僕も優しく抱きしめ返し、おでこにキスを落とした。
父親って辛いものなんだな・・・
引き続き大国を回って挨拶をして行く。次はメリナお母さまの母国、ジギタリスだ。
ジギタリス王国へ派遣された月華姉さまは、王子のアイザック ジギタリスと結婚して二人の子を儲けた。男の子は次期国王に、女の子は王都の神宮を継ぐ予定だが、その子供はまだ、生まれたばかりだった。
弟の橘春は、公爵家の娘、クロエ フラナガンと結婚して二人の子を儲けたが、こちらも二歳の男の子とまだ生まれたばかりの女の子だ。
七大大国の最後の国はルチアお母さまの母国、ユーフォルビア王国だ。
ルチアお母さまの長女、紗月姉さまは、ヴァレリオ クラーク公爵家へ嫁ぎ、公爵領の神宮に入った。二人の子はそれぞれ婚約したばかりだ。
そして、弟の春王は、ワグナー公爵家の娘、ディアナと結婚して、紫月伯母さまの居る、王都の神宮に入った。こちらの子はまだ三歳と二歳だ。
ブリギッテの弟で次期国王となる、ユリウス王子はクラウディアとの間に二人の子を儲けた。長女のアマーリア八歳と長男のライナルト六歳だ。
天照家の継承の話を終え子供の就学について話をすると、ルチアお母さまの兄である、アルブレヒト国王が突然、突拍子もないことを言い出した。
「天照さま。ブリギッテのことでは大変なご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした。その上更に、我が国にあった最後の奴隷商の奴隷たちも全て天照さまにお召し上げ頂いたとのこと、面目次第も御座いません」
「迷惑などということはありません。ブリギッテもフローラも良い先生になって、子供たちの指導をしてくれているのですから。奴隷もまた同じです」
「あの・・・ブリギッテの代わりにという訳ではないのですが、天照さまのご子息さまに孫娘アマーリアの婿になって頂くことは叶いませんでしょうか?」
「お兄さま!一体何を言い出すのですか!」
ルチアお母さまが血相を変えて立ち上がってしまった。
「ルチア・・・我が国はカンパニュラ王国に抜かれ、今や七大大国の末席にやっと入っている様な国だ。そして王女であったブリギッテがあの様なことに・・・このままでは体面が保たれないのだ」
「アルブレヒト殿、私の息子をアマーリア殿の婿にとは、将来この国の王に。という意味でしょうか?」
「はい。その通りでございます」
「それですと、アマーリア殿の弟のライナルト殿はどうなるのですか?」
「ライナルトは・・・おそらく病気だと・・・未だにまともな会話ができないのでございます・・・」
「うん?ライナルト殿は何歳ですか?」
「今、四歳でもうすぐ五歳になるのでございます」
「まだ五歳ならば会話が覚束ない子は居ると思うのですが・・・では、ライナルト殿を診察してみても構いませんか?」
「お願いできますでしょうか?」
急遽、アマーリアとライナルトを別の応接室へ連れて行って診察をすることとなった。
こちらは僕と幸ちゃんだけだ。
「アマーリアに聞きたいのだけどね、ライナルトはアルブレヒト殿の言う通り、普通に会話ができないのですか?」
「はい。話し掛けても途切れ途切れにしか答えません。また、自分の言いたいことだけを話して人の言うことを聞かないこともあります」
「誰かに酷い目に遭わされた様なことは?」
「ライナルトが生まれたのは私が五歳の時です。私はずっと傍に居て可愛がってきましたので、その様なことはないと思います」
「普段は何をして遊んでいるのですか?」
「積み木が好きな様です。あとは絵を描くのも好きです」
「他の遊びや勉強をさせようとするとどうなりますか?」
「自分に興味がないことを無理にやらせようとすると癇癪を起こしてしまいます」
「なるほどね」
「ライナルト。好きな食べ物は何かな?」
「・・・パン・・・」
ライナルトは表情のないまま、こちらを見ることもなく、ぽつりと答えた。
「あ!好き嫌いが多くて、無理に食べさせようとすると食事中でも走って逃げてしまいます。他にも遊んでいても途中で気が変わるのか、急に走りだすのです」
「ふむ。なるほど・・・」
『月夜見さま。この子は発達障害なのでしょうか?』
『うん。確か、自閉スペクトラム症っていうのだったかな』
『月夜見さまの専門ではございませんね』
『そうだね。地球でも治療は難しいよね。この世界では支えていくだけでも大変だな』
『流石に王になるのは難しいですね』
『それはそうだよね』
ライナルトの診断結果は「発達障害」だ。でもこれは治療できる病気ではない。年齢と共に治っていく場合もあるし、そうでない場合もある。専門家の訓練なしでは、寄り添う家族は大変かも知れない。
これを家族にどう説明するかだよな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!