22.グロリオサ服飾店
初めて見た六人乗りの小さな船は、少し未来的なデザインだった。
小型の船は自動車のタイヤが無い形を想像していたのだが、それよりは船に近いというのだろうか、薄いというか高さがないのだ。きっと上から見たら三角形に近い形をしていると思う。
人が乗るスペースは自動車に近く、フロントガラスが舳先から高くなってくる角度に合わせて傾いて付いている。前と後ろの座席は横に三人並んで座る形だった。
座席の後方は荷物が置けるスペースがあり窓はない。扉は地球の自動車でいうところのガルウイングで上に開くのだ。雨の時には扉が軒先代わりとなって便利だ。そして、前方と後方の両脇にプロペラが付いている。前はプロペラ用のフレームが左右に張り出してその先にプロペラが付いており、後方は船体に直接付いている。
この世界には自動車も馬車もないから城の一階には玄関が無い。城の正面玄関は二階の高さにある。そこにこれらの船が横付けできる様、プラットフォームになっているのだ。そのプラットフォームからこの船に乗り込んだ。
前の席にジェマ、アリアナ、サンドラと並び、僕は後ろの席にひとりで座る様に促された。ジェマが操縦をする様だ。丸い車のハンドルが横に長方形に潰れた様な形のハンドルを左手で握り、右手でレバーを操作すると船体が前屈みの姿勢になりスルスルと前へ進んだ。
「この船はお店で所有しているものですか?」
「船を所有できるのは国だけです。街ごとに数か所の船着き場があり、空いている船に乗るか自分の家や店に呼んで使うのです」
「では、必ずしも船着き場まで行ったり、返したりしなくても良いのですか?」
「はい。これから店に着いて人が降りれば船は自動で船着き場へ帰って行きます」
「そうですか・・・」
なんだ。とっても未来的なのだな。
「あ!」
「ど、どうされましたか?」
「あそこに浮かんでいるのは、もしかして月の都ですか?」
「は?え、えぇ、そうですが・・・」
「あ。私は下から眺めたのが初めてなものですから、あんな風に見えるとは思っていなかったのです。その下の海岸沿いにあるのは神宮ですか?」
「はい。左様で御座います。こちらから見ると神宮から月の都まで階段で繋がっている様に見えると思います」
「えぇ、見えます。しかも階段の様に下から順番に浮かんでいる途中の岩?には無数の鳥居が立てられているのですね」
「えぇ、神宮から赤い鳥居が天へと繋がる様を見上げた時、その先に二つの月が輝き、神の住む宮殿が見える。その幻想的な姿から月の都と呼ばれているので御座います」
「そうですか。何故、月の都というのか知りませんでしたが、こうやって下から見上げるとそういった風に見えますね」
「はい。でもあの途中の岩は繋がっていないのです。こちらの正面から見ると重なって繋がっている様に見えるのですが、横から見ると岩同士は離れていて、歩いて渡る事は不可能なのです」
「はぁーこれはまた、雅なことですね」
「月夜見さまは、こうしてお姿を見ずにお話ししていると本当に三十歳近い方かと思ってしまいますね」
「そうでしょう・・・精神年齢は二十八歳ですから。今後は特にお店の中や私達だけの時はもっと砕けた口調でお話しくださって構いませんからね」
「そ、それは難しいかと・・・」
「まぁ、できるだけで構いませんよ」
「ところで、今回の下着なのですが、今後世界中に広めるためにはかなりの設備投資や人材の確保をしなければならないのではありませんか?」
「そんなに沢山必要になるのでしょうか?」
「勿論ですよ。世界中の女性に必要です。数だけで言うなら一人平均で三着は必要です。全人口五十万人で五人に一人が男性とするならば、女性は四十万人です。高齢の方と子供を除いても恐らく二十万人以上が対象となります。だとすると六十万着は必要です」
「そ、そんなに沢山は作れません!どうしましょう」
「やはり、下着専門の工房を作らねばならないと思います。あとは他国の分は、作り方を教えて作りたい国で作らせるのです」
「そ、そうですね」
「アリアナ。ヘレナさまに相談されるのが良いですよ。これから国の産業として国が主導して作って行くのです。国が発展するためには人だけ増えても国民を養えません。農作物も増やさねばなりませんし、この様な産業も必要なのです。国が主導すべきことですよ」
「ですから始めの工房を建てるところから予算建てして頂くのです。近々、私からもフェルナンドさまにお話ししておきますよ」
「ぜ、是非、よろしくお願いいたします」
「月夜見さま、店に到着致します」
「ここなのですね。立派なお店ですね」
「恐れ入ります」
やはり店の出入り口は二階だった。先程から眺めていて分かったのだが、全ての建物には一階と二階に玄関があり、二階の方が大きな玄関になっている。店の場合は二階が店で、一階は作業場や倉庫になっている様だ。
グロリオサ服飾店はかなりの大型店だった。流石は王家御用達なだけはある。
店の前に船が着くと、三十名位の若い女性が立ち並んで頭を下げていた。船を降りるとアリアナが従業員達に声を掛ける。
「月夜見さまの御着きですよ!」
「いらっしゃいませ!」
「皆さん、こんにちは。お邪魔しますね」
すぐに飛び切り豪華な応接室へ通された。そして最上級のお茶が出される。
「月夜見さま、ご相談が御座います」
「はい。なんでしょうか?」
「今回、ご依頼頂きました下着は、月夜見さまがご発案されたものです。これから世界に向けて販売するに当たりまして、発案者であります月夜見さまへ発案料をお支払いしなければなりません。それを売値の何割にさせて頂くかをお聞きしたく存じます」
「通常、服飾の販売価格の内、原価や利益はどれくらいの割合になっているのでしょうか?」
「そ、その様なこともご存知なのですね。恐れ入りました。通常は発案料が三割、原価と生産に必要な経費が四割で残り三割が利益となっております」
「今回、平民用の下着の販売価格は幾らとする予定なのですか?」
「今のところ、大銀貨一枚と考えております」
「では、発案料銀貨三枚、原価と生産経費が銀貨四枚、利益が銀貨三枚ということですね」
「はい。左様で御座います」
「その発案料の割合は私に決める権利がある。ということですね」
「はい」
「もし私が発案料を三割ではなく、四割欲しいと言ったらどうされるのですか?」
「そ、それは・・・利益を削るか、売値を上げるか・・・」
「そうですか。売値は上げて欲しくはありませんね。では発案料は一割とし、あと一割分は従業員の給料に上乗せし、残りの一割はその分販売価格を下げてください。できますか?」
「その様なこと・・・本当によろしいのでしょうか?」
「アリアナ。先程、私を出迎えてくれた若い女性従業員たちは、今回作った下着を自分で働いて稼いだ賃金で買うことができるのでしょうか?」
「そ、それは・・・恥ずかしながら、今の賃金では難しいかと・・・」
「そうでしたか・・・まだ若い彼女たちが初めてあの下着を見た時。きっと目を輝かせたことでしょう」
「そしてこれから毎日、その素敵な下着を作っていても自分には買うことができないことを知れば、夢も希望もなくなってしまうのではありませんか?それは悲しいことです」
「おっしゃる通りだと思います」
「アリアナ。今までにこの店で作った製品で世界中に広く販売したものがありましたか?」
「いいえ、御座いません」
「ではこの下着は、初めて世界中の女性たちに称賛され、末永く愛用される品となるのですよ。そして更に国の主要産業にもなるのです。それはどれ程、誇らしいことなのかお考え頂いたら分かることでしょう」
「その誇らしい仕事を支える彼女たちが、自分で作る下着を買うこともできない程少ない賃金で働いていて良い仕事ができるのでしょうか?」
「本当におっしゃる通りで御座います。私が間違っておりました。月夜見さまのおっしゃる通りに致します」
「そんなにすまなそうな顔をしなくて良いのですよ。今までのあなたが間違っていた訳ではないのです。でもこれからは違います。変わらなければなりません」
「以前打ち合わせた通り、この下着から新しいドレスも作られて行くのです。どんどん忙しくなりますよ。ジェマやサンドラの様に高い技術を持つ者には責任ある地位を任せて、高い賃金を支払うことで繋ぎとめておかなければ、他の工房や他国へ逃げられてしまいますよ」
「まぁ!確かにその通りですね・・・月夜見さまは何でもお見通しになり、人々を正しく導いてくださるのですね!」
うーん。この国の人はヘレナさまといい、感化されやすいのかな。
「ご理解頂けた様で何よりです。あ!そうだ。発案料のことですが、王家や貴族に販売する分に関してだけは、売値を一割下げる必要はありませんので、発案料は二割にしておいてください」
「かしこまりました。月夜見さまの商業組合への登録はこちらで代行させて頂きます」
「商業組合とは?」
「はい。新しい下着の意匠を登録して、勝手に同じものを作らせない様に管理します。また発案料の集金と支払も致しております」
「なるほど。分りました。では登録はお願いしますね」
「かしこまりました」
「アリアナ、今から従業員の皆さんが作業をされているところを拝見しても良いでしょうか?」
「はい。勿論で御座います。こちらへどうぞ」
工房は一階にあった。アリアナに続いて降りて行くとジェマやサンドラ、それに十代、二十代の若い女性たちばかりが三十名程働いていた。
「アリアナ。少し、皆さんにお話しさせて頂いても良いでしょうか?」
「はい、勿論で御座います。皆さん!月夜見さまが皆さんにお話があるそうです。手を止めて集まってください!」
皆が集まったら僕が小さいので最前列に居る女性しか見えなくなってしまった。仕方がないので空中浮遊して皆の顔が見える高さまで浮かんだ。
「うわぁぁぁ!」
皆が声を漏らしてしまう。驚いているのかな?皆、顔が真っ赤になっている。
「皆さん、もうご存知だと思いますが、皆さんに私の発案で女性専用の下着を作って頂いています。この下着は今後、この世界の全ての国へ向けて販売することとなります。そのためにはこのお店だけでは全く足りません。これからこの国の主要産業とし、大規模な工房をいくつも作ることになるでしょう」
「皆さんが作ってくださる下着が全世界の女性たちに称賛され、末永く愛用されることとなるのです。そんな下着を自分の手で作れることを誇りに思ってください。そしてこの下着を販売した収益の中から、皆さんの賃金を上げてくださることをアリアナは約束してくれました」
「うわぁーっ!」
歓声と拍手が工房の中に響き渡った。
「皆さん、賃金が上がったら、是非この下着やきれいなドレスを買ってお洒落を楽しんでくださいね」
「月夜見さま、ありがとう御座います!」
「ありがとう御座います!」
「アリアナ。勝手なことを言って申し訳ないですね」
「とんでも御座いません。皆のやる気が上がったと思います。ありがとうございました」
「それならば良かったのですが。それでは今日は帰ります。ジェマ、サンドラ。生理用品の件でまた来ますね」
「はい。いつでもお越しください。お待ちしております!」
下着についてはこれで完成だな。あとは生理用品の商品化だ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!