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20.奴隷の救済

 ユーフォルビア王国の奴隷商オクサーナと奴隷たちを解放することにした。


 紫月しげつ伯母さまが号泣するオクサーナに寄り添った。

「オクサーナ。本当に辛かったのですね。でもあなたの苦労もこれで終わりです。あなたが誠実に生き、努力し続けてきたことがむくわれるのです。良かったですね」

「う、う、う・・・紫月さま。ありがとう御座います」

 オクサーナは涙が止まらなくなってしまっている。


「オクサーナ。ここを引き払うのにどれくらいの時間が掛かるでしょうか?」

「どうでしょう。私たちは身一つで出て行けば済んでしまうのですが、ここを売り払うとなるとすぐには・・・」


「それではこうしませんか?私の方でここの始末を致しましょう。売れたらそのお金を月夜見さまからオクサーナに渡して頂きましょう」

「紫月伯母さま。そんなことをお願いしてもよろしいのですか?」


「私から国王にことの次第を告げて、始末させますから大丈夫です。国王は月夜見さまにブリギッテのことで恩があるのですから・・・」

「助かります。伯母さま、ありがとう御座います。では、オクサーナ。明日の朝に迎えに来るから荷物をまとめておいてくれるかな?」

「は、はい!かしこまりました」


「では、皆に会わせてもらえますか?」

「はい。今すぐに」

 オクサーナは涙を拭いながら店の奥へと走って行った。


「月夜見さま。彼女たちをお救いくださり、ありがとう御座います」

「伯母さま。救うと言うよりはこちらの都合なのです。その様な感謝は逆に心苦しいです」

「そうですか?でも実際に彼女たちは救われることとなるのですから」


 しばらくしてオクサーナが呼びに来た。

「月夜見さま、紫月さま。準備ができました。こちらへどうぞ」

 オクサーナの後について行くと面会室に通された。

ソファに僕と伯母さんが座ると、奥から八名の男女が出てきて目の前に整列した。


「皆、神さまの月夜見さまと、神宮の宮司、紫月さまよ」

「初めまして。月夜見です」

「皆、名前と歳、それとできることをお伝えして」

「あぁ、できることと、もし好きな仕事があれば教えてもらえるかな?」


「ノーラン十七歳、革製品の扱いと畜産なら牛舎の仕事ができます」

「アダム十五歳、革製品の扱いができます。それと農作業が好きです」

「ルイ十五歳、鍛治仕事をしたことがあります。それが・・・好きです」

「オデット十七歳、針子仕事ができます。でも侍女の仕事が好きです」


「レベッカ十六歳、私は針子仕事が好きです」

「レジーヌ十六歳、針子仕事と農作業ができます。どちらも好きです」

「ロザリー十五歳、針子仕事ができます。料理が好きです」

「テレーズ十五歳、針子仕事ができます。私は子供の世話が好きです」


 皆、緊張しているが挨拶はきちんとできた。教育もしっかりとしてきたのだろう。

痩せてはいるが、カンパニュラの奴隷たちの様に栄養失調症に陥っていることもない様だ。


「ありがとう。分かったよ。この中で異性と結婚したくない子は居るかな?」

「・・・」

「あぁ、恥ずかしいかな?隠さなくても良いのですよ」

「あ、あの・・・私は・・・結婚は・・・したくないです」


「オデット、それは結婚が嫌なの?それとも男性が?」

「あ、は、はい、男性が・・・」

「うん。分かったよ」


「では、ノーラン、アダム、ルイ、オデットは私の屋敷か村で働いてもらいます。レベッカ、レジーヌ、ロザリー、テレーズは別の神の国へ行ってそこで今言った好きな仕事に就いてもらいます。明日から君たちは奴隷ではなくなるよ」

「え?神さまに買われて行くのではないのですか?」


「違うよ。明日から君たちは奴隷ではないんだ。住む家と仕事を与えられ、給金をもらって自由にお金を使い、良い縁があれば結婚もできるのですよ」

「どうして、その様なことをしてくださるのですか?」

「君たちが必要だからだよ」


「特に結婚は君たちが望むならば、良いお相手を見つけて是非して欲しいな」

「私たちが結婚?そんなことできるのですか?奴隷なのに・・・」


「だからさ。明日からは奴隷ではなくなるんだよ。特に私の屋敷に来る、ノーラン、アダム、ルイ、オデット。私の使用人は元奴隷や捨て子、親から離れた子が多いのです。皆、同じ様な境遇だから、元奴隷だったことなど全く気にする必要はないのですよ」


「本当ですか?」

「本当です。では明日の朝、迎えに来るからね」

「オクサーナ、オデット。向こうで少し話を聞かせてくれるかな」

「はい」


 応接室に戻り、オクサーナとオデットが僕と伯母さんの前に座った。

「オデット、言いにくいことを聞くかも知れないけれど、君のこれからのことを思ってのことだから、素直に聞いて正直に答えてもらえるかな?」

「はい。何でもお答えします」


「君は異性と結婚したくない、とのことだったけれど君の身体は女性で良いのかな?」

「はい。女性・・・だと思います」

「オクサーナ。それは間違いないかな?」

「はい。女性です」


「では、その女性の身体に違和感を覚えることはある?」

「違和感ですか?いいえ、御座いません」

「男性に酷い目に遭ったことはありますか?」

「ありません」


「では、男性と結ばれたいと思いますか?」

「いいえ、思いません」

「では、女性とは如何ですか?」

「それは・・・女性と一緒に暮らしたいとは思います」

 オデットはそう答えながら、少し顔が紅潮こうちょうした。


「そうですか。分かりました。ではオデットは私の屋敷で侍女をして頂きましょう」

「え?月夜見さまの侍女にして頂けるのですか?」

「そうですよ。オデットが嫌でなければ」


「嫌なんて、そんなこと!でも私の様な者が神さまにお仕えするなんて!」

「先程も言ったでしょう?既に私の侍女には元奴隷と捨て子が居るのですよ」

「そ、それでは本当に私が神さまの侍女に?」

「えぇ、なってくださいますか?」

「はい。喜んで!」

 やっとオデットが笑顔になった。黒髪に茶色の瞳。とても大人しそうな可愛い娘だ。


「では、オデットは下がって良いですよ」

「はい。ありがとう御座いました!」


「オクサーナ。君はお母さまと一緒に神の国へ行ってもらおうかな」

「お母さまと一緒に行かせて頂けるのですか!」

「勿論ですよ。洋服の工房で働いてもらうのが良いでしょうかね」

「あぁ、ありがとう御座います」


「では、仕事をもらっていた工房に挨拶をして来てください。奴隷が全員売れて、商売を畳み、あなたもアスチルベ王国に移り住むこととなったと言うのです」

「アスチルベ王国・・・ですね。かしこまりました。母に伝えて準備を整えます」

「オクサーナ、頼みましたよ」

「かしこまりました。ありがとう御座います」


 奴隷商を後にして、紫月伯母さんと船で神宮へ戻った。

「あの子たちを月の都で使って頂けるのですね?」

「えぇ、こちらとしても大変助かるのです。使用人にもできるだけ結婚して欲しいのですよ」

「まぁ!本当にお優しいこと」


「紫月伯母さま、今日は助かりました。ありがとう御座いました」

「いいえ、こちらこそありがとう御座いました」

「それでは失礼致します」


「シュンッ!」


 僕は月の都へ戻ると、皆にサロンに集まってもらって今日の結果を伝えた。

「皆、今日はユーフォルビアの最後の一軒の奴隷商に行って来たんだ」

「人は集められたのですか?」

「うん。男性三人と女性五人、それに若い女性の店主も一緒に来てもらうことになったよ」

「え?女性店主も?何歳なのですか?」

「十八歳だよ」


「店主が十八歳?若いですね」

「先日、お父さんが亡くなったばかりだそうなんだ。奴隷も全く売れなくなって、奴隷と針子仕事や革のなめしなんかをして食い繋いでいたそうだ」

「それでは、丁度良いお話だったのですね」

「そうなんだよ」


「では、女性は全員、アルカディアへ送るのですね?」

「琴葉、一人だけ異性と結婚したくないという娘が居たから、その娘はここへ連れて来るよ」

「ではシルヴィーが面倒を見れば良いかしら?」

「あぁ、そう言えば侍女の仕事が好きだと言っていたね。シルヴィー、世話を頼んでも良いかな?」

「かしこまりました。お任せください」

 シルヴィーが少し赤い顔になった。


 アルカディアの椿さんに連絡し、オクサーナ親子の住まいと服飾工房の仕事、それにあと四人の女性たちの住まいと仕事の手配をお願いした。


 翌日、僕は船でユーフォルビアの奴隷商へ迎えに行った。

「オクサーナ。おはよう。準備は良いかな?」

「あ!月夜見さま。おはようございます。準備はできています」


 奴隷商の中はさっぱりと片付けられており、幾つかの箱に荷物がまとめられていた。

「あ、あの、月夜見さま。こちらが私の母です」

「あぁ、オクサーナのお母さまですか。初めまして。月夜見です」

「つ、月夜見さま。わ、私はオクサーナの母でリーリャと申します。この度はありがとう御座います」

「おや、お母さま。お若いですね。失礼ですが今、御幾つになられたのですか?」

「え?私ですか?三十三歳で御座います」


「まだ、三十三歳ですか・・・」

 再婚して子も産める年齢だよな。黒髪で紫色の瞳。肌もまだ張りがあり美人だ。そうか、奴隷だったけれど美人だから・・・まぁ、なる様になるだろう。余計な口出しはやめておこう。


「では、裏に停めてある船に乗ってくれるかな?」

「裏で御座いますか?それは二階ではなく、地面のことでしょうか?」

「あぁ、そうだね。僕の船は宙に浮かばない船なんだ」

「?」

 オクサーナが不思議そうな顔をした。


「一階に降りて裏に回れば分かりますよ。ところで荷物はこれだけですか?」

「はい。私たちには何もありませんから・・・」

「そうか。向こうへ行ったら、まずは着るものからだね」

 ぞろぞろと十人が建物の裏に歩いて行くと、そこには銀色に光る船が地面に鎮座ちんざしていた。


「こ、これは・・・船なのですか?」

「これに乗るのですか?」

「そうですよ。さぁ、乗って。荷物は席の後ろに置いてくれるかな」

「そ、操縦かんがありません!」

「要らないから無いのですよ。さぁ、飛びますよ」


「シュンッ!」

「うわぁーっ!」

 アスチルベの月の都の上空に瞬間移動した。


「皆、ここはアスチルベ王国。そして下に見えるのが月の都だよ」

 上空を旋回して月の都と村を見せる。

「月の都には、山、川そして池もある。僕の屋敷と使用人が暮らす家、そして畜舎に水田と畑もある」


「そしてこちら側が、神に仕える民が暮らす村だ。村役場と服飾店、雑貨店、魚屋と漁港、水田と畑、それにそれを売る八百屋だ。月の都と橋で繋がっているでしょう。その橋の横にあるのが、神宮、学校と孤児院、それに漢方薬工場だよ」

「凄い!整然と建物が並んでいてとてもきれい!」


「オデット、ノーラン、アダム、ルイは、ここで暮らし、仕事をしてもらうよ」

「素敵な村ですね!」

「他の皆は、ここではない神の国へ行ってもらうよ。そこでは君たちの受入準備をしているから、そちらへ行くのは一週間後だ」


「まずはしっかり食べて、ダンスを習ってもらおうかな」

「ダンス?え?ダンスですか?何故?」

「神の世界ではね、働く者には週に一日のお休みがあります。そのお休みとは、仕事をしないで自分の好きなことをする日です。一日寝ていても良いし、海で泳いだり魚を捕ったりしても良い。でも初めは中々、自分の好きなことが見つからないかも知れないよね。だから、まずはダンスを踊ってみるんだよ」


「私たちがダンス・・・」


「オクサーナ。ここにも村と月の都にそれぞれダンスホールがある。神の国には地域ごとにダンスホールが作ってあるんだよ。そこでは毎日、仕事が終わってからとか、お休みの日に皆がダンスを踊っているんだ。そこで知り合った異性で気の合う人が見つかれば結婚するのも自由なんだ。そういう場でもあるんだよ」


「私たちが結婚・・・」

 いちいちオクサーナが反応し、遠い目をしている。


「今日は荷物を部屋に置いたら服の採寸をしよう。それと月の都と村を見学しようか。明日からはしっかり食べて、ダンスの練習だね」

「は、はい。かしこまりました」

 皆、面食らっている様で言葉もでなくなっているな。


 月の都の庭園に船を降ろした。

「さぁ、着いたよ。ここが月の都だ」

 皆が荷物を持って船から降りると船を船着き場へと飛ばした。

「シュンッ!」

「うわぁ!船が消えてしまった!」

 ルイがビビっている。


 すると、僕を見つけた子供たちが次から次へと瞬間移動で現れ、僕はもみくちゃに、そして僕に抱きつき切れずあぶれた子たちは、周囲を飛び回り始めた。


「お父さま!お帰りなさい!」

「月乃、みんな。ただいま」

「この人たちは?」


 子供たちはオクサーナたちの周りを飛び、顔をのぞき込んだり、肩に触れたりしていた。

飛び回る子供たちを見て、度肝を抜かれたオクサーナたちは声も出せず目を丸くし、ただただ、驚いていた。


 子供たちにオクサーナたちを紹介した。子供たちの名前は言ったところで覚えられないだろうから、ここで暮らす者にだけ追々、教えていくとしよう。


 まずは使用人の部屋へ案内し、荷物を置いてから村の服飾工房に行き、当面の服を用意してもらった。その後、月の都を案内しようと思い、まずは小白を呼んだ。


「皆、私の友達を紹介するよ」

 するとうまやの方から小白が走ってきた。

「あれは狼の小白だ。私は動物と話ができるからね。皆に襲い掛かったりはしないから大丈夫。怖くはないよ」

「うわ。で、でっかい!」

「オオカミなのですか!」


 僕の隣に来てお座りしていると、フクロウも飛んできて小白の頭に舞い降りた。

「こちらはフクロウだよ。こちらも友達だ」

「け、眷属けんぞくなのですね・・・」

「そう思った方が分かり易いなら、それでいいよ」


『月夜見さま。彼らの昼食の準備ができたそうです』

『詩織、ありがとう。では食堂に向かうよ』


「皆、昼食の準備ができたそうだから、食堂へ行こうか」

「はい」

 使用人の食堂に行くと、テーブルには既に十名分の食事が用意されていた。

今日の昼食はハンバーグの様だ。スープとサラダ、ごはんとケーキも並んでいた。


「こ、こんな・・・これが食事なのですか?」

「そうだね。これが使用人の普通の昼食だよ。さぁ、召し上がれ」

 皆、無言で席に着くと、一心不乱に食べ進めた。


 半分くらい食べたところで、料理が好きだと言っていたロザリーが涙を流し始めた。

「こんなに美味しいものがあるのですね・・・」

「そうね。ロザリー、私だって初めて食べるわ」

「オクサーナ。きっとここで食べるものは、ユーフォルビア王国の一般的な家庭では食べられないものばかりだと思うよ」


「人間の欲はね、食欲、睡眠欲とあとは性欲だね。だから食事は大切だと思うよ」

「こんなに美味しいものを食べられるなんて」

「あ。そうだ、性欲と言えば、オクサーナ。僕が作った女性と性の知識の本は読んだことはあるかな?」

「はい。持っていますし、ここに居る皆に教えました」

「それは良かった。では女性は生理の知識はあるのだね?」

「はい。分かっています」


「あの・・・これは何でしょうか?」

「テレーズ。それはケーキだよ。食後のデザートだ。甘いお菓子のことだよ」

「これが、ケーキ・・・」

「そうか。ケーキを見るのも初めてなのだね。食事を全部食べてから最後に食べるのだよ」

「はい。ケーキが食べられるなんて・・・ありがとうございます」


 皆、夢中で食事を平らげ、ケーキを大事そうに食べている。

「ロザリー、ケーキって美味しいね。ロザリーも作ってみたいでしょ?」

「えぇ、テレーズ。こんなに美味しいものがあるなんて・・・是非、作ってみたいわ」

 女の子は皆、笑顔で涙をこぼしていた。オクサーナまでも。


 奴隷だった子には皆、幸せになって欲しいな。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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