19.ユーフォルビアの奴隷たち
結城邸にお邪魔していると早苗さんの娘たちが帰宅した。
「ただいま!」
「あぁ、菜乃葉、七海。お帰りなさい」
「あ!神さま!」
「やぁ、菜乃葉、七海。久しぶりだね。元気だったかな?」
「はい。神さま」
「瑞希お姉ちゃん、今日は勉強はなしかな?」
「そうね。月夜見さまがいらっしゃっているから、今日と明日は自習をしてくれるかしら?」
「はい。分かりました」
「菜乃葉たちに勉強を教えているのかい?」
「えぇ、菜乃葉は来年、中学校受験なのです。ハイレベルな学校を目指しているのですよ」
「塾に行かなくて良いの?」
「塾なんかより、私が教えた方が早道です」
「あぁ、そうだよね」
「それよりも、菜乃葉と七海に勉強を教え始めたら、翼が興味を持ったみたいで、ずっと横で聞いているのです」
「翼は知能が高いからね」
「そうですね」
「一緒に教えてしまえば良いのでは?」
「え?もう勉強を教えるのですか?」
「だって能力の方は、瞬間移動以外はほとんどできる様になったのでしょう?」
「えぇ、そうですね」
「リッキーたちも能力は全て使えて瞬間移動もできるし、学校の勉強も始めているよ」
「え?蘭華たち、下の子もですか?」
「うん。一緒にやりたがるんだよ」
「そうですね。興味があるならばやらせてみましょうか」
「そうだよ。翼、勉強したいのでしょう?」
「はい。菜乃葉お姉ちゃんたちと一緒に勉強します」
翼がふわふわと飛びながら僕の腕の中に納まった。
結局、夕食の時間まで瑞希が菜乃葉と七海に勉強を教えることとなった。
サロンで勉強が始まった。僕も隣に座り、その様子を珈琲を飲みながら見守った。
瑞希が菜乃葉に分数の割り算を教えていた。翼もふわふわと浮きながら教科書を一緒に見て聞いている。
区切りまで教えたところで、菜乃葉にプリントを渡して解かせ、今度は七海に五年生の問題を教え始めた。翼は菜乃葉の肩に手を置き、菜乃葉が問題を解くのを見ていた。
「菜乃葉お姉ちゃん。そこは割る数の逆の数を掛けるんだよ」
「あ!そうだった。間違ったね・・・」
え?今、翼が菜乃葉の間違いを指摘したの?
『瑞希、今、翼が菜乃葉の間違いを指摘していた様だけど?』
『えぇ、問題によって翼の方が早く理解する時があるのです』
『分数の割り算なんて神星では教えないレベルの算数だよね』
『これは想像なのですけれど、翼は能力が大きくて脳の活動領域が広いから、理解力や記憶力も格段に発達しているのではないでしょうか』
『そうかも知れないね。翼ってさIQを計ったら驚く数値になるのかも知れないね』
『それは計っては駄目ですね』
『そうだね。大騒ぎになってしまうね。それより、菜乃葉と七海はへこんだりしないかな?』
『この前丁度、その話になったのですけれど、神さまの子だから当たり前だって、あっけらかんとしていましたよ』
『あぁ、そうか。そう考えてしまえばそんなものか』
『助かりましたけど』
『それなら丁度良いから、そのまま教育してしまえば良いよ』
『はい。そうします』
勉強も終わり夕食時となった。夕食メニューはセバス特製の海鮮ちらし寿司だった。
「セバス。レベル高いな・・・」
「早苗が悪阻を理由に料理をセバスに任せっきりなのです」
「まぁ良いじゃないか。セバスの実力も知りたいところだしね」
「そうですよね!月夜見さま!」
「早苗!」
「まぁまぁ。ところで繁さんは?」
「今日は月夜見さまがいらっしゃるから、早く帰ることになっていますので、そろそろ帰ると思います」
食事を頂いていると繁さんが帰って来た。
「ただいま!」
「あぁ、繁さん、お帰りなさい」
「月夜見さま。この度はこの様な素晴らしい屋敷をありがとうございました」
「いいえ、瑞希や翼がお世話になるのですから当然です」
「繁さん、着替えてきたら?」
「うん。そうするよ」
そして繁さんを交えて飲み会が始まった。セバスがおつまみとして、刺身の盛り合わせやカナッペを出してくれた。
「セバス、やるな・・・」
「本当に最高なのです」
「そう言えば、繁さん。今更ですがお仕事は何をなさっているのですか?」
「私は家電メーカーに勤めているのです」
「早苗とは職場結婚ですよね?」
「えぇ、まぁ」
「家電メーカーでは何か変化は起こっているのですか?」
「いや、実は・・・私、新規事業のプロジェクトマネージャーに任命されたのです」
「まぁ!凄いじゃない!」
「いやね、それが家電メーカーなのに、海洋プラスチックの除去装置を造ることになりまして」
「海洋プラスチックの除去装置・・・何故でしょう?」
「社長の鶴の一声で、うちは家電メーカーだ。掃除機を造っているのだから海の掃除機も造るぞ!って。まるで駄洒落みたいな話ですよね・・・」
「困っていらっしゃるのですね」
「えぇ、うちの会社でその様な知識は持ち合わせておりませんので・・・」
『月夜見さま。花音の姪の華に聞いたら良いのではありませんか?』
『そうだよね。半年前に既に企業からオファーがあったと言っていたよね』
『もう、遅いでしょうか?』
『いや、確か資金提供とか技術提供と言っていたから、共同事業として立ち上げれば可能なのではないかな』
「繁さん。私の妻、花音の前世の家族に大学で海洋プラスチック除去の研究をしている姪が居るのですよ。実はその研究は実を結ぶ可能性が高いのです。今度、紹介しますから、お話しされてみては如何ですか?」
「ほ、本当ですか!で、ではその研究は実現可能性が高いと言うことなのですね?」
「そうです。向こうの世界ではその装置は既に準備ができているのだそうです。そして華の大学の研究成果は、それと原理が同じなのだそうです。つまり、装置として仕上げる機械製作技術と資金があれば、後は時間の問題で完成するらしいのですよ。まぁ、研究している本人たちはまだ、それに気付いていないのですけれどね」
「教えてあげないのですか?」
「神は人間に手助けしないと言いましたからね」
「あ!そうでした。でも私たちに漏らしても良かったのですか?」
「あくまでも家族の内緒話ですよ・・・」
「あ、ありがとう御座います!」
数日後、瑞希が仲介をし、繁さんは華と共に教授と面会することとなった。
その後、華の大学は繁さんの会社と幾つかの会社と組み、共同事業を立ち上げた。華はそのプロジェクトに参加し、繁さんの会社に就職することが決まった。
それから華は、結城家の家族になったかの様に結城邸と月の都に出入りすることとなった。瑞希と花音からは、華は僕のことが好きだから気をつけろ。とかなりきつく釘を刺された。
世の中の動きとしては環境保護団体の力は増し、環境改善のムードは高まっていた。
日本では変革の波は来ているし、動き出している事業も沢山あった。だが、世界の流れはそう簡単には変わらない様だ。国連での話し合いも一向にまとまらなかった。元々、対立していた国々がそう簡単に一枚岩になれる訳はないのだった。
とは言え、まだ始まったばかりでもあるので、そんなニュースに一喜一憂していても仕方がない。地球のことは放っておいて神星の奴隷を解放することの方が先だ。
今のところ、ネモフィラとカンパニュラの奴隷は居なくなった。イベリスとアスチルベには元々奴隷は居ない。
今日はユーフォルビア王国の元王女である、ブリギッテに奴隷の状況を聞いてみようと思い、放課後にサロンへフローラと共に招いた。
「ブリギッテ、フローラ。聞きたいことがあるのだけど」
「月夜見さま。どんなことでもお答え致します」
「そんなにかしこまらなくて良いのですよ。ユーフォルビアの話なのだけどね。今、奴隷商はあるか知っているかな?」
「奴隷商で御座いますか?私が居た時には確か王都に二軒ほどあったかと思いますが、現在も続いているかは分かり兼ねます」
「そうか。では、まずは神宮へ行ってみようかな?王都の宮司は紗月姉さまが結婚されて紫月伯母さまになっているのだったな」
まずは鳥の電話で紫月伯母さんに連絡し、伯母さんのお休みの日の午後に伺うこととなった。王都の神宮の中庭へ船で瞬間移動した。
「シュンッ!」
「まぁ!月夜見さま。お久しゅう御座います。相変わらずお綺麗なままで!」
「紫月伯母さま。ご無沙汰しております」
「今日は如何されたのですか?」
「お聞きしたいことがあるのです。この国の奴隷商はまだ営業を続けているのでしょうか?本来であれば国王に聞くべきところなのですが、ブリギッテのこともあり、極力お会いしたくないのですよ」
「あぁ、その様なことが御座いましたね。奴隷商で御座いますか?確かまだ一軒営業していると思います。先日、その主が病で亡くなったのですよ」
「ほう。それで誰がその後を継いでいるのでしょうか?」
「娘のオクサーナです。まだ若く、途方に暮れていましたね」
「あぁ、そうですか。ではその娘さんにお会いしたいのですが、奴隷商の場所を教えて頂けますか?」
「それでしたら私がご案内します」
「え?紫月伯母さまにその様なこと、よろしいのですか?」
「是非、御供させてください。今日はお休みですしね。すぐに船を手配します。巫女に伝えて来ますので少々お待ちください」
「ありがとうございます」
しばらく待って神宮の玄関から二人で船に乗り、王都にあるという奴隷商に向かった。
玄関に船を着けると、その物音で主人と思わしき若い女性がでてきた。
「あ!紫月さま。先日は父がお世話になり、ありがとう御座いました」
「お久しぶりです。もう落ち着きましたか?」
「はい。忙しくしていて気持ちが紛れたせいでしょうか。何とかやっております」
「こちらは月夜見さまですよ。あなたにお話しがあるそうです。よろしいかしら?」
「え?月夜見さま?あの救世主の?」
「えぇ、中に入れて頂いてよろしいかしら?」
「あ!私としたことが!申し訳御座いません。どうそこちらへ」
客用の応接室へ通された。オクサーナは若いが同じくらいの歳の女の子がお茶を淹れてくれた。
「私はこの奴隷商の主となりました、オクサーナと申します。神さまがどの様なご用事でいらっしゃったので御座いましょう?」
「オクサーナ。こちらはこの国で最後の奴隷商だそうですね?」
「はい。もうこの一軒しか残っておりません」
「奴隷は何人残っているのですか?」
「はい。男性が三名と女性が五名です」
「おや、まだ結構残っているのですね」
「はい、今年、一軒の奴隷商が廃業し、残った奴隷を引き取ったのです」
「今、奴隷は売れるのですか?」
「それが・・・全く売れないので御座います」
「それはどうしてでしょうか?」
「月夜見さまのお作りになった本のお陰で、子が多く生まれておりますので・・・」
「あぁ、私が営業妨害をしてしまったのですね」
「あ!いえ、その様なつもりで申し上げたのではないのです」
「それでは、奴隷が売れないと奴隷の食事代にも困っているのではありませんか?」
「はい。それで父は神宮へ行くのを渋って、病を悪化させ亡くなってしまったのです」
「それは残念なことでしたね。それで今はどうやって食事代を捻出しているのですか?」
「女の子には針子仕事を男の子には革製品の鞣し作業を知り合いの工房から請け負って、ここで仕事をさせているのです」
「おやおや、それでは奴隷商というよりは、共同生活をしている様なものですね」
「あぁ、そうなってしまっていますね・・・」
オクサーナは恐らくまだ、十代だろう。だけど生活感というか、気苦労が表情に現れている。ブルネットの髪は短くカットされ、茶色の瞳。生真面目で大人しい娘。という印象だ。
「オクサーナ。いつまでこの生活を続けるつもりですか?」
「私も困っているのです。あの子たちを捨てる訳にもいかず、売れもしないので・・・」
「その子たちの年齢は?」
「男性は十五歳が二名と十七歳が一名、女性は十五歳と十六歳が二名ずつ、それに十七歳が一名です」
「随分と年齢が高いのですね。何故、もっと早くに売れなかったのでしょう?」
「父が売る相手に色々と注文を付けるのです。奴隷の扱いの悪そうな相手には売らなかったりしていたので・・・」
「それは奴隷たちのことを思って、ということでしょうか?」
「えぇ、父はあの子たちを自分の子の様に思っていましたから」
「その様な方が、どうして奴隷商をしていたのでしょう?」
「お爺さまから受け継いだからです。ただ、お爺さまのやり方を見ていて不満に思っていた様なのです」
「あぁ、お父さまも奴隷商には向いていない方だったのですね」
「はい。そう思います」
「お母さまは?」
「居ります。母は奴隷だったのです。今は針子仕事をしております」
「ふむ・・・」
「オクサーナ。君は何歳なのですか?」
「私ですか?私は十八歳です」
「結婚は?」
「いいえ、私は独り身です」
「結婚したくはないのですか?」
「奴隷商の女主人を嫁にもらおうと思う男性など居りませんから・・・」
「そうですか。それではオクサーナ。あなたも含めて全員、私の世界に来ませんか?」
「え?神さまの世界?」
「えぇ、奴隷は全員解放して、男性は私の屋敷か村で働き手になって頂きます。女性は別の神の世界に行って、仕事に就いてもらいます。恐らくすぐに結婚できるでしょう。あなたもですよ。オクサーナ」
「な、何故、私たちの様な者に手を差し伸べてくださるのですか?」
「それは人手が足りないからです。私の屋敷の使用人は元奴隷や捨て子、親から離れた子ばかりです。そして少し男性が足りないのです。また別の神の世界では逆に女性が足りなくて結婚できない男性が多く居るのですよ」
「そこには住むところと仕事もあるのですか?」
「えぇ、全て用意します。如何ですか?」
「そんな、ありがたいお話があるなんて・・・本当なのですか?」
「これ、オクサーナ。こちらは救世主と言われた月夜見さまなのですよ。嘘をつくことがあると思いますか?」
「あ!あの・・・も、申し訳御座いません!」
「突然、現れてこんな話をされてもね。信じられなくても仕方がありません。でも全て本当のことですよ」
「あぁ・・・神さま・・・う、う、うぅ・・・」
オクサーナは突然のことに困惑したのか嬉しかったのか泣き崩れてしまった。伯母さんが隣に座って背中を擦って落ち着かせている。
この世界の奴隷制度を一刻も早く無くしたいものだな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!