18.結城邸とセバス
元日の夜、月の都へ戻って来た。
「シュンッ!」
「お父さま!」
「シュンッ!」
月乃がとんでもない速さで飛んできた。いや、瞬間移動した様に見えた。
「桜!」
「あ!月夜見さま。お帰りなさい!」
「今、月乃が瞬間移動したと思うんだ」
「え?月乃が?」
「勿論、まだ教えていないよね?」
「えぇ、教えていないです。できるとも思っていなかったので」
「恐らく、僕のところに一番に飛んで行きたいという思いが強くて、勝手に発動したのだろうね」
「それは不味いですね」
「全くだ。強く思うだけでできてしまうなら、僕が居ない時に寂しくなったら瞬間移動してしまうよね?」
「それが地球に行っている時だと大変ですね」
「これはきちんと教えておかないといけないね」
「そうですね」
サロンに子供全員が集まった。周りには妻たちが立ち並んだ。まるで保育園の行事の様だ。
「みんな。さっき、月乃が瞬間移動をしたんだ。瞬間移動と言うのはね、こうやって、一瞬で行きたいところに飛ぶ能力のことだよ」
「シュンッ!」
そう言いながらサロンの端へと飛んで見せた。
「月乃、さっきの様に僕のところへ飛んでごらん」
「はい!」
「シュンッ!」
「わ!」
妻たちが一斉に声を上げた。
「できたね。凄いね、月乃!」
「えへっ。お父さま!」
「僕も!」
「シュンッ!」
「うわぁ!」
凛月が瞬間移動して目の前に現れた。そして目の前でふわふわと浮かび、ニコニコしている。
「お父さま。僕もできました!」
「凄いな、リッキー!」
「私も!」
「私も飛ぶ!」
そこからは次々と子供たちが瞬間移動を始め、結局、全員ができてしまった。
「皆、凄いね!よくできたね!」
「これは大変だ。もう瞬間移動ができてしまったのか」
「きちんと教えないといけないですね」
琴葉が呟き、他の妻たちも深刻な表情になった。
「皆、よく聞くんだよ。瞬間移動はね、便利だけどとても危険な能力でもあるんだ。瞬間移動は今みたいに見えるところへ飛ぶことができる。他に一度行ったことがあるところなら、そこを頭の中で思い出して飛んで行けるんだ」
「でもね。飛んではいけない場所もあるんだ。君たちはまだ小さいからそれがどこなのか分からない。だから約束して欲しい。瞬間移動はまだ、見えるところへ飛ぶだけにしてくれるかな?」
「月乃、さっきはお父さまのところに早く行きたいって強く思ったのよね?」
「えぇ、そうよ。私が一番にお父さまのところへ行くの!」
「お父さまが見えるところに居る時なら良いの。でもお父さまが居ない時に寂しいから会いたいと強く思っては駄目よ」
「どうして?」
「お父さまが、遠くに居る時だとあなた達が行ってはいけない場所に飛んでしまうからよ」
「行ってはいけない場所へ飛んでしまったらどうなるのですか?」
「死んでしまうのだよ」
「しぬ?しぬって何?」
「この世界から居なくなるんだ。もう僕にもお母さまにも会えなくなるんだよ」
「え!そんなの嫌です!」
「僕も嫌だ!」
「そうだね。そう思ったら怖いだろう?」
「怖いです・・・」
「他の能力についてもひとつずつ基礎からしっかりと教えないといけないね」
「早速、明日から訓練を始めましょう」
「学校で習う勉強も始めた方が良さそうだな」
「そうですね」
「あ!そうだ。それはそうとさ。瑞希が皆の分のおせち料理とお雑煮の材料を用意してくれたんだよ」
「シュンッ!」
僕は地球の月の都の厨房から瑞希が用意してくれた食材を引き出した。
「まぁ!こんなに沢山!」
「おせち料理は重箱に詰められているからそのまま食べれば良いけど、お雑煮は食材だけなんだ。幸ちゃんなら作れるかな?」
「はい。お任せください」
その時、クララが一歩前に出て言った。
「月夜見さま、幸子さま。お雑煮の調理はエリーから情報が転送されて来ておりますので、私がお手伝いできます」
「そうか。ありがとう、クララ。では明日はここでお正月をしようか」
「うわぁ!楽しみです。おせち料理なんて何年ぶりなのでしょう?」
「私はお餅が楽しみだわ」
「あぁ、お餅は海苔も入っているから、磯辺焼きもできるそうだよ」
「まぁ!嬉しい!」
「私、お正月のことなんてすっかり、忘れていました!」
「そうだよね、紗良。僕もそうだったよ」
「これからは毎年、ここでもお正月をしようよ」
「是非、そうしましょう!」
翌日、お昼からお正月の宴が始まった。お正月が分かるのは僕と妻たちだけだ。でも、舞衣のお母さんと、フェリックスと水月の家族は、僕たちの家族の内だから、お正月というものを説明して一緒に祝った。
「月夜見さま。あけましておめでとうございます!」
「あけましておめでとう!今年もよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします!」
「では新年に乾杯!」
「乾杯!」
「これって、かなり豪勢なおせちですね!」
「おせちって、詰める食材に地域性がありますよね?」
「瑞希の家は東京だから、舞衣と琴葉は違うイメージだったりするかな?」
「私は京都ですけど、孤児だったのでおせちの思い出がないのです」
「あぁ、琴葉はそうか。ごめんね」
「私は山形ですけれど、そんなに違いはないかなと。これは恐らく、豪勢な食材が入っているから尚更です」
「そうですよ。鮑とか、ローストビーフとか、伊勢海老まで!これは相当お高い品かと・・・」
「神さまだからと、気を遣って最高級にしたのですね」
「何だか申し訳ないな」
「それにしても凄い量ですね。食べ切れるかしら?」
「いや、大丈夫だよ。伊達巻きとか栗きんとん、黒豆なんて、子供たちも気に入るでしょう?すぐ無くなってしまうよ」
「そうね。さっきから子供たちが先を争って食べているわ」
「皆さん、お雑煮ができましたよ。あと、おしるこの材料も入っていたの。今、小豆を炊いていますからね」
「おしるこ!キャー楽しみです!幸ちゃん、ありがとう!」
「お礼は瑞希に言ってくださいね」
「でも作ってくれるのは幸ちゃんですからね。まずは幸ちゃんにお礼を言わないと!」
「はい。ありがとうございます」
日本での宝くじの話や結城邸の話で盛り上がりながら、皆で楽しいお正月を過ごした。
六月になり、いよいよ結城邸が完成した。
僕は瑞希と翼と共に新居へと飛んだ。
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!ようこそいらっしゃいました」
「繁さん、早苗さん。新築おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます」
「もう引っ越しも終わったのですね」
「えぇ、お姉ちゃんが全て運んでくれたのです」
「瑞希、引っ越しはどうやったの?」
「簡単です。私がこちらに居て、早苗と携帯電話で話しながら、早苗の視界に入って指差す荷物をこちらの部屋へ引っ張り出したのです」
「流石、頭良いね。でも周りからしたら、引っ越しをしていた様子がないのにいつの間にか居なくなっているって変じゃない?」
「勿論それは考えました。でも突然現れたら気持ち悪がられるでしょうが、居なくなってしまえば、聞く相手もいないのでそのうちに忘れてしまうでしょう?」
「それもそうだね」
「こちらも一軒家ですし、隣接する家もありませんから問題ないかと」
「流石、瑞希だね」
「では家の中の間取りをご案内しますね」
「うん、頼むよ」
一階には厨房と食堂、それに大きな居間があった。食堂は二十人が一堂に会せるテーブルがあり、壁には大きなテレビモニターがあった。
居間にも二十人が座れるソファとテーブルがあり、やはり大きなテレビモニターがあった。月の都のサロンと同じ感じだ。
その他、向こうの世界の洗濯機が置かれた洗濯室と温泉の様な大きなお風呂がひとつ、トイレが二つあった。トイレには勿論ビデではなく、シャワートイレになっていた。
二階は衣裳部屋が付いた夫婦の寝室が二部屋。書斎が二部屋。それに子供部屋が六部屋あった。
「これって、寝室と書斎が二部屋ずつって?」
「早苗夫婦と私たちも泊まれる様にだと思います」
「あぁ、なるほど。子供部屋が六部屋もあるのは?」
「私たちの子が三人になるのか、それとも早苗の三人目が双子とか?」
「まぁ、その逆もあるか」
「あ!天照さまには、子が六人になるって分かっているということですかね?」
「そうかも知れないね」
「それにしても子供部屋が広いね」
「これは日本の規格ではないですね」
「これでは、菜乃葉と七海は友達を呼べないのではないかな?」
「そうですね。呼ばない方が良いかと。部屋の大きさだけでなく翼やこれからできる娘が居たら、それは誰か?という話になってしまいますからね」
「そうだね。兄弟と言うには似ていないにも程があるね」
「変に噂が立つのも困りますからね」
二階にも大きなお風呂が一つとトイレが二つあった。
地下に行くとシアタールームと倉庫があった。地下二階もあり、そこは貯水槽や蓄電池、それに見ても何だか分からない機械が並んでいた。
一度外へ出て、家の外壁に沿って歩いてみた。
「なるほど、外壁と地面の間には隙間が空いているね」
「それを花壇が囲んでいて見えない様に隠しているのですね」
「本当だ、玄関の両脇にも花壇があって隙間が見えない様にしてあるのだね」
土地をぐるりと囲んだ塀がかなりの高さだ。完全に外から見えない様にしてある。
「これって、塀が高過ぎないかな?かえって中に何があるのか気になるのでは?」
「それが良くできていて、塀の外側も内側も植栽によって、壁の高さが目立たない様にしてあるらしいのです。ちょっと外から見てみましょう」
「へぇ、そうなんだ」
「月夜見さま。今のは駄洒落ではありませんよね?」
「も、勿論ですよ・・・」
その塀は一見コンクリートの様に見えるが、やはり特殊な金属の様だ。コンクリートに見える様に塗装がされているらしい。
「それにしても高さがあるね」
「えぇ、私も法に触れるのではと思って調べたのですが、この土地は外周が全て道路になっていて隣に民家もないので民法の定めの範囲内でした」
「そうか、上手いこと作ってあるのだね」
外に出てみると、植栽としてレッドロビン、金木犀、山茶花、アベリア、ソヨゴが植えられていた。
そのお陰で壁が目立たず、圧迫感を感じることはなかった。勿論塀の中を伺い知ることはできない。
塀の中はやはり塀に沿って同じ様に植栽があり、畑と花壇もあった。それ以外の場所は人口の芝生で覆われていた。
家の横にはガレージが有った。車は一目見て高級車であることが分かるフォードアのセダン。そしてそれはエンジンではなく、電動車だった。まぁ、車は必要か。
「月夜見さま。気が付かれなかったと思いますが、塀の四隅と家の屋上の四隅、それに駐車場には監視カメラが設置されているのです」
「え?そんなもの有ったかな?」
「えぇ、とても上手く隠されているのです」
「では、それを見守るモニターなんかもあるのだね?さっきは気付かなかったけど」
「家に戻ったらご紹介しますね」
「紹介?」
「執事兼警備員が居るのですよ」
「執事?それって、クララの男版ってこと?」
「はい。そうです。やはりこれだけの広さの家ですと、早苗だけでは手入れが行き届きませんから」
「瑞希が天照さまにお願いしたの?」
「いいえ、この家ができて来てみたら、もうそこに居ました」
「備え付けってことか・・・」
家に戻ると玄関にその執事は立っていた。
「月夜見さま。初めてお目に掛かります。セバスと申します」
「あれ?僕のことは分かるんだ」
「はい、エリーと情報を共有しております」
「そうか、それにしてもセバスって・・・」
「月夜見さまもそう思いますよね?名前は早苗に付けていいって言ったのです。そうしたら執事と言えばセバスチャンだって言って、セバスと」
「まぁ、使うのは早苗さんだから文句はないよ。それで・・・セバス?」
「はい。月夜見さま」
「君は何ができるのかな?」
「はい、家事全般、屋敷と庭園の保全、子育て支援、警備に料理もできます」
「完璧だね。この屋敷への外部からの侵入ができない様に守っているということかな?」
「はい。この屋敷とガレージ、それに外壁には二十台の監視カメラが御座います。二十四時間全方向に警戒監視しております」
「対人警備としては、どんな術を使うのかな?」
「ここ日本では剣術は使用できませんので体術が基本ですが、相手の捕縛を最優先としますので、電気ショックと麻酔銃も備えております」
「そうなんだね。それは完璧だ」
「格好も執事然としていなくて良いね」
「いえ、初めはどこからどう見ても、それこそ「ザ・執事」だったのですよ。それで今時の日本の家に執事が居る訳はない。となって、早苗と考えて普通のスーツと庭作業用の作業着を用意したのです」
「なるほどね。菜乃葉と七海は怖がっていないかい?」
「初めはドン引きでしたがエリーを知っていましたから、数日で慣れましたね」
「そうだね。見た目も六十歳代くらいに見えるから、慣れれば抵抗感は少ないかな?そう言えば菜乃葉と七海は、まだ学校かな?」
「えぇ、そうですね。月夜見さま。サロンでお茶を頂きましょう」
「そうだね」
サロンには早苗さんが待っていた。
「早苗さん、お久しぶりです」
「月夜見さま、ようこそお出でくださいました」
「この屋敷の住み心地は如何ですか?」
「もう、至れり尽くせりで妊婦としては助かっています」
「そう言えば、もう五か月でしたっけ?男の子だったのですよね?」
「えぇ、全て月夜見さまのお陰です」
「僕は何もしていませんよ。快適に暮らせているなら良かった」
「はい。特にセバスのお陰で天国の様です!」
「早苗、全てセバスにやらせて全く動かないのは駄目ですからね」
「全てではないわ。自分の部屋の掃除と買い物は自分でやっていますよ」
「出産は月の都でするのだそうですね」
「えぇ、お姉ちゃんがそうしろって言うので。だから病院には行っていないのです」
「そうですね。検診は瑞希ができるし、お産の時は紗良と幸ちゃんを呼びますよ。二人が居ればお産は問題なくできます。それに瑞希やお母さん、エリーも居ますからね」
「はい。安心です」
結城邸は素晴らしい出来となっていた。これならば翼の生活も安心だ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!