15.瑞希との新婚旅行
最終日三日目はフランスを出て東へ進んだ。
ベルギー、オランダを経てドイツに入り、ベルリンを通ってポーランドのワルシャワ、ベラルーシ、そしてロシアのモスクワに到達した。ここで暫く停止していたかと思ったら、瞬間移動した。
初めはどこだか分からなかったが、見渡していると特徴的なオペラハウスとハーバーブリッジが目に入った。これはテレビで観たことがある。どうやら、オーストラリアのシドニー上空らしい。
シドニーからメルボルン、タスマニア島を経て、ニュージーランドのオークランドのハーバーブリッジ上空に飛んだ。都市部を一周するとまた瞬間移動した。
今度は南米アルゼンチンのブエノスアイレス上空に現れた。そこから南大西洋に出て、海沿いを北上し、ブラジルに入ってサンパウロ、リオデジャネイロに到着して停止した。
「停止しましたね。昼食に行かれますか?」
「いや、僕らの姿は南米では目立ち過ぎると思うな。しかも上空には月の都が来ているのだからね。見つかって騒ぎになるのは嫌だな」
「そうですね。身長はともかく、肌と髪の色が目立ち過ぎますね」
そんな僕たちの会話を聞いていたかの様に月の都は再度、動き出した。速度を上げて北上し、ジャングルの上空を足早に通過して、コロンビアのボコタに到達した。
そこから更に北上し、中米のパナマ、コスタリカと過ぎ、メキシコに入った。
「メキシコかぁ、タコスって食べてみたいなぁ・・・」
「タコスですか・・・」
でも、月の都は止まってくれずにそのまま北上した。
「そりゃ、そうだよね。メキシコだと身長だけで既に目立ち過ぎだよね」
「メキシコ人って身長が低いのですか?」
「そうだね。瑞希だって女性としてはかなり高い方になると思うよ」
「それでは仕方ありませんね」
そして、そんなことを話しているうちにアメリカに入った様だ。
「あ!サンディエゴに来たよ。下の海岸に例の軍用ヘリがまだあるよ」
「シュンッ!」
「あ!消えた!」
軍用ヘリが消えてしまった。僕は何もしていない。
「あぁ、なるほど!天照さまがヘリコプターを元の場所へ返したかったのだね」
「そういうことでしたか」
そしてそのまま北上し、ロサンゼルスの街に入って「HOLLYWOOD」の看板。ハリウッドサインの上空に停止した。
ハリウッドの街から見ると、ちょうどその看板の上に月の都が浮いている光景が見える筈だ。
「天照さまも粋な演出をするものだね」
「そうね。写真映えはしますね」
「あぁ、ここならば食事にでても大丈夫なのではないかな?」
「そうですね。ここならば私たちでも目立ちませんね」
地上を見て鳩を見つけ、人が居ない路地を探して瞬間移動した。
「シュンッ!」
ハリウッドの目抜き通り、ハリウッド・ブールバードをふたりでバギーを押しながら観光客の様に歩いた。通りにはヤシの木が立ち並んでいる。
クリスマス間近の街は、そこここにクリスマスらしい飾り付けがされていた。
「ここがハリウッドなのですね」
「人も車も多いね。観光地だものね。それにしても、すっかりクリスマスなのだね」
「えぇ、でも皆、月の都を見るのに夢中ですね」
「そうだね。お陰で僕らは目立たないよ。さぁ、何を食べようか」
歩いていたら開業後百年以上続く老舗と思われるステーキ店を見つけた。
「あぁ、アメリカと言えば、やはりステーキなのかな?」
「良いですね。ステーキ。食べてみたいわ」
「それじゃ、決まりだね」
やはりお店は空いていた。月の都のせいかも知れない。申し訳ないな。
店に入るとウエイターが瑞希を一目見て気に入ったのが分かった。彼はもう瑞希しか見ていない。満面の笑みで店一番と思われる席へ案内された。
「瑞希。美人って得だよね・・・」
「え?何がですか?」
「さっきのウエイターだよ。心を読んでいたら『うわぉ!何て美人なんだ!』って、それでこの特等席に案内されたって訳だよ」
「あなたと翼も居るのに?」
「レディーファーストで君が先に店に入ったからね。その時点で君に見惚れて僕らなんて眼中に入ってなかったよ」
「私が?本当に?」
「本当です。心を読んでいたのだからね。間違いありません。瑞希はね、大変な美人なんだよ。これから日本で暮らすにしてもモデルや芸能人のスカウトに気をつけてね」
「そんな・・・私なんて!」
と、言いながらも嬉しそうに赤い顔をしていた。やっぱり女性なんだな。
「と、ところで何を召し上がりますか?」
「そうだな・・・この骨付きのリブアイステーキかな!ソースは店オリジナルのもので」
「では、私はその骨なしの方で」
スープはオニオングラタンスープ、それにディナーサラダ、赤ワインとオレンジジュースを注文した。
カウンターの向こうでは客からも見えるグリルで肉を焼いている。店の雰囲気がとても良い。居心地の良いお店だ。
やがてスープとサラダが出てきた。
「そう言えばさ、オニオングラタンスープって、向こうで食べてないな」
「でもこの材料ならば、きっとできますよね」
「そうだね。今度、作ってもらおう」
「お好きなのですね?」
「うん。美味しいよね」
「えぇ、そうですね」
そしてメインのリブアイステーキが焼き上がった。
「これは美味しいね。肉の味もしっかりしていて、思ったよりも柔らかい!」
「そうですね。アメリカのステーキって固いのかな?っていう先入観がありましたけど、本当に柔らかくてジューシーなのですね」
「これは大満足だな!」
食後のデザートは、僕はチェリーパイ。瑞希はキーライムパイ。珈琲と紅茶をオーダーした。
「こういうデザートが向こうの世界はまだまだだよね。素朴なケーキしかないんだ」
「アルカディアで日本のレベルのケーキは見たことがないですね」
「あぁ、そうだったんだね。デザートはケーキの本があれば作れるのだろうか?」
「できても恐らく、素人が作るものの域までだと思います。プロの菓子職人、パティシエは知識を持っているだけでなく、専門の器具や材料を使うのだと思いますよ」
「そうか。地球からパティシエを派遣したいよ」
「こちらに奴隷はいませんからね。簡単には連れて行けませんね」
「そうか、でも僕は能力を授かったから単純に人間の行き来だけはできるのだよね」
「本当にパティシエをスカウトされるのですか?」
「あぁ、いや、そんなことはしないよ。行きたい人も居ないでしょうし」
「そんなことはないですよ。人間関係や生まれた環境によっては、生まれ変われたら、とか、違う世界に行けたらと夢見る人は必ず居るものですから」
「あぁ、それを言ったら僕は子供の頃、そうだったかも知れないな。何でこんな父親の元に生まれたんだろうって不満一杯だったよ」
「そうだったのですね・・・」
「あ。瑞希。気にしないでいいからね。僕はそれほど深い闇に落ちていた訳ではないからね」
「そうですか・・・良かった」
「さぁ、そろそろ戻ろうか」
「はい」
店を出て人気のない路地に入り、人の目のないことを確認して月の都へと飛んだ。
「月夜見さま。瑞希さま。お帰りなさいませ。天照さまより、これから日本へ戻るとのことです」
「分かった」
そして月の都は瞬間移動し、元の東京湾上空へと戻った。
「それでは僕も戻ろうかな」
「次にいらっしゃるのは九日後なのですね」
「うん。そうなるね。それまでにはご両親は引っ越して来ているかな?」
「はい。済ませておきます」
「それでは瑞希、僕は行くよ」
瑞希を抱きしめて長々とキスをした。そして翼を抱き上げて頬ずりした。
「お父さま、また来てくださいね」
「え!?」
思わず瑞希とふたりで顔を見合わせた。
「翼!もう話せるのかい?!」
「はい。話せます」
「え?翼、何故、急に?」
「お母さまもお父さまもお忙しそうだったので・・・」
「え?た、確かに、地球へ来て忙しかったけれど・・・そんなことを理解して話すのを遠慮していたと言うのかい?」
「はい。地球の改革は難しそうですね」
「もうそんなことまで分かるの?」
「はい。分かります。生まれてからずっとお話を聞いてきていますから」
「な、なんて知能なんだ・・・」
「信じられないわ・・・」
「え?日本の前世の記憶があるのかい?」
「いいえ、その様な記憶はありません」
「記憶が無いのにそんなに理解力があるの?」
「そう驚かないでください。生まれた時からリッキー兄さまや他の兄弟たちと話していたのです」
「兄弟たちと?ではどうしてお母さんには話してくれなかったの?」
「お母さまにとって僕は初めての赤子ですから、普通の子育て体験をして頂きたかったのです」
「な、なんと!」
「そ、そうなのね・・・それはお気遣いありがとう・・・ということなのかしら?」
「それにしても、何故、このタイミングなのかな?」
「お父さまが神星にお帰りになって、お母さまがひとりで寂しくなるからです」
「まぁ!翼!私のことを考えてくれていたのね?」
「はい。勿論です」
「そうか、それでは翼、瑞希のことは任せても良いかな?」
「はい。お父さま。お任せください」
「そ、そうか・・・では、瑞希あとで話そうか」
「はい。月夜見さま」
「瑞希、翼、ではまた!」
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!お帰りなさい!」
月の都のサロンに戻った。サロンには妻や子供たちが集まっていた。
「皆、ただいま!」
「お父さま!」
一斉に十六人の子供たちが僕目がけて先を争って飛んで来る。
やはり、一番は月乃だった。首に抱き着いて頬にキスをされる。
「お帰りなさい!お父さま!」
「月乃!ただいま!」
次々に子供たちが抱き着き、キスをされた。もう、もみくちゃだ。
「あらあら、大変ね。でも仕方がないわ。二週間ぶりなのですからね」
しばらくサロンのソファに座って順番に子供たちのお相手をした。
「月夜見さま。お食事は?」
「あぁ、済ませて来たよ。皆は?」
「まだ、なのです」
「そうか、では皆が食事をしている間に向こうであったことを報告するよ」
食堂に移り、妻や子供たちが食事を始める。僕は回った国々のこと、特に武器での攻撃やイランでのヘリコプター突撃事件のこと、観光地を巡り瑞希と新婚旅行の様な旅ができたことも報告した。
「やはり月の都を攻撃しようという者は居たのですね」
「そして、アメリカまで飛ばされたと・・・」
「でも、天照さまもヘリコプターを返してあげるなんて優しいのですね」
「それより、瑞希が羨ましいです!月夜見さまとふたりでヴェネツィアやパリ、ハリウッドでディナーなんて!」
「陽菜。そのうちに皆で十日間地球に行ってさ。それぞれが行きたいところへ一晩ずつ、ディナーを食べに行けば良いと思うんだ」
「まぁ!それは素晴らしいわ!」
「あぁ、楽しみです!」
「陽菜はどこに行きたいのかな?」
「私はパリです。ルーブル美術館でまだ見ていないエリアがあるのです。それを月夜見さまと一緒に見て、その後、セーヌ川のほとりを歩いて・・・そしてディナーです!」
「ふふっ、それは楽しそうだね」
「陽菜。私、海外には疎いのです。良いデートコースを教えてください!」
「勿論!良いわよ、詩織」
「これは陽菜の得意分野だね」
「それにしても地球のアルカディア化はどうなるのでしょう?実現可能なのでしょうか?」
「それはとても難しいと思うよ。でもまずは環境改善に取り組んで、発電所の再生エネルギー化とか、全ての自動車の電気自動車化くらいまでは進められる可能性はあるよね」
「だけど飛行機と船をどうしようとなった時に輸出入の量の多さから、これでは駄目だと気付けるか、また気付いても各国での自給自足が促進できるかがカギだと思うよ」
「それは例えば日本なら、無駄に多く作っているものを精査して、輸入していたものを自国で作る様にすればある程度はできるのでしょうか。でも気候とか国土の広さでどうにもならない国もありますよね」
「花音、そういう時にいつまでも国という括りに拘っていては駄目なんだ。地域で考えて協力しないとね」
「あぁ、そういうことなのですね」
「そう。後は今まで軍事にお金を注ぎ込んでいた国なら、気候の問題があったとしても、科学と技術力とお金があれば何とかなったりするでしょう」
「あぁ、あの農業プラントみたいなものを造るのですね?」
「そう。何億もする戦闘機を買っていたなら、農業プラントなんて安いものだと思うよ。再生可能エネルギーのプラント建設もね」
「あとは、アフリカや小さな島国などの後進国ですね。どれだけ先進国が手助けをし、どの水準まで生活レベルをあげるべきなのかですね」
「幸ちゃん。そうだね。そこも難しいね。後進国なんて、現在でも自活している様なもので、特に大きな環境破壊はしていないのだからね」
「先進国の人間の暮らしで温室効果ガスの排出をしないで済む様になったら、その暮らしの様式を後進国に徐々に提供して行く。という感じでしょうか?」
「舞衣。そういうことだろうね。悪いけど、一番後回しになりそうだよ」
「私、東京に降りた月の都でネットの情報を見ていたら、この世界の船みたいなドローンという乗物を見ましたよ。あれって外見はそっくりでした。ただ、基本的に浮いていないので、浮くのにも電力を使うみたいでしたけど」
「あぁ、僕も見たよ。電気で動くのだよね。でもあまり重いものは運べないし、長距離も飛べない。実用化はまだまだだな。多分、反重力装置を天照さまからもらえないと難しいのではないかな?」
「まだこの先、何年、何十年と掛かるのだろうね」
「できれば瑞希の命のあるうちにある程度の結果がでると良いですね」
「あぁ、駄目なら早くここに戻った方が良い。ということかな?琴葉」
「えぇ、選択肢として、ですけれど」
「そうだね。兎に角、瑞希や翼を放置したりはしないよ」
「月夜見さまなら、そう言うと思っていました。それならば良いのです」
「それとね、さっき僕が帰ろうとした時、突然、翼が話し始めたんだ」
「話す?普通にですか?」
「それがもう、まるで大人と話している様だったよ」
「突然なのですか?もしかして前世が日本人だったとか?」
「いや、それは無いそうだよ。生まれた時からリッキーたちと念話で会話し、僕らの話を聞いていてそうなったらしいんだ」
「それって、知能が高いということでしょうか」
「うん。それも恐ろしい程にね」
「もしかして、地球の救世主になるのでは?」
「それはどうだろうね・・・」
まぁ、あまり期待し過ぎてもいけないよね。なる様になるのだろう。
お読みいただきまして、ありがとうございました!