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14.世界への認知活動

 翌朝、瑞希と共に目覚めると月の都は既に中国の北京に移動していた。


 ふたりで朝食を済ませ、山の頂上へ上がって外を眺めてみる。


「景色は東京とそれ程変わらない感じだね。高いビルが沢山あって隙間なくびっしりと家や建物が並んでいる。外の空気とは隔絶されているから空気の色や臭いは分からないけれど、少しくすんでいる様に見えるな。それが光化学スモッグなのか、黄砂こうさなのかは分からないね」

「特別に感動を覚える景色ではありませんね」


 それから十分から二十分ごとに中国の都市を四つほど巡った。中国から南下して、ベトナム、タイ、マレーシアやシンガポールを経由して、インド洋からインドに入った。この間、所々に小さな都市が見えたが、ほとんどがのどかな田園風景かジャングルだった。


 そしてパキスタンやアフガニスタンでは、やはり小銃を撃ってくる者や、小さなロケット砲を撃ってくる者が居た。ほとんどは射程距離が短く、月の都まで届かない。でもその弾が地上に落ちて下に居る人に当たって怪我をしたらやはり逆恨みされてしまう。


 こちらに向けて撃たれた全ての弾や爆薬は皆、瞬時に消えて宇宙へと弾き飛ばされて行った。


 そしてイランを横切っている時だった。一機の軍用の攻撃ヘリが一直線に月の都に向かって突っ込んで来た。近付いてミサイルでも撃って来るのかと思って身構えたその時、千メートル以内に入った様でヘリごと瞬時に消えてしまった。


「月夜見さま。ヘリコプターが消えました!」

「瑞希、そうだね。どこか一万キロメートル先の彼方に飛ばされたのだろうね。アメリカとかじゃなければ良いけれどね」


「これってテレビ中継はされているのでしょうか?」

「うん、されているでしょう。ほらあそこにも民間のヘリコプターが飛んでいるからね。どこの国でも欧米系のテレビ局の支社はあるのでしょうから、月の都が現れればすぐに飛び立ってテレビ中継を始めるのでしょうね」


「では、今の消えたヘリコプターやロケット砲の攻撃なんかも世界に報じられているのですね」

「そうだね。これはサロンでテレビを見ていた方が分かり易いかも知れないね」

「では、サロンに行きましょう。翼のオムツも替えないと」

 サロンでテレビをつけると、早速、先程の攻撃ヘリが消える映像が繰り返し流されていた。


 テレビの映像が切り替わると、アメリカ西海岸のサンディエゴの海岸に先程の攻撃ヘリが不時着したニュースに切り替わった。


 エンジンは停止し、砂浜に突如として現れた軍用ヘリの周りを市民が取り囲んでスマホのカメラを向けている映像が流された。パイロットは砂浜に座り込んで呆然ぼうぜんとしている。


「本当に一万キロメートルの彼方に転送されるんだね」

「月夜見さまがアメリカじゃなければ良いね、なんて言うからアメリカに飛ばされたのではありませんか?」

「え?僕のせい?」


「ふふっ。冗談ですよ。でもあのパイロットも酷い目に遭うことはないでしょう?」

「まぁ、馬鹿なことをしでかして、神の仕打ちにあっただけの愚か者だからね。アメリカに飛ばされただけで十分な罰となったでしょう」


 それからペルシャ湾、アラビア海、紅海をぐるりと回って、石油産油国をゆっくりと回って行った。既に今までのことがテレビで放映されているからか、その後は攻撃を受けることもなく静観されていた様だ。


「それにしてもパキスタンを抜けてからというもの、景色がずっと茶色いですね。緑の少ないこと!」

「本当だね。でも昔からこうなのでしょう?」


 エジプトに入ってピラミッドやスフィンクス上空まで行ったところで北上し、地中海に沿ってイスラエル、シリアを経てトルコに入った。


「僕としてはこの辺が一番緊張するかな?」

「そうですね。ここ十年の記事を調べましたが、独裁国家や原理主義者とかを中心に紛争があった様ですね」


 ちょっと心配はしたが、結局は何事もなくそれらの国を通り過ぎ、エーゲ海を渡り、ギリシャを越えてアドリア海をイタリアに沿って北上した。

ギリシャやイタリアでは、気持ち高度が低めだった様な気がした。エーゲ海やアドリア海沿岸はとても美しかった。


「瑞希。これって新婚旅行に来たみたいだね」

「えぇ、とてもロマンティックです。月夜見さまとふたりだけなんて・・・夢の様です」

「それは良かった」


 イタリアを北上し、ヴェネツィアの上空まで来て月の都は停止した。現地の時間で夕方になったのだ。


「瑞希、ヴェネツィアの街で夕食を頂こうか」

「え?降りるのですか?大丈夫ですか?」

「エリーを通じて天照さまに伝えてもらえば大丈夫でしょう」

「そうですね」


 僕の部屋の金庫には全ての国の通貨が用意されていた。その中からユーロの紙幣を持ち、僕らはヨーロッパのブランドものの服を着て変装すると、上空から見てカモメを見つけて意識を乗っ取った。人影のない建物の裏側へ入ると、窓の位置や人が居ないかを確認し、その場へ瞬間移動した。

「シュンッ!」


 初めてのヴェネツィアの街をふたりで歩いた。翼は昨日のアウトレットで買ったベビーバギーに乗せ、僕が押して歩いている。


「こうしてふたりで歩いていたら夫婦みたいです!」

「そりゃぁ、夫婦だからね」

「ふふっ、嬉しいのです!」

「瑞希は可愛いな」

「そんな・・・」

 瑞希は僕の腕に絡み付いて、ふたりは寄り添って歩いた。


 ガラス細工や食器を作る工房や土産店、街中に入り組む様に流れる運河、そこを行き来するゴンドラ。見るもの全てが珍しく本当に新婚旅行に来た様な気分になった。

「瑞希、折角だからゴンドラに乗らないか?」

「本当に?」

「あぁ、乗ろうよ」


 ゴンドラは六人乗りの様だが僕らだけの貸し切りだ。翼は僕が抱いて席に座った。

夕暮れ時のヴェネツィアの水路をゴンドリエーレの巧みな操船で水路を滑る様に進んでいく。そして歌が始まった。壮齢そうれいのゴンドリエーレの年季の入ったカンツォーネが水路に響き渡る。


「なんてロマンティックなのでしょう!私、本当に幸せです・・・」

 瑞希は笑顔で僕の腕にしがみつく様にして、寄りかかっている。

「それは良かった」

「私・・・こんな風に嬉しいとか、幸せ。なんて言葉を素直に口に出せる様な人ではなかったのです」


「今の瑞希は素直で真っ直ぐで、そして可愛い女性だよ」

「全て、月夜見さまのお陰です」

「瑞希、こうしてふたりきりなんだから、月夜見さまではなくて、あなた。で良いと思うよ」

「まぁ!・・・あなた・・・きゃーどうしましょう・・・」

 瑞希は下からのぞき込む様に僕の顔を見上げた。


「あなたのお陰です・・・」

 僕は瑞希の顎に手を添えてキスをした。


 そうしてロマンティックなひと時を過ごしているうちに一通りの観光コースが終了した。

「良いレストランを紹介してもらおうか。あ!しまった。イタリア語なんて分からないや」

「読心術を使うのです。それに観光地でもあるのですから、英語である程度通じるのではありませんか」

「あぁ、そうか」


 ゴンドリエーレに美味しいレストランがないか聞いてみたら、最後にお薦めのレストランまで送ってくれることになった。


 それは運河沿いのこじんまりした可愛らしい雰囲気の良いレストランだった。

ゴンドラが店に着くとゴンドリエーレに多目のチップを手渡し店に入った。レストランのカメリエーレが席に案内してくれる。


 瑞希が英語で話してコース料理を注文した。

「それにしても、翼はとても大人しい子だね。ぐずったのを見たことがないよ」

「えぇ、もう四か月だというのに月の都では他の子と一緒に宙を飛ぶこともありませんでしたね」

「うん。でもずっと他の子の行動を見ていたよね」

「そうですね」


「リッキーはね・・・」

 瑞希に舞衣から聞いた留守番中のリッキーの行動を話した。


「それは凄いですね。きっと、前世が暁月ぎょうげつさまの様な立派な神さまだったのですね」

「きっとそうだね。翼もそうかも知れないよ」

「そうだと良いのですが。もしそうだとしたら地球で指導者になるのではありませんか?」

「あぁ、その手があったか!能力を上手く使えれば政治家になって国を導くこともできるかも知れないね」


「月夜見さま。翼にそうなってもらいたいと思われますか?」

「いや、翼がそれを望むなら。だね。強要も誘導もする気はないよ」

「月夜見さまならば、そうおっしゃると思いました。まだ先のことですね」


 料理はどれも美味しかった。でもコースの品数が多くてお腹一杯になってしまった。

「どれも美味しかったね」

「えぇ、本当に!ちょっと量が多かったですね」

「ふたりでお酒が飲めたらもっと良かったのだけどね」


「それはまたの機会に取っておきましょう」

「そうだね。ではまた少し散歩してから戻ろうか」

「えぇ」


 食後にヴェネツィアの街を散歩しているとサン・マルコ寺院前の広場に出た。

「まぁ!ここって有名な広場ですよね?」

「良くは知らないけれど、名前は聞いたことがある様な気がするよ」

「でも折角の素敵な寺院なのに、皆、月の都ばかり見ていますね」


 広場に集まった人たちは寺院には見向きもせず、皆、月の都をバックに記念写真を撮っていた。

「皆、笑顔で能天気だな・・・これは国民性というものなのかな?」

「そうですね。このヴェネツィアは地球温暖化での水面上昇で水没する危機にさらされているというのに・・・」

「イタリアは島国の感覚に近いと思うから、もう少し地球環境問題には敏感であって欲しいものだね」

「えぇ、本当に」


「瑞希、何か記念になるものを買って帰ろうか」

「まぁ!素敵ですね。何が良いでしょうか?」

 海沿いの月の都が見える道を反対に歩いて行き、人が少なくなったところで、ヴェネツィアン・グラスの専門店を見つけた。


「グラスを買おうか?瑞希の部屋に置いて、寝る前のお酒をそのグラスで飲むんだ」

「わぁ!素敵。それが良いです!」

「では、僕がシャンパングラスを選ぶから、瑞希はワイングラスを選んでくれるかな?」

「はい。分かりました」


 ふたりで店の中をゆっくりと見て回る。

「月夜見さま。なにかとってもお高いのですけれど・・・」

「本物は高いのでしょうね。値段は気にしなくて良いよ」

「は、はい。少し緊張してしまいます」


 僕はフルートグラスでブルーの色が入って、ステムにねじれが表現された比較的シンプルなデザインのグラスを選んだ。瑞希は全体にねじれが表現され、ステムにボールが作られている無色透明なワイングラスを選んだ。


 グラスは美しく立派な箱に収められた。

「とても良い記念になったね」

「えぇ、これでワインやスパークリングワインを飲むのが楽しみです」

「さぁ、良いお土産も手に入れたことだし、そろそろ戻ろうか」

「はい」


 僕たちは人が居ない細い路地に入って月の都へと瞬間移動して帰った。


 翌朝、起きるともう月の都は移動を開始していた。


 イタリアの大都市ミラノを通り、モナコからニースを通ってフランスを地中海沿いに進んだ。セレブたちが乗る大型の高級クルーザーが僕らを追いかける様に並走していた。


 そのまま、スペインに入るとバルセロナから海を渡り、アルジェリアのアルジェに入り、西へ進んでモロッコに入った。そのままアフリカの内部へ南下するのかと思ったら、北上してジブラルタル海峡を渡って再びスペインへ戻った。


 スペインの中央、マドリードを通り、北上してフランスの西側を進むと、モン・サン・ミッシェル上空で止まった。


「うわぁー!これ見てみたかったのです!」

「あぁ、テレビで観たことあるよ。確か修道院なのだっけ?」

「えぇ、そうです。とっても素敵です!」


「ふふっ。瑞希ってやっぱり乙女だよね。全然、男勝りなんてことないよ」

「まぁ!ふふっ。何だか嬉しいわ」

「ちょっと降りてみようよ」


「シュンッ!」

 モン・サン・ミッシェルの全景が見える少し離れた海岸に降り立った。

勿論、周りに人が居ないことは確認済みだ。


「そうだ、記念写真を撮ろうよ」

「え?どうやって?」


「シュンッ!」


「あ!エリー!」

「・・・月夜見さま。地上に転移させたのですね」


「急にすまないね。エリー。このカメラで僕ら三人の写真を撮ってくれるかな?」

「かしこまりました。ただ、カメラは無くとも私の見た映像はデジタル処理して保存が可能です」

「おぉ、それは凄い。では、僕らを見ていて三人の表情が良い笑顔になったシーンを記録してくれるかな?」

「かしこまりました」


 しばらく海岸でモン・サン・ミッシェルを眺めて月の都へと戻った。

「これって、天照さまの気遣いなのかな?まるで観光地巡りをしているみたいだよね」

「そう言われてみればそうかも知れませんね」


 そして再び、ゆっくりと動き始めた。そのままイギリス海峡を渡り、イギリスのロンドンへと入った。ロンドンの街をゆっくりと大きく一周すると、今度は南下してドーバー海峡を渡り、三度みたびフランスに入った。


 パリまで南下するとやはり街を大きく一周してから凱旋門の直上で停止した。今日はここで夜を過ごす様だ。ヴェネツィアの時と同様に鳩の視界に入って人気ひとけのない路地を探し地上に降りた。


 シャンゼリゼ通りを散歩してから、やはり小さなレストランを探した。

今、パリの人々は月の都が現れたことで見物に行っている。そのお陰でレストランは空いていて予約なしですんなり入ることができた。


 ギャルソンが今日の料理の説明を始める。僕らは読心術でそれを聞き、瑞希が英語で注文するのだ。

「本場のフランス料理のコース料理を食べるのは初めてだよ」

「私もです」

「あ、あなた・・・メ、メインは何がよろしいですか?ビーフ、カモ、うさぎ肉もありますね」

 瑞希が真っ赤な顔をして話している。可愛いなぁ・・・


「うさぎか。いつも月の都で餌付けをしていたからな・・・カモが良いかな」

「そうですね。私もカモにします。あなただけでもワインを飲んでください」

「いいのかい?すまないね」

「折角の本場のフランス料理なのですから、やはりワインも飲んで頂きたいです」

「瑞希、ありがとう」


 そして、僕はシャンパンを瑞希はペリエを注文し、乾杯した。

「パリに乾杯!」

「乾杯!」


 ギャルソンが前菜から配膳を始めた。

「フランス料理ってさ。やっぱりソースなのだね。向こうの世界の料理は似ているのだけど、このソースがなってないんだよね」

「やはり食文化は経済活動とリンクしているのでしょうか?」

「それもあるだろうけれど、ヨーロッパは貴族社会の影響もあるのではないかな?」


「それならば向こうの世界こそ、貴族社会ですけれど?」

「あぁ、そうか。そうだったね。全ての文化が成熟して来ないと食文化もそれに追いついて来ないということかな」

 料理の評論をしながらフランス料理を楽しんだ。


 食事を終えてシャンゼリゼ通りに戻ると驚きの光景となっていた。どこから用意したのか、月の都があちらこちらからスポットライトを当てられ、夜の凱旋門の上に浮き出て見えていた。


 それを見物し、写真に撮ろうと大変な人出となっていた。その人ごみに入って行く気にはなれず、路地に入って月の都へと瞬間移動した。


 二泊目も素敵な思い出ができ、瑞希は幸せそうな笑顔に満ちていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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