12.資金調達
バスは瑞希の実家に戻り、夕方前に瑞希家の居間に皆が揃った。
「瑞希。スマホ買ってきたよ」
「お父さん、ありがとう!」
「これで私もSNSがチェックできるわ!」
「それと、繁さんから連絡がありました。土地が見つかったそうです」
「そうですか。早かったですね。では、お話を伺わないといけないですね」
「後で月の都に呼びましょうか」
「瑞希、そうだね」
「月夜見さま。先程のお話ですけれど。華の大学の研究室からSNSで情報発信を始めているのだそうですよ」
「SNS?それはなんだい?」
「ソーシャルネットワーキングサービスの略で、スマホやパソコンのアプリからネットワークを通して、登録した人同士が世界中誰でも相互に情報交換ができるものだそうです」
「瑞希、そうなんだね。それでそのSNSにはどんな情報があるのかな?」
「何でもあるのですよ。普段の生活の中のちょっとした情報。例えば写真や動画を投稿したり、思っていることをつぶやいたりできるのです」
「ふーん。ちょっとピンと来ないな。それで華の研究室ではどんな情報を発信しているんだい?」
「はい。私は大学で海洋プラスチックの除去を研究しているのです。海洋プラスチックの現在の状況とその除去の手法について情報発信しています」
「それで反応はあったのかな?」
「それが、大変な反響なのです!「いいね」がこの二日間で百万を超えているのです」
「それは凄いことなの?」
「えぇ、大変な数字なのです。それだけではなく、教授のところには企業からの問い合わせや資金提供。それに技術提携の話なんかも次々に届いているそうです」
「そうか!それは素晴らしいね!」
「はい!月夜見さまのお陰です!」
「華は将来、そういう仕事をするつもりなのかな?」
「はい。海からプラスチックを取り除いてきれいな海を取り戻したいのです」
「うん。是非とも頑張って欲しいな」
「はい!頑張ります!」
華は僕の顔を見つめて真っ赤な顔になっていた。
そして花音が華を実家に送り届け、僕たちも月の都に戻った。
月の都の各部屋にはテレビがあり、パソコンの機能もあった。早速、皆で各部屋に移り、瑞希に教わりながら各自でSNSを登録し、情報を検索してみた。
僕が自室でスマホやSNSの情報を調べていると、エリーがやって来た。
「月夜見さま。天照さまがお話しされるそうです」
「エリー。分かったよ」
「月夜見。結城邸の土地の件なのですが土地の代金はどうするつもりでしたか?」
「それは僕のお金で、と思っていましたが」
「それではいけません」
「何故でしょう?」
「日本では、高額な不動産を取得購入した場合、税務署の調査対象になることがあるからです」
「あぁ、お金の出何処と納税状況を確認されるということか!」
「そうです」
「え?ではどうしたら良いのでしょうか?」
「これから、私の指示通りに行動してください」
「はい。分かりました。何をすれば良いのでしょう?」
「これから繁と共に、宝くじを買いに行ってもらいます」
「宝くじ?そんな馬鹿な!あんなもの一体何枚買えば当ると言うのですか!」
「今、それを話している時間はありません。飛ばしますよ」
「え?」
「シュンッ!」
「うわ!ここはどこだ!」
「うわぁーな、な、なに!何が起こったの!」
「あ!繁さん!」
「あ!え?月夜見さま?」
『月夜見。そこは東京新橋の路地裏です。これから案内する宝くじ売り場で繁に指示をして宝くじを十枚買わせてください』
『新橋?は、はい。分かりました・・・』
「繁さん。これは天照さまの指示なのです。ちょっと一緒に歩いてください」
「は、はい。分かりました」
『その先の角を左に曲がって、百メートル歩いて右です』
『分かりました』
念話での天照さまの声に従って路地を出て、新橋の街を二人で歩いて行く。
『あの緑の看板の宝くじ売り場です。あの店はカウンターに宝くじを並べ、購入者が番号を見て選べる様にしているのです』
『あぁ、そういう売り場はある様ですね』
『23組で下4桁が「5840」の連番のくじを買わせてください』
『分かりました』
「繁さん、あそこの宝くじ売り場で、23組で下4桁が「5840」の連番のくじを買って来てください」
「え?宝くじですか?その番号の十枚だけで良いのですか?」
「その様です。お願いします」
「は、はい・・・分かりました」
繁さんはカウンターの前に立つと、番号を見比べて、やがて一つのくじを指差し、それを購入した。そして小走りに僕のところへと戻って来た。
「あ、ありました!言われた通りの番号のくじが!」
繁さんは顔が紅潮し、声が震えている。少々、興奮気味だ。
『では、人目のない路地に入って、二人で月の都に戻ってください』
『分かりました』
「繁さん、一度、月の都まで行って頂いても良いでしょうか?」
「はい。それは構いませんが」
「では、あの路地に入りましょう」
人目がないことを確認し、二人で月の都へ飛んだ。
「シュンッ!」
月の都のサロンに戻ると皆を集めた。
『皆、サロンに集まってくれるかな?』
『はい』
「あら?繁さん。どうしたのですか?」
「あぁ、瑞希さん、いやぁ・・・ちょっとその」
「瑞希、実家に戻ってご両親を連れて来てくれるかな?あと早苗さんもね」
「はい。急ぐのですね?では行って来ます」
「シュンッ!」
五分もしないで、瑞希の家族がサロンに現れた。
「エリー、菜乃葉と七海を連れて、食堂でケーキでも食べてもらっていてくれるかな?」
「かしこまりました。菜乃葉さま、七海さま。食堂へ参りましょう」
「え!ケーキがあるの?」
「わーい。ケーキ!ケーキ!」
「皆さん、急にお集まり頂いてすみません。実は先程、結城邸の土地が見つかったという話を聞いたのですが、それに関して天照さまから指示があり先程、繁さんと一緒に外出したのです」
「外出?土地を見に行かれたのですか?」
「いいえ、その土地の購入資金の調達ですよ」
「資金の調達?そ、それはどの様な方法で?」
「瑞希、それはね・・・あ、それじゃぁ、繁さん、見せてあげてください」
「は、はい。こ、これです」
「えーっ!」
そこに集まった皆の声が重なった。
「た、宝くじ?」
「それも、その十枚だけ・・・ですか?」
「ど、どういうこと?」
「お、お金が・・・無い。のですか?」
「あら?そもそもその土地は幾らなのです?」
「はい。駅に近い土地で、三百十坪もあるもので、約五億円だそうです」
「え!五億円!そ、そんなにするのですか!」
「えぇ、東京の中心ではないにしても、駅に近いですからね」
「流石にそれだけの資金は・・・」
そう言って、瑞希は心配そうな顔で僕の顔を見た。
「いや、瑞希。お金なら日本円で五億でも十億でも持っていますよ。僕もその中から支払うつもりでいたのです。でも天照さまがそれでは駄目だと・・・」
「何故なのでしょう?」
琴葉のちょっと不思議そうなというかぽかんとした顔は妙に美しい・・・
皆が静まり返ったその時、瑞希が声を上げた。
「あ!そうか!そうですね。そんな高額な不動産を取得したら税務署の調査対象になるかも知れませんね。繁さんの名義ですから、収入と見合わない金額であれば脱税を疑われるかも・・・」
「そうらしいのです。それでどうするのかと聞いたら、突然、僕と繁さんが新橋の駅前に飛ばされて、この宝くじを買わされたのですよ」
「え?では、その宝くじが当たる・・・と?」
「その宝くじの一等賞金は幾らなのですか?」
「はい。前後賞合わせて十億円です」
「じ、十億!」
「当たるのですか?」
「でも、当たらなかったらなんだか馬鹿みたいだよね」
「でも、どうして当りが分かるのですか?」
「あ!天照さまって、未来が分かるのでしょうか?」
「いや、未来に行けるのかも!」
そこにエリーが、お茶を準備して戻って来た。
「エリー、天照さまに繋いでもらえるかな?」
「はい。少々お待ちください・・・」
「・・・おかけになった電話は、電波の繋がらない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません・・・」
突然、エリーが機械の様な音声で言った。
「な、なに?それ!」
「それって、携帯電話の?」
「申し訳御座いません。通信が途絶えている様です。日本の電話を真似てみました」
「エ、エリーって、そういうユーモアを言う機能もあるの・・・」
「す、凄いですね・・・」
皆、笑うどころかドン引きになってしまった。
「でも、まぁ、そうだよね。教えてはくれないよね・・・」
「そうだろうと思いましたよ」
「あれ?土地だけでは駄目ですよね?建物はどうするのでしょう?」
「それは、天照さまが用意すると言っていましたよね」
「その情報でしたら、既に届いております。よろしければご説明差し上げますが?」
「どんな情報なのかな?」
「工程としましては、日本の工務店に一度、建物を建築させます。検査を済ませ、代金も支払った後に中身をすっかり入れ替えるとのことです」
「中身だけ?外観は?」
「外から見る限りは日本の注文住宅に見える様にするためだそうです」
「随分と面倒なことをするのだね」
「それはやはり、税務署の問題があるからでしょう。建物も高額な買い物です。工務店の収入と納税までチェックされるのですから」
「あぁ、そうなんだ。それは避けて通れないのだね?」
「はい。固定資産税額の算出にも土地と建物の建築費用両方の金額が必要です」
「えーっ!では、一度は普通に建築した家の中身を全て捨ててしまうのですか?勿体無いではありませんか!」
「それについては、恐らく日本の基準の建物では駄目だということなのだろうね」
「はい。その通りです。まず、日本は地震の多い国ですので建物を地面の上に直接建ててはいけないそうです」
「地面の上に建ててはいけない?どうするのですか?」
「その家は地面に接触していません」
「地面に接触していない?つまり浮いている。ということですか?」
「はい。そうです」
「浮いている・・・何だか。理解が追い付きません!」
「見た目は浮いている様には見えない様にするそうです。地面に穴を掘って、地下部分が地上よりも下にあって見えないので浮いているとは気がつかれないのです」
「兎に角、地震の影響を受けない安全な建物ということかな」
「それは素晴らしいわ。地震の心配をしないで良いなんて!」
「あれ?でも地面と繋がっていないとなると、上水と下水管はどうなるのですか?」
「その家の電気は、屋根の太陽電池パネルの発電で全て賄えます。また水道は、空気中の水分を吸収、地下の貯水槽に溜めて浄化して使います。下水もイノベーターの技術により浄化槽で浄化し、再利用されます。つまり、光熱費は無料です」
「なるほど。それが、これから世界が目指す未来の家なのですね」
「そうです」
「それほどまでに安全で素晴らしい家に住めるのですね!」
「早苗、でも他人に自慢しては駄目ですよ」
「も、勿論!分かっているわ。お姉ちゃん」
「エリー、ありがとう。それで、繁さん。その宝くじの抽選発表はいつなのですか?」
「大晦日です」
「それで十億円が・・・」
「でもね、早苗。宝くじで十億円手に入っても、それだけの土地だと固定資産税だけでもかなりの額になるわ。あっと言う間になくなってしまうわよ」
「え?それじゃぁ、日々の暮らしはどうすれば良いの?」
「それは、私たちの子供がお世話になるのだから、学費も含めてこちらから出しますよ。それは心配しないで。宝くじの件も辻褄を合わせるための工作に過ぎないのですよ。だから気にしないでください」
「そうですね。分かりました。月夜見さま。ありがとうございます」
「そうよ早苗。憧れのマイホームに住めるって浮かれていれば良いのよ」
「そうね。でも想像を遥かに超えてしまったけれど」
「だけど、菜乃葉と七海には宝くじやお金のことは一切、話さない方が良いですね」
「それはもう。絶対に話しません」
「それが良いでしょうね」
「では、繁さん。当選を確認したらすぐに換金の手続きを取り、土地の取得を進めてください」
「か、かしこまりました。あ!あの!」
「どうしました?」
「こ、この宝くじなのですが、怖くて持っていたくないのです。こちらで保管して頂けないでしょうか?」
「あぁ、紛失とか盗難の心配ですね。構いませんよ」
「ありがとうございます!これで安心だ・・・」
「では、菜乃葉と七海を呼んで帰りましょうか」
「あ、はい。今日はありがとうございました!」
「シュンッ!」
瑞希の家族たちは困惑の表情のまま飛んで行った。
お読みいただきまして、ありがとうございました!