9.テレビ討論
翌朝、皆で朝食を食べながらテレビの報道番組を観た。
「さて、どの様な反応が見られるのかな?」
まずは国連本部の会議場での映像だ。無声映画の様に音が無い。
当然だが僕は念話でしか話していないのでテレビ中継には音声が無いのだ。入っている音声は「おおー」とか「うわぁー」という僕ら以外のリーダー達の感嘆の声と宙を飛ばされた人間の叫び声だけだ。
僕の言葉は全ての人間の頭に届いているのでテレビのスタッフが記憶の中から文字起こしした様で、それをプラカードやテレビ映像に加工して見せている。
それをテレビキャスター、元政治家や評論家が評価し、今後どうすることが良いのかを討論する形で放送していた。
「まず、天照さまは大変にお怒りであるということでしょうか?」
「えぇ、そうでしょう。だって会議の冒頭では、会議に出席していなかった最高責任者を瞬間移動で呼び出すと言いましょうか。引っ張り出されたのです。やはり、怒りの矛先は各国のリーダーなのでしょう」
「そうですね。特にこれまでの列強国や独裁国家の行いを批判されているのだと思いますね」
「では、これまでのどの様な行いについて、天照さまは憂慮を示されているのだと考えますか?」
「まずは環境破壊でしょう。化石燃料等の使用による地球温暖化ガスの規制が甘いことですね」
「当然、紛争や戦争もありますね。資源、領土、宗教問題、人種差別など争いが絶えることがありません」
「宇宙開発もそうです。最低限、気象衛星や通信機器に用いる衛星はまだ許されるのかも知れませんが、未熟な技術で次々にロケットを打上げて、今や地球周辺の宇宙はごみだらけです」
「未熟な技術と言えば、原子力利用はその最たるものですね。一度事故を起こしてしまえば制御も始末もできないのに利用を止めず、地球を汚染させるリスクを広げている」
「それで最後の警告に繋がる訳ですね」
「えぇ、非常に分かり易く、単純なことをおっしゃっておられたのです」
「それでは、私たち地球人はこれからどうすれば良いのでしょうか?」
「簡単なところではまず、紛争や戦争を止めることです」
「え?それは簡単なことですか?」
「だって、大量破壊兵器を使った国のリーダーは処刑されるのですよ。誰が戦争をすると言うのです?」
「それはおっしゃる通りですね」
「それでも散発的な小さな紛争はすぐには収まらないのでしょうけれど」
「宇宙開発を止めることは可能でしょうね」
「そうですね。その費用をまずは環境対策に使えということですね」
「それを言ったら軍備増強の費用も同じですね」
「えぇ、勿論そうなりますね」
「そう言えば、宇宙開発について「重力制御もできないうちに」とおっしゃっていました。つまりそれは月の都は重力制御で浮かんでいるということの証明ですよね?その技術提供を頂ければ宇宙開発はできるのでしょうか?」
「いやいや、その技術を我がものにせんと奪い合うか、手に入れた技術でまた利益を貪ることに繋がるのですよ」
「そうですね。大体、天照さまは我々に「何も変わらないうちは手を差し伸べない」とおっしゃったのです。まずは環境改善でしょう。その前に技術提供などある訳ないでしょう」
「そうでしたね」
「もうひとつ、天照さまは保険の惑星があるとおっしゃっていました。それはどの様なものなのでしょうか?」
「それが分からないのです。意味としてはノアの箱舟の様なものなのでしょうが、地球の様に自然なままで生物が暮らせる惑星は唯一無二だとおっしゃいました。でも他にも人間が暮らせる星があるということになりますね」
「地球の近くでその様な惑星はあるのですか?」
「いいえ、そんな惑星があるならば、とうの昔に見つかっています」
「では、どこにあるのでしょうか?」
「それは天照さまに聞いてみないことには分かりません」
「まさか「はったり」などということはないでしょうね?」
「神さまが嘘をついていると?」
「い、いいえ、滅相もありません・・・」
「でも、天照さまは月の都と共に現れました。それに別の世界に保険を。とおっしゃっていました。つまり、異世界の惑星から来たと考える方が自然ではありませんか?」
「異世界・・・そ、そんなものが実在するのでしょうか?」
「では、月の軌道に忽然と現れ、今、東京湾上空に浮かんでいる、あの月の都を見てどう思われるのですか?説明できる人が居るでしょうか?」
「それは・・・そうですね。我々の英知を遥かに超えていますね」
「えぇ、それに首相との会話では、天照さまは数千年に渡り生きているとおっしゃっています。恐らく時空を超えた別の世界にある惑星だと考えるのが妥当でしょう」
「それはもう、アニメの世界ですね」
「そこも日本人ならば受け入れられるのではありませんか?」
「そ、そうですね・・・」
「さて今後ですが、日本としてはどうするのでしょうか?」
「まずは国会で話し合われるのでしょうね。きっと専門家会合とかから始めるのでしょうか」
「まぁそうですね。環境対策も何が一番効果的なのか、専門家の意見を取り入れねばならないでしょう」
「日本だけでは駄目ですね。後進国、発展途上国への利益の分配や技術供与も必要でしょう」
「世界的に考えても我々、列強国と呼ばれる国が主導して、各国へ分配し、協調していかなければなりませんね」
「問題はいくら我々がそうしたくても、昨今、力を大きくしている専制政治によって統治されている国や独裁国家、それに原理主義者たちが応じない場合どうするかですね」
「応じないから力ずくで。とは言えないのですからね」
「そうですね。特に天照さまは日本の神と思われているでしょう。他国の宗教の信者が日本の神を信じて従うでしょうか?」
「そこですね。宗教はそんなに簡単なものではないでしょうから」
「でも、世界の全ての人間に天照さまのお言葉は届いているのです。その様に本当に実在し、神の奇跡と思われることを見せられているのですからね。信じる人は多いのではありませんか?」
「今まで神など存在しないと言っていた科学者でさえ、天照さまの存在や行動について証明できないでしょうからね」
「信じざるを得ない。と?」
「まぁ、原理主義者以外はそうでしょうね」
「いやいや、日本と領土や過去の植民地問題で禍根を残す国々もそう簡単には受け入れられないでしょうな」
「そうですね。その辺については世界の動向を見守る必要がありそうですね」
「まずは日本国内からですね。まず何を進めるのが良いのでしょうか?」
「原子力発電所の閉鎖と撤去、再生可能エネルギーでの発電の確保ですね」
「それですが、ガスや石油を使わないとなると、家庭だけを考えても食事を作るガスコンロをIHコンロに、暖房も全て電気でとなる訳で、電気の使用量は増えるのではないでしょうか?」
「自動車もですよね?全て、電気自動車にしないといけないのです」
「でもその前に電気の無駄使いに目を向け、きちんと精査し、本当に必要な電力を確保することが大切ですね」
「環境分解性の生分解性プラスチックの開発は進めていましたよね?」
「あぁ、土中の微生物に分解されて、土に還るプラスチックのことですね?」
「えぇ、でも。コストが高くて生産量は増えていません。できるけれど実用化はされていないという状況です。これを押し進めなければなりませんね」
「一番の問題は化石燃料を使い続けていてはいけないということではありませんか?」
「そうなのです。ですが、化石燃料の使用を中止する前にその原産国への利益分配が決まっていなければなりません」
「それこそが難題ですね」
「国連でそれを話し合って、まとまると思われますか?」
「難しいですが何とかして頂かないと!このままでは地球の生物は滅びるのですからね」
「それをどれだけイメージできるかではないでしょうか?」
「高温の日が続いたり大雨が降るだけで、生物の滅亡が近いと考える人は少ないでしょうからね」
「だからこそ、天照さまは人間に託されたのではないですか?自分たちで気付き、考えて決めないといけないのです」
「そうですね。神さまから与えられ、導かれないと何もできないのでは、この先も神にすがって生きていくしかなくなってしまうのです」
「これは国のリーダーや政治家だけに任せておいて良いことではないのでしょうね」
「えぇ、国民ひとり一人が立ち上がり、行動を起こさなければならないのでしょう」
「さて、国民の皆さんの目にはどの様に映ったのでしょうか?」
そしてテレビ討論は終わり、そんなことは何もなかったかの様に、お笑い番組が続いたのだった。
テレビ討論を観終わってそれぞれに考えを巡らせていた。
「何かとっても良く理解されているのではありませんか?」
「花音、人間ってさ、他者の評価とか評論は上手いんだよ。どんな分野でも評論家って必ず居るでしょう?」
「そうですね」
「評価して討論することは必要だけど、最後に言っていた「行動を起こす」ってところができないと意味がないと思うよ」
「天照さまもあまり期待はされていないご様子でしたね」
「琴葉、そうだよね「どうするのかを見るのは興味深い」とおっしゃっただけだからね」
「では月夜見さまも同じ様に期待していないのですか?」
「うーん。期待はしたいよ。でも難しいかな?って思っているよ。先程テレビ討論でも言っていた専制政治の統治者や原理主義者とかね・・・「天照?そんなものはまがいものだ」って言われるのがオチだよね」
「えー!実際に自分の頭に声が響いて自国の最高責任者が瞬間移動させられているのを見ても変わらないのですか?」
「紗良。そこのところはさ。手品とか新たな軍事技術だ。とか言って難癖を付けるんだよ。信じられないのではなくて信じたくないんだ。自分の信じる神以外はね」
「あぁ・・・そういうものなのですね」
「うん。残念ながらね。簡単ではないと思うな」
「でも、少なくとも日本では信じる人は多いでしょう」
「幸ちゃん、それはそうかも知れないね」
「日本が世界を主導して、環境改善技術を率先して開発し、技術供与していけば良いと思いますよ」
「世界でも海洋プラスチックの回収技術は日本ではかなり進んでいると思われます」
「エリー、現在ではそうなのだね?」
「はい。まだ規模は小さいのですが、大学や研究機関にて様々な手法でアプローチしています」
「そうか。では少なくとも資源や領土の問題での紛争だけは、今はそれどころではないと気付いて、環境改善に舵を切ってくれるならば、良い効果が表れるかも知れないね」
「えぇ、今回のことで全く何も変わらないということはない筈です。月夜見さまの努力は必ず何らかの形となって表れます」
「ありがとう。幸ちゃん。心強いよ」
「幸ちゃんって、凄い!私、見習うべきところが沢山あるわ・・・」
「なぁに?瑞希」
「そうよ。幸ちゃんって、いつも完璧に月夜見さまをフォローするのよね」
「え?桜まで?」
「そうなの。私が一番長い付き合いの筈なんだけど、私はやっぱり、分かり合っているっていう前提で接してしまうから、そういう時に言葉では上手く表せないのよ」
「舞依まで、そんな・・・」
「まぁまぁ、皆。確かに僕はいつも幸ちゃんの言葉に救われているよ。でも九人の妻はそれぞれに良いところがあるんだ。そこは役割と思って、割り切ってくれるとありがたいな」
「月夜見さまは、いつも妻たちに平等に接して愛をくださいます・・・」
「まぁ!陽菜。あなたまでそんな言葉を・・・」
「琴葉さま・・・」
何か変なスイッチが入ってしまった様だ。何故こんな話になっているんだろう?
「う、うん!まぁ、この話はすぐに結果がでるものではないからね。引き続き、瑞希にニュースをチェックしてもらって、動きがあれば報告してもらおう」
「かしこまりました」
「それで明日なんだけど、詩織の実家に行ってみようか」
「よろしいのですか?」
「うん。だってもうやることはないからね。詩織の実家に行って時間が余ったらそのままスカイツリーにでも行ってみようよ」
「え?では変装して行くのですね?」
「そうだね」
「バレないでしょうか?」
「皆でお互いにチェックしてみようか。外人とかモデルくらいに見られるなら大丈夫だよね」
「それなら普通にブランドものの衣装を着ればサングラスをかける位でモデルに見えるのではないですかね」
「それにいつも八人のところを九人居て赤ちゃんも居れば、神には見えないでしょう」
「でも、月夜見さまはかなり変装しないとダメですよ」
「やっぱりそうなのかな」
「絶対にばれますよ。女はしっかりと見ていますからね」
「もし見つかったら瞬間移動で逃げるしかないね」
「ニュースになってしまいそうですけれどね」
もう、街を普通に歩くこともできないのか・・・仕方がないことだけれどね。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




