8.国連での演説
冬のウクライナの朝はまだ陽が昇っておらず闇の中だった。
日の出までは二時間以上あるので珈琲を飲みながら世界中のニュース番組をチェックしていった。
どうやら福島の原発には世界中のテレビ局が取材に来ていた様で、あらゆる角度からの映像が繰り返し流されていた。
「あ!ウクライナのニュース番組では、月の都がオデーサ前に到着している姿を捉えていますね」
「あぁ、本当だね。暗視カメラの様なもので撮っているのかな」
暗闇の中にうっすらと月の都が浮かんでいる姿がテレビ映像に写し出されていた。早口で実況中継している様だが言葉が分からない。
二杯目の珈琲を飲み終わったところで朝日が昇り始めた。オデーサの海岸には既におびただしい数の人が集まり見物している様だった。
「さぁ、船に乗って出掛けようか。瑞希は翼とエリーと一緒にお留守番を頼むね。終わったら瞬間移動で戻って来るからね」
「はい。お気を付けて!」
船に妻八人と乗り込み月の都を出発した。チョルノービリまでは六百キロメートル程だ。三十分も飛べば到着するだろう。
本当ならばゆっくりと飛んでこの国の人々に船の姿も見せてあげたいところだが、そうのんびりもしていられない。時速千二百キロメートルの速さで飛んだ。
チョルノービリ原発に到着すると蒲鉾の様な形の大きな構造物に閉じ込められた原発があった。やはり周辺には世界各国より報道陣が詰めかけている。
一度、船で周囲を旋回し汚染された範囲を示すマーカーを確認した。その全景が見える高さと位置に船を停止させると僕たちは翼の上に姿を現した。
僕の両脇に四人ずつ妻たちが立ち並ぶ。
「さぁ皆、見ていてね」
「はい!」
福島の時と同じ様にまずは土壌ごと原発を持ち上げた。大変な地響きと共に土埃がもうもうと上がる。
「桜。あの土埃を晴らしてくれるかな」
「かしこまりました」
すると土埃が一瞬で消えてなくなり、空に浮かんだ巨大な建造物の全容が明らかになった。
空をちらりと見上げるとこちらは晴天だった。太陽の位置を確認すると、
「シュンッ!」
原発は大地ごと一瞬で消えて無くなり、隣接していた湖から大量の水が流れ込んでいった。
「ドドドドドーッ!」
「さぁこれで終わった。船に戻ろう」
僕らは船室へ入ると月の都まで瞬間移動で飛んだ。
「シュンッ!」
「では、最後のスリーマイル島だね。まずはホワイトハウスへ行こうか」
「月夜見さま。ワシントンD.C.はまだ、今日の日付に変わったばかりです」
「あぁ、陽菜。そうだったのか。どうしようか?」
「もう行ってしまって向こうで昼食にしましょうか」
「あぁ、そうだね」
僕はワシントンD.C.の地図を見ながらホワイトハウス前の楕円の広場上空へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「桜。僕と一緒に危険がないか確認しに行こうか。山頂へ飛ぶよ」
「かしこまりました」
「シュンッ!」
「桜、軍隊が出動しているか見てくれるかな」
「はい。見てみます」
桜は目を凝らして三百六十度見回していく。
「そうですね。兵士は居る様です。ですが戦車とか大きな兵器は見当たりません。武器をこちらへ向けている者も居りませんね」
「まぁ、攻撃して来るとは思えないよね。そうか。じゃぁ昼食にしようか」
「はい」
「シュンッ!」
「お帰りなさい。大丈夫そうでしたか?」
「うん。警戒に当たっている兵士は居る様だったけどね。大丈夫でしょう」
それからテレビでアメリカのニュースを観ながら昼食を食べた。ニュースは英語なので瑞希が通訳して何を言っているのか教えてくれた。僕は聞くだけなら大体の内容は理解できたけれど。
こちらの時間で朝七時となり朝を迎えた。僕たちは船に乗ってスリーマイル島へ向かった。こちらは二百キロメートルも離れていないので十分も掛からずに到着した。
同じ様に僕たちは翼の上に整列すると、島とその周辺の土地ごと持ち上げた。ザバザバと川の水が流れ落ちて行く。そして、川の真ん中に大きく開いた穴に川の水が流れ込み、渦を巻いていく。
しばらくして原発があった場所には大きな湖が出来上がった。
「シュンッ!」
そして原発は一瞬で消えた。まさに晴天の霹靂だった。
「さて、これで原発は三つとも始末できた。ニューヨークへ向かおうか」
僕たちは瞬間移動で月の都へ戻ると、そのままニューヨークの自由の女神像があるリバティーアイランドの沖合千百メートル上空に瞬間移動した。
「シュンッ!」
「さぁ、着いたよ。山の頂上から景色を眺めてみようか」
「はい!」
「シュンッ!」
全員で月の都の山の頂上に飛んだ。
「うわぁーきれいです!」
「ニューヨークか。都会だね」
「自由の女神が見えますね」
「あぁ、懐かしいです!」
「陽菜は来たことがあるのだね」
「えぇ、何回か来ていますね」
陽菜は嬉しそうに微笑んでいる。
「月夜見さま。まだ朝の八時前ですが国連に行くのは明日ですよね?」
「陽菜そうだね。時差の関係でこうなってしまったけど、僕たちの体内時計は日本時間に合っているから、もう夜なんだよね」
「えぇ、そろそろ晩御飯の時間ですね」
「お腹は空いてきたから晩御飯は食べられそうだけど、その後、眠る訳にはいかないのかな?」
「こちらの時間に合わせようと思うならば寝ない方が良いですけれど、国連での演説が終わってすぐに日本へ戻るのであれば、日本の時間に合わせて行動した方が良いと思います」
「では、国連に行くのはこちらの時間で明日の十二時だから、あと二十八時間後だね。それではこれから夕食を頂いて、その後は日本時間に合わせて調整しよう」
「えぇ、そうですね」
続けてニュースを観ていた。瑞希が翻訳してくれる。
「月夜見さまの力を目の当たりにして、反原発派の勢いが増している様ですね」
「そうだろうね。神に始末してもらえなければ、自分たちではどうすることもできなくなっていたのだからね」
「でも、これだと神が次々に何か助けてくれると思われてしまうね。まぁ、明日突き放されてしまうのだけどね」
「ちょっと可哀そうですね。私たちも日本に住んでいる時は何も考えていなかったのですから」
「瑞希。確かにそれはそうだね。でも僕らの思いつきで余計な手出しをすれば、更に事態が悪化する可能性もあるからね」
「はい。天照さまのご意志に従う他は御座いませんね」
「福島とチョルノービリ、スリーマイルはもう観光地にする計画がある様ですね」
「あぁ、平和記念公園的な?」
「ありがちですね」
「天照まんじゅうとか売っちゃうのですかね?」
「天照まんじゅう?はははっ!陽菜。それ面白いね。是非買って、天照さまに食べて頂こう!」
「月夜見さま。悪趣味ですよ・・・」
「ふふっ。冗談ですよ!琴葉」
「そう言えば、幸ちゃん。餃子は作れるかしら?」
「えぇ、桜。作っていたわ」
「やっぱり。流石だわ。私のお母さんの作る餃子が大好きで、月夜見さまにも美味しいって言って頂けたの。レシピを書いてもらってきたのだけど、これで作れるかしら?」
桜からメモを受け取った幸ちゃんは、エリーと相談し始めた。
「この材料ならば神星でも揃うみたい。でもラー油は日本で調達して帰った方が良さそうですね」
「そう言えば、花音も何か買って帰って来た様ね」
「えぇ、焼肉のタレとキムチを買って来たの。向こうで焼肉パーティーをしようと思って!」
「まぁ!焼肉!良いわね。そう言えば皆で肉を焼いて食べるなんてしないわね」
「あぁ、そうだ。ホットプレートを山本に注文しないとな」
「月夜見さま。鰻はどうしましょう?」
「あ!鰻!食べたーい!向こうにはないですね!」
「紗良!そうだろう?桜の家でご馳走になったんだ。久々で美味しかったよ」
「あぁ、羨ましいわ」
「それならさ。桜の家で出前をとって、ここへ転送すれば良いんだよ」
「あ!じゃぁ、晩御飯は鰻重にしましょうか?」
「え?良いのですか?」
「誰か、鰻が苦手な人は居るかな?」
「私は好きです!」
「私も!」
「それでは桜、人数分頼んでもらえるかな?お金を送るのを忘れないでね」
「はい。かしこまりました!」
そして一時間後。ニューヨーク上空の月の都では、神々が鰻重に舌鼓を打っていた。
国際連合本部に世界のリーダーに集まってもらう日となった。
僕たちは瑞希と翼を月の都へ残して、船に乗るとゆっくり飛び立った。自由の女神像の前から海上を進みイーストリバーに入り、ブルックリン橋を越えるともう間もなくだ。
各国の国旗が立ち並ぶ国際連合本部の建物が見えて来た。国連本部の上空に船を止めると、船の翼の上に九人で立ち並んだ。
僕が先に翼から平行に進んで空中に浮かび地上を確認した。本部の正面玄関には警備の人間が取り囲んでおり、その中心に降り立つように場所を調整した。
『皆、僕の両側に来てくれるかな』
『かしこまりました』
すすっと八人の妻たちが空中を浮遊し、いつもの様に僕の両側に並ぶ。
『では、ゆっくりと地上へ降りるよ』
『はい』
こちらでも周囲のビルの屋上には人が沢山出ており、ビルの中からも窓に大勢の人がへばりついてこちらを見ている。手を振っている人も居るし、大きなプラカードを掲げて、何かを必死にアピールしている人も居る。
『流石、ニューヨークだ。人の数が凄いね』
『東京と変わりませんね』
降りて行くと大変な数の警察官が正面玄関の周囲を封鎖する様に立ち並んでいる。
周辺の道路は封鎖されている様で走っている車が見当たらない。
僕らは静かに地上に降り立つと案内人と思しき人物が近付いて来た。
英語で話し掛けられたが、アメリカの国連事務次官だそうだ。読心術で聞き取れるので黙って頷き、余計な会話はせずにおく。
僕たちはまず、控室の様な部屋へ通された。準備が整い次第案内するとのことで、ソファに座ると珈琲と紅茶が用意されていた。アメリカ特有の薄い珈琲を飲んで呼ばれるのを待った。
そして十二時三分前となり、総会会議場へと案内された。
壇上中央には大きく立派な演説台があり、その両側に少しスペースがあったので、妻たちが四名ずつ僕の両側に並び立った。僕は念話で全世界の人々に語り掛ける。
『皆さん。私は天照です。私の言葉はあなた方の頭に直接届きます。この会議場に居る者だけでなく、地球上の全ての人間に同時に語り掛けています』
「おぉ・・・」
会場から感嘆の声が静かに漏れる。
『まず初めに、この場に各国の代表者に集まって欲しいと依頼しましたが、最高責任者が来ていない国は挙手してください』
アジアの東の国、中東諸国の国、アフリカの独裁国家、その三か国から派遣された者がそれぞれ、恐る恐る手を挙げた。
僕はその三名を空中に持ち上げ、壇上の前へと引き出した。
「うわぁーっ!」
というような叫び声を各国の言葉で叫びながら強制的に飛ばされ、空中に立たされ坊主となった。
『私は、代表者として国の最高責任者に出席する様にお願いしたのです・・・では、こちらの方からあなたの国の最高責任者の顔を思い浮かべてください』
「シュンッ!」
次の瞬間、その代表者が出現した。その国の現地時間は夜だったのか、部屋着の様な格好だった。恥をかかせてしまうが、そもそも最高責任者のくせに出席していない方が悪いのだ。
「おぉー!」
「!!!」
会場の首脳たちは驚きの声を上げ、いきなり瞬間移動で強制連行されたリーダーは声を出すこともできずに真っ赤な顔で固まったまま空中に浮かび、自分の代理出席者と顔を見合わせている。
同じ様に、他のリーダーも強制的に出現して頂いた。そして各々の席に空中浮遊のまま移動させ着席させた。
『さて、これで全ての国と地域の責任者にお集まり頂きましたので、お話しをさせて頂きます。お断りしておきますが、これからお話しすることは全て真実です』
『現在、地球環境はあなた方人間によって破壊され、瀕死の状態となりました。このままではあなた方を含め、地球の生物は滅亡します』
『地球という星は自然なままで生物が生きることができる唯一無二の惑星です。その稀有な星が汚され、そこで暮らす生物は死滅に向かう運命を突き進んでいるのです』
『あなた方は、それに気付いていながらも放置し、今もなお、自らの利益を貪り続けています』
『我々はいつしか、あなた方に期待しなくなりました。そして別の世界に保険を創ったのです。その星には、人間と必要な生物が暮らしています。そして、あなた方が死滅した後に地球の再生を行い、彼らを移住させるつもりです』
『今日ここに集まっている各国のリーダーは、何故こうなったのか、自分の国の今までの行いを思い返してください』
『そして地球の生物が滅亡することを防ぐために今、何をしなければならないのか、この国連の場で話し合いこれからの行動でその意志を示してください』
『よろしいですか。私たちはあなた方を救いに来たのではありません。私たちはこのまま何も変わらないあなた方へは手を差し伸べることは致しません』
『最後に警告を差し上げます。私はここに居る各国責任者とは既に意識を繋げておきました。いつでもあなた方を私の目の前に呼び出すことも、私が目の前に現れることも可能です』
『今後、地球上で大量破壊兵器を使った者、新たに原子力を利用した者、重力制御もできないうちにロケットを打上げて宇宙や地球を汚した者は、昨日の原子力発電所の様に太陽の彼方へ消え去ることとなるでしょう』
『これからも私たちは、常にあなた方を見守っておりますよ』
「シュンッ!」
神々が消えた壇上を見つめ、リーダーたちは呆然とし、声を発することもできず、席から立ちあがる者はひとりも居なかった。
「シュンッ!」
国連本部の正面玄関に出現した僕たちは、整列したまま空へとゆっくりと昇って行き、船の翼へと上がった。
「シュンッ!」
そして瞬間移動で月の都へと戻ると、すぐに東京湾へと飛んだ。
「さぁ、日本へ帰って来たね。でもこちらは真夜中の様だね」
「今夜はもう休んで、明日テレビでニュース番組を観てみましょうか」
「そうだね」
今夜は誰ともベッドを共にせず、各々で今日のことを振り返りながら眠りについた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!