20.お母さまの母国
船の性能チェックで突然訪問してしまったグラジオラス王国から帰ることとなった。
皆で御柱のエレベーターに乗り、船の待つ上層階へと上がって船に乗った。船に乗ると皆にはサロンに入ってもらった。そして僕は船長と艦橋へ入った。
「船長。気付いたのだけど、この船をあの速さで押すことができるのであれば、この船ごと瞬間移動もできてしまえるのではないかなと」
「え?瞬間移動で御座いますか?この船ごと?」
「ちょっと試しにやってみましょうか?できなかったら来た時と同じ様に押して帰れば良いのですからね」
「は、はぁ」
船長は、ちょっと何を言ってるのか分からないといった感じで、ぽやっとしていた。
僕はこの船ごと月の都の屋敷の裏側へ一気に飛ぶ姿を強く思い描いた。
「シュンッ!」
次の瞬間、目の前に月の都の巨大な大地が迫っていた。
「きゃーっ!」
「ほ、本当に一瞬で飛んでしまったのですね!」
「うん、やはりできた様だね。船長、船を着けておいてください」
「か、かしこまりました!」
僕はサロンへ行くと、まだお茶の用意もできておらず、何が起こったのか分かっていない家族に声を掛けた。
「お父さま、お母さま、船ごと瞬間移動できないかなと思ってやってみたらできてしまいました。もう月の都に着いていますよ」
「な、なんだと!」
「あら、まぁ・・・」
「お兄さま。凄いです・・・」
皆、呆れ顔で僕を見つめている。これはやり過ぎというやつなのかも知れない。
「早く帰れて良かったですね。皆さんでお茶にしませんか。はははっ」
「やれやれ、本当にとてつもない力だな・・・」
サロンでお茶をしていて気がついた。
「お母さま、僕は瞬間移動ができますが、一度行ったことがある場所にしか飛べません。でも今日みたいにまず船で速度を速めて短時間で行けば、帰りは瞬間移動ですぐに帰れます」
「つまり、この方法で全ての国と神宮へ一度行っておけば、僕はいつでも瞬間移動で全ての国へ行ける様になりますね」
「それは凄いことですね」
「えぇ、例えばお母さま方をちょっとした用事でも母国へ一瞬でお連れして、またすぐに戻ることができるのです」
「まぁ!それは考えてもみなかったことですね」
「お父さま、しばらくそうやって全ての国と神宮を回って来ても良いでしょうか」
「うむ。それは構わないが、事前に相手の国へ連絡を入れておくのだぞ」
「はい、分かりました」
それからお母さま方の母国を巡って行った。まず初めは当然、お母さまのネモフィラ王国からだ。事前に王国と神宮へ連絡を入れ、挨拶だけしに行くと伝えて出発する。僕と同行する者はその国のお母さまとその娘だけとした。
「お母さま。ネモフィラ王国へ帰るのは何年振りですか?」
「そうですね、ネモフィラを出てから五年近く経っていますね。久しぶりです」
「お母さまとマリー母さま、結月姉さまはサロンに入っていてください。僕は船長のところへ行って船を飛ばしますから」
「分かりました」
お母さま達をサロンヘ送ると僕は艦橋へと向かった。
「船長、今日はネモフィラ王国までお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「では行きましょうか」
「では出発します。進路を北へ取れ!」
「進路を北へ!」
「全速前進!」
「では、押しますよ!」
グイッ!瞬く間に速度が上がり、飛ぶ様に景色が変わって行く。ネモフィラ王国は本当に遠い様だ。一時間半掛かって到着した。
「月夜見さま、前方に見えるのがネモフィラ王国の王城です」
「では、僕の力は抜きますね。後はお願いします。サロンへ行って来ますので」
「かしこまりました」
サロンに入ると、お母さんは懐かしそうな顔をして窓から外を眺めていた。
「お母さま、もう到着しますよ」
「本当にこんなに早く着いたのですね」
「お母さま、美しい城ですね。そして城の隣にはやはり神宮があるのですね」
「えぇ、そうですね。懐かしいわ」
「お母さま。城にお母さまの部屋は残されているのですか?」
「えぇ、そのままだと思いますよ」
「今後、僕やお母さまが瞬間移動で月の都からここへ来る時に到着地点をお母さまの部屋にしたいのですが、如何でしょうか?」
「えぇ、良いですよ。他の場所に突然現れたら驚かれて不審者扱いされるかも知れませんからね」
「えぇ、そうなのです。グラジオラス王国でもシルヴィア母さまの部屋を使わせて頂くことになったのですよ」
「それが良いでしょうね」
「私の部屋も使ってくださいね」
「ありがとうございます。マリー母さまをお送りする時に使わせて頂きましょう」
船は王城の真上に止まった。
「月夜見さま、昇降機を下ろします。こちらへどうぞ」
「船長、この船は地上へは降りられないのですか?」
「はい。降りられないのです。降り方も分かりませんので」
何だかなぁ。あぁ、恐らく月の石の反発力か月の引力か分からないけど、一定の高さに浮いているだけなのだろうな、それをプロペラの風力で動かしているということかな。
僕たちは昇降機で王城の中庭に居りた。昇降機の扉が開くとそこには大勢の人が待ち構えていた。
全ての人間が跪いていた。そして王と思われる人物が挨拶をする。
「月夜見さまでいらっしゃいますか。私はネモフィラの王、ヴィスカムで御座います」
「私は、第一王妃シレーノス グラジオラス ネモフィラで御座います」
「私は、第二王妃でアルメリアの母、ウィステリア リアトリス ネモフィラで御座います」
「初めてお目に掛かります。私は月夜見で御座います」
「さぁ、こちらへどうぞ。長旅で疲れておいででしょう」
「お父さま、長旅ではなかったのですよ」
「長旅ではない?とはどういうことかな?」
「えぇ、あの船を月夜見の力で後押ししたことで月の都から一時間半で到着したのです。ですから疲れていないのですよ」
「い、一時間半で?月の都から?」
「えぇ、しかも帰りは船ごと瞬間移動で帰れるのです」
「瞬間移動?そんなことが三歳の子供にできる訳がなかろう!」
「お父さま、その辺の話はあとでゆっくりお話ししましょう」
城のサロンへと通された。
「月夜見さま、息子と孫を紹介致します。こちらから息子のステュアート、第一夫人のオードリーとその娘、ルイーザに息子のフォルランです。その隣は第二夫人のトレニアとその娘のアニカ。その隣が第三夫人のシオンとその娘、ロミーです」
マリー母さまとお母さんは父親似だった。そして僕も。ネモフィラの王ヴィスカムはプラチナシルバーの髪に青い瞳をしていた。身長も百九十センチメートルを超えている。
「皆さん、初めまして月夜見です」
「マリー、アルメリア。先程の月夜見さまの話はどういうことなのだ」
「お父さま、月夜見さまは暁月さまよりも力がお強いのです」
「何?天照家で最強と謳われたあの暁月さまよりもお強いというのか。しかも三歳にして!」
「えぇ、私たちも毎日、驚くことばかりなのですよ」
「この城に一度足を運んだので、今後はいつでも月夜見に瞬間移動でここに連れて来てもらえるのですよ」
「ど、どうやって二人で来るというのだ?」
「お母さま。立ち上がってください」
「えぇ」
「シュンッ!」
「うわぁー!叔母さまが消えた!」
「シュンッ!」
「うわ!戻って来た!」
「こうやって月夜見が連れて行ってくれるのですよ」
「ほ、本当にできるのか。これが神の御業なのだな。凄いものだ」
「ねぇ、あの子、今消えちゃったけど、また出て来たよ。どうなってるの?」
「これ、フォルラン!神さまに向かってなんて失礼な!」
「まぁまぁ、良いではありませんか。そんなに小さな子に説明しても分からないのですからね」
「い、いや、フォルランも三歳なのですが・・・」
「あぁ、そうでした。私も三歳でしたね。フォルラン仲良くしてくださいね」
「うん。いいよ」
「つい、自分が三歳であることを忘れてしまうのですよ」
「月夜見さまは神さまでいらっしゃるからその様なお話し方をされるのですか?」
「いえ、私の中身は三歳ではないのです。この世界にアルメリア母さまの息子として生まれる前は別の世界で生きていたのです」
「その世界で二十五歳の時に死んだのです。そしてこの世界に生まれ変わっても前世の記憶が全て残っているために精神年齢は前世の二十五歳に今の三歳が足され、もう既に二十八歳なのです」
「本当なのですか!いや、そのしっかりとしたお話し振りですからな・・・」
「月夜見の生きた前世の世界とは、この世界とは全く違う世界だったそうです。そしてこの世界は間違っていることが多いそうなのです。それをこれから月夜見が正しい方向に導いてくれるのです」
「この世界は間違っているのですか!」
「どこが間違っているのでしょうか?」
「ステュアート伯父さま、男性から見てこの世界はおかしいとはお思いになりませんか?」
「そ、そうですね。それは・・・男が少ないことでしょうか?」
「そうですね。何故そうなったのか。男が少ないから間違ったのか、どこかで間違ったから男が少なくなったのか。どちらかだと思いますが、恐らくは後者なのではないかと推測しています」
「何を間違ったのでしょうか?」
「それを教え、正すために私は今、本を作っています。それができましたら改めて参りますので、その時は王家の方、宮司、貴族、学校の教師を集めましてお話しをさせて頂きたいと考えております」
「分かりました。ご連絡頂けましたら、すぐに皆を集める様に致します」
「ありがとうございます」
その後、お母さま達と談笑し、短い時間だったがお母さまは、束の間の親子の再会を楽しんだ。だが、よく考えてみたら僕もこの家族の一員なんだけどな。
ネモフィラ王国の王は僕のお母さんのお父さんなのだから僕は孫なのだ。それなのに、神さまとして扱われ、孫の様には接してもらえなかった。
でも、五歳になってここに住むことになれば接し方も変わるかな。そう思いたい。今日は挨拶だけと言うことで早々に退散することとなった。
その帰り際にお母さまに声を掛けた。
「お母さま、帰る前に愛馬に会っておかなくて良いのですか?」
「あ!そうでした。少しだけ良いでしょうか!」
「アルメリア。ソニアなら元気だぞ」
お母さまは嬉々として裏庭へと急いだ。厩には何頭かの馬が部屋に分かれて繋がれていたが僕達が中に入ると皆、一斉にこちらを向いた。
その中でも一段と明るくきれいな光沢のある栗毛の馬が居た。お母さまは脇目も振らずにその馬へと駆け寄った。
「ソニア!元気だった?」
「ブヒヒヒン!」
お母さまは馬の首に腕を回して頬をすり寄せている。よっぽど好きだったのだな。
その様子をじっと見ていると僕の視線にソニアが気付いた。僕のことを見つめて来る。
『きみ だれ?』
『ん?ソニアが話し掛けて来ているのかな?何だい?』
『きみ だれ?』
『ぼくかい。ぼくはその人のこどもだよ』
『きみが?』
『そうだよ』
『このこ まもる?』
『勿論、守るよ』
『ほんとう?』
『あぁ、本当だ。もう少ししたら、また一緒に暮らせるよ』
『また いっしょ はしる?』
『あぁ、走れるよ。楽しみにしていて』
『まってる』
「お母さま、ソニアにまた一緒に暮らせるよ。って言ったら、また一緒に走れる?だって」
「ソニアとお話ししたのですか?」
「えぇ、ソニアはお母さまを乗せて走るのが大好きみたいですね」
「本当ですか!」
「本当ですとも。また来るのが楽しみですね」
「えぇ、月夜見。ソニア!ありがとう!」
「お母さまは本当にソニアが好きなのですね?」
「えぇ、月夜見の次に好きです!」
「ふふっ、今日はお父さまを連れて来なくて良かった」
「あ。いけない・・・」
お母さんは赤い顔をして照れていた。本当に可愛い人だ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!