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2.古い職場訪問

 月の都のサロンに集まり、録画された日本のテレビ番組を皆で観ていた。


 テレビを観ているとサロンにエリーが入ってきて声を掛けた。

「夕食のご用意が整いました」

「あぁ、もうそんな時間なのか・・・あれ?エリーが作ったのかい?」

「はい。ご用意させて頂きました」

「では、夕食を頂きながらテレビを観ようか」


 エリーの作った夕食は日本食だった。その献立は豚汁、サラダ、煮物、銀鱈ぎんだらの西京焼き、漬物だった。


「エリー。美味しいね。こんな和食メニューも作れるんだ」

「ありがとう御座います。材料さえあれば神星と地球の全ての料理が作れます」

「あれ?食材は今後、どうするのかな?」

「それは、プランテーションと神星から定期的に転送されて参ります」


「これからずっと?」

「はい。この月の都が地球にあり、住む方が居る限り供給されます」

「そうか。瑞希、良かったね。安全な食材が手に入るそうだよ」

「はい!でも私はそれよりもエリーが料理を作ってくれることが嬉しいです」

「瑞希は料理が苦手なの?」

「苦手というより作ったことがありません」


「そうなんだ!」

「私もですよ」

「え?桜も?」

「私も」

「私も・・・家庭科の授業くらいしか経験がないわ」

「わ、私もです」

「琴葉と舞依、それに陽菜もか!」


「あれ?料理ができるのって、幸ちゃんと詩織だけかい?」

「私は、少しならできますよ」

「私も少しだけできます」

「あぁ、花音と紗良はできるのだね。でも、できなくても問題はないけれどね」


「クララもできるのかしら?」

「はい。クララも私と同じ様にプログラムされておりますので」

「それなら、私たちはできなくても良いわね。でも、幸ちゃんからハーブを使ったレシピは習っておいてね」

「はい。琴葉さま。教えて頂いたレシピはクララにも転送しておきます」

「お願いね」




 夕食後にはサロンに移ってワインを飲みながらテレビを観た。

日本の首相は僕との会談後の記者会見にて、天照さまが事故を起こした原子力発電所を放射能汚染された土壌ごと消去してくださること、七日後に国連にて会合を行うことを発表した。


 ネットには国民の大歓喜する書き込みが踊った。そして今日の僕らの空中浮遊や瞬間移動をしていた姿から、否応なしに期待が高まっている様だ。

「何だか、国民の期待をあおってしまったかな?」

「神さまが救ってくれると勘違いしてしまったかも知れませんね」


「助けてもらえないと分かったら落胆するかな?」

「どんな世界でも、そんなに楽ができる訳はないのです。それを人間は思い知った方が良いのですよ」

「桜。そうだよね」

「えぇ、そうですとも」


 そう言い放つ桜の横顔がカッコ良い。そんな横顔を見ているだけで惚れ直してしまう。でもみんなの前でそれを言ったら他の妻がいてしまうので心の中でひそかにときめいておこう。


「月夜見さま。国連では各国の首脳に道は示されるのですか?」

「瑞希。それはしないでおくよ。自分たちで決められなくなってしまうからね」

「でも、悪いところの指摘くらいはしないと何も考えないのではありませんか?」

「あぁ、それは地球の人類が滅亡の危機であることを告げる際に指摘はするよ」


「ところで、地球の人類の問題点ってどんなところだと思うかな?僕の考えだけでは気付いていないこともあると思うんだ」

「月夜見さまの考える問題点を先に挙げて頂ければ、それ以外に私たちで気付いていることがあれば進言させて頂きます」


 瑞希の言うことは理路整然としている。流石は弁護士だ。言葉は少し事務的だが、翼を抱きながら柔らかい表情で語り掛けられると、その言葉がスッとに落ちる。


「流石、瑞希。その方が話は早いね。僕が思う問題点はまずは化石燃料だね。あれって経済成長の時には欠かせなかったものだけど、二十一世紀となっては、もう使ってはいけないものだね。プラスチックは自然の中に放置されたら半永久的に自然分解できないし、自動車の排気ガスでは今でも喘息などの呼吸器疾患が増え続けているのだからね」


「発電もそうだ。化石燃料での発電は温暖化の原因だし、オゾン層を破壊する。更にはその燃料だってあと三十年くらいで枯渇するだろう。原子力もウランの埋蔵量には限りがあるし、そもそも安全に運用できていない」


「戦争や紛争も絶えないばかりか、列強国では年々軍備を増強し続けている。今では宇宙戦争も視野に入れているのだろう。そのお金を再生可能エネルギーの普及に使っていたらこんなことにはなっていなかっただろうね」


「人種や宗教の違いでは「差別は良くない。禁止だ」と口では言うけれど、実際は野放しに近いし、それが元となって戦争や紛争に繋がっていることも多い」


「領土や資源、それに経済の格差も問題だ。列強がその力を使って自分たちに有利な様に仕組みを作り、やりたい様に世界経済を回している」


「後はおまけとして、やたらとロケットを飛ばし、結果として宇宙までをも汚していることや、軍事目的の衛星を打ち上げるのも問題だね。そもそも重力制御ができないうちに宇宙に出ようとするな。と言いたいかな」


「こんなところだろうか?あとは何かあるかな?」

「月夜見さま。完璧だと思います。私は付け加えることはありません」

「え?瑞希なら何かあるかと思っていたよ。では幸ちゃんは?」

「私もそれ以上の知識は持っていません」

「では、こんなものかな。あまり細かいことを言っても仕方がないからね」

「そうですね」


「他の皆は、何かあるかな?」

「私は日本では九年しか生きていませんから、地球の問題なんて分からなかったのですが、月夜見さまのお話が分かり易くて私でも理解できました。でも聞いていたら、その逆というか、理想的な形がアルカディアなのではないでしょうか?」

「そうだね。だからあそこは理想郷アルカディアという名前になったのではないかな?」


「月夜見さま。地球の現在のデータをお示し致しますか?」

「エリー。情報があるのかい?」

「先程、月夜見さまがお話しされていた化石燃料で作られた、いわゆるプラスチックでは、それに替わるものとしまして生分解性せいぶんかいせいプラスチックが御座います。この中で環境分解性かんきょうぶんかいせいのものは、土中どちゅう微生物びせいぶつにより自然分解が可能です」

「それに置き換えて行けば、化石燃料は使わなくてよくなるのだね」


「ただし、コストが従来のものよりも高いために現在ではまだ、置き換えは進んでおりません」

「そうだね。どの国も自国の経済を上向けることしか考えないのだよね。まぁ、今の世の中ではそうなってしかるべきで責めることはできないけれどね」

「結局は自分の利益や生活を守ることが優先されて、地球の環境を守ることは二の次になるのですね」


「では、どうすれば地球はアルカディアの様な理想的な世界となるのでしょうか?」

「舞依。そうだね。まずは国境を廃止して、共通の言語と通貨を使用する。仕事を適材適所で割り振って、どんな仕事でも賃金は同一とする」


「娯楽は審査を経て可能なものと禁止するものを選別し、ギャンブルや宝くじのたぐいも禁じる。火器を使った武器と軍隊は廃止して、化石燃料の使用は一切禁止する。そんな感じだろうか」

「やっぱりアルカディアみたいですね」


「今の地球では、やれと言っても難しいでしょうね」

「結局、月夜見さまの様に民から慕われる強いリーダーが統率しないと難しいのでしょうか?」


「例え僕が言っても、現状の様に強い権力を持ってしまった列強のリーダーたちや独裁国家が、その権力や利権を手放す訳がないよね。一般民衆だって八十億人も居れば総意がまとまるはずもないしね」

「では、どうにもならないのですね」

「だから、道を示すことはせずに考えさせ、自分たちで決めさせるのですよ」




 翌日のお昼、山形の大学病院を訪問する。衣装はどれを着て行くか皆で舞依の部屋に集まってファッションショーが始まった。

「ねぇ、この服ってもしかして地球のブランドものなのではないかしら?」

「あ!このワンピースのタグにブランド名があるわ」

「まぁ!やっぱりそうだわ。フランスの高級ブランドよ」

「どうしましょう?そんな高価なものが私に似合うかしら?」


「琴葉なら似合うに決まっているわ」

「私は背が低いから似合わないのではないでしょうか?」

「瑞希、百六十五センチメートルあるのでしょう?低くはないよ?皆が百七十五あるからそう見えてしまうだけだよ。日本人としては大きい方さ。ハイヒールを履けば十分でしょう」

「そうでしょうか?」

「大丈夫だよ」


 皆、自分で気に入ったワンピースやアンサンブルを選んだ。僕もブランドものらしいワイシャツにパンツ、それとちょっとお洒落な上着を選んだ。山形の十二月は寒い。高級そうなコートも用意されていた。


 皆は病院へ行ったことがないので、まずは僕が先に瞬間移動し、向こうから皆を引き寄せることとした。

「では、先に行くよ。すぐに転移させるからね」

「はい」


「シュンッ!」

 自分の記憶にある大学病院の職員用の食堂へ出現した。

「おぉーっ!」

 歓声が沸く。


 僕は妻たちを転移させた。

「シュンッ!」


「うわぁーっ!」

 歓声と拍手で歓迎された。

「何て美しい!」

「あんなに背が高いの?テレビでは分からなかったわ!」

 職員たちは口々に驚きと喜びの声を上げた。


「碧井!」

「おぉ、山本!久しぶり!」

 僕は山本に歩み寄り、固い握手を交わした。


「高島女史もお久しぶりです。妻たちの買い物ではお世話になっています」

「とんでもない!あれこれ想像を巡らせながら、楽しんで買い物をさせてもらっているの」

「本当に助かっていますよ」


 舞依が僕の隣に立った。

「山本先生、高島先生。舞依です。前世でも今も色々とお世話になり、ありがとうございます」

「舞依さん。なのか!」

「まぁ!こんなに美しく生まれ変わったのね!」

「碧井もね」


「ふふっ。まぁ、異世界だからね。何でもありなんだよ」

「でも、幸せそう!お子さんは?」

「今日、子を連れて来ている妻以外は、皆二人ずつ子が居るよ」

「え?では今、十七人兄弟なのか!」

「その通りだよ」

「流石は神さまだ!」


 そして同じ医局だった医師、看護師、教授や院長に挨拶をしていった。

教授と院長は引退しており、山本の呼び掛けで来てくれていた。


「二十年も経っているのに結構、知っている顔が居るものですね」

「まぁ、大学病院とは言っても田舎だからな。皆、変わらんさ」

「でも、この食堂はレイアウトやテーブルも変わっていて、お洒落になっているね」

「あぁ、ここは五年前にリニューアルしたんだよ。さぁ、こちらに座って!軽く食事を用意してもらったんだ」

「え?食事を?それはすまないね」


「いや、久しぶりに帰って来たんだから地元のものを食べて欲しいなと思ってさ」

「それは嬉しいな。ね。舞依」

「えぇ、期待してしまうわね」

「皆、山形の名物を出してくれるそうだよ。東京の皆には馴染みのないものもあるかも知れないけれど」

「でも、楽しみです。月夜見さまと舞依が食べていたものですからね」


 まずは、いも煮、玉こんにゃく、「ひょう」のおひたし、米沢牛のステーキ、温かいご飯と「だし」もあった。

「うわ!だしよ!だしがあるわ!」

「冬だというのに作ってくれたんだね」

「懐かしいわ!ひょうのおひたしまであるなんて!」

「どれも少しずつにしてあるから全部食べて余裕があったら、肉そばも用意しているからね」


「え?肉そば!本当に?」

「碧井、好きだったよね?」

「あぁ、肉そばはさっと食べられるからね。それに美味しいし。いつもそれを食べていたね」


 流石に病院の食堂だからお酒を飲む訳にはいかない。仕事の合間に顔を見せてくれた人も多いのだ。少しずつ、色々なご当地食を食べてから顔見知りと当時の思い出話をして、記念写真を撮っていった。


「碧井、テレビで観たけど福島の原発を消すってどうやるんだい?」

「あぁ、船ごと福島へ転移して、そこで念動力で発電所を地盤ごと太陽の軌道まで飛ばすんだよ」


「簡単に言うね」

「うん。簡単だからね」

「それをウクライナとアメリカでもやるのだね」

「そう。三十分も掛からないよ」


「それで今後、地球をどうするんだい?」

「どうもしないよ」

「え?全世界のリーダーを国連に集めるのだろう?」

「そうだね。そこで警告をするだけだよ」


 山本だけでなく食堂に集まった皆が、シーンと静まり返って僕の言葉に耳を傾けている。

すると、今まで黙って聞いていた元院長が真顔で聞いてきた。


「警告だけなのですか?それはどの様に?」

「院長、ここに居る僕ら十人は日本から異世界に転生しました。その先の世界は地球の生物のサンクチュアリだったのです」

「え?サンクチュアリ?そ、それは私たちが滅びるということですか?」


「院長。それはすぐではないのです。でもこのままではいずれ地球の人類は滅びるでしょう。神の星と書いて神星と呼ばれるその星は、いつか地球の生物が滅びた時のための保険として創られた世界だったのです」

「では、地球の生物が滅びたら、その神星の生物を地球へ移住させるのですか?」

「そうです」


「地球の生物はどうやって滅びるのですか?」

「それは幾つかの可能性があります。各国のリーダーに過去を振り返り、生物滅亡となる原因を把握して頂いた上で、少なくとも環境破壊だけは食い止めて頂きたいものですね」

「神さまにお助け頂くことは叶わないのですか?」


「人間は助けるとおんぶにっことなって、一人で歩けなくなります」

「それは・・・そうかも知れませんね」


「神が地球の人類を助けるとしたら、前提条件として国境を廃止し、共通の言語と通貨を使用する。どんな仕事でも賃金は同一とします。娯楽は審査を経て可能なものと禁止するものを選別し、ギャンブルや宝くじのたぐいは禁止です」


「全ての武器の製造、所持、使用を禁止。軍隊は廃止。化石燃料の使用を一切禁止します。これに八十億全ての人間に同意して頂きます。それは可能ですか?」

「それは・・・む、無理です」

 元院長の顔が青くなってしまった。


「そうですね。人は助けを求めるだけで自分は何もしないし、自分のものは何ひとつ失いたくないのです。そして救いの手を差し伸べても、結局は助けてもらったことも忘れて元の様に汚い地球に戻っていくのですよ」


「そうさせない様にするには、悪や争いの種を一掃しておく必要があるのです。でも人間はそれも受け入れられないのです」


「では我々は一度、滅びるしかないのですね」

「今、私が言ったことを国連で各国のリーダーに投げ掛けます。彼らに考えて頂き、その後の行動を見定めさせて頂きます」


「本当は地磁気の問題くらいは解決しておいてあげたいのですけれどね」

「碧井、それはどういうことだい?」

「低軌道エレベーターとオービタルリングだよ。それがあれば地磁気を発生させることができる。地球の地磁気が弱まっても、万が一、逆転現象が起きたとしても問題が無くなるからね」

「神星にはあるのだよね?それは地球に設置できないのかい?」


「できるよ。でもそれをすると電気が供給できるし宇宙にも簡単に行ける様になる。そうなればさっき言った話になるんだよ」

「あぁ、神さまからもらったら、それを都合よく使うだけで自分たちは何もせず、利益をむさぼって、変わらずに地球を汚し続けるのだね」

「そう。だから人間には覚悟を持って、改革してもらわないといけないんだ」


「でも、全人類が同意することはないだろうね」

「それはまだ決まった訳ではないよ。リーダーがどういう考えを持とうと一般民衆が立ち上がって改革を求めれば不可能ではないかも知れないよね」


「では、碧井はあの月の都に留まって、我々を見ているのかい?」

「僕は二週間後には帰るよ。僕の九番目の妻、瑞希と息子の翼が残るんだ。二人から報告を受けるよ」

「え?奥さんと子を残して帰るのかい?」


「僕と八人の神々には、神星でお役目があって長く離れることができないんだ。でも定期的に訪問するよ」

「奥さまの単身赴任って感じなんだな」


「山本、高島女史。二人とも白衣を着ていないということは、今日は休暇なんだよね?今夜、温泉宿で一緒に飲まないか?」

「え?うん。休暇ではあるけれど、家族水入らずのところへ僕らが行っても良いのかい?」


「家族だけとは言っても、この大人数だからね」

「どうする?」

「私は構わないわよ。大獅たいしも病院の保育室で遊ばせているからこのまま連れて行けるし」


「それでは決まりだな。帰りは僕が瞬間移動で部屋まで送るよ」

「おぉ!それは一度、体験してみたいものだね。よし!そうと決まれば宿に電話しないと!」


 最後に皆で集合写真を撮って解散となった。僕らはコートと旅行用のバッグを各自の部屋から引き出した。


「シュンッ!」

「うわぁ!これだけは何度見ても慣れないね」

「ふふっ、そうだろうね。さぁ、温泉宿に行こうか」


 僕の話を聞いて落胆した人も多かったのではないかな。こればかりはどうしようもないのだよな・・・

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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