1.地球への降臨
日本は未曾有のパニック状態となっていた。
隕石が地球に落ちて来る。それも直撃すれば大爆発と巨大津波が起こる上に、それが収まっても地球には長い冬が訪れ生物が死滅するのだという。
テレビでは、NASA、JAXAやESAの計算した落下地点、予想落下日時を基に隕石落下の実況中継や専門家による被害予測、避難のポイントなどが連日テレビ中継されていた。
隕石が見つかったという情報がテレビで流れたのは三日前。つまり月の都が月の裏側から出現して四日の間はまだ、公には公表されていなかった。
そして、隕石の情報が公表されると全世界のテレビ局はこのニュースで持ち切りとなった。人類の最後となるかも知れないと悲観的な情報が次々と報道された。
落下地点は東京直撃と計算されたため、日本の資産家や大物政治家たちは、こぞって日本を脱出し地球の裏側の欧米各国へ避難を始めた。そのため、国際線は軒並み満席となり、空席待ちに長蛇の列ができた。
金融機関も現金を引き出そうと人が殺到し、早々に営業を停止した。一般市民は自暴自棄になって財産を投げ打ち今まで我慢していたものを買ってしまう人や、仕事を辞めて毎日パーティーをする様な人まで出始めた。
そんなパニックが佳境となった時、皆の頭に神の声が響いたのだ。
「私はアマテラス。これから其方たちの元へ参ります」
すると日本のテレビ局は色めき立った。天照大神を調べ、特集を組んだ。
この三日で地球上の人間全てが、この世の終末を迎えると悲観的な雰囲気に包まれていたのに神の声を聞いた途端、テレビでは神が降臨されるとお祭り騒ぎに変わったのだ。
天照さまは日本では馴染み深い神さまなので、その様なお祭り騒ぎになったが、世界では全く知られていない。
そのため世界中から日本に取材陣が我先にと乗り込んで来た。海外に逃げ出した日本人も大急ぎで帰国し始めたため、今度は日本行きの飛行機が満席となった。
日本中の天照さまを祀る神宮や神社には取材が殺到し、自分のところへ天照さまが降臨されると考え、お迎えする準備に追われる神社も数多くあった。
各国政府からも日本政府に問い合わせが殺到し、対応に追われた。日本の首相は、次々と各国代表と電話会談を持ち、隕石ではない可能性が高まったとして、ミサイルによる軌道変更や破砕の計画を止め、静観する方針を固めた。
それにより日本から離れてハワイへ向かっていたアメリカ海軍第七艦隊も日本へ戻り始めた。
僕は地球へ行く前日、山本に連絡を取って日本の情報を聞くことにした。
「山本。その後、そちらはどうだい?」
「うん。政府もG7の国々と協議して、隕石ではないと判断し、静観することとなったよ」
「そうか、賢い選択で良かったよ」
「だけど、天照大神を祀っていた神宮や神社では、自分のところに天照さまが降臨されると勘違いしてお祭り騒ぎになっているよ」
「あぁ、そうか。そちらには申し訳ないけれど訪問はできないな」
「明日の朝からは色々と警告メッセージも送らせてもらうよ」
「どんな警告なんだい?」
「うん。月の都の千メートル以内に近付くなという警告だよ」
「近付くとどうなるんだい?」
「一万キロメートルの彼方へランダムに転移されてしまうんだよ」
「い、一万キロ?」
「そう。船も飛行機もね」
「それはちょっと怖いね」
「病院は通常通り営業しているのかい?」
「あぁ、病院は変わらないよ。誰も逃げ出してはいないよ」
「それは山本が伝えたからだろう?」
「まぁね。碧井のことを知っている者も多いからね。実は元院長も知っているんだ」
「え?伝えてあったのかい?」
「それは・・・やはり衝撃的な事件だったからね。碧井のことはさ」
「まぁ、普通に考えたらそうだよね・・・皆に何かお詫びをした方が良さそうだね」
「特には必要ないさ。だって、あれからもう二十年も経つのだからね」
「そうか・・・それもそうだね。明日は地球では僕と舞依の命日であり、こちらの世界では誕生日だよ」
「もし良かったら病院で皆と集合写真でも撮らせてもらえないかな?」
「構わないよ。そんなことくらいしかお詫びのしるしにできるものがないからね」
「では明後日、病院で待っているよ。温泉宿は予約してあるからね」
「あぁ、ありがとう!助かるよ。では明後日。楽しみにしているよ」
そして出発の朝、妻と子供たち、侍女たち、クララとエリーを連れて月宮殿に向かった。
月宮殿に到着すると、フクロウはサロンに入りお爺さんとお父さん、お母さま方に挨拶をした。
「暁月、玄兎、その妻たちよ。今回は面倒を掛けますね」
「とんでも御座いません。天照さまのお役に立てるのでしたら」
「月夜見には、これから地球へ行ってもらい人間たちに警告を与えてもらいます」
「それで、地球とやらの人間たちは心を改めるのでしょうか?」
「まぁ、難しいでしょう。人間が増え過ぎましたから・・・それでも何もしないよりは良いのです」
「では、お爺さま、お父さま。行って参ります」
「うむ。気を付けて行くのだぞ。無理はしない様にな」
「はい」
「では、月夜見。送りますよ。今、送ると日本の朝八時です。それから四時間掛けて東京湾上空まで降ろしますよ」
「分かりました。到着は日本の十二時ですね。では、お願いします」
「シュンッ!」
僕と九人の妻と翼、それにエリーは月の都のサロンに出現した。
「さぁ、着いたね。まずは人間たちに警告を発しないとね」
僕は天照さまから授かった新しい能力を使って地球の全人類に念話を送った。
「私はアマテラス。これから四時間掛けて東京湾上空まで降りて行きます。これは隕石ではありません。私たちを乗せた船。月の都です」
「警告をしておきます。この月の都には近付かないでください。千メートル以内に近付いたものは、一万キロメートルの彼方へ飛ばされます」
「また、月の都への火器での攻撃は無効化されます」
「私は日本に着き次第、首相官邸に参ります。代表者は会談の準備をして待ちなさい」
地球の人類への警告を済ませ、一息ついた。
「さて、まずは会談の衣装に着替えておこうか」
「月夜見さま。天照さまからの伝言で御座います。到着しましたら屋敷の地下二階へ降りてください。通路の奥に船の格納庫が御座います。その船に乗ってお出掛けください」
「エリー、分かったよ。瑞希と翼、エリーは留守番だね」
「はい。お帰りをお待ちしております」
「うん。では皆、着替えてサロンに集まろうか」
「はい」
着替えを済ませてサロンに戻ると、エリーが皆に珈琲を淹れてくれた。
「皆、この衣装はどうだい?」
「初めて見る布地ですね。肌触りは良いのにとてもしっかりしていますね。でもこれで本当に銃弾を防げるのでしょうか?」
「それは天照さまを信じるしかないね。デザインはどうだい?」
「月夜見さまは素敵ですね。純白にゴールドのライン。襟の金糸の装飾が素敵です」
「そうだね。軍服とタキシードを合わせた様な雰囲気だね。白といっても光り輝く様な布地だね。これは地球のものとは思われないだろうね」
「皆の衣装も素敵だね。それはスカートではないのかな?」
「えぇ、中はパンツなのです。スカートの様に見えるものはマントの様に巻いているのです。前から見ると合わせ目からパンツが見えます」
「あぁ、そうなっているんだ。上着は僕のものと似たデザインなのだね」
「えぇ、やはり少し、騎士っぽいかも知れませんね。でも胸は開いていてネックレスは見える様になっていますね」
「どうなんだろう?もっと天女的なドレスの方が神っぽかったかな?」
「それだと銃弾からは守れないのでしょう」
「あぁ、そうか。地球の軍隊が使うライフル銃とかって凄い性能なのでしょう?」
「そうですね。遠く離れたところから打たれたら、気付かないかも知れませんね」
「まぁ、デザインよりも安全第一だね」
「でも、この白い外套は少し宗教がかっているというか、神の雰囲気はあると思います」
「うん、そうだね」
「瑞希。君はここで翼と一緒にお留守番だけど、テレビでどんな風に放送されているか観ておいてくれるかな?」
「かしこまりました」
テレビを点けると生中継で月の都が東京湾に降りて行く様子が映っていた。
そして、月の都は東京湾上空、海ほたるの二キロメートル手前千百メートル上空で停止した。テレビに映った月の都は、その下半分は金属らしいのだが岩に見える。岩山を逆さまにした状態だ。
上半分は山と平地、城の様な屋敷に川と池、畑がある。でもそれらは透明なドームに覆われていて中は薄っすらとしか見えない。
「さぁ、行こうか」
「はい」
僕らはエレベーターに乗って地下二階へ行き、通路を奥に進んで行った。金属のハッチの様な扉が開くと、とても広い格納庫に出た。
「うわぁ!何て美しい飛行機なのでしょう!コンコルドみたいです!」
陽菜が驚きの声を上げた。
「陽菜、これはやっぱり飛行機なのかな?」
「そう見えますけれど?」
「でもきっと浮かぶのだろうね」
その船は真っ白な船体で陽菜の言う通り、昔のコンコルドという超音速旅客機の様に白鳥が羽を広げて飛ぶ姿に似ているのだ。
ただ、白鳥の首に相当する部分はもっと長いし、翼も大きい。その翼にはエンジンもプロペラも付いていないし垂直尾翼もない。ただ羽の両端は垂直尾翼の様に立っている。
胴体と羽の上下に、僕らの衣装の様に金色のラインで装飾されている。とても美しい。
「でもこれ、どうやって飛ばすのかな?動力がないのでは?」
「やっぱり念動力なのではありませんか?」
「あぁ!そういうこと!」
「ところで、これはどこから乗るのでしょうか?」
胴体を見渡したところ、扉は胴体の羽の上だけの様だ。
「扉は羽の上にしかない様だね。空中浮遊で上がるしかないのか」
皆で空中浮遊して羽の上へ上がると扉が自動的に開いた。
「月夜見さま、これもしかしたら昇降機がないのではありませんか?」
「琴葉、そうだね。どうやって首相官邸に降りれば良いのかな?」
「上空に停泊して、空中浮遊で降りるのではありませんか?」
「あ!だから、この衣装はパンツになっているのですよ!」
「つまり、そうして世界中の人に姿を見せるということなのですね」
「宙に浮く僕らの姿を見せて神と信じさせるのだね。そういうことか。では行こうか」
船に乗ると自動で扉が閉まった。僕らは前方へ歩いて行き、操縦席の位置にある部屋へ入った。そこは長い首の先端で前方の見える席なのだが、操縦するための操縦桿や計器類など一切なかった。
やはり念動力で飛ばせということらしい。すると何もしていないのだが、前方のハッチが上下に開いた。その先は長いトンネルになっており自動的に進み始めた。青と白のランプが瞬くトンネルを過ぎると外へ出た。
高度が千メートル以上あるので結構な高さだ。月の都を出た時のスピードでゆっくりと前進して行く。
「月夜見さま、右も左もヘリコプターだらけですよ!」
「え?あ!本当だ。一体、何機飛んでいるのだろうね」
「きっとテレビカメラで撮って中継しているのでしょうね」
「さて、首相官邸を目指そうか」
海ほたるを過ぎ、東京タワーを目指して飛んで行った。
「あれ?向こうにある高い塔は何でしょう?東京タワーよりも高いですよね?あんなもの有りましたっけ?」
「花音、そうだね。誰か知っているかい?」
「私たちの中で最後に死んだのは瑞希ですね。その前は私だと思いますが、2003年の時点では有りませんでしたよ」
「幸ちゃんが知らないのなら瑞希が知っているかどうかだね」
「そうか、では瑞希に調べておいてもらおうか。面白そうなスポットなら皆でお忍びで行ってみようか?」
「え?行っても良いのですか?」
「変装して行けば良いんだよ」
「うわぁ!楽しみです!」
そしてレインボーブリッジを越え、東京タワーの横を通り過ぎ、六本木の高層ビルを越えたところで首相官邸と国会議事堂が見えて来た。
ゆっくりと高度を降ろして行き首相官邸の上空百メートルで停止した。
「さぁ、降りるよ」
船の扉を開いて翼の上に出るとその周囲のビルの屋上に大勢の人が出ていた。
「月夜見さま、ビルの窓に沢山の人が張り付いてこちらを見ていますよ」
「あぁ、桜にはそこまで見えるのだね。まぁ、気にしないで良いよ」
まずは僕がすぅーっと羽の上から横へ空中浮遊して浮かび、降下地点を目視で確認した。
警備の警察官が官邸の周囲に隙間なく立ち並んでいる。官邸の入り口にも沢山の人が整然と整列して僕らを待ち受けている。
「皆、僕に続いて降りて来て」
「はい!」
僕の右側に舞依、花音、紗良、詩織が、左側には桜、琴葉、幸子、陽菜が一列に並んで降りて行った。髪や衣装が風に舞うことがない様に念動力で抑えながら。
地上に近付いて行くと人々の歓声が聞こえて来た。一般民衆は皆、僕らを歓迎してくれている様だ。
僕ら九人が首相官邸の玄関前に音もなく降り立つと、どよめきと共に歓声が上がった。
「おぉー!」
どうやら首相と思しき人物が我々に歩み寄って来た。
「天照さま。ようこそお越しくださいました。私は日本国首相、一条と申します」
「私は天照。そしてこちらは八人の神々です」
「天照さま、こちらへどうぞ」
首相官邸の応接室に通された。テレビカメラが一台入っている。
「天照さま、こちらに居りますのは、現政権の閣僚たちで御座います」
「大臣ですね」
「お判りになるのですか」
「えぇ、知っていますよ」
「あ、あの。テレビ撮影をさせて頂いても構いませんか?」
「どうぞ、お好きに」
「あ、ありがとう御座います!そ、それで天照さまは、日本。倭国をお創りになった神さまでしょうか?」
「そうです」
「あ、あ・・・あの、そうしますと御年は?」
「数千年に渡り生き続けています」
「さ、左様で御座いますか。か、神さまですからな・・・」
驚き過ぎて言葉がでない様だな・・・このまま、つまらない質問を続けられても困るな。
「今日は一条殿に頼みがあって参ったのです」
「ど、どの様なことでしょうか?」
「一週間後。ニューヨークの国際連合本部に全ての国と地域の最高責任者に集まる様に呼び掛けてください。それともうひとつ。あなたたち人間の手に負えなくなっているものを処分しますので関連する国へ通達をしてください」
「私たちの手に負えなくなっているもの?で御座いますか?」
「分かりませんか?福島、チョルノービリ、スリーマイル。そう言えば分かりますか?」
「あ。じ、事故を起こした原子力発電所で御座いますか?」
「そうです。六日後に今言った順番に処分します。ウクライナと米国政府に通達し、汚染された土壌の範囲を空から見て分かる様にマーキングした上でその中に人を入れない様にしておいてください」
「処分とはどうされるのでしょうか?」
「汚染された土壌ごと、太陽の軌道まで転移させ焼却処分します」
「な、なんと!そ、その様なことが!」
「良いですか。六日後です。もし施設内に人が残っていれば施設ごと飛ばしてしまいますよ」
「は、はい!かしこまりました」
『皆、僕が皆を一緒に玄関へ瞬間移動させるよ』
『はい!』
「国連本部にお集まり頂くのは七日後の現地時間で十二時とします。では、その時にまたお会いしましょう」
「シュンッ!」
「うわっ!消えてしまわれた!」
「総理!すぐに国連へ連絡を!」
「うむ。それとウクライナとホワイトハウスへホットラインを!」
「かしこまりました」
「シュンッ!」
僕らは首相官邸の玄関へ出現した。
「さぁ、船に戻るよ」
「はい」
九人で一斉に、上空に待機する船に向かってゆっくりと浮かび上がって行った。
ビルの屋上に集った人々が手を振っている。僕らも軽く手を振った。そして船に戻って翼の上に立って振り返ると、船の周りには沢山のヘリコプターがゆっくりと旋回していた。
『月夜見さま。私たちの姿はこれで十分に撮れたのでしょうか?』
『生中継で世界中にこの映像が届けられていることだろうね。さぁ、船に入ろう』
皆が船に乗ると瞬間移動で月の都の格納庫の中へ戻った。
「シュンッ!」
「月夜見さま。お帰りなさい!」
「瑞希。ただいま!テレビを観ていたかい?」
「はい。全てのチャンネルが皆、特別番組になっています。コマーシャルも入れずにずっと生中継していましたよ」
「どんな風に報道していたのかな?」
「月の都から船が出て来てから首相官邸に降りるまで、天照大神の出生から始まって、ご兄弟の話や現天皇陛下までの系譜を紹介したり、月の都や船が浮かぶ原理を推測したりもしていましたね」
「やはりそういうところからだよね」
「あとは何故、今、降臨されたのかを推測していましたね。やはり、地球を汚したことや、戦争や紛争が収まらないことを神さまがお怒りになっているという意見が多い様です」
「まぁ、ほとんどの人間は、それらを悪いことだとは分かっているのだよね」
「月夜見さま、天皇陛下にはお会いにならないのですか?」
「あぁ、日本の皇室や英国の王室は、既に政治とは関わっていないのだからね。会う必要は無いかな」
「そうですね」
「月夜見さま。テレビ番組を録画しておきましたがご覧になりますか?」
「そうだね。皆で観てみよう」
「瑞希、私たちはどんな風に映っていたのですか?」
「琴葉、それはもう!どのテレビ局の番組を観ても、月夜見さまも皆さまもあまりの美しさに驚いていました」
「まぁ!ちょっと嬉しいわね」
「あ!やっぱり花音は日本人の神さまではないか!って騒いでいましたよ」
「日本人の神さま?面白いですね!」
「あとは、桜、舞依、詩織の髪の色が美しいって!」
「まぁ!月夜見さまみたい!」
「ちょっと!ほら!皆、テレビを観ようよ!」
「皆さま、珈琲をお持ちします」
「あぁ、エリー。ありがとう!頼むよ」
それから皆で報道番組を観た。やはり僕らが現れた理由を憶測であれこれと述べていた。
こんなことに専門家は居ないので、半ばバラエティ番組の様に面白おかしく想像を膨らませ、神さまが何かしてくれるのではという期待感ばかりが大きくなっている様に感じた。
まぁ、どうするか決めるのは人間たちだからな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!