26.地球への警告
アルカディアに居た神の末裔は日本からの転生者だった。
それからというもの瑞希は質問の鬼となり、今日も昼食後のサロンで質問タイムとなった。
「月夜見さま。何故、地球の保険が必要なのでしょう?」
「それはね、地球には様々なリスクがあるんだ。人間や生き物が滅ぶ可能性として、瑞希は何を思い浮かべるかな?」
「やはり生物滅亡というワードからは、核戦争が一番に思い浮かびますが、今では環境破壊ではないでしょうか」
「正しいね。瑞希って東京の国立大卒なの?」
「はい。そうです」
「現役で司法試験も一発合格ってやつ?」
「はい」
「それなら詳しく説明しなくても良いね。地球温暖化なんかもリスクではあるけれど、すぐに生物が死滅するものではないよね。それよりも危惧しているのは地磁気の消失と逆転現象だね」
「あぁ、それは聞いたことがあります。消失はまだ千年先でも逆転はいつ起こるか分からない。起こったら地球上の生物は滅亡するのですよね」
「理解が早くて助かるよ。そのための保険だそうだよ」
「ではこの星に人間だけでなく、あらゆる地球の生物が保存されているのですか?」
「そこは選別されているね。大陸の中に数か所の動物保護区が作られていてね、見て来たのだけど、全ての動物が居た訳ではないね」
「それだとこの世界には蚊が居ないとか?」
「流石だね。その通りだよ。蜂や蟻は居るけれどね」
「それならば「G」は居ないのですか?」
「あ!どうだろう?そう言えば、あ奴は見掛けたことがないね」
「居ないと良いのですが!」
「嫌いなんだね?」
「好きな人など居ないと思うのですが・・・」
「あ!もし地球の地磁気が消失してしまったら、この星の人間を移住させても生きられないですよね?まさか地底に住むとか?」
「あぁ、それはね、人工的に地磁気を発生させる装置があるんだよ。この星はその装置で地磁気を発生させ、電気もそれで供給しているんだ」
「え?それは人間が造ったのですか?」
「うん。この星以外にもうひとつ、イノベーターという星があってね。そこには技術者や研究者を何度も記憶を持たせたまま転生させて、技術を何百年分も発展させていたんだ」
「それだと人間の遺伝子操作なんかも進んでいるのですか?」
「その様だね。そこでは病気もないし、人口子宮もあって人は性交しないらしいよ」
「らしい・・・ということは、月夜見さまはその星を見学されていないのですね」
「僕はそういう人種とは肌が合わないんだ。瑞希、僕はね、山形の医大を出てそのまま医師になった田舎者だ。そういう血の通わない科学技術など興味はないのさ」
「私も好きではありません。でも地磁気を発生させる装置というのは凄いですね」
「興味があるのかい?」
「いえ、それがあるのなら何故、今の地球にそれを持って行かないのかな?と思ったのです。そうすれば地球の生物は滅ぶことはないのではありませんか?」
「そうだね。でも環境破壊や戦争はどうだい?その装置があれば防げるかな?」
「環境破壊は化石燃料を使わなくなれば防げるでしょうけれど、戦争は難しいですね」
「その化石燃料だよ。電気が無制限に供給されたら化石燃料の産出国はどうなるかな?その国は生きて行けなくなる。他の資源や見返りを求めて新たな紛争が起こるかも知れないよね」
「あぁ、そうですね。今の国連にはその調整も調停も期待できないですね」
「地球は一度滅びて、リセットされる以外にはないのかも知れない。これはとても難しい問題だよ」
「でも、今の地球の人々を救う方法は何もないのでしょうか?」
「瑞希は本当に正義感が強いのだね」
「あ!私ったら・・・申し訳ありません。つい、熱くなってしまって・・・」
「良いんだよ。僕だって何か良い方法があるなら助けてあげたいとは思うよ」
「天照さまは、保険は用意されても救済はされないのですね・・・」
皆が一斉にフクロウの方に振り返る。フクロウはぐるりと首を捻って視線を外した。つまり、こちらの話は聞いていたのだ。
「天照さまは創造者であって指導者ではない。人を導くことはしないんだ」
「人間に委ねているのですね」
「そういうことなのかな?」
「月夜見さまも私も人間なのですよね?」
「そうだね」
「それならば天照さまでなく、私たちが指導すれば良いのではありませんか?」
「私たちが地球の人間を指導するのかい?」
「えぇ、天照さまのお役目でないならば・・・」
「瑞希はどうすれば戦争や環境破壊を防げると思う?」
「そうですね・・・やはり化石燃料の使用を一切禁止して、戦争をやめさせるしかないですね。そのためには・・・国境を廃止して、宗教も廃止。人種差別も禁止して・・・あぁ、私、馬鹿なことを言っていますね」
「いや、そういうことなんだよ。国境、人種、言語や宗教の違い、更に国や地域によって採れる資源も異なるから争いが起きるんだ。でも、その争いの元を全てなくすことは難しいし、資源は平等に使わないといけなくて、身分や貧富の差もあってはいけないんだ」
「つまり、今の地球の人間の文明を全て根底からひっくり返さないといけない話になってしまうんだよ」
「結局はリセットですね」
「だからね。もし僕が何かするとしても実際にできることとしては、警告を発することくらいかな。と思っているよ」
「警告とはどのようなものでしょうか?」
「僕たちの存在とこの保険の世界があることを伝えるんだ。その上でこれ以上、地球を汚染し、人間同士で争うならば、あなたたちは滅び、保険の世界が取って代わりますよ。とね」
「それで自浄作用を促すのですね?」
「そうだね。あとは彼らが自ら答えを出すしかないね」
「月夜見。面白いことを言うのですね」
フクロウが・・・いや天照さまが急に言葉を発した。
「天照さま!」
「え?天照さま?」
瑞希がきょとんとしている。
「あぁ、瑞希、このフクロウはね。分かり易く言うとアルカディアの椿さんのところに居る連絡用のオウムと同じだよ」
「え?では今の声は、創造神である天照さまなのですか!」
「そうだよ。それにしても天照さま。面白いとはどういうことですか?」
「言葉の通りですよ。興味深いですね。地球の人間に警告だけを発して、行動を見るのですね?」
「天照さまは良い案だと思われるので?」
「良いとは思いません。でもそれで人間がどうするのかを見ることは興味深いですね」
「はぁ?良いとは思わないのですね・・・まぁ、人間が簡単に変われるとは思えませんよね」
「月夜見。人間はそう簡単に神の存在とその力を信じますか?どうやってそれを示すのですか?」
「そうか。私は神です。なんて言うだけでは、なんだこいつ?で終わるのか。どうすれば良いのだろう?」
「月夜見さま、月の都で地球に降り立つのはどうでしょう?あんなものが例えば日本の東京湾の上空に浮かんでいたら、神の存在を信じるのではありませんか?」
「あぁ、花音、それは分かり易いね」
「月夜見さま、米軍の原子力空母を空に浮かべてやるのは如何ですか?ちょっと脅しみたいですけれど」
「瑞希は真直ぐだね。それは確かにストレートに力を示せる手だね」
「月夜見さま。それなら事故があった福島の原子力発電所を汚染された地面ごと宇宙まで飛ばしてあげたら良いのでは?」
「舞依。それは良いね。力を示すだけでなく原子力の利用に対しても警告できるね」
「うむ。それは面白い。全部やってみましょうか」
「え?天照さまが地球に降り立つのですか?」
「それは月夜見が行くのですよ」
「えーっ!僕が地球に行くのですか?」
「故郷でしょう。行きたくないのですか?」
「そ、それは・・・特に行きたいとは思っていなかったのですが・・・それより戻って来られるのですよね?」
「それは私が見ていますし、私の力で向こうへ送り、引き戻しますので大丈夫です」
「ほ、本当にやるのですか?」
ちょっと驚いて声が上ずってしまった。
「本当です。月夜見の二十歳の誕生日に行きましょう」
「行くのは僕だけですか?」
ひとりでなんて嫌だよ・・・
「いいえ、妻たち八人と瑞希です」
「え?瑞希も?それは何故ですか?」
「瑞希、其方に役目を与えましょう」
「わ、私にお役目をお与えくださるのですか!」
「うむ。其方は地球に行ったら、そのまま地球で暮らしなさい。そして月夜見と連絡を取り合い、地球の状況を伝えるのです」
「え?瑞希は地球に残って、ひとりで暮らすのですか?」
「地球には瑞希の前世の親が居るでしょう。勿論、地球で伴侶を見つけても良いのです」
「え?瑞希は実家に帰るということですか?」
「いいえ、月の都で暮らして頂きます。常に世界を見下ろして神の存在を示すのです」
「でも、瑞希の寿命は普通の人間と同じですよね?」
「瑞希は人間の寿命で死にますが、月夜見たちは必要があれば、その都度行って公に姿を現せば良いのです。瑞希は初めから姿を見せないでおけば地球で自由に動けます」
「あの・・・もし、月の都がどこかの国の軍隊に攻撃されたらどうするのですか?」
「力を示した上で、神に戦争を挑んで来るとは思えませんが、万が一、攻撃して来たら反撃しますよ」
「反撃?月の都に兵器などありませんよね?」
「私が常に見ています。例えばミサイルを打って来たら、そのミサイルを発射した場所に転移させて爆破しますよ」
「え?でもそれが核ミサイルだったら地球を汚染してしまいますよ!」
「あぁ、核ならば、太陽の軌道へ転移させますから大丈夫です。でもそれは月夜見が核の使用について釘を刺しておけば良いのではありませんか?」
「そうですね。福島だけでなく、チョルノービリ原発とスリーマイル島も一緒に消し去りましょう。そして核使用をした場合の制裁に触れておけば良いでしょう」
「そんなところですね」
「では、本当にそれを実行するのですね?」
「えぇ、月の都は準備しておきます」
「月の都は東京湾上空へ瞬間移動させるのですか?」
「いいえ、徐々に未知のものが迫って来る様に見せた方が良いでしょうから、月の軌道上に出現し、降りて行きましょう」
「え?宇宙空間に月の都が出現したら僕らは死んでしまいますよ!」
「ふふっ。そんなことは分かっています。月の都にシールドを張りますから大丈夫です」
「そんなこともできるのですか!」
「それがイノベーターの技術です」
「あぁ、そうでしたね」
「あぁ、そうだ。どうせ地球へ行くならば、山本や妻たちの実家へ行っても良いのですか?」
「瞬間移動で行くならば、行動は見えないのだから構いませんよ。変装すれば街に出て買い物をしても良いですよ」
「あぁ、それは楽しいかも知れないね」
「では、そういうことで・・・」
天照さまは会話を遮断した様だ。
「うわぁ!大変なことになったな・・・」
「あぁ、わ、私のせいですよね・・・申し訳御座いません!」
「瑞希との会話から始まったことだけれど、僕も地球のことは心残りではあったからね。良いんだよ。それよりも瑞希のお役目だよ。地球に行ったきりだなんて」
「私は構いません。だって、神の能力を持って地球で暮らせるのですよ。楽しそうですよ」
「そうですよね!瞬間移動でどこへでも行けるのです。きっとテレビで観た場所にも瞬間移動で飛べるでしょう?それは楽しいですよ」
「陽菜は、やっぱりそういう目線なんだね・・・」
「では、妻たちは親に連絡を取っておいて、会いに行くと良いね」
「本当に実家に行けるのですか?」
「桜、お父さんに稽古をつけてあげなよ」
「そうですね。今の私なら負ける気がしません」
「舞依、ご両親に挨拶しないといけないね」
「えぇ、そうね。でもリッキーはどうするのですか?」
「子供たちは連れて行けないね」
「何故ですか?」
「連れていくとその場所を覚えてしまうよね?彼らがいつか思い出した時に、もう一度行きたくなって瞬間移動しようとするかも知れないでしょう?ここと地球の間を瞬間移動すると死んでしまうのだからね。知らない方が良いでしょう」
「月夜見さま、この星と地球では瞬間移動ができない程に遠いのですか?」
「あぁ、瑞希は知らなかったね。地球とこの星は次元の違う世界でほぼ同じかとても近い場所にあるんだ。パラレルワールドというものらしい。だから地球とは物ならば、念動力で送ったり、引き寄せたりできるのだけど、生物は僕らの力では移動させられないんだ」
「天照さまにしかできないのですね?」
「そうなんだ」
「そうですね。子供たちは危険だから行かない方が良いでしょう」
「私、それまでに瞬間移動もできる様になるでしょうか?」
「瑞希、まだ一年半以上あるのだから問題ないよ」
「はい。頑張ります」
「では、皆、リッキーたちは一歳になったし、次の子を作っておこうか」
「そうですね。今から作れば地球に行く時には、リッキーたちは二歳半を過ぎているし、次の子も一歳近くになりますものね」
「では、排卵したら声を掛けてね」
「分かりました」
「あ、瑞希、あとで私の部屋に来て」
「はい。花音さま」
「あぁ、日本のものだね」
「日本のもの?」
『瑞希、これは念話だ。侍女たちも聞いているからね。日本からシャンプーとか化粧品、生理用品や下着を購入しているんだよ』
『え?日本のシャンプーや化粧品が使えるのですか?』
『うん。ビニールのパッケージをこの世界に捨てられないから、僕らだけで使っているんだよ』
『そう言えば、珈琲メーカーやCDプレイヤーにスピーカーもありましたね』
『全部、日本から仕入れているんだよ』
『では、私が日本に住む様になったら、私が注文を聞いて購入することもできますね』
『そうだね』
『では、花音から受け取ってね』
『ありがとう御座います!』
それから一か月程で、瑞希は瞬間移動を含む全ての能力を使いこなす様になった。自分の実家にも鳥の電話の能力を使って連絡を取り、両親や妹と話す様になっていた。午前の神宮での仕事が終わった瑞希に日本の両親と話した結果を聞いてみた。
「瑞希、ご家族は健在だったのかな?」
「はい。父が六十三歳、母が六十一歳ですが元気でした。妹も三十四歳で結婚して子供が二人居ました」
「ご家族はすぐに瑞希だと分かってもらえたかな?」
「最初はとても驚いていたのですが、私しか知らない家族の話をしたら分かってくれた様です」
「そうか。来年の十二月に地球に行く話しはしたの?」
「いいえ。それはまだ話していないのです。それなのですが、あまり早くから話してしまうと、変な噂や憶測が広がってしまう恐れがあると思うのですが・・・」
「それはあり得るね。まだ家族だけに留めておいてもらえる様に伝えた上で話す方が良いかな?」
「はい。そう思います」
「そう言えば、瑞希は前世でお付き合いしていた人とかご主人は居たのかな?」
「いいえ、誰ともお付き合いしたことがないのです。前世と今世を合わせてもキスをしたのは月夜見さまが初めてです」
「え?そうなんだ。実は妻たちも舞依以外の皆が、前世では経験がないんだ。何故だろうね?」
「舞依さまだけは経験があるのですね?」
「うん。それは僕だよ」
「え?月夜見さまと舞依さまは前世でも夫婦だったのですか?」
「夫婦ではないね。恋人だよ。舞依は高校生の時に難病を発症してね。僕はそれを治すために医師になったんだ」
「でも、治せなかったのですか?」
「そうだね。二十五歳で舞依は亡くなり、僕は同じ日に自ら命を絶ったんだ」
「まぁ!なんてこと・・・」
「だから僕と舞依の日本での命日とこちらの誕生日は同じなんだ」
「それで、なのですね・・・」
「何かな?」
「あ!その・・・舞依さまだけ、何か違うなって思ったのです。それに琴葉さまも」
「あぁ、琴葉はね。僕を生んだ人だからね。似ているでしょう?」
「え?お母さまなのですか?え?でも妻なのですよね?月葉さまもいらっしゃるし・・・」
「うん。僕と琴葉はね。千五百年毎に天照さまの身体を生むお役目も持っているんだよ。転生した時の関係性は関係なくね」
「それでも大丈夫なのですね」
「面白いことに、僕と琴葉はどんな親から生まれようとこの容姿に成長して、同じ身体の天照さまを生む様になっているそうだよ」
「あぁ・・・何だか理解が追い付きません・・・」
「そうでしょうね」
話題を変えよう。瑞希は治癒の能力でも、特に医学に興味を示した。元々頭脳の使い方が優れた人なので、僕から指導を受けて知識を増して行ったのだ。
「ところで瑞希、医学は面白いかい?」
「えぇ、とっても!私は日本に行っても弁護士には戻れません。それなら親や妹が病気になったら治してあげて長生きしてもらいたいと思ったのです」
「それは良いことだね」
「あの、月夜見さま。奥さまたちとの子作りは、奥さまが自分の排卵を確認した上で、性交されているのですか?」
「あぁ、そうだよ。確実に受精できるからね」
「あの。月夜見さま。お願いがあるのですが・・・」
「何だい?」
「地球に一緒に行きますよね?その短い期間にもし、私が排卵したら子を授けて頂けないでしょうか?」
「え?僕たちはここと地球に別れて暮らすんだ。念話はできるけれど二度と会えないかも知れないのだよ?」
「はい。だからです。私は日本に戻っても普通の暮らしはできないでしょう。普通の結婚もです。それならばこの世界に転生した証として、月夜見さまの子が欲しいのです」
「その子とならば前向きに生きて行けると思いますし、それに私が死んでももう少しだけ長く、その子から地球の様子を報告できると思うのです」
「それは分からないでもないけれどね・・・」
「無理を言って申し訳ありません。でも地球に居る間に排卵することがあったら、で良いのです。その時は運命だと思ってお願いできませんか?」
「うーん。ちょっと考えさせてもらえるかな?」
「はい。図々しいお願いをして申し訳御座いません」
そうだよな。日本に行ってもこの力を持っていたら普通の暮らしはできないよね。
お読みいただきまして、ありがとうございました!