19.グラジオラスへの旅
いよいよ月宮殿の船の出航だ。ちょっとわくわくするな。
「では、出発致します」
「えぇ、お願いします」
「それで、どちらへ向かいましょうか」
「あぁ、決めていませんでしたね。それでは三十分程、南へ向けて飛んで頂きましょうか」
「かしこまりました」
「進路を南へ取れ。出発!」
「進路を南へ設定します」
「全速前進!」
「全速前進」
乗組員にはそれぞれの担当がある様で計器盤の前に座り、何やらレバーを操作している。艦橋って言ったら普通は戦艦とか軍艦のものではなかろうか。良く知らないけど。
飛び始めて一分もしない内にスピードは最速に達した様だ。南側は海の上だから雲を見ていないと速さの感覚が分からない。でもやはり思った通り、地球のジェット旅客機程速くなく、プロペラ機よりは速い程度だと思われる。
僕は空中浮遊して船長のカミラの肩に手を置いて前方を見据えながら呟いた。
「これ、もっと速く飛べないものかな?」
「もっと速く。で御座いますか?これでもこの世界で一番速い船なのですが・・・」
「あ。そうなんだ。これで一番速いのか」
プロペラに細工はできそうにもないしな。これ以上速く飛ぶ方法はないものかな・・・
「あ。そうだ。僕の力で動かしてしまえば良いのでは?」
「え!月夜見さまのお力を使うのですか?」
「まぁ、見ていてよ」
僕は念動力を使えばものを動かせるのだから、この船ごと押してやれば良いと考えた。
そしてこの船がより速く進む姿を想像する。
「ガクンっ!」
すると後ろから蹴飛ばされたように一気にスピードが増した。どんどんスピードが速くなり地球のジェット機どころではない速さになったと思う。
なったと思う。というのはジェット機のコックピットから見たことがないから前方の景色が流れる様を見ても比較できないのだ。でも雲は後方にぶっ飛んで行っている。
三十分程飛ぶと前方に何か細長いものがうっすらと見え始めた。
「船長!あれはもしや、グラジオラス王国の御柱ではありませんか?」
「何だと!グラジオラス王国まではいつも十二時間は掛かるのだぞ」
「それだけ速く飛んでいるということでは?」
「そうだな。御柱は世界に三本しかないのだから、この方角であればそれ以外には考えられないな」
「あの細長いものは何ですか?」
「月夜見さま、あれは恐らく御柱です。この方角ではグラジオラス王国の御柱と思われます。空へと繋がっており、光を地上に供給しているものです。あの御柱の下にグラジオラス王国の神宮と王城が御座います」
「では、その御柱とやらのところまで行ってみましょうか」
「通信を。グラジオラス王国へ連絡!」
「はい!グラジオラス王国へ連絡します!」
それから十分もしない内に御柱に近付いて来たので力を切った。すると元の速度に落ちて行き、そこからは船員の操船で近付いて行った。
近付いてみるとその御柱は直径三百メートル程ありそうだった。見上げてもどこまで続いているのか見えない。つまり空の彼方まで続いているのだ。
これは地球でもSFででて来ていて、最近では実現へ向けての計画も立てられ始めていると聞いた低軌道エレベーターなのではないだろうか?
「あ!低軌道エレベーターだけではないな!うっすらと見えているじゃないか。あれはオービタルリングというものだろう!」
「月夜見さま、それはなんですか?」
「あの柱は地上に立っているのではなく、空の上の宇宙にある輪っかから吊り下げられているのですよ。ほら、空に真っ直ぐに横たわっている建造物がうっすらと見えるでしょう?」
「えぇ、確かに何か見えるな、とは前から思っていたのです。あれは建造物なのですか!」
「その様です。でも驚きました。もうあれを作る技術のある世界があるなんて」
しかし、御柱に近付いているが船は止まろうとしない。このままではぶつかるのでは?と思った瞬間、柱からプラットフォームの様なものと恐らく船の固定アームらしきものが突き出して来た。
「自動操縦に切替え!」
「自動操縦に切替えます!」
船は速度を落としていき自動で誘導され、柱から突き出たプラットフォームの前に船の出入り口のハッチが到達したところで停止し、アームが船を固定する音が「ガコン!」と響いた。
おいおい。大変な未来の乗り物じゃないか。それに低軌道エレベーター。つまりそれはオービタルリングで発電して、この柱を通して地上に送電しているということだよな?
これだけの先進技術ならば、電力を船に無線送電していても何も不思議ではない。それにしてもこの世界の住民がこれらのものを何も知らずに使っているところが面白いな。
僕はサロンに行って説明しなければならなくなった。
「皆さん、この船を少しでも速く飛ばせないものかと僕の力で押してみましたら、速くなり過ぎてグラジオラス王国に着いてしまいました」
「ま、まぁ!私の母国のグラジオラスに着いたのですか?まだ一時間も経っていませんよね?」
「そ、そうなのです。シルヴィア母さま。折角ですからご挨拶だけでもして行きましょうか」
「突然なので驚くでしょうね」
「申し訳ございません」
「そんな!嬉しいことなのです。月夜見さまが謝ることではございませんよ」
「それならば良いのですが」
船を降りて直接柱を見るとあまりにも巨大で柱には見えない。そうだな。高層ビルが天までの高さがある感じだ。圧倒される。
柱自体の素材も何だか分からない。多分、何かでコーティングされている様だ。でもよく見ると千年以上の時が経っている分、汚れというかくすんでいるが腐食している様子はない。プラットフォームが出ている根本に金属製の扉があり、僕たちが近付くと自動で扉が開いた。
柱の中に入るとそこにはエレベーターの扉があり、すぐに扉が開いた。
「この昇降機に乗って地上へ参ります」
エレベーターに乗るとボタンが二つあった。ここと地上のボタンなのだろう。宇宙の高さまでは行けないのだろうか?
大人の女性が八名、娘たちが十三名と僕の総勢二十二名がすんなりと乗れてしまった。結構な大きさのエレベーターだ。地上に降りてエレベーターの扉が開くと、そこは神宮の建物の裏側だった。
柱の根本は海に浮かんでいる様に見える。この柱は本当に地上に立っているのではなく、宇宙のリングから吊り下げられているのだ。ただ、太いパイプの様なものが柱から海の底を伝って神宮の屋敷の下へと繋がっていた。これが電気の送電線なのではなかろうか。
柱から二百メートル程離れた位置に半円の壁があり、柱はこの壁で周囲からの目と人の侵入を防いでいる様だった。その壁はそのまま神宮の敷地全体を囲っている。
神宮から柱へは、雅な装飾の赤い欄干のある橋が伸びており、波打ち際の辺りで途切れていた。
エレベーターの扉が開くと同時にその橋へ向かって柱から音もなく橋が伸び始めた。僕たちはその橋を渡って屋敷へと歩いた。すると屋敷の方からも宮司と思われる人と、巫女。それに王族らしい姿をした人たちが小走りにやって来た。
「そこに居るのはシルヴィアですか?」
「お母さま!」
「まぁ!あ!」
どうやら王族はシルヴィア母さまの母上。つまりこの国の王妃らしい。喜びに満ちた笑顔で駆け寄って来たのだ。だが、僕と一瞬、目が合った途端に顔色が変わった。
王妃は駆け寄るのを止め、その場で跪いた。
「もしや貴方さまは、天照さまのご子息さまでしょうか?」
「はい。私は玄兎の息子。月夜見です。初めまして」
「初めてお目に掛かります。私はグラジオラス王国第二王妃アマンダ ユーフォルビア グラジオラスで御座います」
「私は、グラジオラス神宮の宮司、幻月で御座います。さぁ、こちらへどうぞ」
神宮の一番広い応接室へと通された。神宮の屋敷というものは、もしかするとどれも同じ造りなのかも知れない。
大きな客間に入った人が多過ぎて、全員の自己紹介をするのも憚られる程だ。僕の目の前に座っているのは、アマンダ王妃と宮司の幻月殿だ。幻月殿は恐らく伯母にあたるのではと思われる。こちら側には僕の左にシルヴィア母さま、右にお母さまが座った。
「今日は突然、どうされたのでしょうか?」
「突然、訪問してしまい申し訳ありません。実は我が一家の船がもう少し速く飛べないものかと試していたのです。私の力で船を後押ししたところ、一時間も掛からずにこの近くまで来てしまったのですよ。そうしましたら柱が見えたので物珍しくて見学に寄ったのです」
「なんと!月の都からここまで一時間掛からずに来られたとおっしゃるのですか?」
「えぇ、お母さま。月夜見さまは、暁月さまを超える力をお持ちなのです」
「暁月さまを超えるお力を?月夜見さまは確かまだ三歳だったかと・・・」
「年齢の問題ではないのかも知れませんね。それよりも近いうちに正式にお願いしたいことが御座います。そのためにこの場とあとできればグラジオラスの王城の中に私が突然現れても良い場所をご提供頂けないでしょうか?」
「と、突然現れる。ので御座いますか?」
「はい。私は瞬間移動ができますので」
「瞬間移動ですか、月の都からここまでで御座いますか?」
「あぁ、信じられないですよね。では少々お待ちください」
「シュンッ!」
「まぁ!消えてしまいました!」
「シュンッ!」
「うぉっ!月夜見ではないか!」
僕は屋敷のお父さんの部屋へと瞬間移動した。
「お父さま、ちょっと僕と来て頂けますか?」
「うん?どこへ行くのかな?」
「飛べば分かりますので!」
「シュンッ!」
「きゃーっ!」
「げ、玄兎さま!」
「ん!ここはどこだ?おや?アマンダ殿ではないか。ではここはグラジオラス王国?」
「お父さま、黙って来て頂いて申し訳御座いません。僕が船を速く飛ばしたら一時間でグラジオラス王国まで来てしまったのです。皆さん、僕の力が信じられないご様子でしたので、分かり易い様に瞬間移動で月の都へ戻り、お父さまをお連れしたという訳です」
「は、ははーっ!月夜見さまのお力を信じず、疑う様な言動を致しましたこと。誠に申し訳御座いません」
「アマンダさま、頭をお上げください。信じられなくて当然なのですから良いのです」
「あぁ、月夜見の力のことか。まぁ、そうだな。信じられなくても仕方があるまい。それで、あの船でここまで一時間で来てしまったのか。全く破格なことだな」
「では、先程のお話なのですが、どこか良い場所をお教え願えませんでしょうか?」
「は、はい。では、こちらへお越しください」
僕はシルヴィア母さまとアマンダさまと三人で王城へと向かった。
「月夜見さま。近いうちにお越し頂いてのご依頼とはどの様なことなのでしょうか?」
「お母さま。月夜見さまはこの世界の全ての人間。その中でも特に女性の救世主となるお方なのです」
「女性の救世主!」
「えぇ、月夜見さまは常に女性のことを気遣ってくださるのです。そしてこれから全ての女性を救い、引いてはこの世界を導いてくださることでしょう」
「まぁ!それは素晴らしいですね」
「シルヴィア母さま。少し買いかぶり過ぎかと」
話しながら神宮の屋敷から王城へと入って来た。外に出ることなく行き来ができる専用の通路がある様だ。
「月夜見さま、城の敷地に入りました。どの辺が良いでしょうか?」
「私が突然現れても不審者と思われないためにはどこが良いでしょう。例えば執事や使用人には私のことを話しておいて彼らの部屋に現れる。または中庭とかでも王宮騎士にいきなり囲まれない様でしたらそこでも構いません」
「それでしたら私の部屋でも構いませんよ」
「いえ、ご婦人の部屋に突然現れるなんて、そんな失礼なことはできませんよ」
「そうですか?私でしたら気にしませんのに・・・」
「あぁ、それでしたらシルヴィアの部屋が良いのではありませんか?ここは空いている部屋ですし、この扉で私の部屋にも繋がっているのです。ここへ着いたらこの扉をノックして頂ければ私がお出迎え致しますので」
「お母さま、それは良いですね」
「えぇ、ありがとうございます」
「月夜見さま、陛下にお会いになって行ってくださいませんか?」
「そうしたいところですが、今日は何分にも急な訪問です。次回、正式に訪れたいと思いますので、今日はこのまま失礼させてください」
「そうですか。分かりました」
シルヴィア母さまの部屋を確認した後、再び神宮の客間へ戻ると、すぐに帰ることとなった。
「急に押しかけてしまい、本当に申し訳御座いませんでした。また改めて参りますのでよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」
「では、失礼致します」
そして神宮の屋敷から橋を渡って御柱へと戻った。
今日は思いがけず、初めての他国訪問となってしまったな・・・
お読みいただきまして、ありがとうございました!