17.侍女たちの願い
アルカディア七日目、今日は椿さんと打ち合わせだ。
ダンスホールの建設をどの様に進めるかを話し合った。
「椿さん、ダンスホールを作る場合、幾つ作れば良いでしょうね?」
「基本的には配給所の近くに作れば、ほぼ全ての民が利用可能になると思います」
「配給所は何か所あるのですか?」
「はい。十二か所で御座います」
「では、ダンスホールも十二か所ですね」
「各地区にダンスホールを作れる大工は居るのですか?」
「はい。家は各地区に居る大工が建てます。この屋敷を建てろと言ったら難しいですが、ダンスホールだけですので可能だと思います」
「ダンスホールですがお見合い舞踏会を開催することを考えた場合、料理を作る厨房や食事を並べるテーブルや椅子も用意してください」
「かしこまりました。費用はどうしましょう?」
「全て私が支払います」
「ありがとう御座います」
「音楽の設備は私の方で揃えますので電気の配線だけは作っておいてください」
「はい。お屋敷の大広間と同じ様にしておきます」
「はい。それでお願いします」
「椿さん、ご存じだったら教えて欲しいのですが、侍女たちに侍女の仕事を教えたのは誰なのですか?」
「それは前任の侍女です」
「あぁ、そういうことなのですね」
「何か問題が御座いましたか?」
「いや、問題ということはないのです。彼女たちに私が求めたら夜伽もする様に教えていた様なのです」
「それは当然かと・・・」
「先代の神々は、侍女に自分の身体を風呂で洗わせ、夜伽までさせていたのですか」
「そういうものではないのですか?」
「時代の違いですね。私たちの時代ではあり得ないことです」
「これからはアルカディアも変わっていくのですね」
「えぇ、そうです。人口も増やしてひとつの国の様にしていきましょう」
「人口をどうやって増やすのですか?」
「昨日、配布した女性の身体の知識を広めるだけでも子を増やす手助けにはなります。あとは別の世界から連れて来るのです」
「別の世界で御座いますか?」
「この星のサンクチュアリと名付けられた大陸には、二十九の国があり、五十万人の人が暮らしています。ですがまだ貧困もあって、子が捨てられたり、奴隷として売られることもあるのです。その様な恵まれない子をここへ連れて来るのですよ」
「連れて来て、誰が世話を?」
「学校に入れるのですよ。寮もあるのですからね」
「なるほど。そうですね。それならば学校を卒業と同時に働けますね」
「そうです。椿さん、アルカディアの民の年齢と性別を調べて、年齢ごとに男女がそれぞれ何人ずつ居るか調べて報告して頂けますか?」
「かしこまりました。すぐに取り掛かります」
「お願いしますね」
椿さんが役場へ帰った後、サロンへ行くと妻たちがCDで音楽を聴いて珈琲を飲んでいた。
「月夜見さま。打ち合わせは終わったのですか?」
「うん。ダンスホールの建設を進めるよ」
「今日、この後はどうされるのですか?」
「どうしようか?桜と花音は安静が必要だからね」
「私と花音はここに居ますから、皆で出掛けるのであればどうぞ」
「では、お昼を頂いたら船に乗ってアルカディアの景色の良いところを探して回ろうか。桜と花音も船に乗っているだけならば問題ないからね」
「侍女も連れて行きますよね?」
「そうだね。船二隻で行こうか。では陽菜、もう一隻を操縦してくれるかな?」
「任せてください!」
昼食後、二隻の船に皆で乗ってアルカディアの観光に出掛けた。
陽菜に操縦を任せたもう一隻の船に琴葉に乗ってもらったが、フクロウは迷わずに僕が乗る船に乗った。もう琴葉ではなく僕を監視している様だ。
「まずは、凛の実家がある山の頂上へ行ってみようか」
その山は二千メートル級の山々が大地の中央の南北に連なっている。その山々の中でも一番高い山の頂上に近付くと、広くなっている場所を見つけて着陸した。
「さぁ、着いたよ」
「うわぁ!素敵な眺めです!」
「アルカディアの人たちは山登りをしないのかな?」
「山登り?」
「凛、山の麓から歩いてこの山頂まで登るのです。大変なのだけど、苦労して登って、ここに辿り着いた時に素晴らしい景色が見られるでしょう?それが楽しいのですよ」
「そうなのですね。それではお休みができたらお父さんに薦めてみます」
「凛の家族は山に山菜を採りに行ったりはするかな?」
「はい。山菜はよく採りに行っています」
「それならば、山登りは慣れているだろうから大丈夫だね」
「そうだ、凛、蘭。山に大きな動物は居るのかな?」
「大きな動物ですか?それは牛の様な大きさですか?」
「あぁ、聞き方が悪かったね。牛、豚、ヤギ、羊以外の動物を山で見たことはあるかい?」
「いいえ、ありません。聞いたこともないです。他にも動物って居るものなのですか?」
「ふーん。そもそも知らないのだね。まぁ、それならば登山をしても安全だな。動物は今度、サンクチュアリへ行ったら見せてあげるよ」
「はい!楽しみです!」
「そうか、ここは正に人間にとってのアルカディアなのだな」
「地球もこうだったら人は安全に暮らせますね」
「花音、それはエゴイズム・・・エゴというものだね」
「エゴ?」
「エゴイズムとは利己主義のことだよ。他者のことを考えず、自分の利益だけを追及する考え方だ」
「それではいけないのですね?」
「うーん。この場合、考えようによっては個人ではなく、全ての人間のためにと考えてのことならばエゴではないのかも知れないよね。でももっと広く、動物や昆虫、植物にまで目を広げて考えたら、やっぱり人間だけの利益を考えているからエゴなのかな」
「では、この世界は天照さまのエゴで創られた世界ということですか?」
「この世界だけを見たらね。でもこの星の世界は、地球の自然や人間を守ろうとして創った保険の世界なのだからね。エゴとは言い難いね」
「きっと、効率を考えた結果がこの様なやり方なのだろう。そうしないと、もっと時間や手間が掛かってしまうのだと思うよ」
「難しいのですね」
「そうですよね。天照さま?」
「・・・」
フクロウは船の屋根にとまったまま、答えようとはしなかった。
「月夜見さま、サンクチュアリの大陸には家畜以外の肉食獣も居ましたよね?」
「花音、そうだね。これは推測だけど、人がまだ少なくて人里離れた山も多いから、肉食獣が居ないと一部の草食動物が増え過ぎて山林での食害が増えると思うんだ」
「あぁ、日本でも草食動物の食害のニュースはよく目にしていましたね」
「舞依、そうだろう?地方都市ではよく見聞きしていたよね」
「あとは自然を守るために人が山深くに入らない様にある程度の肉食獣を置いているのではないかな?」
「そうですね。自然環境を守るためには闇雲に開拓されては困ります。サンクチュアリは大陸で広いから管理が難しいですものね」
「幸ちゃん、そういうことだよ」
「月夜見さま。あんなところに湖があります」
「そうだね。屋敷の方から見ると山は一列の山脈に見えたけど、その向こうにも山々はあったのだね。その間に湖ができているんだ。ではこれから湖畔に降りてみようか」
「えぇ、行ってみましょう」
また船に乗って山を下り、湖の湖畔へと降りた。降りてみると、それはかなり大きな湖だった。
「この湖の色を見る限り、かなり深い湖だね」
「山と山の谷にできた湖だから深いのですね」
「それよりもこの辺りの景色は森というよりはジャングルだね。凄い湿気だ」
「月夜見さま、桜と花音にはこの高温多湿は負担となりますから長居は避けましょう」
「そうだったね。すぐに発とう」
再び、船に乗って出発した。一旦、高度を上げて屋敷から見て向こう側へ飛んだ。
「あれ?こちら側には町も農地もないのか!」
「そうですね。手付かずの土地の様ですね」
「ちょっと降りてみようか」
高度を下げて地表すれすれを飛んで見てみると、どうやら手付かずではない様だ。
「これは、一度、整地している様だね」
「あ!月夜見さま。石の扉が並んでいますよ!」
「あぁ、やっぱりね。インフラは整っているんだね。まだ人口が少ないから、山のこちら側を使うまでもないということだ」
「アルカディアでは、まだまだ人口は増えても良いのですね」
「そうだね」
「あ!月夜見さま。それならば月の都とその前の村の住人がそっくりそのまま、ここに移り住むことも可能なのではありませんか?」
「では、神と一緒にここへ移住した人も居たのかも知れないですね」
「きっとそうですよ!」
「そうか!分かった。あの村の跡を見ていておかしいと思っていたんだ。昔、あそこに家が建っていて人が住んでいたならば、家の残骸がある筈なのにそれがないからおかしいと思ったんだ。家ごとここへ転送していたんだよ」
「家ごと?そんなことが!」
「まぁ、できるね。だって、月の都を瞬間移動できたもの」
「あ!そうでしたね!」
「では、僕らがアルカディアに移住する時には、僕らの子は月光照國の月の都へ移住して、僕らは村と共にここへ移住すれば良いのだね」
「月夜見さま、もしかしてアスチルベの先住民が流行り病で大勢亡くなったというのは、アルカディアへ一斉に移転して、大勢居なくなった原因が分からなくて、そういう噂話になったのではないでしょうか?」
「あぁ!なるほど!紗良、そうだね!きっとそうだよ!」
「では、私たちがここへ移る時は、村人ごと移転することをある程度周知させなければいけませんね」
「そうだね。その時のアスチルベ王に説明しよう」
そのまま西側の土地の広さや地形を確認して海岸沿いを飛んで南下して行った。
海岸にはずっとヤシの木が立ち並んでいる。海は碧く美しい海岸が続いていた。
「美しい海岸が続いていますね。きっと夕日がきれいなのでしょうね」
「少し、海岸に降りてみようか」
美しい砂浜の海岸に船を降ろし、皆で浜辺を散歩した。木陰を見つけると、お茶のセットを引き出して休憩をした。
「今度、ここへ夕日を見に来たいね」
「えぇ、美しいでしょうね」
「今日のところはこの辺で戻ろうか」
「そうですね」
そこから瞬間移動で屋敷に戻り、桜と花音は自室のベッドで休んでもらった。
夕食後には皆で大広間へ行き、侍女たちにダンスを教えた。
静は皆の前に出て僕と踊る。それを他の侍女十八人が二人ずつ組んで、僕と静の足運びを見ながら踊るのだ。妻たちは周りから見ていて指導していく。
手拍子でステップだけを練習したあとで曲を流して確認する。それを繰り返していった。
今回はあと三日あるので、一曲くらいはある程度の形まで持っていきたいところだ。
今夜は紗良と眠る日だ。紗良のリクエストでスパークリングワインを開けた。
「紗良、乾杯!」
「乾杯!」
「キンッ!」
「紗良は、すぐに子を作りたいかい?」
「私は少し、数か月だけ後にしたいです」
「それはどうしてかな?」
「だって、子ができたら月夜見さまはセックスしてくださらないでしょう?」
「それは・・・そうだね」
「私、まだ満足していないんです」
「え?そうなの?」
「満足って、一回の行為のことを言っているのではありません。私や陽菜、それに詩織は、他の皆さんよりも結婚が遅かったから・・・」
「あぁ、まだふたりだけの夜を過ごしたいのだね?」
「はい。そうです」
「うん。急ぐ必要はないのだからね。もう良いなと思ったら言ってね」
「はい。月夜見さま」
紗良は僕の腕にしがみついてきた。
「紗良は、そうやって自分の気持ちを素直に伝えてくれるから嬉しいよ」
「本当ですか?私ってわがままな女になっていませんか?」
「それが可愛いんだよ」
「月夜見さま・・・愛しています」
「僕もだよ。紗良を愛しているよ」
そして、紗良に激しく求められ、朝方までそれは続いた。
アルカディア八日目、正直言ってやることがなくなった。
まだ移り住んだ訳ではないので、畑仕事に手を付けられないし、自分の馬ではないから乗馬もする気になれない。リゾートでのバカンスに慣れていないので何をすれば良いのか分からないのだ。
「皆、今日はどうしようか?バカンスなんて慣れないから、どうしたら良いか分からないよ」
「月夜見さま。リゾートのバカンスは基本的に何もしないのですよ」
「え?陽菜。そうなの?」
「はい。日本人は旅行に行くと観光地を見て回らないと気が済まない様ですが、本来バカンスというものは一か月とか二か月の長期休暇のことをいうのです。その間に少しは観光地にも行きますが、基本的にはホテルから出ずにのんびり過ごすものですよ」
「あぁ、そうなんだね。僕は貧乏性なのか・・・桜や花音も安静にしないといけないのだからね。のんびりしようか」
「でも、この屋敷の中で過ごすなら月の都の屋敷に居るのと何も変わらないですよね」
「詩織、そうね。やっぱり海のログハウスとかで過ごす方が良いのではないでしょうか?」
「あぁ、そうか。そうだよね。桜や花音はビーチに居るのは辛いかな?」
「私はビーチの方が良いです。風が気持ち良いし、あの景色は心が晴れますもの」
「私もです。この屋敷に居るだけなんてつまらないです」
「桜と花音がそう言うのなら今日も海へ行こうか」
「お昼はどうしましょう?」
「材料を持って行ってログハウスで作れば良いのですよ」
「そうですね」
「では静、皆に着替えて水着を持って集まる様に言ってくれるかな?」
「は、はい!」
厨房に行ってサンドウィッチを作る材料と飲み物を揃えてもらって出発した。
「シュンッ!」
「さぁ、海だ!」
「今日も一日ここでのんびりするからね」
「月夜見さま。お飲み物は如何致しましょう?」
「そうだな、まずはアイスコーヒーを頂こうかな」
ビーチベッドに横になり、アイスコーヒーを飲んでのんびりと過ごした。侍女たちも好きにしていて良いと言っておいたので、泳ぐ娘や貝殻を拾う娘、砂で遊ぶ娘など自由に過ごしていた。
すると詩が僕の足元に来てもじもじしていた。
「詩、何か用かい?」
「あの・・・お話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「良いけどこちらにおいで。そこだと陽に当たったままだからね」
僕の横に置いた椅子に詩を座らせた。
「どうしたんだい?」
「あの・・・月夜見さまは、明後日にはお帰りになってしまわれるのですよね?」
「そうだね。今回は十日間だけの滞在だからね」
「次は何時いらっしゃるのでしょうか?」
「それはまだ、決めていないんだ」
「そうですか・・・」
何か思いっきりガッカリさせてしまった様だ。
「詩、どうしたの?寂しくなってしまったのかしら?」
「琴葉さま。私たち、十か月前から研修を始めて、ずっと皆さまがいらっしゃる日を待ちわびていたのです。そして初めてお仕えできて本当に嬉しかったのです」
「それだけではありません。この様に素晴らしい衣装や水着も頂き、海では自由な時間まで・・・それにお休みや結婚のことまでお考え頂いて、どれ程感謝をしたら良いか・・・」
「詩、特別なことではないよ。私たちの侍女になるというのは、そういうことなんだよ」
「皆さまがまた来てくださる日まで、私たちはどうしたら良いのでしょう?」
「そうだね・・・十九人も居て屋敷の掃除しかやることがないのは寂しいよね。まだ、ダンスを教えにダンスホールを回ることもできないしね」
「半分くらい、月の都に連れて帰りますか?」
「え?琴葉。連れて帰る?」
「ここの屋敷の掃除だけならば、半分の人数で十分でしょう?研修として半分の侍女を連れ帰って、月の都の屋敷で使うのですよ」
「残りの娘たちはどうするの?」
「そうね、二週間交代で入れ替えるのはどうかしら」
「あぁ、それは良いかも知れないね。妻たちの侍女は二人ずつだから、一人ずつ連れて行けば良いかな」
「詩、ちょっと、皆を集めてくれるかな?」
「はい!すぐに!」
詩は嬉しそうな笑顔で海に向かって走って行った。すると全員が走って僕の周りに並び立った。
「皆、私たちは明後日、帰るのだけど、ここの屋敷の掃除だけならば十九人も必要ないよね。だから半分は私たちの月の都の屋敷へ行って仕事をしないか?とりあえず二週間で交代すれば良いかなと思っているのだけどね」
「ほ、本当ですか?」
「うん。詩が寂しいって言うからさ」
「え?詩が月夜見さまにお願いしてくれたの?」
「そんな・・・お願いなんて・・・」
「では、いきなり静が居なくなると皆が戸惑うと思うから、明後日から行くのは、蘭、凪、海、杏、詩、希、渚、咲、碧、鈴の十人だ。二週間経ったら交代するからね」
「はい!ありがとう御座います」
屋敷に戻ってから僕は役場に行って椿さんにこのことを報告した。椿さんも喜んで賛成してくれた。
今夜も夕食後にダンスのレッスンを行った。皆、若いし、真面目に取り組むから覚えも良い。今日は二曲目の練習に入った。皆、少しずつ笑顔で踊れるようになってきた。
今夜は陽菜と眠る日だ。陽菜は少し甘い白ワインを希望した。
ふたりで乾杯して一口飲んだ。
「あぁ、甘い白ワインも冷えていると美味しいのだね」
「えぇ、美味しいです」
「陽菜、昨日ね。紗良と話していて、子を作りたいか聞いたんだ。そうしたら自分や陽菜、詩織は他の妻よりも結婚したのが遅いからまだ子は作らなくて良いって」
「紗良はそんなことを・・・」
「陽菜はどうかな?」
「私はあまり考えていませんでした」
「そうなんだね。前にも子は欲しくないって言っている時があったよね?」
「はい、それは過去の記憶もなく、この世界で両親の記憶もほとんどなかったから自分に子を育てられるとは思えなかったのです。でも今は日本の記憶がありますし、月夜見さまの愛を感じていますから・・・月夜見さまとの子をこの手に抱きたいと思っています」
「そう、それならばすぐに作るかい?」
「そうですね・・・でも紗良はまだ作らないのですよね・・・それならば私ももう少し先で良いかなと」
「そうか。陽菜の思う通りで良いんだよ。急ぐ必要はないのだからね」
「はい。私も紗良と同じで、まだ月夜見さまに可愛がって頂きたいのです」
「そう。分かったよ」
僕はそう言いながら陽菜を抱きしめた。ふたりは抱き合ったままベッドでワインとキスを交互に繰り返した。
「どっちも甘いです・・・」
そしてワインがなくなると、そのまま深夜まで愛し合った。
アルカディアのバカンスもあと二日を残すのみとなった。
お読みいただきまして、ありがとうございました!